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「クリスタルは、企業の長期記憶を踏まえて正しいアドバイスをくれる」~OpenAIとソフトバンク、日本で合弁会社を設立し「Cristal intelligence」を提供

MOU(合意書)の調印を行うOpenAIのサム・アルトマンCEO(左)と、ソフトバンクグループ 代表取締役会長兼社長執行役員の孫正義氏(右)

 OpenAIとソフトバンクグループ、ソフトバンク、Armの4社は、2025年2月3日、都内において、法人向け特別イベント「AIによる法人ビジネスの変革」を開催。そのなかで、ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長は、Open AIとの合弁会社「SB OpenAI Japan」を設立することを発表。個別の企業向けにカスタマイズした企業向けAI「クリスタル・インテリジェンス(Cristal intelligence)」を、日本企業に対して提供することを発表した。

 孫社長兼会長は、「世界中が最も注目しているAIにおいて、日本で開発したものを、世界に向けて、初めて展開する歴史的な日になる。1日も早く、AGI (Artificial General Intelligence=人工汎用知能)、ASI(Artificial Super Intelligence=人工超知能)の世界を実現する。クリスタルを使うか、使わないかでは、マシンガンを持っている国と、刀だけを使っている国との違い、あるいは、自動車がある国と自転車しかない国ぐらいの差が生まれる」と比喩した。

 2025年1月に、米国において、ソフトバンクグループとOpenAIは、オラクルやMGXとともに、Stargate Projectを推進。OpenAIのために新たなAIインフラストラクチャを米国内で構築するために、今後4年間で5000億ドルを投資することを発表している。

クリスタルは他社に知見が渡ることのない「自社独自のAI」

 今回の取り組みは、ソフトバンクグループとOpenAIの関係を、さらに一歩進めたものとなる。

 SB OpenAI Japanは、ソフトバンクグループおよびソフトバンクが設立する中間持株会社と、OpenAIがそれぞれ50%ずつ出資。日本企業特有のニーズに対応した AI エージェントの導入を促進するとともに、グローバル規模でのモデルを構築することになる。

 同合弁会社は、クリスタル・インテリジェンスを、日本の主要企業向けに独占販売し、データの追加学習や、ファインチューニングを行う環境を構築して、導入した日本の企業が、安全な環境で社内のデータを学習させ、自社のシステムと連携したAIエージェントを構築することを支援する。これにより、企業はあらゆるタスクを自動化や自律化させ、事業やサービスを変革し、新たな価値を創出することができるとしている。

 また、同合弁会社では、約1000人のセールス&エンジニアを配置し、システムインテグレータとして企業への導入を支援する。また、クリスタルの開発は米国で行うが、ファインチューニングのためのインフラは、Stargate Japanとして、ソフトバンクグループをあげて日本国内に設置し、Open AIが運用することになるという。

ソフトバンクグループ 代表取締役会長兼社長執行役員の孫正義氏

 孫会長兼社長は、「クリスタルは、自分の会社で学習した知見は、他社に再活用されることはない。その企業だけにカスタマイズした専用のクリスタルになる。他社への情報漏洩はなく、再学習されてしまうこともない。ただし、個別にカスタマイズするために、導入に手間暇がかかり、最適なエージェントの設定作業も必要になる。そうした作業を1000人の専任体制でサポートする。リソースの問題もあるので、まずは1業種1社に絞り込んで事業を開始する」と語った。

「ソフトバンクグループの大脳としてクリスタルを活用していく」

 ソフトバンクグループでは、OpenAI のソリューションをソフトバンクグループ各社に展開するために、年間30億ドル(約4500億円)を支払い、クリスタル・インテリジェンスを大規模に導入するとともに、ChatGPT Enterpriseなどの既存ツールも、グループ全体の従業員全体に展開するという。

 孫会長兼社長は、「ソフトバンクグループ全体では、2500以上の基幹システムが稼働しており、データベースを個別に構築している。30年前から作り込んだシステムのソースコードも残っている。クリスタルは、これらを全て読み込むことになる。プログラムが、どんな機能を持っているのか、なにを意図しているのか、どこをバージョンアップしたらいいのかといったことをクリスタルが理解し、最新の言語に置き換えることができる。人間がプログラマして、バージョンアップするという時代は終わった」としたほか、「コールセンターにおいても、クリスタルが代行し、お客様の問い合わせに対して、待たせずに、適切に回答し、問題を解決する。また、全ての会議にクリスタルが参加、意見を言ったり、答えてくれたりする。お客様との交渉の際にも、クリスタルが参加する。3年前の会議や交渉の経緯なども記憶しており、これを生かして、『あのときどうだったけ』と聞くだけで、これまでの流れを捉えて返事をしてくれる。そこに、今日発生した新たなニュースがどう影響するのかといったことも判断してくれる。もはや、プロンプトエンジニアリングも不要になる」とした。

