ロゼッタストーンって何だ?
●20歳のチャット相手
米国に20歳のチャット相手ができた。性別不明のその人(表示名からすると男性のようだが)とは、語学ソフト「Rosetta Stone TOTALe(以下、ロゼッタストーン)」を使った、Rosetta Worldというオンラインコミュニティで知り合った。
彼/彼女は、高校の授業でとったことのある日本語をもう少しやってみたいとロゼッタストーンを始めたとのこと。ローマ字書きの日本語で簡単な自己紹介をしたあと、向こうが日本人の名前についてこれはどういう意味かと聞いてきたり、こちらも疑問に思っていた英語に関する質問をしたりした。知らない人と文字チャットするのは多分Compuserve以来(!)で、海外の誰かとリアルタイムにつながる感覚を久々に新鮮に思い出した。
●“仲介役”はロゼッタストーン
Rosetta Stone TOTALeのホーム画面。左上の広い枠がCourse、右上がStudioの予約画面、下がWorld。Worldには現在オンラインになっている他のユーザーの人数が表示される。まだユーザーが少ないのか0人のこともよくある |
「この男、ロゼッタ人」
魚屋のおじさんが、お客に合わせていきなり2カ国語を操り出すTVCMを最近目にした人もいるだろう。このおじさんが使ったはずなのが語学ソフトのロゼッタストーンだ。
ロゼッタストーンは米国生まれで、独自のメソッドで展開する31言語の語学ソフトが世界各地で販売されている。そのため、英語のユーザーも、日本語のユーザーも世界中にいる。今回、従来のCD-ROMソフトにオンラインサービスが加わった新バージョンが出たのをきっかけに、英語(アメリカ)版を使ってみた。そしてすぐに、海外のユーザーとつながる、ユニークな体験をしたというわけだ。
ロゼッタストーンのメソッドを、同社は「ダイナミック・イマージョン」と呼ぶ。 母国語を身に付けたとき同様に、直感で外国語を体得することを目指し、母国語の説明を一切排する。画像を見て、ネイティブの音声を聞いて、その発音をオウム返ししたり質問に答えたりする。こうしたPCならではのインタラクティブ学習によって、英語世界への“没入”感覚を作り出している。
新バージョンでは、Rosetta Courseと呼ばれる、このコア学習部分はそのままに、ネットワークを利用した2つのスペースが加わった。ひとつが、オンラインで予約して、ネイティブスピーカーの教師と少人数でのウェブレッスンを受けられるRosetta Studio。もうひとつが、反射的に答えていかなければならない語学学習ゲームと、ボキャブラリーやリスニングの強化に役立つ音読教材とを好きなように利用できるRosetta World。ここでは、先にふれたように他の学習者と学習ゲームのオンライン対戦やチャットをしたりすることもできる。
つまり、コンピューターによる反復を中心とした没入学習に、生身の人間とのリアルタイム・コミュニケーションが加わり、トータル(TOTAL)な語学学習がより手軽にできるようになった。
オンラインサービスは15カ月有効で(レベル1~5のセットを購入した場合)、期限が来たら1カ月分からサービスを買い足すことができる。また、Course部分は前バージョンと基本的に同じプログラムのため、前バージョンのユーザーは、アップグレード(有料)することができる。
●反復学習を巧みに徹底させるRosetta Course
Courseのレベル・ユニット別の学習内容。基礎の基礎であるレベル1、ユニット1でもレッスン5まである |
"Hello."の画面 |
新鮮な体験ができたStudioとWorldの実際は、次回以降でレポートする。今回は、核となるCourseで、ダイナミック・イマージョンによる英語学習が、どんな感じのものだったかレポートしたい。
「英語(アメリカ)」コースは5つのレベルで構成されており、誰もが最初のレベル1から始めることが推奨されている。レベル1の冒頭はもう本当に、中学1年の4月の授業のような内容に見える。何しろ"Hello.""a girl""a boy"から始まるのだ。しかしよく見ると、これが、なかなか巧みに練られている。
第一に、確かに、説明がなくても直感で自分に課されているリアクションがわかるようになっている。第二に、それが有無を言わさずにどんどん、しかも反復して進む。第三に、その進み方が自然と新しい単語や言い方を学べるように配置されている。
レベル1を冒頭から始めると、2つの写真が現れる。どちらも人物の上に"Hello."と書いてあり、その横に丸いスピーカーマークが付いている。それに気付くか気付かないかのうちに、"Hello."という女性の声が流れ、女性の写真のスピーカーマークが緑に光る。次に男性の声で"Hello."と流れ、男性の写真のスピーカーマークが光る。そして次の瞬間、右の"Hello."の文字の真下に下線と丸いマークが付いたスペースが現れ、マークが光ってポンと鳴る。
