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電子書籍の(なかなか)明けない夜明け

第1回 携帯電話で成長できた日本の電子書籍市場

〜今起きていることの整理(上)


それはKindleとiPadで始まった

 よその国で始まったドミノ倒しが、いつのまにか海を渡って自分にも倒れかかってきた。今年に入ってからの電子書籍「ブーム」は、ぼくにはそのように感じさせられるものだった。いったい何が起きているのだろう? ブームに踊らされて、ぼくもこの現象に向き合ってみたくなった。

 これから始める連載では、主に技術や規格の側面から電子書籍を考える。あまりポピュラーとは言えない視点だが、かえって見えにくいものが見えてくるかもしれない。

 しかし今これを語るには、あまりにも情報が錯綜している。そこで電子書籍を考える前提として、2回に分けて今起きていることの整理をしたい。既に多くの人が同種のことを書いているので周回遅れという気もするが、できるだけ信頼できる資料を吟味して、これからの連載の基本となるような視点を提出したいと思う。

 まず試みに昨年末からの電子書籍に関する主なニュースを挙げてみよう。


  • Amazon.com、クリスマス期間中の電子書籍の販売額が、初めて紙の本を上回ったと発表(2009年12月26日)[*1]

  • Apple、iPadを発表(2010年1月28日)[*2]

  • 電子書籍の課題や制度を検討、3省合同の懇談会が初会合(2010年3月18)[*3]

  • 「日本電子書籍出版社協会」発足、出版31社が参加し規格など検討(2010年3月24日)[*4]

  • 日本電子出版協会、「EPUB」日本語要求仕様案を策定(2010年4月1日)[*5]

  • ソニー、凸版印刷、KDDI、朝日新聞社、電子書籍配信事業に関する事業企画会社の設立を発表(2010年5月27日)[*6]

  • 専門書・実用書出版社14社、「電子書籍を考える出版社の会」設立(2010年6月8日)[*7]

  • 紀伊國屋書店が電子書籍販売事業に参入(2010年6月21日)[*8]

  • 電子書籍の3省懇談会、著作権集中管理や統一中間フォーマットの検討を提言(2010年6月22日)[*9]

  • Google、この夏に「Googleエディション」開始〜電子書籍販売に参入(2010年7月8日)[*10]

  • シャープ、新たな電子書籍ソリューションを発表(2010年7月20日)[*11]

  • 大日本印刷と凸版印刷、「電子出版制作・流通協議会」の設立を発表(2010年7月27日)[*12]

  • NTTドコモと大日本印刷、電子出版ビジネスで提携(2010年8月4日)[*13]

 一連の騒動の始まりが、海の向こうで生まれたAmazonとAppleの製品であることは間違いない。これに反応して、まるでドミノ倒しのように国内の主立った出版社、印刷会社、書籍流通、電機メーカー、通信キャリア等が合従連衡を始めた。こうした報道を見ると、すごい勢いで世の中が変わりつつあるようにも思えてくる。しかしよく調べると国内各社の動きは、冷静に考え抜かれたというより、どこか小鳥の群れが風に驚いて飛び立ったようなもののように思えてくる。

10年以上も前からあった日本の電子書籍

 冒頭「よその国で始まったドミノ倒し」などと書いたが、ぼくが不勉強なだけで、じつは日本ではとっくの昔から電子書籍をめぐる試みは始まっている。図1を見てほしい。これはGoogleウェブ検索における特定キーワードのトラフィックの増減を視覚化してくれる「Googleトレンド」で、「電子書籍」をグラフ化したもの[*14]


図1 2004年1月4日〜2010年7月28日まで、日本において「電子書籍」が検索されたトラフィックの増減。全期間の平均値を1として算出されている

 グラフを見ると、2009年末からトラフィックが急増しているのは当然として、2004年にも2つの小さな山があることが分かる。時間軸の早い方の山は2004年3月21日からの、遅い方は同年6月20日からの週に記録されたものだ。

 この種のキーワードは報道に反応することが多い。これに対応するニュースを探すと、同年3月24日にソニーがリブリエを発表している[*15]。しかし6月20日の週に対応するニュースは見つけられなかった。同年1月29日に松下電器産業(当時)がΣBookを発表[*16]しているが、1月にトラフィックの増減が見られないことから、何らかの理由でデータがずれて集計されているのかもしれない。

 ΣBookもリブリエも「そういえば」と懐かしく思い出す読者もいるはずだ。ただしこれらの機器はあまり売れず、現在は販売されていない。それでも、現在の電子書籍ブームのはるか以前、2004年にも小さな「ブーム」が存在したことが、このグラフから見て取れる。それだけでない。表1を見てほしい。


