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IDPFとW3Cの統合で、出版とウェブの融合が形になるのは当分先/AAP加盟社の電子書籍売上縮小 ほか~2016年の電子出版トレンドを識者が討論
2016年12月28日 06:00
一般社団法人日本電子出版協会(JEPA)が12月21日、「電子出版アワード2016」授賞式・大賞選考会の終了後に、今年の電子出版トレンドを振り返るパネル討論を行った。登壇者は、O2O Book Biz株式会社の落合早苗氏、イースト株式会社EPUBエバンジェリストの高瀬拓史氏、フリーランスエディターの中島由弘氏。司会は同アワード選考副委員長の井芹昌信氏。
もはや電子出版は出版社が当たり前に取り組むべきことに
まず落合氏から、データで見る2016年の電子出版について。落合氏が以前在籍していた「hon.jp」に登録されている「電子書籍」や「電子雑誌」は約106万タイトルで、昨年より14万点増えている。そのうちISBNと関連付けられる、紙の書籍を電子化したものは31~32万点。
また、トーハン発表ベストセラーの電子化率を調べてみたところ、今年はベスト20のうち17作品の電子版がすでに配信されているという。もはや電子出版は出版社が当たり前に取り組むべきことになってきた、と落合氏。
落合氏は続いて、2016年のトピックスとして以下の3点を挙げた。
- 出版社×無料マンガアプリ
- 出版社×投稿サイト
- Kindle Unlimited上陸
「出版社×無料マンガアプリ」では、複数のビジネスモデルを組み合わせて収益化していく動きが見られると指摘。メディア型、販促/キャンペーン型、新人発掘・ライツ販売型、広告費型、ゲーム的な時間課金型、キャラクターグッズの物販など、出版社も「本を売ってなんぼ」ではなく、ビジネスの幅を広げつつあるという。
今年の全体傾向としては「顧客の囲い込み」を図ろうとする動きが見られると指摘。キーワードとして「リテンション(retention:既存顧客に継続利用してもらうこと)」と「アクイシジョン(acquisition:新規顧客の獲得)」を挙げた。
IDPFとW3Cの統合で、出版とウェブの融合が形になるのは当分先
続いて高瀬氏から、2016年の技術的なトピックスとして、以下のものが挙げられた。今年の傾向としては、もう「電子書籍」が作れるのは当たり前で、「電子書籍」だけではもったいない、どう効率化するかを目的としたソリューションが求められているとする。
- オライリー・ジャパンとVivliostyleがCSS組版による書籍「CSSシークレット」をリリース
- IDPFがW3Cとの統合案を発表
- Google ドキュメントがEPUB出力に対応
- マグネットのEPUB作成機能がアップデート
- 凸版印刷「TOPPAN Editorial Navi」
- 出版デジタル機構「Picassol」
- インプレスR&Dが著者向けPODサービス開始
- Microsoft Edge(プレビュー版)がEPUB読み込みに対応
EPUBの次のバージョンである「3.1」はリリースが遅れていて、2017年初頭の予定。後方互換は維持されたが、メンテナンス的性格が強いため、ビューアーや制作ツールに導入するモチベーションは低そうと指摘。最悪、誰も使わないかもしれないと予測した。
また、IDPFとW3Cの統合の影響については、仕様策定のスピードが落ちる代わりに実装を前提としたカッチリとしたものができるであろうこと、そのため出版とウェブの融合が形になるのは当分先であること、IDPFより会費が高騰することやウェブと出版の文化の違いから伝統的出版社のプレゼンスが低下する恐れがあること――を挙げた。
AAP加盟社の電子書籍売上縮小は、既存のビジネスモデルを守る戦略?
次に中島氏から、米国の現況や出版以外のトピックスについて。Association of American Publishers(AAP)加盟社の電子書籍売上は縮小しており、一時は30%くらいあった電子の売上比率が20%を切るくらいになっている。なお、AAPが公表している数字のうち約6割が「Big 5」とされているという。また、後述の「Author Earnings」によると、逆にセルフパブリッシング市場は拡大している。
他には、Amazonがリアル店舗を開店したこと、Apple独占禁止法裁判が終結したこと、プレイボーイがヌードグラビアをやめるなど電子雑誌の編集方針がオンライン流通を意識したものへ変わりつつあること、「Scribd」が無制限の読み放題から上限キャップ制になりサブスクリプション型サービスの限界が見えたことなどを挙げた。
「Digital Book World 2016」では、「Author Earnings」の運営者であるデータ・ガイが登壇したことが話題になった。彼は、Amazon Kindleのページをクロールして統計処理し、客観的な指標を提示することで、従来型調査会社の盲点を指摘し続けている。彼の影響もあってか、2017年1月に開催される「Digital Book World 2017」では、「Data Analytics + Reporting」というトラックが新設されることになったそうだ。
AAPの電子書籍が減速しているのは、大手出版社の価格戦略が失敗しているからだという。出版社側が販売価格を決めることにより、紙版より電子版のほうが高いという逆転現象も起きたりしているらしい。ただ、出版社側は既存のビジネスモデルを守りたかったので、戦略は成功しているという認識をしているとのこと。
また、出版とは直接関係ないが、今後出版業界も注目すべき技術として以下のものを挙げた。
- 人工知能(機械翻訳の品質向上や、会話型AIアシスタント)
- VR(Virtual Reality)/ AR(Augmented Reality)/ MR(Mixed Reality)
- 音声インターフェースとAIアシスタント
- Amazon Dash ButtonなどのIoT(Internet of Things)
- チャットインターフェースとBot
- Amazonが実用を始めたドローンによる配達
- Abema TVが躍進している動画配信
パッケージとオンラインの融合は、電子出版の活性化という意味では良いこと
ディスカッションではまず井芹氏が高瀬氏に、IDPFとW3Cの統合で「伝統的出版社のプレゼンスが低下」と予測する理由について尋ねた。高瀬氏は、ウェブの標準技術のことまで伝統的出版社が注視していられるか、という点に疑問があるという。ガチガチの技術の話になるため、そういう議論に慣れている人が少ないのではないか?というのだ。
これには井芹氏も同意で、仕様策定を他人任せにしていると、巨人だけがバトルで決めたルールに従わざるを得なくなると危惧する。中島氏も、いまW3Cにコミットしている日本企業は少ないが、そういう場に出ていって活動しないと標準化後進国になってしまうと懸念する。そして、日本を代表して参加し議論、というモチベーションをJEPAが中心になって盛り上げるべきだと提案する。
ただ、井芹氏は、IDPFとW3Cの統合によって今後起こるであろう「パッケージとオンラインの融合」は、電子出版の活性化という意味では良いことだと考えている。紙の本が売れないのは、ユーザーの使うチャネルが変わっているから。スマートフォンを見ている時間が多くなり、オールドメディアを見る時間は短くなっている。デジタルメディアでどう露出し、本にアクセスしてもらうかを考え取り組んでいく必要があると話を締めくくった。