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地形模型好きが作った城の模型「城ラマ」、空撮やフィールドワークも行って地形を3Dデータ化、戦国時代の“土の城”の姿を復元

 日本の城と言えば、大きな堀に囲まれた中に建つ天守閣を思い浮かべる人が多いかもしれないが、戦国時代初期~中期までの城は、山や谷の地形を利用して築かれた“土の城”がほとんどだ。そのような“土の城”の魅力を楽しめる模型として城好きに人気なのが、パートナー産業株式会社の社内プロジェクト「お城ジオラマ復元堂」が提供する「城ラマ」シリーズだ。

 「城ラマ」は、城の建物だけでなく、地形も含めて昔の土の城の全体の様子を俯瞰し、さまざまな角度から眺められる地形模型だ。今回はこの「城ラマ」シリーズの生みの親である、パートナー産業の代表取締役社長である“城郭復元マイスター”の二宮博志氏に、戦国時代の城の復元模型に込めた思いや、作成する上でのこだわりについてお聞きした。

天守閣ではなく地形がメインの模型

 パートナー産業は、42年前に二宮氏の父にあたる先代社長が創業した会社で、神奈川県横浜市港北区日吉を拠点として、プリンターの紙送り機構など、ギヤを中心としたプラスチック成形部品を製造している。10年前に会社を継いだ二宮氏は、経営の多角化を考えるにあたり、既存のプラスチック成形技術を活かしたさまざまな製品の開発に取り組んだが、顧客企業に売り込みに行っても今ひとつ反応が悪い。そこで思い付いたのが、二宮氏が長年、趣味にしていた“城”の模型化だった。

パートナー産業株式会社代表取締役社長で“城郭復元マイスター”の二宮博志氏

 「医療器具や車の部品など、プリンターの部品以外の製品をいろいろと検討しましたが、今から当社が参入してもモノになるかどうかは分かりません。それなら自分たちが本当に作りたいもの、世の中に出したいものを考えたほうがいいのではないか、と思いました。それまでの試作では、『何を作ったら売れるか』という視点で考えていたのですが、あるときふと気付いて、自分がどうしても作りたいものでないと、最後までやりきることはできないと考えたわけです。」

 「それなら何を作ればいいかと考えたところ、城を作ることを思いつきました。私は小学生のころから城が大好きで、プラモデルも数多く作ったのですが、市販されている模型はほとんどが天守閣です。でも、城というのは天守閣だけではなくて、地形が大事なのだということをずっと思っていて、それを具現化したものというと、博物館の地形模型くらいしかなかった。私はあの地形模型が大好きなのですが、店では売っていないので、それなら自分で作ってみようと思って始まったのが『城ラマ』シリーズです。この決断については、東日本大震災も大きかったですね。震災が起きたことで、今までは当たり前だと思っていたものが一瞬で失われることがあるのだと分かり、人生後悔したくないと思いました。」

飛行機を飛ばして長篠城を空撮

 「城ラマ」の開発にあたって最初に選んだ城は、「長篠の戦い」で有名な長篠城だった。この城は、2本の川が合流する場所に位置する断崖の上にあり、実に特徴的な地形をしている。

シリーズ第1弾の「三河 長篠城」

 「『城ラマ』を作るにあたって、最初は会社の近くで横浜市都筑区にある茅ヶ崎城で試作品を作りました。ここは都市部なので高精度の航空写真があるため、それをもとに3D地図専門の会社に頼んで立体データにしてもらって、3Dプリンターで出力してみたところ、なんとかいけそうな確信を持てました。それなら最初の製品はどの城にするかと考えたところ、城というのはやはり軍事施設であり、戦いを目的に作られたものなので、戦いがあった城がいいな、と。『長篠の戦い』はある意味、時代が移る転換点でもある重要な合戦なので、その舞台となった長篠城にしようと決めました。」

 城の選定も終わり、いよいよ本格的な開発が始まった。しかし、開発当初は全くの手探り状態だったという。

 「作りたいのはとにかく“地形ありき”の城ですが、そもそも地形をどうやってデータ化するのかさっぱり分からない。長篠城の上空から撮影した写真などもどこにも無かったので、最終的には飛行機を飛ばして空撮することにしました。2作目の高天神城や上田城を作成するときは空撮を行いませんでしたが、長篠城の作成には費用がかなりかかりました。でも、どうしてもやりたかったので、思い切って頼みました。その写真を3D地図専門の会社に頼んで立体データにしてもらって、さらに、新城市が発行している調査資料も購入して、堀や土塁の場所などを調べました。また、実際に現地に行って何度か歩き回ったほか、城郭研究家の藤井尚夫先生にも監修をお願いしています。」

「遠州 高天神城」
「真田氏 上田城」

現地調査や資料をもとに推測しながら過去の地形を復元

 城を調査するときは、登山に近い格好でフィールドワークを行う。天守閣のある大きな城と違って、“土の城”は整備が不十分なところも多く、ときには急峻な崖を上り下りしたりすることもある。また、単に地形を確認するだけでなく、そこにある土が盛られた土なのか、土の質をチェックすることもある。さらに、携帯型のGPSも持っていって、高度の確認も行う。一般的な山岳地形模型の場合、地形の起伏を分かりやすくするために高さ方向を強調しているものが多いが、「城ラマ」はそのようなデフォルメを一切行わないという。

