「リーガルテクノロジーとは何か」~UBIC守本正宏社長に聞く

国際化・ITに対応するデジタル時代の訴訟支援技術

リーガルテクノロジーを専門に手掛ける株式会社UBIC 代表取締役社長 守本正宏氏

 「リーガルテクノロジー」という言葉を聞いたことはあるだろうか。

 トヨタの例を出すまでもなく、海外での事業が発展するにつれて、現地での法律が経営に影響を与える場面が多くなる。とくに、“訴訟大国”と言われる米国の訴訟制度が日本企業の経営に大きな影響を与えている。

 訴訟では証拠が重要な役割を持つが、IT時代では連絡はメール、文書はWordやPDF、PowerPointなど、ほとんどの情報がデジタル化しており、その分量も膨大なことから、弁護士だけでは証拠収集・整理の処理ができない状況に陥っている。そこで大量のデジタル情報を解析、必要な証拠を抽出・整理する専門家に依頼することが米国では、主流となっている。

 こうした「リーガルテクノロジー」の数少ない日本の専門企業である株式会社UBIC 代表取締役社長 守本正宏氏に、デジタル時代・IT時代のリーガルテクノロジーの実際についてお聞きした。
 

リーガルテクノロジー、コンピューター・フォレンジックとは

――御社は「IT時代における訴訟支援」を行う専門企業を謳っておられますが、業務内容を教えてください。また、「リーガルテクノロジー」と「コンピューター・フォレンジック」とは別のものでしょうか?

守本氏:
 企業を取り巻くさまざまな法的な問題、例えば情報漏えいや誹謗中傷、詐欺、横領などが発生した場合、その対応を企業は弁護士や公認会計士、犯罪ならば警察に依頼します。こうした専門家はまず、情報を整理して状況を確認しながら問題に対処していきます。

 これらの情報は従来、紙が多かったのですが、最近ではほとんど電子情報になっています。また、これらの情報は裁判で使用することがありますから、「証拠」の形で残さなければなりません。

 しかし電子情報は現在では情報量があまりにも多い。例えば普通の個人が持っているPC内の情報を紙に出力すると、トラック4台分になります。それに加えて、電子データは消去や書き換えが簡単に行えます。原本性が疑わしくなると、証拠としての採用も難しくなるため、原本性を確保することに注意しながら取り扱い、調査し、証拠としなければなりません。

 これらの作業を弁護士や公認会計士、刑事が行うのは難しいので、電子情報を証拠として取り扱う専門技術が必要となります。こうした訴訟支援技術を「リーガル(法律)テクノロジー」と呼んでいます。

 一方、警察のような公の捜査機関がこうした技術を使う場合、科学捜査、鑑識の意味で「フォレンジック」と呼んでいます。

日本の司法制度にはない米国民事訴訟の「ディスカバリー」

――日本と米国では民事訴訟において制度が異なる部分があり、米国に進出している日本企業が対応に苦慮するケースが多いと聞きますが、どのような点でしょうか?

守本氏:
 米国民事訴訟法には「ディスカバリー」という日本の司法制度にはない手続きがあります。これは事実審理の前に原告と被告がお互いに証拠を開示し合い、問題点を整理し、訴訟の早期解決を図る独特の習慣です。これがあるために、米国の裁判の90%以上が実質審理までに行く前に和解してしまいます。と言うのも証拠を双方が開示しあった段階で、裁判の勝敗がわかってしまうからです。

 ただし、証拠を出す手続きでは「誠実に、正確に、期限内に」という原則に則ることが求められます。証拠の隠蔽や遅延は非常に重い罰則が与えられます。しかも形式主義に則っているので、「こうした原則を知らなかったから証拠を提出しなかった」という主張は認められず、制裁の対象となります。

 また、提出する資料の選定も重要です。証拠となるものは何でも提出すればよいというものではなく、例えば、特許侵害訴訟を行っている際に、特許侵害訴訟には関係ないが、コンプライアンスに触れる事実がわかる情報が存在した場合、「このようなコンプライアンス違反を行う会社は、特許侵害も行う企業であろう」と不利な推定をされてしまうこともあります。

米国の民事訴訟では、ディスカバリー制度という日本にはない制度があり、メールやドキュメント、会議録音データなど関連データの洗い出しと絞り込み作業が必要となる

――ディスカバリーはどのような流れで行われますか?

守本氏:
 まず、訴訟に関係ある人間や部署を洗い出し、関連するデータを選び出します。その際には、隠蔽の疑いをかけられず、選択した理由が明確になるように個人が使用しているPCがどこにつながっていて、どのデータとどのテータが関連するかなどを示すデータマップを作成します。

 次に証拠保全を行います。PCのバックアップデータも確認し、原本性を保ちながらコピーします。紙情報はスキャニングしOCRにかけ、電子データと合体させます。ここで重要なのは、元のデータを破壊しないように細心の注意を払うことです。民事訴訟に限らず、FTC(連邦取引委員会)やSEC(証券監視委員会)、ITC(国際貿易委員会)などが企業に対して行う調査ではデータの原本性が厳しく問われるからです。

