フリーランスも知っておくべき「改正電子帳簿保存法」最低限の基礎知識

第1回

「電子帳簿保存法」改正で何が変わる? 個人事業主がやらなければならないことは何?

税理士の杉山靖彦さんに訊いてみた

 2022年1月から「電子帳簿保存法」が改正されます――。去る記者会見でそんな話を耳にした。しかし、影響があるのは大企業をはじめ経理担当者が存在するような企業で、筆者のような個人事業主には全く関係のない話だと思っていた。ニュースやコラムを見ていても、2023年にスタートする「インボイス制度」が個人事業主に大きな影響を及ぼすという話はよく目にするのだが、電子帳簿保存法に関しては目にしたことがなかった。

 一方で、11月中旬以降「やはり電子帳簿保存法の改正は個人事業主には関係ない」ということを急に耳にするようになった。一体どっちなんだろう? 関係あるのだろうか? ないのだろうか? もし、関係あるとしたら、何に注意をして、何をしなければならないのだろう? そこで、杉山会計事務所の税理士である杉山靖彦さんに、どんな部分を押さえるべきなのか詳しく訊いてみた。

杉山 靖彦
早稲田大学卒。1994年、マイクロソフト株式会社(現・日本マイクロソフト株式会社)入社。「Office」のプロダクトマネージャとして、「Mac Office 4.2」「Office 95/97」のリリースを担当。1997年退社。1998年に会計事務所を開業。公開会社やベンチャー企業の取締役、監査役、大学非常勤講師を務める。ライターとして業務ソフトやOffice関連の執筆活動も展開している。著書に『「あるある」で学ぶ 忙しい人のためのパソコン仕事術』(インプレス)など多数。

三浦 優子
日本大学芸術学部映画学科卒業。2年間同校に勤務後、1990年、株式会社コンピュータ・ニュース社(現・株式会社BCN)に記者として勤務。2003年、同社を退社し、フリーランスライターに。「PC Watch」「クラウドWatch」をはじめIT系媒体で執筆活動を行っている。
自身も個人事業主ということで、気になっていた「改正電子帳簿保存法」についての疑問を解決すべく、本記事を企画・執筆することに。

改正電子帳簿保存法で何が変わる? 個人事業主にも関係ある?

――最近、「電子帳簿保存法」という文字をよく見かけるんですよ。「セミナーを開催します」みたいな広告も多くて。あれ、私みたいな個人事業主には関係ないんですよね? スルーでいいんですよね?

杉山氏:いや、残念ながら個人から法人まで、基本的には税務申告をする人ほぼ全てが関係します。

――え?! 個人事業主にも? 自分で確定申告をしている小さいところにも関係あるんですか?

杉山氏:あります。今回の改正の重要なポイントの1つが、「オンライン取引」の証憑類をきちんとデジタルデータとして保存しなければならない、ということなんです。

――オンライン取引? それ、「企業間取引」とか「EDI」とか検索してどういう意味か調べないと分からないような取引のことなんじゃあ?

杉山氏:いえいえ。例えば、業務で使う備品をAmazonや楽天で買う場合の取引もオンライン取引です。銀行振込でオンラインバンキングを使っている人も対象になります。仕事上、何らかのクラウドサービスを使っていて、紙面ではなくオンラインで契約するケースが増えていますよね? そういった場合も、オンライン取引の対象となります。

 もちろん、どうしてもオンラインで買い物をするのが嫌、銀行も窓口に行って振り込みして記帳します、という方もいるとは思うんですけど、一部分だけでもオンライン取引を仕事で利用している人は増えているのではないでしょうか。特に個人で業務を行われている方は、振り返ってみると、オンラインで買い物もしていないし契約も全て紙面というケースは少ないと思うのです。

 それを踏まえると、2022年1月からスタートする電子帳簿保存法の改正は、ほぼ全ての人に影響があるものと思った方がいいということです。

――猶予期間とかないんですか? 急にそんなこと言われても困る!って思います。こういう税金とかに関係あるやつって、「実施までには猶予期間が」ってよく書いてある気がするんですが。2022年1月から猶予期間があるってことじゃないの?

杉山氏:猶予期間を終えて、施行されるのが2022年1月になるんです[*1]

――えー! 全然知らなかった。そんなにいろいろな人に影響がある改正なら、もっと前から話題になるべきなのに!

杉山氏:実は2021年7月に国税庁から「電子帳簿保存法一問一答」という、電子帳簿保存法改正に関するQ&Aが発表されました。我々のような専門家も、それを読んでみて、今回の改正がとても多くの人に関係するものだと気が付いて、慌てて対応を始めたようなところがあるんです。そのため、夏以降は電子帳簿保存法改正に関するセミナーが増えたんですね。

[*1]…… 改正電子帳簿保存法の施行まで1カ月を切った12月10日になって、オンライン取引情報のデジタル保存の義務化に2年の猶予を設けることが、政府与党の「令和4年度税制改正大綱」の中で示されました。詳細は、本連載の第2回を参照。

(追記 2021年12月22日)

▼ポイント

  • 今回の改正により、「オンライン取引」の証憑類は「デジタルデータのまま」保存しておかなければならなくなる
  • 「オンライン取引」には、Amazonでの買い物、オンラインバンキングの振込、クラウドサービスの契約なども含まれる
  • 事実上、全ての事業者が「オンライン取引」を行っているはずだから、企業だけでなく、個人事業主も対応する必要がある

改正電子帳簿保存法に対応した証憑類の保存方法とは?

