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一杯のコーヒーで精神的な満足を ~さかもとこーひー 坂本孝文氏(後編)
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● ネット通販は生産性が高い
サイトは、デザイン関係の仕事をしている人が「作らせて」と言ってくれて、ほぼボランティアで作ってもらいました。ネットで売り始めると、少しずつ反応が出てきました。
もともと、僕の夢の1つに「コラムニストや解説者になりたい」ということがあります。蘊蓄が好きで、それを人に伝えるのが好きなんですね。サイトを作った時に、「これでやっと締め切りのある仕事ができるな」と思いましたね(笑)。そこで、毎週コーヒーをテーマにコラムを書くことにしました。「プロのつぶやき」というタイトルで、すでに468回続いています。
うちは、ネット注文してくださったお客様にも、葉書を送っています。今は毎月1000枚ほど出していますね。今の若い人たちは、「効率的なことをするのがいいことだ」と刷り込まれています。でも本当は、効率的でなくても効果的ならいいのです。葉書の方が反応があるし、スパムメールにまぎれることもありませんし、手に取れば目に入るので読んでいただけるんですよね。顧客名簿があると、このように頑張れるんですよ。
コーヒー豆の販売も、ここ数年で通販市場が拡大しました。ところが、そうなると大手が参入してきて広告費を投入するので大手にお客様を取られてしまい、小さなところは集客がむしろ難しくなりました。
おかげさまで、そんな中でもうちは口コミやご紹介などでお客様が増えています。客層は狭いですが、良いお客様がついていてくださるんです。
リーマン・ブラザーズ破綻以後の影響はもちろんうちでもありますよ。たまに買っていただいていたお客様のリピートは大きく減っています。ただ、定期的に買ってくださるお客様が増えているんです。うちは値段は売りにしていないのでセールはしないのですが、安売りで拡大を狙っているところは、コーヒーは嗜好品なので景気の影響を受けますから厳しいでしょうね。
喫茶店など来店型の店舗では、客待ちの時間が生産性を下げるし利益性も下がってしまいます。ところが、通販はそれがないので効率がいい。注文をまとめて必要な豆を焙煎し、袋詰めして送るので、スタッフ1人当たりの生産性は通販の方がいいですね。豆も必要な分だけ焙煎するのでいつも新鮮で質を保てます。
また、うちは代引手数料を無料にしているので、決済はほとんどが代引です。コンビニ払いも便利ですが、お客様も結局支払うためにコンビニに行かなければならないですし、店からしても入金のチェックに手間がかかります。その点、代引き手数料をこちらが持つというコスト払っても、着いた時点で支払いがあるので、支払い遅延もありませんし、再請求をしなくて済むのでうちのように家族でやっているような規模だと代引きが一番便利ですね。
● ネットなら客層を絞れる
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店内には花がいっぱい。なじみのお客様が毎週生けてくれるのだという
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実店舗は、2008年8月から開店準備を始めて10月に開店しました。ガレージを改装した店では手狭になったのと、僕が淹れたコーヒーを実際に飲んでいただく場所を作りたいと考えて始めました。喫茶店ではなく、あくまで豆を売る店なので、店では豆の説明をしたり試飲していただいたりしています。実店舗でも販売をしていて、喫茶店時代からのお客様もいらしていただいていますが、割合としては全体の売上の8割くらいが通販ですね。
ネット通販が軌道にのって実店舗を開くケースは多いものの、うまくいくケースはあまりないそうです。ネットから入って接客に慣れていない場合、実際に店舗をやるのは難しいでしょう。僕は十年以上、実際に接客をやってきましたからね。
開店時に、顧客名簿から市内の1000人くらいのお客様にお知らせを送りました。延べ26~27年にもなる長いおつきあいのお客様もいらっしゃるんですよ。僕が最初に独立した店テ・カーマリーに当時高校生で来店してくれた子や、二十歳そこそこのOLさんだった女性が、いまや40代になっていたり。
実店舗だと商圏の広さによっては客層を広げないと売上げが伸びませんが、ネットのメリットは客層を絞れることですね。味や品質、店のこだわりをアピールすることで、そうしたことに興味を持ってくださるお客様に、結果的に絞れていくのです。
もちろん、ネット販売でも客層を広げれば売り上げは伸びるでしょう。しかし、それではやりたいことができません。だから逆に、客層を絞ることでやりたいことをやるという道を取っているのです。うちの場合は、実店舗でも無理に客層を広げるためにセールをしたりしないので、通販のお客様と、似たような客層のお客様に来店していただいていますね。
● ビジネスのノウハウに違いなし
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店舗は豆売り専門で、テーブルと椅子はあるが、試飲用に置かれたものだ。店舗の一隅には焙煎機が設置されており、坂本氏が毎日必要な分だけを焙煎する
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コーヒー豆売りのBtoCは手間はかかるし、単価も低くて商売になりにくいものです。けれど、僕はノウハウを持っています。たとえば、うちの長男は美容室でカラーを専門に担当するカラーリストです。そこでアシスタントの頃から、仕事のやり方や顧客リスト作成、サンキューレターの出し方などを指導してきています。ビジネスのノウハウは業種が違っても同じなんですよ。
コンサルタントに話を聞くと、100人にアドバイスしても実際にやるのは約2割。さらに、継続するのは2%程度だと言います。商売はハンディキャップなしです。お金も顧客もある人とない人が同じ条件でぶつかるのだから、ない人はアドバイスを聞き入れてやることをやらなければダメでしょう。
もっとも、大会社にしたいなどは考えていませんね。コーヒーを飲む時間や、美味しいコーヒーを淹れるひと手間を無駄と思わない、そういう価値観を共有できるようなお客様を大事にしていきたいのです。その輪が広がっていくのはもちろん嬉しいですが、焙煎は毎日、豆の顔を見ながら僕が1人でやっていますから、大量生産は無理ですね(笑)。
10代から職人を志していましたが、経営者を志し始めたのは、職人としての自分を生かすためで、30才過ぎからです。腕に自信があってもお客がいないと食べていけないと考えたからです。最初からビジネスを大きくしようと考える人は、自分とは別人種だなと感じますね。
お金をいただくことに対してどんな価値を提供できるかで、自分の価値観や表現が出ます。そこで自分のお客も変わります。僕は、ただ大きくするとか儲ければいいと考えていると、お金をもらった先がないと思うのですよ。
● コーヒーはフルーツだ!