 さらに、「ソフトバンクグループの大脳として、クリスタルを活用していく。そこにOpenAIとの戦略的パートナーシップを進める。世界に類を見ない、完全統合のデータによる『企業内超知性』を作ることになる。ワクワクして仕方がない」とした。

 ソフトバンクでは、クリスタル・インテリジェンスを活用して 1 億以上のタスクを自動化し、業務の自律化を図るほか、事業やサービスを変革し、新たな価値を創出することに取り組むという。

 ちなみに、Crystalではなく、Cristalとしたのは、商標を獲得しやすいという理由を挙げたが、「英語ではyだが、フランス語やスペイン語では、iは正しいスペルである」と説明した。

 2月3日午後2時から開催された同イベントの会場には、日本の500社以上の企業が参加。その顔触れは、日本の時価総額の半分以上を占めたという。

人間の在任期間を超えて保たれる「長期記憶」の重要性を強調

 「最先端のAIを世界で初めて、日本から始めることになる。ここにいる日本を代表する企業からAGIが始まる」と、ソフトバンクグループの孫会長兼社長は宣言した。

 孫会長兼社長は、1年前には10年以内にやってくると発言していたが、数カ月前に、AGIは2~3年以内にやってくると訂正。さらに今回は、「AGIは、それよりももっと早くやってくる」と改めて訂正した。その上で、「企業には、圧倒的といえる大量のデータがある。AGIを達成するには、限られた世界における、ふんだんで、良質なデータがあることが重要な材料になる。知恵を出すための材料として、深くて、広くて、リアルタイムで、企業特有の個別データが必要である。これらのデータをもとにして、トレーニングを行い、推論することが可能になる。だが、それを実現するには、お金もかかり、努力も必要になる。それを払える財力があるのが大企業である。AGIが最初に起きるのは企業であり、とりわけ大企業である。また、AGIは企業だけに留まらず、医療、教育、政府、家庭にまで広がっていくことになる」とした。

 講演では、孫会長兼社長が、手に持った箱から水晶玉(クリスタルボール)を取り出し、「今日はクリスタルについて話をする。水晶玉は、知りたいことを聞けば、なんでもわかる。そんな物語の世界が、ついにやってくる。AGIやASIの世界へと一気に開発を進めていく」と切り出した。クリスタルは、当初は講演冒頭だけの演出のために用意されたものだったが、孫会長兼社長は、「折角だから持っていようか」と語り、ずっと右手に水晶玉を持ったまま講演を続けた。約35分間の講演が終わり、降壇する際には、うっかり水晶玉を落としてしまうというハプニングもあった。

 講演で、孫会長兼社長が強調したのが、「長期記憶」の重要性だ。

 長期記憶とは、ソフトバンクグループの30年以上にわたるソースコードや、長年にわたる会議や交渉のデータのこと。クリスタルの導入により、従業員の退職や異動があってもあらゆる種類の「記憶」が保たれ、継承されていく状態を指して長期記憶と呼んでいる。

 「これからのAIは、AIエージェントが大切だが、その次には、長期記憶が重要になる。クリスタルは、企業における長期記憶を全て踏まえて、正しいアドバイス、正しい交渉をしてくれる」と述べた。

 続けて、「長期記憶の基本特許は、私が取得している。これは、10年前に出願したものである。 出したことは覚えていたが、取得できたかどうかは知らなかった。今日の昼間に確認したら、特許が取れていたことがわかった。これは、私が発明者である。うれしくて仕方がない」とのエピソードも披露した。

 孫会長兼社長が取得しているのは、「リワードに基づく強化学習」、「長期記憶の感情に基づく重みづけ」、「長期記憶のインデックス化」の3件だ。「これからの10年は、AGI、ASIにとって重要な10年になる。その間、この特許は日本にある」と述べた。