――関係あることは分かりました。猶予期間はなく、2022年1月から対応しないといけないことも分かりました。それじゃ具体的に何をしなければいけなくなるんですか?

杉山氏:簡単に言うと、これまでの電子帳簿保存法は、紙で受け取った領収書をスキャナーで読み取って保存することが簡単ではなかったんです。「事前届け出が必要」など敷居が高かった。

 ところが1月からは、届け出は一切必要なく、紙でもらった領収書をスキャナーで読み込んで保存することが可能です。紙の方は廃棄してしまってもいい。

――あら! これまで電子帳簿保存法の改正って迷惑なものだと思っていたけど、紙は捨ててデジタルデータ保存でOKって便利だし、紙の領収書を残しておかなくてよくなるのはすごくいいことじゃないですか!

杉山氏:はい。とてもいい面もあるんです。紙でもらったまま保存しておきたいという場合は、紙で保存しても大丈夫です。ただし、Amazonや楽天、Yahoo!ショッピングといったオンライン取引で購入した場合は、これまでは、メールで届いた領収書をプリントアウトして保存していた人もいたと思いますが、これができなくなります。紙ではなく、デジタルデータとして残さなければいけません。

――そうか、これまではECで購入した場合の領収書も紙に印刷して保存していましたけど、それはダメってことですね。

杉山氏:そうです。現金で買い物をして紙で領収書をもらったら、それは紙で保存できます。しかし、オンラインで買い物をしてオンラインでもらった領収書は紙に出力して保存してはダメです。デジタルデータで保存しなければいけません。

 一方、紙でもらった領収書は、スキャンして保存できますが、注意点があります。取引後のスキャンと会計処理は、最長2カ月+7営業日以内にやらないといけない。

――ん? これまでは確定申告前に、まとめて確定申告のためのソフトに入力作業をしていましたけど。

杉山氏:そのやり方ですと、紙でもらった領収書をスキャナーで読み込んで保存するというのはNGということになります。

 では、その期限を過ぎてしまった場合はどうしたらいいのか?ということですが、その場合は、そのまま紙で保管しておいて下さい。電子帳簿保存法は、全てをスキャンして電子化することを求めているわけではなく、スキャンデータと紙の混在を容認しています。できることなら全部スキャンしておきたいですが、期限を過ぎた領収書は紙で保管しておかないといけません。ただし、スキャンデータにしてはいけないとは言っていないので、スキャンして他の領収書類と一緒に保管しておいてもいいと思います。もし、税務調査などで税務署に言われたら、ゴソゴソと紙の領収書を出してくればいいんですよ。紙でもらった証憑は紙のまま保存していいんですから。

 ただ、紙の領収書など証憑類をスキャナーで読み込んで保存する場合には、修正や削除の履歴が残るクラウドドライブでの保存・管理、または、ローカルドライブに保存する場合にはタイムスタンプの付与が必要になります。

――え? え? 一気に面倒くさい話になってきました。入力作業は1年に1回、確定申告前にまとめてやるのはダメ。しかも、保存先はクラウドにする。自宅のハードディスクやSSDで保存する場合にはタイムスタンプがいる? タイムスタンプって全く使ったことがないんですけど、それ何ですか?

杉山氏:要するにそのデータが何時何分に保存され、改ざんされていないと証明する仕組みです。

――慌てて調べてみたら、総務省の「国民のための情報セキュリティサイト」には、「ある時刻にその電子データが存在していたことと、それ以降改ざんされていないことを証明する技術。タイムスタンプに記載されている情報とオリジナルの電子データから得られる情報を比較することで、タイムスタンプの付された時刻から改ざんされていないことを確実かつ簡単に確認することができます」と説明されていました。

杉山氏:調べてもらうと分かりますが、タイムスタンプを利用するための仕組みはけっこう高額なものも多いんです。国税庁でも、そんなに高額なものを使う必要はないとしているんですが、信頼性があるものを選ぼうとなると安くても年間10万円くらいになってしまう。その辺を考えると、クラウドドライブでの保管をお勧めします。クラウドドライブでの保存・管理はそんなに大変なことではないですが、ローカルドライブに保存するとなると、タイムスタンプの付与が必要になるので、やめた方がいいと思います。

 それから、ファイル名として「日付_取引先名_金額」を付けないといけません。案外、これが一番面倒ではないかと思います。取引先の名前が長い場合はけっこう大変ですね。

――はぁ、パソコンの横に貼って、忘れないようにしないと。クラウド会計ソフトの中には、証憑類をクラウドで保存するサービスを出したところもありますが、そういうものを使うのもありですか?