 このように集めたデータのなかから必要なデータを抽出し、弁護士が閲覧することになりますが、膨大なデータの閲覧をより効率的に行うためにデータベースを作成します。そして関連するキーワードを選定し、検索、訴訟に関連するデータを抽出します。この部分にもノウハウがあり、どの程度データ量を絞り込めるかで調査作業量が影響されます。当社の実績では、当初のデータから約30~60%までに絞り込むことが可能です。

 その後、企業の訴訟担当者と弁護士が証拠を閲覧し、選別する作業を行います。コンピューター技術で選別したデータでも最終的には機械任せでなく、人間が判断します。

UBICにおけるリーガルテクノロジーサービスの流れ
UBICで行う、より具体的なリーガルテクノロジーサービスの作業フロー

――ディスカバリーにはどの程度の時間がかかるものでしょうか?

守本氏:
 データの量など訴訟のケースによります。簡単なものなら、証拠を保全して、解析して提出するまで1カ月から1カ月半あれば終了するものもあります。しかし、保全を行い、解析をした後、相手方との調整がさまざまに発生してくると1年かかるケースもあります。

 ディスカバリーのプロセスのなかで、時間と金額が最もかかるのは人が判断する部分で、データを絞り込んだ後、一般的には弁護士や法律事務員等で構成される5人から20人程度の閲覧専門員が1カ月から6カ月程度をかけて証拠閲覧を行い、選別します。このため、正しい技術を使ってどのように閲覧する証拠を絞り込むことができるかで、人手を省きコストを下げる大きなポイントとなります。

 日本企業の場合、もう1つの大きなポイントは日本語の問題があります。

日本企業が海外で訴訟に巻き込まれた場合、当然、本社にある情報の提出を求められ、それが日本語であると、米国の弁護士が理解できるように翻訳する必要が出てきます。

ディスカバリーにおける現状の問題~言語の壁とセキュリティ

――翻訳はどのように行うのでしょうか?

守本氏:
 弁護士が日本語の通訳とペアで閲覧するか、文書を翻訳機にかけます。しかし、分量が多いのと、機械翻訳の精度の問題で、翻訳結果を何度も見直す必要があり、コストがかさむことになります。

 当社の実質的な競合企業は約30社の米国企業ですが、日本語を実際に処理できるシステムを保有している企業はありません。「日本語の処理も可能」と謳っている弁護士も、実際は下請けに出していることが多い。その下請けが孫受けに翻訳を依頼し、実は日本の隣の企業が翻訳を行っていたというケースもあり得ます。弁護士がベンダーに下請けに出すことは業界の常識となっています。

 また、日本語はASCIIコードのほか、シフトJISなど多くのコードがあり、文法も独自のため、機械処理が進んでいません。このため、英語で効率のよいサーチエンジンでも日本語文書の場合、ゴミヒット(関連のないデータの抽出)になることが多い。このため、どうしても人手に頼ることになり、膨大なコストがかかることになります。

 このあたりにも日本企業が海外での訴訟に勝てない一因があると思います。

 当社は日本語解析のソフトウェアを自社開発しており、アジア言語に対応している世界で唯一のリーガルテクノロジー企業です。

 もう一つ指摘しておきたい重要な問題が、日本企業のデータが無防備で海外に送られているということです。

複数の文字コードが使われ、単語の区切りが判別困難な日本語の文章は機械解析が難しい

――セキュリティはどうなっているのでしょうか?

守本氏:
 リーガルテクノロジー企業では顧客の訴訟に関連するデータは高い機密で管理されているのではないかと皆さん思っていらっしゃいますが、実は、ダンボールに入れて海外に送っています。日本企業のなかではセキュリティにあれだけ配慮しているのに、訴訟となると、暗号も解いて海外に送っています。そこからまた、海外の下請けに送られていることを知らないでいます。欧州は「データプロテクションロー」があり、国内でしかディスカバリーの処理を認めていません。

 こうした法律が存在しないのは、先進国のなかで日本だけで、私はこの問題について、いろんな人に話しているのですが、まだ、関心が低いようです。

社内では厳しいルールで運用していても、リーガルテクノロジー企業のデータセンターが別の国にあったり、中国やインドなどの人件費の安い企業に翻訳の下請けを頼んだりでデータが拡散するおそれがある

 また、訴訟に関して日本企業は極度に怖がる傾向にあります。問題は経営陣の証拠の重要性についての意識の差で、訴訟になったとき、証拠がどこにあるのか不明のため、訴えられると混乱してしまう。逆に相手が特許侵害をしている場合でも、訴訟に金額がかかりすぎるということから、怖くて訴訟を起こすこともできない。

 日本企業は良くわからないので弁護士の言いなりになっているケースが散見されますが、弁護士のなかにはディスカバリーを経験していても、Eディスカバリー(電子証拠開示)の経験がない弁護士もいるので、「弁護士は神様」という考え方を日本人は改めた方がよい。今後は、日本企業も国際ビジネスのなかで訴訟により相手企業を訴えるという交渉のカードを切っていかないとだめだと思います。

 リーガルテクノロジーはその際の強い味方となります。


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(丸山隆平)

2010/4/2 06:00