 なお、孫会長兼社長は、Stargate Projectについても言及。「発表したのは、トランプ大統領の就任一日目。政治的な行事が立て込み、多忙な中、あえてトランプ大統領が、じっくりと時間を割いて、自ら発表した。これは、私企業の取り組みではなく、米国にとって、国家をあげた戦略的なプロジェクトへと格上げされたといえる。今後100年、200年、300年の人類の未来に影響を与えるプロジェクトになる。ぜひ期待していてほしい」と語った。

Armがクリスタル・インテリジェンスの基盤を支える

Armのレネ・ハースCEO

 クリスタル・インテリジェンスの取り組みについては、Armも重要な役割を果たすことになる。

 Arm では、AIエージェントにより増大する計算需要に対応するため、日本において、コンピュートプラットフォームを通して、クラウドからエッジまで、必要なパフォーマンスを提供。効率化やスケーラビリティに貢献し、世界規模でAI 変革を実現するための基盤モデルを創出するという。また、クリスタル・インテリジェンスを活用し、同社のイノベーションを加速することで生産性を向上。AI をグローバル規模で発展させることになるという。

 Armのレネ・ハースCEOは、「AIエージェントの普及において重要になるのが、よりパワーが必要になるという点である。Armは省電力性に優れ、イヤホンやセキュリティカメラといったエッジから、データセンターやクラウドまでをカバーしている。スマホやPC、自動車といった異なるデバイスの上でも、AIエージェントが動き、AIエージェント同士が対話することもできる。OpenAIとArmが組むことによって、全てのデバイスにAIが入ることになる」などと述べた。

アルトマンCEO「AIが会社の全てを理解する世界はあと2~3年でやってくる」

OpenAIのサム・アルトマンCEO

 一方、OpenAIのサム・アルトマンCEOは、クリスタルを活用して、ソフトバンクグループが持つ、30年分の2500システムのさまざまななソースコードや、社内に蓄積した大量のデータを読み込むことについて、「クリスタルに、これらを読み込ませることは必ずできるだろう」と即答。「AIが会社の全てを理解する長期記憶は、これから重要になってくる。そして、その世界はあと2~3年でやってくるだろうし、もう少し早いかもしれない。AIを完全に会社に統合させることができれば、それは強力な武器になる」と述べた。

 また、「AIにとって重要な時期が訪れており、モデルはますます賢くなっていく。そして、AIエージェントの登場によって、世界を観察し、状況を把握し、意思決定を行い、複雑なタスクを実行し、人に代わって仕事をすることが可能になる」とし、その一例として、先ごろOpenAIが発表したOperatorについて説明した。「人間のようにウェブページを閲覧し、重要なタスクを処理しながら、作業を代行することになる。タイピング、クリック、スクロールで操作可能であり、ウェブブラウザーでの作業を広げることができる」とした。

 また、Deep Researchについても説明。複雑なタスクを処理し、インターネットで複数のステップだけで、調査を行うことができるエージェントであるとともに、自律型リサーチエージェントとして対話が可能なChatGPTの新たなパラダイムと位置づけた。

 「OpenAIが発表したなかでも重要な技術になる。複雑な検索作業を行うことができ、数日かかっていたタスクを数分で完了できる。OpenAI o3モデルを使用することで、閲覧や情報の統合を行い、優秀な同僚として、一緒に考えて、レポートを作成することになる。孫会長兼社長のビジョンを実現するための技術ともいえる。今後は、Deep Researchの進化版も発表していくことになる」と述べた。

 Deep Researchに質問を投げると、いくつかの事項について、確認を行うための返事がくる。それに対して、細かく回答することもできるし、全ての回答をAIに任せてしまうということもできる。また、ChatGPTとは異なり、回答に時間がかかるという特性があり、さまざまな検索や閲覧、推論を行い、より良い答えを導くのが特徴だ。業界内の深い洞察を発見したり、地域特性を反映したり、見つかりにくい情報を検索して、1回のクエリで最適な回答が得られるようになっているという。また、結果を表示する際には、引用先を明示しており、透明性が高いこと、推論のプロセスも可視化しているため、人が回答に対してより深く理解できるといった点も特徴だ。その結果として、人間による戦略的な意思決定を速めることにつなげることができるとしている。

 Deep Researchは、法人に対して有効であるだけでなく、個人に対しても趣味やスポーツ、ショッピングにおいて、幅広い回答を得ることができることも可能だ。たとえば、さまざまな選手を網羅した野球に関する統計をまとめることとした。

 早く回答を得たい場合にはChatGPT、深く、幅広い回答が欲しい場合にはDeep Researchが適していると位置づけた。