こちらに"Hello."と言うことを要求しているのだということはすぐわかる。マイクに向かってしゃべらないでいると再度、マークが光ってポンと鳴り、リアクションを促す。こちらの"Hello."の発音が正しいと、線の上に"Hello."の文字が黒々と浮かび、マークが緑に光ってタララーンとお褒めの音が流れる。そして、再度"Hello."というネイティブのお手本の声が流れて次の画面に移る。発音が悪いとヒョヒョーンと気の抜けた音がしてマークは緑にならず、"Hello."の文字も薄く浮かぶだけですぐに消えて、また下線スペースに戻って再挑戦を促される。
つまり、最初の最初から、聞く・話すのアクションをポンポンと早いテンポで要求されるのだ。
しかもうまくできていると思うのが、"Hello."を繰り返すとき、2種類の発音を提示していること。頭のeに強勢が来て「ヘロウ」という感じになるパターンと、後ろのoに強勢が来て「ハロウ」という感じになるパターンと。あまりに簡単な語なので、学校の授業などでいちいち「発音が2種類ありますね」などと言及されることは少ないと思う。でも私の場合、この挨拶を色々な人と交わすようになってから別パターンに初めて気付いた経験がある。だから、このように2種類の発音に初めから自然に親しめるのはいいことだと思う。
また、人物の写真も思わず目を引く笑顔のアップで、目線はこっち向き。細かなことだが、これが2人の人物が握手している俯瞰のイラストなどだったら、引き込まれる感覚はだいぶ薄くなるだろう。
a girl、a boyの音声が流れたところ |
a girlの音声と文字から女の子の写真をクリックすると合格となり、a girlの文字が右下にある女の子の写真の上にはまる |
次のシーンに進む。出てくるのは女の子と男の子の写真が2枚ずつ。上の女の子・男の子の写真の上にはさっきと同じパターンでそれぞれ"a girl""a boy"と書かれており、マークが光って"a girl""a boy"と音声が流れる。そして"a boy"と書かれた札が4枚の写真の上に現れ、"a boy"と音声が流れる。見ると、下の男の子・女の子の写真の上にはちょうどその札が納まるスペースがある。"a boy"がどちらの写真を指すのか答えよと要求されているのだ。今度は発音でなく、単語の意味理解を求められるわけだ。
ロゼッタストーンでのリアクションの方法は、大きく言ってこれで全部。マイクに向かって話すか、クリックで写真や文字・文を選ぶか。
三番目のシーンに進もう。女の子がご飯を食べている写真に"The girl is eating."、女の子がジュースを飲んでいる写真に"The girl is drinking."という文が書かれており、音声が流れる。質問は"The boy is drinking."。男の子がリンゴを食べている写真を説明しているのか、牛乳を飲んでいる写真を指すのか、というものだ。
さっき習った"girl"と"boy"がすぐに使われている。しかし"is eating"と"is drinking"の現在進行形はいきなり現れる。日本の英語教科書的な発想なら、こういう展開はありえないだろう。昔の教科書だけでなく、会話中心になってきた最近の教科書でも、ウェブ上でちょっと調べた限り、初めに習うのはBe動詞や動詞の原形。それから現在進行形に進むように見える。しかし考えてみれば、誰かが何かを食べているところを見ながら話すなら、"He is eating."は自然で、よく使う形だ。むしろ"He eats."のほうが使う出番は少ないくらいだろう。
また、"is -ing"が現在進行形なのだといった類の説明が一切出てこなくても、大人がクイズを解くときのような常識を働かせれば、先の2つの文では"is -ing"の形が共通していて、写真も何かをしているところということが共通している、とすぐ気付く。こうして自然に"is -ing"の形に慣れることができる。文の違いは"drink"と"eat"にあり、写真の違いは飲んでいるところと食べているところにある。これもすぐ気付く。だから、これまでの2回の質問と回答のパターンを応用すれば、"The boy is drinking."が男の子が何かを飲んでいる写真を指すことは、英語に全く初めてふれる人でもわかるだろう。
"The boy is drinking."に当てはまるのは下のどちらの写真か | 次の問題は"The boy is eating."。牛乳を飲む男の子を選ぶとバツを食らう |
このように、新しい単語や言い回しも、頭の体操的に類推しながら学んでいける構造になっているのがユニークだ。課されるリアクションも、リピートしてしゃべるだけでなく、質問に答えるものもあるし、文を選ぶ際も、文字無しで聞いて答えるものもある。綴りと発音の関係を学ぶフォニックス的なものも導入されている。単純なようでいながら、飽きずに読む・聞く・話すのスキルをバランスよく学んでいく工夫が凝らされているのがわかる。
とはいえ、この学習は、クイズのように楽しいばかりというわけではない。なぜかというと反復がしつこいのだ。