表1 現行のKindle、iPadと2004年の読書専用端末の比較

 2004年に発売された製品は、6年後のものより特に劣っていない。それどころか部分的には上回る項目さえある。つまり現在売られている読書専用端末と、あまり性能が変わらないものが、既にこの時代から売られていた。では、同じような性能の機械でありながら、なぜΣBookやリブリエは尻すぼみに終わり、KindleやiPadは華々しい売り上げを出しているのか? このあたりが今日のブームの行方を占う1つのカギなのかもしれない。

 もう少し検証を進めよう。じつは2004年ですら「電子書籍元年」ではない。もし図1のグラフがもっと以前まで集計できれば、例えば以下のような電子書籍に関するニュースのトラフィックも拾っていたはずだ。


  • 電子書籍コンソーシアムがオンデマンドによる販売実験(1999年9月16日)[*17]

  • 出版大手8社の電子書籍を販売する「電子文庫パブリ」9月1日オープン(2000年8月30日)[*18]

  • イーブックイニシアティブ、読書用PDA「イーブック端末」を発表(2001年4月10日)[*19]

 さらに言うなら、1993年のフロッピーによる電子書籍端末、NECデジタルブック[*20]や、1990年の8センチCD-ROMを使ったソニーのデータディスクマン[*21]、あるいは1987年のワープロ専用機OASYS 100用のCD-ROM版『広辞苑』[*22]という先行例もある。

世界に誇る日本の電子書籍市場

 このように、日本ではずっと以前からいくつもの電子書籍端末やそのサービスがリリースされてきた。ここで忘れてならないことは、2000年に発足した「電子文庫パブリ」の参加メンバーが、そのまま10年後に発足した日本電子書籍出版社協会の中核メンバーであるように、あるいはデータディスクマンやリブリエを作ったソニーが、そのまま2010年の電子書籍配信事業準備株式会社の設立にも参加しているように、主立った出版社、印刷会社、電機メーカーが何度も電子書籍に挑んでは撤退するのを繰り返してきたことだ。

 ただし、こうした日本の電子書籍の試みは失敗ばかりだったわけではない。むしろ着実に成長を重ね、売上高だけを見れば、今や世界有数の規模を持つ電子書籍市場になるまで成長している。2009年の日本における電子書籍の売り上げは574億円[*23]。これに対してアメリカは2009年は3316万ドル(約368億円)[*24]、他には中国は2009年が45億円[*25]。つまり日本は、これらの国を大きく引き離しているのが現状だ(図2)。


図2 2009年における日本、アメリカ、中国の電子書籍売上額(単位は億円、出典『電子書籍ビジネス調査報告書2010[ケータイ・PC編]』および『同[新プラットフォーム編]』インプレスR&D)

 こうした日本における高い電子書籍の売り上げを支えているのが携帯電話だ。図3のグラフを見ると、圧倒的な売り上げをあげているのは携帯電話であり、iPhone、iPad、Kindle等の新プラットフォーム向け[*26]は微々たるものに過ぎず、パソコン向けもごく少数にすぎないことが分かる。


図3 日本における電子書籍市場の市場規模の推移(前掲『電子書籍ビジネス調査報告書2010[ケータイ・PC編]』P.25、資料1.2.1を再構成)

 日本での主な電子書籍端末が携帯電話であるという点は、Kindleなど専用端末が多くを占めるアメリカ、パソコンで閲覧するのが主である中国とは異なる、日本独自の特徴であることを覚えておきたい。

電子コミックが主流の日本の電子書籍

 では、この携帯電話向けの電子書籍の内容はどんなものなのか。図4を見てほしい。市場が立ち上がった直後から、一貫して電子コミックが多くを占めている。図5として2009年におけるジャンルごとの内訳も出しておいた。


図4 携帯電話の電子書籍売り上げにおける種類別の内訳(前掲『電子書籍ビジネス調査報告書2010[ケータイ・PC編]』P.26、資料1.2.2 電子書籍市場規模のジャンル別内訳を再編)

図5 2009年における種類別の内訳(出典は図4と同)

 そこで、日本の電子書籍の過半を占める携帯電話における電子コミックとは、いったいどんな内容のものなのか? 図6をご覧いただきたい。


図6 電子コミックの売れ筋ジャンル(前掲『電子書籍ビジネス調査報告書2010[ケータイ・PC編]』P.48、資料1.5.15)

 これはインプレスR&Dが携帯電話向けの電子書籍業者に行ったアンケート調査の一部。自社の売れ筋コンテンツをたずねたところ、上位3つが成人用コミック、ボーイズラブ、ディーンズラブ、つまりエロ系コンテンツなのである。

 この調査は2010年6〜7月に質問を送った313社のうち、32社が返答した結果をまとめたものだ(回収率20.4%)[*27]。32社だけの回答をそのまま業界全体に当てはめるのは無理がある。しかし、実際に携帯電話の電子書籍サイトを見て回ると、確かに全体の傾向としてエロ系コンテンツは多いと感じられる。

 さらに、アンケート調査で聞いているのは「売れ筋」である点に注意しよう。量としてエロ系コンテンツが多いというだけでなく、事業者にとってはこれがあるからこそ電子書籍ビジネスが成立していることを伺わせる。

彼等は何に怯えているのか?