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さかもとこーひーでは、フレンチプレスを推奨している。豆を細かく挽いてお湯を入れるだけと、簡単で器具も安価だが、「豆の味が全部出てしまう淹れ方」なので、良質の豆でないと薦められない抽出法だという
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2000年頃から、「スペシャルティコーヒー」というムーブメントが始まっています。スペシャルティコーヒーとは、最高級のコーヒーを意味します。僕はずっと「コーヒーはフルーツだ!」と言っているのですが、コーヒーも農産物です。真っ赤から紫になるくらいよく熟した実には、熟した果物の爽やかな香りや甘さがあり、後味も良くて爽やかです。そこに未熟な実などが混じっていると、すっぱかったりえぐみがあったりする。だから、手間暇をかけても完熟した豆だけを集めることが大事なのです。
そういう豆の存在を知って、仲間と米国に行き情報収集したり、産地からの輸入にチャレンジすることにし ました。まず品評会世界一の生豆をオークションで落札して、我々の存在を生産者にアピールしました。コーヒー豆の生産地を回って生産者と仲良くなり、良い豆を買い付けられるコネクションも構築してきたのです。共同で輸入した仲間は、ネットで知り合った同業者なんですよ。その後、個人で仕入れの別ルートを作っていっています。
● 暮らしに馴染んで初めて味がわかる
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「コーヒーの美味しさは、一人一人の暮らしの中で、日常的に繰り返し飲まれる時にどういう魅力を発揮するかだと思う」という
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うちの店には四季があります。「バレンタイン」「桜ぼんぼり」「ミモザカフェ」「夏への扉」「スプラッシュカフェ」「ペーパームーン」と、季節が感じられるブレンドを作っているのです。もちろん自分でブレンドしています。名前もオリジナル。コーヒーは、同じ素材でも焙煎とブレンドでよそとは違うものが作れるのです。
和菓子は粉とあんこという少ない材料で味わいや季節感を表現していますよね。そんな和菓子に憧れがあり、似たようなことをコーヒーでやりたいと考えたのです。春に桜餅を味わうように、日本人の暮らしの中にうちのコーヒーが存在できたらなと思うのです。
僕は、味見では味はわからないと思っています。暮らしの中に馴染んだ時に、本当の味が出てくる。コーヒーの美味しさは、一人一人の暮らしの中で日常的に繰り返し飲まれる時にどういう魅力を発揮するかだと思うのです。
美味しいコーヒーの淹れ方は、そんなに難しくありません。焙煎したての新鮮で良質な豆を豆の状態で買い、前の晩にでもミルで挽いて、お湯を入れて飲めばいい。
うちでは、コーヒープレスでコーヒーを淹れています。細かく挽いた豆を入れてお湯を注いで待つだけで、器具も安価ですし淹れ方は簡単です。ただし、コーヒープレスでは、豆をお湯に浸して抽出しますから、豆の味が全部出てしまいます。美味しく飲むためには、豆の段階で完成度を高めないといけません。スペシャルティコーヒーだからおすすめできる淹れ方ですね。
ネルドリップもペーパーフィルターも、コーヒーのいやな味をいかに出さないかというテクニックなんですね。粗挽きにしたり、粉をたくさん使ったり、お湯の温度を低くしたりするのも同じです。
さかもとこーひーの考え方としては、コーヒーは家庭で飲んでいただくものですから、プロが豆の段階までで完成度を高めておいて、淹れるのは簡単な方がいいと思うのです。
ちなみに、コーヒー豆は、常温保存なら2~3週間で飲みきった方が香りがいいです。それより時間をかけて飲む場合は、ジッパー付きの袋に入れて冷凍保存してください。量が少なくなってきたら空気を抜いて保存すること。豆で冷凍すれば3カ月持ちます。粉の場合は、空気に触れる表面積が大きいですからすぐに酸化して風味が落ちてしまいます。粉で保存する時は、すぐに冷凍して1カ月前後で飲みきるのがお勧めです。
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さかもとこーひーでは、できるだけ良い品質を保ったまま飲んでもらえるように、豆はジッパー付きのアルミ蒸着袋に入れる
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「丁寧な暮らし」がさかもとこーひーのテーマだ。また、コーヒーに季節感を盛り込んだオリジナルブレンドを季節ごとに用意する