レッスン1ではboy、girl、man、woman、men、womenなどのいくつかの名詞、drink、eat、cook、read、walk、runなどのいくつか数個の動詞、それに複数形と現在進行形の言い回しを学ぶ。もし英語がアラビア語やヒンディー語並みに縁遠い言語なら、これでも盛りだくさんかもしれない。でも英語の場合、ほとんどの人にとっては「え、ここから?」のレベルなわけで、それを35個のシーンを通して延々とやっていると、さすがにイライラッとするときもある。
それに、いくら早く答えをクリックしようとしても、ポーンとキューが鳴るまで待たないと反応がないし、並んだ写真の位置が時々変わるので、さっきは"a boy"の写真をクリックさせたから次は二択の残りの"a girl"の写真だなと思って待ちかまえていると、キューが鳴ったときにはその場所に男の子の写真が来て、間違い扱いになったりということも。だからやはりそれなりに時間がかかる。
むろん、"Hello."の2つの発音のように、簡単だからといって見逃している事柄はあるし、girlやwomanの発音でダメ出しを食って、自分の弱点を発見する人もいるだろう。でも、最初にプレイスメントテストをして、あなたはここからでもいいですよといったショートカットを用意してくれてもいいのではと思う。自分の弱点やニーズに合った部分なら、反復は歓迎だ。でもロゼッタストーンではそういうアプローチはとっていない。
4番目のシーンは再び発音問題。girlはちょっと難しいかも | 先に進んでいくと、様々な動詞(の進行形)や複数を学ぶ。ここは文字なしに音声から写真を選ぶ |
●他の学習手法との違い
さて、では中1の4月をもう済ませている日本人の大人にロゼッタストーンが向かないのかというと、そんなことはない。他の英語学習法と違う大きな特色があるからだ。他の英語学習法と、ロゼッタストーンの、特にコア学習部分のCourseとを私なりに比べてみた。
◎生素材
インターネット時代になってから、ネイティブの英語を見聞きするというだけなら、ナマ素材は音声・映像・文字、なんでも無料であふれている。しかし、それらは特に初中級者にとっては、学習に結び付けにくい。音声が速すぎる、意味が難しすぎる、疑問点に答えてもらえない……。やはり自分のレベルに合わせて手をとって教えてくれるような学習教材の安心感が欲しくなるだろう。
◎CD、ラジオ、ビデオ、TV
学習用として編まれている教材も世の中にはたくさんある。CD付きの学習書、ラジオやTVの番組、CDオンリーの製品等々。自分のモチベーションとニーズがしっかりしているなら、自分に合ったものを選べば、それらでかなりの効果が得られる。
ただしこういう旧来メディアによる教材はインタラクティブ性がない。一昔前までは、自分でリピートしたり、問題を解いたりして学習してきたわけだが、PCもネットもある時代に、それを使わないのももったいない。
ロゼッタストーンでは、例えば発音ならば、ネイティブ音声にリピートしたときに、その発音がよかったかどうか音声認識判定される。単語だけでなく文章でも、この文節はOK、ここはよくなかったと色分けして表示される。さらに次回にふれるつもりだが、自分の発音を録音で聞きながら、ネイティブの音声の波形と比べることもできる。ダメ出しからOKへと持って行く方法までは示してくれないが、悪い個所に気付き、何回でも練習できるので、一歩一歩、自信を付けていくことができる。これはCDやラジオと比べた大きな利点だ。
また、個人的に、語学学習にはパターンプラクティスが欠かせないし、ひとりで学習するときは、この単調なパターンプラクティスの苦痛に耐えることがひとつのヤマだと思っている。"What is he?""He is a student.""What is she?""She is a teacher.""What are they?""They are...."のように、文法のパターンを飲み込んで反復的・反射的に質問に答えていく練習は、語彙や動詞の活用を自然に使えるようにしていくためには必要だが、ひとりでこれを続けるのはつらい。
しかしさっき紹介したように、ロゼッタストーンでは手を替え品を替え、クイズのようにパターンが繰り出される。無痛とは言わないが、繰り返しが多い割には飽きずに、いつの間にかプラクティスを積むことができる。
◎英語学校
先生やほかの生徒がいる教室環境では、あまり飽きずにパターンプラクティスを積むことができるし、ネイティブスピーカー、あるいは本当に英語に堪能な人との会話からは、こんなときはこんなふうに言うのか、こう聞こえるのかという発見がある。でも学校には、教室という特殊な空間なのでほかのシチュエーションでの語彙力や会話力を積みにくい、教室に通わなければならない時間と場所の制約が大きいという欠点もある。教師の質も吟味しないとならない。
ひと頃はやった「駅前留学」やウェブでの「お茶の間留学」も、時間と場所の制約を小さくする工夫だったといえる。サービスの質が理想的だったなら、生徒からそんなに苦情は出なかったかもしれない。しかし学校運営にはコストの問題は常にある。ネットやPCを使う教材が意外と少ないのも、ひとえに教材開発コストの問題なのだろう。ロゼッタストーンは世界同一製品展開で需要を確保することで、この問題をある程度クリアしているように思える。