 以上をまとめよう。日本では20年以上も前から電子書籍に関するさまざまな挑戦が繰り返されてきた。何度も失敗した後、ようやく実を結んだのが携帯電話を舞台にした電子書籍の配信事業であり、近年は倍々ゲームで成長を続けている。そしてそのジャンルを見ると、多くは電子コミック、中でもエロ系コンテンツが目立つ。

 日本では主な電子書籍端末が携帯電話だという点は、アメリカや中国とは違う、日本独自の電子書籍市場の特徴だ。そこでの売り上げの多くを占めているのがエロ系コンテンツであることは、かつてビデオやDVDにおいて、最も最初に普及したのがやはりエロ系コンテンツであったことを思い出させる。

 この連想が本当なら、今の市場の姿は過渡期のもので、本当に多くの売り上げをあげるようなキラーコンテンツは、これから登場するということになる。ひとまず冒頭ならべた電子書籍に関する各社の合従連衡も、そうした思惑が込められているという推測が成り立つ。つまり、現在のエロ系コンテンツの代わりに、書店で売られているようなベストセラーがそのまま置き換わるという図式だ。

 しかし、それにしては登場する顔ぶれが大袈裟すぎないか。冒頭引用した報道では、大手出版会社や携帯キャリア、電機メーカーが顔を出しているのは当然として、取次や大手印刷会社、そして新聞会社まで登場するのだ。

 何より彼等は切羽詰まっているように見える。例えば2010年3月24日、講談社の野間省伸副社長は、日本電子書籍出版社協会の発足にあたり、記者会見で次のような発言をしたという。

「日本の出版界に電子書籍やデジタル化の波が押し寄せてきても、紙か電子のゼロサムで考える必要はなく、優れたコンテンツを読者に提供する手段が増えることはむしろ望ましいこと。作家や漫画家の発掘・育成、才能の拡大再生産こそが出版社の役割であり、それはデジタル化でも変わることはない。」[*28]

 ゼロサム……? ぼくがこの発言を読んで印象に残ったのは、そこで強調されている「出版社の役割」などよりも、むしろ言葉の端々から漂ってくる何かへの苛立ちや焦り、さらには怯えのようなものだった。同じようなものは、他の報道に登場する日本の大企業首脳の発言からも嗅ぎ取れる。では、彼等は何に苛立ち、何に怯えているのだろう? それを探るには、もう少し範囲を広げてデータを集める必要がありそうだ。次回は、これについて考えてみたい。