杉山氏:自分で使いやすいと思っているのであれば、それを利用するのもいいと思いますよ。注意点としては、途中でそのサービスをやめるのが難しいという点です。途中でやめてもデータはそのまま利用できるのであれば問題ないですが、「せっせと保存したデータが読めなくなるのが困るので、なんだか使いにくいんだけどやめられない」「利用料が高いんだけど、データを利用するためにサービスを続けなければならない」といった事態になる可能性もあります。利用を始める前に、コストや使い勝手をきちんと検証した方がいいと思います。これはクラウドドライブにデータを保存する場合にも言えることです。

▼ポイント

  • メールなど「オンラインでもらった領収書」→「印刷して紙で保存」はNGに
  • 「紙でもらった領収書」→「紙のまま保存」でOK
  • 「紙でもらった領収書」→スキャンして「デジタルで保存」してもOK(だたし、クラウドドライブでの保存・管理、または、タイムスタンプの付与が必要)

結局のところ、個人事業主は何をどうすればいい?

――杉山さんの話を聞いているうちにだんだん憂鬱な気分になっています。確定申告に関わる作業が2022年以降、かなり面倒になりそうで。

杉山氏:ここまで脅しておいて言うのもなんですが、11月12日に国税庁から、改正電子帳簿保存法の効力が極端弱められるQ&Aの追加発表がありました。

 当初の発表では、改正電子帳簿保存法に違反すると青色申告が取り消されるという罰則があり得るとされていたのですが、その追加発表では、対応できていないからといっても直ちに青色申告取り消しにはならないとされたんです。

 実は、非常に煩雑な作業を求める法律だったので、私もホッと胸をなでおろしたところなんです。

――ということは、改正電子帳簿保存法はやはり、気にしなくてもいいということになったのでしょうか?

杉山氏:確かに、オンライン取引の証憑類をデジタルで保存するという作業をしていなかったとしても、直ちに罰せられるということはなさそうです。

 しかし、事業に必要なものをオンラインで購入し、オンラインバンキングで銀行振込をしたり、クレジットカード決済した際に、そもそも振込明細や請求書、取引明細といった証憑類を保存していない方が多く見られます。銀行通帳やクレジットカード明細は決済の証憑であって、資産購入や経費支出の証憑ではありません。

 私は今回の追加発表によって、今後は証憑類(取引明細、請求書、領収書等)がない場合、支出した費用の経費性が認められなくなる可能性が高まったと考えています。

――では、私たちは2022年の1月から、何にどう注意して、何をすればいいのでしょうか?

杉山氏:まず、改正電子帳簿保存法に対応するために、何かをしなければならないということはなくなったと考えてもいいとは思いますが、電子帳簿保存法が改正されて、以前よりは紙で証憑類を保存しなくてもよくなったことは活用すべきだとは思います。

 そして、当たり前のお話ではありますが、振込明細や請求書、取引明細といった証憑類をきちんと保存するということを意識してください。というのも、2023年10月から始まる「インボイス制度」への対応の大きな節税ポイントが、この証憑類の保存にかかっているからなんです。

 ちなみに、インボイス制度って聞いたことありますか?

――はい。正直なところ、詳細は全く分からないですが、「個人事業主に大きな影響がある」という怖い噂だけは耳にしています。

杉山氏:今回の電子帳簿保存法の改正とインボイス制度が直接関係しているわけではありませんが、お金の出入りがデジタルできちんと記録されていくことで、お金の流れがきちんと把握される流れが始まろうとしているように感じます。個人事業主や小規模法人の皆さんも、お金周りを見直すタイミングだと言えそうです。

▼ポイント

  • 「オンライン取引の証憑類のデジタル保存」を行っていないからといって、直ちに青色申告を取り消されることはない
  • ただし、振込明細・請求書・取引明細といった証憑類をきちんと保存しておく習慣を
  • 来たるべき「インボイス制度」に向けて、個人事業主が“お金周り”を見直すいいタイミング

改正電子帳簿保存法をどのように活用する?

 今回は、1カ月後に迫った「改正電子帳簿保存法」で何が変わるのか、また、それに対応するために個人事業主が何かやらなければならないことがあるのか、税理士の杉山靖彦さんに伺った。お読みいただいたように、直ちに大きな負担を強いられるといったことはなさそうだが、インボイス制度に向けて証憑類の保存が大きなカギになりそうだ。

 そこで次回は、インボイス制度を踏まえながら、改正電子帳簿保存法をいかに活用していくかのアドバイスを含め、個人事業主が来年から行っておいた方がいい具体的な対処法を解説していただく。杉山さんによると、改正電子帳簿保存法を活用した証憑類の保存のペーパーレス化のカギは「会計ソフトに証憑類を貼り付けること」だという。「会計ソフトに証憑類を貼り付ける」とは、どういうことなのだろうか?

第2回に続く)

【記事更新 2021年12月22日】
 12月10日に発表された「令和4年度税制改正大綱」の中で、オンライン取引情報のデジタル保存の義務化に2年の猶予を設けることが示されたことを受け、注記[*1]を加筆しました。