ロゼッタストーンには、様々な写真によってできるだけいろいろなシチュエーションの語彙や会話力を得させようとしている努力が見える。また新サービスStudioは、まさにお茶の間留学的な空間だ。
◎日本人特化型の学習
日本語の発音や言い回しにとらわれての、日本人特有の苦手分野は確かにある。そこを重点的に教えてもらえれば、問題解決の早道になることがあるのも確かだ。逆に日本人に特化していない英語学習法を不安に思う人もいるかもしれない。
しかし個人的には、少なくともロゼッタストーンが中心に据えている初中級レベルでは、そこをことさら重視する必要はないと思う。日本人特有の……という分野に興味があれば、それなりの学習書はたくさんあるので、ほかで勉強すればよい。それよりむしろ、外国語教授法として昔からある割には日本では意外と実践できない、イマージョン方式を体験するよい機会ととらえられるのではないだろうか。
日本語の説明が英語学習の妨げになるとは思わない。大人の学習者にとって、適切な説明は外国語理解の助けになると思う。でも、日本では学校でも自主学習教材でも、日本語訳や解説がある場合のほうが圧倒的に多い。そればかりに親しんでいると、海外に行ったときなどの戸惑いにつながりかねない。米国発のロゼッタストーンには、やはり日本発の教材にないクセというか色がある。こうした色や日本語のない環境も、英語の世界に慣れることに役立つ可能性がある。
●オンラインサービスが付いた新バージョンの効果
ロゼッタストーンのパッケージ |
ロゼッタストーンのディスク。今回試した英語(アメリカ)のレベル1~5セットは、アプリケーションディスクとレベル1~5の計6枚のCD-ROMとなっている |
もっとも、従来のロゼッタストーンには閉じた空間ならではの弱点があった。パターンプラクティス的な練習量は多いのだが、そのパターン部分がちょっと足りなかった。
ロゼッタストーンの反復練習は、ある単語や文を、知っているというパッシブなものから、使えるアクティブなものに変える手助けをしてくれる。しかし、もともとの語彙や言い回しがそれほど多くない(数千語レベルとのこと)ので、パッシブ部分のプールはあまり大きくならない。アクティブな数千語のボキャブラリーがあれば、をカバーしていれば普通に話すにはまあ困らないだろう。だが、聞くとき、読むときは困るし、時には「あ、これが言いたいのに」という状態に陥ることもあるはずだ。
また、インタラクティブとは言ってもコンピューター相手なので、結局はひとりでの勉強。モチベーションが続かなくもなりやすかった。そうした弱点が今回のRosetta WorldとRosetta Studioの追加で補われた感じがする。
Studioの授業では、こちらのレスポンスを聞きながら教師がいろいろな質問をしてくる。Courseのリアクションでは基本文のマネやそれを変形させた文を返すことだけが求められるが、Studioではそれを超えて、写真内の情況を細かく説明したり感想を述べたりしなければならない。言いたいのに適切な語が出てこないのを察すれば教師が新しい単語を教えてくれたりもする。
また、Worldでストーリーを読む(聞くだけにすることもできる)ことで、今までより長い文章に慣れることもできるようになった。同じくWorldのゲームは、Courseのときとは違う英語の反射神経が求められるし、Courseの息抜きにもなる。冒頭で紹介したように、海外にも英語学習者や日本語学習者がいるのを実感するのは楽しい経験だ。一度ゲーム対戦をしたり一緒にStudioの授業を受けたりした相手は自分の「コネクション」となり、オンラインかどうかが表示されて、オンラインであればチャットに誘うことができる(Windows Live Messenger、Skype、Facebookなどと同じ感じ)ので、英語を積極的に使い、親交をもっと深めることも可能だ。
このように、閉じた空間ではレベル5の最後のレッスンまで到達すればそれで終わりだが、オンラインサービスが加わったロゼッタストーンでは、その後も自分なりに学習が続けられるようになった。それでもまだ、提供される英語の量が薄い感じはあるものの、これまでと違うアプローチで勉強し直してみれば、得るものは多いと思う。
なお、インストールはパッケージの場合、ネットにつないだPCのUSBポートに付属のマイク付きヘッドセットを接続し、アプリケーションCDをインストールしたあと、ウィザードに従って言語CD(各レベル1枚)をインストールし、最後にアクティブ化コードを入力するだけ。コードを書いたカードはパッケージに入っている。
次回は少し上のレベルでのCourseの学習の様子や、Studio、Worldの様子をもう少し詳しくレポートしたい。
関連情報
2011/2/22 09:00
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