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ブログに恩返しがしたい ~アジャイルメディア・ネットワーク社長 徳力基彦氏(後編)
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● ブログで変わった人生観
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アジャイルメディア・ネットワーク社長 徳力基彦氏
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僕はもともと議論好きで、NTTにいた頃も「NTTは変わらなきゃいけないよね」と同期と毎日のようにくだをまいていたタイプなのですが、ブログはそういう議論とかコミュニケーションがフラットにできるのが魅力でした。トラックバックを使い、梅田さんや、切込隊長のような人たちとフラットに議論できるなんて、すごい世界だと感じました。自分のブログに返事があったり引用してもらったら嬉しいし、純粋に楽しいですよね。
ただ、僕にとってのブログはやっぱり公式の場です。いわゆる根っからのブロガー的な人は私生活の話もブログに書いてますが、僕はどうもダメなんです。僕にとってブログは、あくまで作った自分を出す場であり、仕事のために書いています。だから、NTTの頃から立ち位置はあまり変わっていないんですよ。
もちろん、人生観はブログで大きく変わりましたね。それまではアリエルはP2Pの技術を使っていることで有名で、そういう技術的な興味がある人たちを中心に認知されていたのですが、僕がブログを始めてから、逆に僕のことは知っているけれどアリエルは知らないという人たちが会社に興味を持ってくれて、そこから仕事につながるようになったのです。個人が発信することで会社を知ってもらえるなんて、NTTにいたときにはなかったことですから新鮮でしたね。
自分という個人を知ってもらえたことが、会社の役に立つというパワーの逆転は、ネットならではのことだと思います。これによって、ボトムアップのアプローチにますます興味がわいてきました。ブログやSNSを使うことで、ますます「これからはボトムアップだ」という考えに変わっていったのです。
● 三顧の礼でAMNへ
当時、ブログはあくまで趣味と、アリエルの認知向上のためとで半々という感じだったのですが、徐々にブログが自分の活動に占める割合が高まっていきます。
そんな中、2006年頃に日本で流行したのが、ペイパーポストと呼ばれるブロガーに100円とか300円とかの謝礼を支払って、記事を書いてもらうブログ記事広告サービスでした。
ペイパーポストが流行ったことは、ブログをコミュニケーションで楽しんでいた人間から見ると悲しいものです。なにしろ企業の担当者からすると「ブロガーって100円払えばヨイショ記事書いてくれるんでしょ?」とかなってしまうわけですから。
その頃、日本技芸の御手洗さん、Ad Innovatorの織田さん、カレンの四家さんや、現在AMNに参加頂いているブロガーの方々を中心に、もっとブログの本質を活用したマーケティングを支援する会社が必要ではないかと議論が始まり、私もそれに誘って頂きました。それがアジャイルメディア・ネットワーク(以下AMN)設立のもとになっています。
その後、私はアリエルに在籍しながら、AMNの立ち上げをコンサルとして手伝うことになります。実はAMN設立当初から、AMNへの入社については御手洗さんから何度か打診されていたのですが、アリエルの仕事があるので断っていました。これまで自分を自由に活動させてくれたアリエルには感謝していたので、辞めたくなかったのです。
ただ、AMNの理念に共感していたのもあり、手伝いたいという思いも強かったのも事実です。しばらくはアリエル3日AMN2日という変則的な勤務形態でした。そんなこんなで数カ月AMNを手伝った末に、結局2007年6月にAMNに入社することになるのですが、その大きな後押しになったのが、3回目にAMNへの入社を打診されたときの御手洗さんの言葉です。
入社を断り続ける僕に対して、御手洗さんが「徳力さんは、ネットでいろいろなものを得ているのだから恩返しする義務があるんですよ」と言われて、恥ずかしい話ですが泣いてしまったんですよね。なぜだか、その言葉が本当に心に刺さったんです。今でも思い出すと涙ぐんでしまうくらいで(笑)。
実際、僕はブログのおかげで、仕事もうまくいくようになったし、本を出したり取材もしてもらえるようになったりと、人生が大きく変わった人間です。でも、当時の僕はそのメリットにひたるだけで、何もブログコミュニティに対して返すことはしていなかった。そんな僕の罪悪感を御手洗さんの言葉が突き刺す感じがあったんでしょうね。