注釈

[*1]……“On Christmas Day, for the First Time Ever, Customers Purchased More Kindle Books Than Physical Books”, Amazon.com(http://phx.corporate-ir.net/phoenix.zhtml?c=176060&p=irol-newsArticle&ID=1369429
[*2]……「Apple、iPadを発表」アップル(http://www.apple.com/jp/news/2010/jan/28ipad.html
[*3]……「電子書籍の課題や制度を検討、3省合同の懇談会が初会合」INTERNET Watch(http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20100318_355430.html
[*4]……「『日本電子書籍出版社協会』発足、出版31社が参加し規格など検討」INTERNET Watch(http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20100324_356586.html
[*5]……「EPUB日本語要求仕様案(解説)」日本電子出版協会(http://www.jepa.or.jp/press_release/epub_jp_pressrelease.html
[*6]……「ソニー、凸版印刷、KDDI、朝日新聞社、電子書籍配信事業に関する事業企画会社を設立」ソニー(http://www.sony.co.jp/SonyInfo/News/Press/201005/10-0527/
[*7]……「これからの電子出版や電子書籍・雑誌に取り組むための団体『電子書籍を考える出版社の会』を設立」電子書籍を考える出版社の会(http://ebookpub.jp/press/20100608.html
[*8]……「紀伊國屋書店、ハイブリッドデジタル販売モデルで電子書籍流通を」紀伊國屋書店(http://release.nikkei.co.jp/detail.cfm?relID=254399&lindID=2
[*9]……「電子書籍の3省懇談会、著作権集中管理や統一中間フォーマットの検討を提言」INTERNET Watch(http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20100622_376075.html
[*10]……「Google、この夏に『Googleエディション』開始〜電子書籍販売に参入」INTERNET Watch(http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20100708_379334.html
[*11]……「新たな電子書籍ソリューションで、電子書籍事業に参入」シャープ(http://www.sharp.co.jp/corporate/news/100720-a.html
[*12]……「NTTドコモ 大日本印刷 電子出版ビジネスで提携」NTTドコモ/大日本印刷(http://www.nttdocomo.co.jp/info/news_release/2010/08/04_00.html
[*13]……「電子出版制作・流通協議会の設立について」大日本印刷(http://www.dnp.co.jp/news/1217630_2482.html
[*14]……http://www.google.com/trends?q=%E9%9B%BB%E5%AD%90%E6%9B%B8%E7%B1%8D&date=all&geo=jp&ctab=0&sort=0&sa=N
[*15]……「ソニー、フィリップス、E Inkによる電子ペーパー・ディスプレイ」ソニー(http://www.sony.co.jp/SonyInfo/News/Press/200403/04-0324B/
[*16]……「松下、電子ブック『ΣBook』を書店・ネットで発売 」INTERNET Watch(http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2004/01/29/1921.html
[*17]……「電子書籍コンソーシアムがオンデマンドによる販売実験」INTERNET Watch(http://internet.watch.impress.co.jp/www/article/1999/0916/ebj.htm
[*18]……「出版大手8社の電子書籍を販売する『電子文庫パブリ』9月1日オープン」INTERNET Watch(http://internet.watch.impress.co.jp/www/article/2000/0830/paburi.htm
[*19]……「イーブックイニシアティブ、読書用PDA『イーブック端末』を発表」PC Watch(http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20010410/ebook.htm
[*20]……「NECデジタルブック」Katsuhiko Nishida [NEC] / Kazuo Shimokawa [EAST](http://www.est.co.jp/ks/dish/nec_db/nec_db.htm
[*21]……「ソニー商品のあゆみ(PDA)」ソニー(http://www.sony.co.jp/SonyInfo/CorporateInfo/History/sonyhistory-i.html
[*22]……「EPWINGコンソーシアム入会について:変遷(略歴)」EPWINGコンソーシアム事務局(http://www.epwing.or.jp/member/admission/index.html#history
[*23]……『電子書籍ビジネス調査報告書2010[ケータイ・PC編]』高木利弘(インプレスR&D、2010年、P.24)
[*24]……アメリカの電子書籍業界団体IPDF(International Digital Publishing Forum)の統計(http://www.idpf.org/doc_library/industrystats.htm)による。このページの説明によれば、ここにある数値は卸値とのこと。同じく説明では〈Retail numbers may be as much as double the above figures due to industry wholesale discounts.〉(小売りの統計数値は表にある卸値を2倍にすれば同程度になるだろう)とあるので、単純にこの数値を2倍にした上で、2002〜2009年のドル円為替レートの平均値である111円によって円換算した。なお、為替レートは『通貨換算機能システム』(http://fxtop.com/jp/cnv.htm)の数値を使用した。
[*25]……『電子書籍ビジネス調査報告書2010[新プラットフォーム編]』高木利弘(インプレスR&D、2010年、P.125)所載の『China Book Business Report』の統計による。ただし同報告書では引用元の書誌情報や、円元換算レートが明示されていないなど、データの扱いに若干の不安があることをお断りしておく。
[*26]……前掲、『電子書籍ビジネス調査報告書2010[ケータイ・PC編]』によれば、「新プラットフォーム」の定義は次の通り。〈スマートフォン向けのモバイルマーケットプレイスの電子書籍カテゴリ、スマートフォンやタブレットPC等のビューワーアプリ経由で購入する電子書籍、iBookStoreやKindleやこれに類似した電子書籍配信サービス、PC・スマートフォン・電子ブックリーダーなどマルチデバイスで閲覧が可能な電子書籍配信サービス、PSPやNintendo DSなどゲーム機向け電子書籍配信サービス。〉(同書、P.24)
[*27]……なお、この質問では複数回答を許しているため、回答数と回答者数が一致していない。
[*28]……注4で挙げたINTERNET Watch「『日本電子書籍出版社協会』発足、出版31社が参加し規格など検討」より。


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2010/9/27 06:00


小形 克宏
文字とコンピューターのフリーライター。2001年に本誌連載「文字の海、ビットの舟」で文字の世界に漕ぎ出してから早くも10年が過ぎようとしています。知るほどに「海」の広さ深さに打ちのめされる毎日です。Twitterアカウント:@ogwata