 「国土地理院の地形図や、自治体が持っている縄張図なども使いますが、今の地形を正確に表現するのではなく、昔の城を復元するのが目的なので、参考程度にとどめて、とにかく現地調査を重視しています。実は地形図の等高線というのは、実際に山を見てみると随所に違うところがあって、そういうところはできる範囲で直していきます。」

 二宮氏が現地で地図や縄張り図に書き込んだ修正コメントを見たところ、等高線を修正している箇所が随所に見つかった。調査から帰ってきたあとは、これらの修正をもとに山の形を作り込んでいく作業となる。3Dデータの編集に使用しているのは、オープンソースの3DCG制作ツール「Blender」だ。

調査結果を3Dデータに反映
編集には3DCGツール「Blender」を使用
ワイヤーフレーム表示

 「現在の地形をもとに城を復元するときには、まず、その城の防御思想は何なのかを考えます。周囲の地形を利用してどのように城を守ろうとしているのか、築城した人の考えを想像することで、複数の曲輪のどちらが上位なのか、それらがどのようにつながっているのかを考えていきます。さらに、戦いの記録なども見て、『ここは攻められかった場所だから、崖のように勾配が急な場所だったはずだ』などと推測します。藤井先生とも議論しながら、『この堀はこのような形のほうがいい』とか細かい修正をしながら、データの手直しをしていきます。」

 こうして作成したデータは、ポリゴン化した上で金型に起こし、プラスチック成形される。このプラスチック成形の技術は、パートナー産業がこれまで長年培ってきたノウハウが活かされている。

 ちなみに「城ラマ」シリーズでは、専用のスマートフォンアプリをインストールすることにより、パッケージにスマートフォンのカメラを向けることで城の3D映像をARで閲覧することができる。このAR画像には、金型の作成に使用した3Dデータがそのまま使われている。「城ラマ」の模型そのものも見応えがあるが、こちらのAR画像もなかなかの迫力で、タブレットの大画面に表示させると、さまざまな角度から城を眺めることができる。

パッケージにカメラを向けるとAR画像を表示

「城ラマ」の原点はこだわること

 「城ラマ」シリーズは現在、長篠城、高天神城、上田城の3つがリリースされているが、縮尺はすべて1500分の1に統一されている。

 「市販の城のプラモデルは縮尺がすべて違っていて、私は以前からそれがずっと不満でした。縮尺が違うと、いろいろと集めて並べてみても、大きさがどれくらい違うのかさっぱり分からないからです。だから、並べたときに比較できるように、縮尺はすべてそろえようと思っていました。なぜ1500分の1にしたかというと、ジオラマの大きさをA4サイズにしたかったからです。いろいろと調べたところ、江戸時代に作られた大城郭は別として、中世の在地領主の城の大きさは、1500分の1にすると、ほぼA4サイズに収まることが分かりました。もちろん、もう少し縮尺を小さくするという選択肢もあったのですが、そうすると建物のパーツが小さくなりすぎてしまうため、この大きさがギリギリのラインでした。」

縮尺はすべて1500分の1に統一

 建物のパーツは、プラモデルのようにランナーに付いたまま付属し、購入者はそれを切り取って好きな場所に配置できる。“土の城”の場合、どの位置にどのような建物が建っていたかという記録はほとんど残っていないが、だからこそ「城ラマ」では自由な発想で、好きな場所に置けるという楽しさを味わえる。建物の位置だけでなく、ジオラマそのもののアレンジを楽しむことも可能だ。購入時にすでに樹木や川の部分が着色されているが、ここに木工用ボンドとカラーパウダーなどを使えば、リアルなジオラマに仕上げることもできる。

 「購入していただいた方から、作り込んだジオラマの写真が送られてくると、とてもうれしいですね。写真だけでなく、『城ラマ』の場合はアンケートはがきもよく返ってきます。アンケートの回答を見ると、『よく作ってくれた』『この城をぜひ作って欲しい』といった声がびっしりと書いてあって、『城ラマ』を作って本当に良かったと思います。このアンケートの束は私の宝物ですね。」

市販のカラーパウダーなどを使ってリアルに仕上げることも可能
細かい建物パーツが付属

 今後の予定については、現在、“天空の城”で知られる竹田城を製作中とのことだが、竹田城の壮麗な石垣をどのように表現するか悩んでいるという。また、パートナー産業は横浜市のもの作り支援の助成金交付対象企業にも認定されており、現在、小机城で遊べるARアプリも開発中だ。「城ラマ」のAR画像の制作で得たノウハウをもとに映像分野への取り組みも考えており、「城ラマ」のAR画像についても今後は合戦シーンを入れることなども検討している。

 「城というのは美しいものであり、城のあり方、そしてたたずまいを『城ラマ』を通じてきちんと伝えたい。『城ラマ』の原点はとにかくこだわることであり、人が見て感動するものを作りたい、自分自身が納得できるものを作りたいという思いがあります。製作にかかる労力は半端なものではなく、コスト的にもギリギリですが、買って良かったと思っていただけるようなものをこれからも精一杯作っていきたいと思います。」

ARアプリを開発中の「小机城」のジオラマ(試作品)

片岡 義明

フリーランスライター。ITの中でも特に地図や位置情報に関することを中心テーマとして取り組んでおり、インターネットの地図サイトから測位システム、ナビゲーションデバイス、法人向け地図ソリューション、紙地図、オープンデータなど幅広い地図・位置情報関連トピックを追っている。測量士。インプレスR&Dから書籍「こんなにスゴイ!地図作りの現場」、共著書「位置情報ビッグデータ」「アイデアソンとハッカソンで未来をつくろう」が発売。