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電力線通信技術「HD-PLC」は今―IoT社会のスキマを埋める存在として活躍する「Nussum」の最新動向をパナソニックが説明

IEEE 1901cとして国際標準規格化も

説明会場に展示されたNessum関連製品

 パナソニックホールディングスは、国際標準規格 IEEE 1901シリーズに準拠した次世代通信技術「Nessum(ネッサム)」の最新動向について説明。電力線通信などの有線による「Nessum WIRE」での利用拡大が進んでいることに加えて、無線通信である「Nessum AIR」においては、海中給電と連携した実証実験が進展していることを報告した。かつては、HD-PLCの名称で親しまれた「Nessum」の現状を追った。

B to Bで、多用途で活躍する標準規格に進化

 Nessumは、家庭内の電力線を使い、部屋の間で、テレビやビデオの高画質の映像通信を、簡単に行える通信技術として、2006年に誕生したHD-PLC(高速電力線通信)が前身となっている。

 PLCアダプターをコンセントに差し込み、PLCアダプターとPCをLANケーブルでつなげば、インターネット接続が利用できるという手軽さも魅力であったが、通信速度に課題があったほか、家庭内では無線LANが一気に普及したこともあり、HD-PLCは家庭向けには普及しなかった。しかし、船舶や地下、スタジアムといった閉鎖空間、トンネルや工場、倉庫などの通信環境を整えるのが難しい場所、仮設の工事現場や建屋の周りといった屋外などにおいて、利便性が高い通信方式として重宝されてきた経緯がある。

 現在では、電力線だけでなく、メタル線、無線にも活用され、IEEE 1901c(Any Media通信)として国際標準規格化されている。

Nessumの現在の姿。さまざまなケーブルに対応し、IEEE 1901c(Any Media通信)として国際標準規格化

IoT社会のスキマを埋める「画竜点睛」の規格に

パナソニックホールディングス 技術部門事業開発室Nessum部の荒巻道昌氏

 パナソニックホールディングスでは、2023年にブランド名を「Nessum」に変更し、既設配線を活用した長距離有線通信「Nessum WIRE」と、近距離高速無線通信「Nessum AIR」の2つのサブブランドで構成。「さまざまな通信への対応を図ることから、従来のPLC(Power Line Communication=電力線通信)の名称が合わなくなってきたために名称を変更した。

 コストやセキュリティなど、さまざまな課題で、通信利用ができなかった場所でのスマート化を容易に実現する通信規格として、IoT社会のスキマを埋め、豊かなくらしと産業を世界の隅々にまで広げていくことを目指している。画竜点睛の通信規格である」(パナソニック ホールディングス 技術部門事業開発室Nessum部 荒巻道昌氏)という。

 「画竜点睛」とは、物事を完成するために、最後に加える大切な仕上げのことを指す(一般には「画竜点睛を欠く」という句で知られる)。さまざまな通信方式と競合するのではなく、他の通信方式を補完するように、足りないピースを埋め、顧客のネットワークの最適化を進める役割を担える通信方式であると位置づけている。

IoT社会の「画竜点睛」としてスキマを埋めるNessumの活用イメージ
Nessum WIREとNessum AIRの2つのブランドで展開

Nessum Alliance設立から2年間に会員数が倍増

 パナソニックホールディングスを中心として、国際標準化活動や相互接続互換認証、グローバル普及に向けたプロモーションを推進するためのNessum Allianceを設立し、現在、46社が会員として参加している。「Nessumに名称を変更して以降の2年間で会員数が倍増している。名称変更によって、電力線以外での利用が可能であるとの認知が高まったことに加えて、既設線を利用したIP化ニーズの広がりと合致したことも会員数増加につながっている」(荒巻氏)という。

 パナソニックホールディングスでは、NessumのIPコアを開発し、半導体企業にライセンスを行っており、さまざまな完成品やモジュールに組み込んだり、SIerを通じてソリューションとして提供したりといったことを支援している。これまでに累計500万個のライセンス実績を持ち、将来的には、10倍規模にまで市場を拡大できる余地があるとみている。

 「Nessumに名称を変更して以降、海外での関心が高まっている。Any Wireとしての国際規格化も進んでおり、2026年中にはIEEEからリリースされる」とした。

 なお、Nessum Allianceでは、2025年11月に開催された欧州最大級のエネルギーイベント「Enlit Europe 2025」に出展。欧州地域での認知度向上などに取り組んだという。

Nessum Allianceの展開
Enlit Europe 2025に出展

電力会社の通信インフラに導入される長距離有線通信「Nessum WIRE」

 長距離有線通信の「Nessum WIRE」は、既設線を、通信回線にアップデートすることができる技術で、電力線通信では、低圧、中圧ともに展開し、国内のスマートメーターで採用されているほか、台湾やインド市場にも展開。欧州の電力会社の通信インフラに中心的技術としての導入が始まっているという。また、同軸や2線ケーブルなどの既存通信線の活用では、ビルオートメーションや空調機器制御に導入を拡大しているほか、監視カメラやインターカムでの導入が増加している。

 低コストでのネットワーク構築、有線通信の高速化、セキュリティの高度化、無線の補完、長距離通信、省線化といったメリットが、ユーザーから選ばれる理由になっているとした。

 Power Plus Communications AGでは、スマートグリッドにおいて、LTEを採用していたが、建物の地下や地方部における電波の不達、設置台数の増加に伴うSIMの運用コストの増加といった課題を解決するために、コスト効率の高いNessum WIREへと置き換えたほか、GE Vernovaでは、LTE網のカバーエリアを補完したり、低コストでの冗長化ができたりするメリットに着目し、スマートグリッド向け通信機器のひとつにNessum WIREを採用したという。