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● 精神的な満足が大切
食べ物は、たとえ嗜好品的なものでも“栄養摂取”という側面から逃れられません。一方、お茶やコーヒーは水分を採るだけで栄養は関係ありませんが、精神的な満足感を与えてくれるものです。
僕は、お茶やコーヒー、ケーキなど、栄養のためではなく精神的な部分が強いものに惹かれました。1杯のお茶やコーヒーでくつろいだり、元気になったりすることを大切にしたい。逆に言えば、それだけのためにやっているのです。
業務用の卸をメインにしないのは、家庭に直接コーヒーを届けたいからです。喫茶店を辞めて豆売りを始めたのは、僕が1日100杯淹れるより、豆を売って家庭で淹れてもらったら何千杯も飲んでもらえるので、その方がいいと思ったからなのです。
うちのテーマは、“丁寧な暮らし”です。ひと手間かけることに心地よさや豊かさが感じられる人を、お客にしていきたいですね。世の中には、液体のリキッドコーヒーやカップに装着してお湯を注ぐだけのドリップコーヒーもあります。確かに便利ですが、うちではそういうことはやらず、手間をかけます。
うちのお客様は、パンの教室をやっていたりお花の教室やってたりという方が多いです。こだわりがあって、普段の暮らしを大事にしている人ですね。それから夫婦仲がいい方。不思議なことに、夫婦仲が悪くなるとコーヒーを買ってくれなくなるんですよ。平和で穏やかな家庭の人たちをお客にできるので、居心地がいい仕事と言えますね。
コーヒーは生活に余裕がないと飲めないし、お金があっても興味がないと飲めません。ライフスタイルの問題ですね。家族で毎日飲んでも月に3000~5000円くらいなのですが、定期的に毎月それだけのお金をかけるとなると、よほどコーヒーが好きか、余裕がないとなかなか買えないようです。同じ嗜好品でも、発泡酒に月に3000円かける家庭はたくさんあるので、価値観の問題ですよね。
● お客様と一緒に商品を磨いていきたい
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業務用の卸をメインにしないのは、家庭に直接コーヒーを届けたいから。「お客様と共に商品を磨いていきたい」という
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デパ地下に店を出す高級和菓子屋と出さない和菓子屋がありますが、僕は出さない和菓子屋に憧れます。デパ地下は高級感があってもマスに向けて売っていますよね。いくら売れても、買う人は様々です。不特定多数の人に喜んでいただこうと思うと、最大公約数的な商品を作らないといけなくなってしまうと思うのです。
そうではなく、生活を大切にする人の生活の中に、“お祝い事があったらあそこへ”などというように溶け込みたいと思っています。そして、キャンペーンやセールに頼らず、20年30年とやっていきたいですね。
あと個人的には、家族ともう少し余裕のある生活ができるよう、商売を発展させたいですね。本当は豆売りに切り替えたのは、家族と過ごす時間を増やしたいというのもあったのですが、これだけはあまり実現できていません(笑)。
豆売りの仕事はいいところまできたので、お客様と共に商品を磨いていきたいです。大事にしているのは、「美味しさはあるものではなく感じるもの」ということ。僕が美味しいと思って作っても、本当の美味しさは、お客様が美味しいと感じた瞬間に生まれるものです。
だから、お客様が美味しいと感じる感覚を共有することが大事だと考えています。実店舗ができてさらにお客の感覚を共有しやすくなったので、もっと美味しいと喜んでいただけるような味を作っていきたいですね。(おわり)
(→ 前編をみる)
関連情報
■URL
さかもとこーひー
http://www.sakamotocoffee.com/
コーヒーはフルーツだ! さかもとこーひー(坂本氏のブログ)
http://plaza.rakuten.co.jp/sakamotocoffee/
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・ 一杯のコーヒーで精神的な満足を ~さかもとこーひー 坂本孝文氏(前編)(2009/02/23)
2009/02/24 11:07
取材・執筆:高橋暁子 小学校教員、Web編集者を経てフリーライターに。mixi、SNSに詳しく、「660万人のためのミクシィ活用本」(三笠書房)などの著作が多数ある。 PCとケータイを含めたWebサービス、ネットコミュニケーション、ネットと教育、ネットと経営・ビジネスなどの、“人”が関わるネット全般に興味を持っている。 |
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