 また、ビルオートメーションでは、簡単な施工で導入ができるIP対応の高速通信技術として、Nessum WIREが注目されており、業務用空調分野、計装機器分野、集合住宅インターホンなどに利用されることが見込まれているという。

 パナソニック ホールディングス 技術部門事業開発室Nessum部の池崎一生氏は、「既設線ネットワークをIP化する際に、イーサネットでは100mごとにスイッチングハブが必要であり、スター型配線の制約により配線長が長くなるという課題がある。だが、Nessum WIREでは、2線ケーブルをそのまま再使用でき、マルチホップ技術により、長距離での通信が可能になる。配線トポロジーも気にせずに端末を接続すれば済むというメリットがある」と述べた。今後、注力する分野に位置づけている。

Power Plus Communications AGでの導入事例。LTEのエリアを保管し、高速化・長距離かを実現できてコスト効率が高いことがポイントとなった
既設線を用いたNessum端末によるマルチホップ通信(空調制御IP機器の制御)の構成

空中のほか海中でも活用される近距離無線通信「Nessum AIR」

 また、近距離高速無線通信「Nessum AIR」では、無線通信において、ロボットアームなどの製造現場での活用のほか、さまざまな領域での活用が始まっているほか、海中無線通信の用途でも注目を集めており、海中給電と連携した実証実験や、資源探索、風力発電設備の保全、漁業養殖などでも評価が開始されているという。

 360度回転するロボットアームの先端に接続するカメラのネットワーク接続や、ガラスに囲まれたなかに設置された機器とのネットワーク接続などにNessum AIRを活用できるという。

海中・水中IoT通信におけるNessum AIR活用イメージ

Nessumの進化の軸となる3つの技術

 Nessumの技術進化については、「マルチホップ技術」、「フレキシブルチャネル技術」、「セキュリティ機能の強化」の3点から触れた。

 1つ目の「マルチホップ技術」は、1対1では届かない遠い場所まで、データを中継できる技術で、ITU-T G.9905で規格化されている。最大10ホップで、数kmの伝送が可能となっている。また、1つのマスター(親機)で最大1024台のターミナルを管理することができ、大規模なビルや工場でも、Nessumによるネットワーク構築が可能だ。「定期的に通信状態をチェックして、常に最適な経路を選択している。そのため、安定した通信環境を維持できる」(パナソニック ホールディングス 技術部門事業開発室Nessum部の川畑直弘氏)という。

マルチホップ技術の概要。最大10ホップで数kmの伝送が可能で、1つのマスターで最大1024のターミナルを管理可能

 2つ目の「フレキシブルチャネル技術」は、標準モードで使用している2~28MHz帯を信号処理によって、広帯域化したり、狭帯域化したりすることで、高速化や長距離化を実現する技術だ。

 2倍モード、4倍モードに広帯域化することで、通信速度を500Mbit/sや1Gbit/sに高速化する一方、1/2倍モード、1/4倍モードで狭帯域化することで、通信距離を約1.5倍や約2倍にまで長距離化できる。

 「信号の伝送距離が長くなるにつれて、受信側では高い周波数の信号レベルが減衰することになる。Nessumでは、低い周波数に信号のエネルギーを集中させることで長距離化を可能とした。また、減衰が少なければ、より広い周波数帯域を使うことで高速化が可能になる」

 フレキシブルチャネル技術は、IEEE 1901a/cで規格化されている。

フレキシブルチャネル技術の概要。使う帯域をコントロールすることで、高速化や長距離化を実現する
フレキシブルチャネルのモードのイメージ

 3つ目の「セキュリティ機能の強化」では、「AES 128bit」と「適応変調」の2種類の暗号方式を採用し、高いセキュリティを実現しているという。さらに、IEEE 802.1X認証を新たに導入し、潜在的な脅威への対策も強化した。「IEEE 802.1X認証により、認証サーバーとの間で認証を実施し、認証に成功した端末のみが認証鍵の情報を入手できる。第三者のネットワーク侵入が困難となり、セキュリティ機能が大幅に強化された」としている。

強化されたセキュリティ機能の概要。AES 128bitと適応変調を採用
IEEE 802.1X認証を導入

低コスト・高セキュリティを強みに新たな領域を開拓

 これらの技術進化を示しながら、「Nessum WIREの強みは、Any Wireやフリートポロジー、IP通信によって、B2Bの領域においても、低コストでの導入が可能な点にある。加えて、技術進化によって、大規模通信、長距離通信、高度なセキュリティを組み合わせることで、安心安全に通信を提供できる点にある」と述べた。

Nessum WIREの強み

 Nessumの新たな取り組みのひとつが、海中・水中IoT通信である。水中探査ロボットや水中ドローンなどの通信に、Nessum AIRおよびマルチホップ技術を活用。1Mbpsでの動画伝送を実現するとともに、100km離れたオフィスから海中ロボットを遠隔操縦し、海底調査や資源探査作業の自動化および効率化に寄与できることを実証実験によって示すことができたという。

 荒巻氏は、「IP通信により、海中において、高速に、短距離で利用し、映像を活用できる技術として注目されており、音響通信や可視光通信に続く、水中通信の新たな手段となる。海洋国家である日本においては、利用価値が高い技術になる。研究開発は、国プロ(Beyond 5G 機能実現型プログラム)を通じて取り組んでおり、電波通信によって、海洋テクノロジーの未来を拓くことができるだろう。現在は研究段階だが、今後、通信精度をより高めていくことになる。海中通信において、Nessum AIRは有望な技術になる」と自信をみせた。

 Nessum AIRによる海中・水中IoT通信は、2030年を目標に実用化を図りたいとしている。