そうか、僕はブログに人生を救われたのだから、ブログに恩返しする義務があるんだ、と。ちょうど、御手洗さんから打診されるのが3回目だったということもあり、三国志好きの自分にとって三顧の礼という印象があるのも影響しました(笑)。で、結局「これは三顧の礼だから話を受けよう、ブログに恩返しをしよう」と決心したのです。
その後、2007年7月にAMNの取締役になるのですが、実はそれからも週に1日はアリエルの仕事も手伝っていました。結局、忙しくて手伝えなくなり昨年末に完全に辞めることになるのですが、2002年から2008年末まではアリエルの仕事をさせていただいたことになります。
● ネットをマネタイズするお手伝いをしたい
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日本のインターネットは、海外に比べて、マネタイズがうまくいっていない。「いいものはたくさんあるので、ビジネス化するお手伝いがしたいと考えている」
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AMNでは僕はメディア部という扱いで、パートナーブロガーの方々をネットワークに参加していただいたり、いろんなアドバイスを聞くような仕事をしていました。AMNでは、編集スタッフはおらず、ブロガーの方々が編集者にあたるので、編集プロダクションのマネージャーみたいなものでしょうか。ブログを仕事にしたことで、ブログの趣味としての配分は小さくなってしまいましたが、ブログの価値をあげるための事業をやっているという意味でやりがいは非常にあります。
また、日本のインターネットは、海外に比べると、ブログも既存メディアもWebサービスも、マネタイズがうまくいっていないと感じています。Webサービスも海外ならGoogleやYahoo!が買収してくれるけれど、日本だとそういう話もあまりなくて、面白いサービスを開発者が作ってもお金にならないというケースが多いように思います。
実際はいいツールもたくさんあるので、現在AMNがブロガーの方の広告販売を代行しているように、ソーシャルメディアやWebサービスのビジネス化をAMNで支援することも模索したいと思っています。そうすれば、ソーシャルメディアやWebサービスのビジネスがまわれば、日本のネットにもっと面白いメディアやサービスが増えると思いますし、日本のネットがもっと魅力的になると思います。そんな、ポジティブなサイクルを回していくお手伝いをAMNでやっていきたいですね。
日本では、スパムブログを大量に自動生成するツールが雑誌で紹介されたり、ペイパーポストのような記事広告を大量に量産するサービスが普及していたりと、焼畑農業的な仕掛けが多い印象があります。
焼畑農業的な仕掛けでは、結果的にブログやネット自体の価値が長期的には下がってしまうわけで、そういったビジネスをやっている会社自体の首も絞めることになると思っています。
残念ながら、日本のネット業界ではそうした短期的利益を食い尽くして、次のブームに行くことが繰り返されているように思いますが、それではネットは発展しません。この問題は、ネットに携わっている企業も、もっと真剣に考えなければいけないと思うのです。
● 企業と消費者を協力関係にしたい
AMNで力を入れているのは、カンバセーショナルマーケティングというキーワードに代表される、企業と利用者や、利用者同士の会話を重視するアプローチです。これまではテレビや新聞などのマスメディアが強力すぎて、一方的に利用者に宣伝するというパターンが多かったように思います。しかし、ネットにより、双方向の会話の重要性が一気に大きくなっているように感じます。
そもそも、テレビや新聞が力を持つ以前の昔は、口コミを意識したマーケティングこそが重要な世界だったと思うのです。ネットによって、そういう本来の利用者とのコミュニケーションを重視したマーケティングが重要な時代に戻っているように感じています。
例えば、マスマーケティングにおいて、企業と消費者は敵対関係にあります。広告に対しても、企業は如何に消費者に見させるかに注力し、消費者は如何に広告を無視するかに注力するという関係になってきています。
ただ、本来消費者にとっても、好きな商品の情報であったり、自分の生活に役に立つ広告であれば、そんな敵対関係にならなくても済むはずですし、消費者自身が自分が気に入っている製品を自ら宣伝してくれるはずです。AMNでは、この企業と消費者の対立関係を協調関係に変えていきたいと考えており、ネットを使えばその可能性は十分にあり得ると考えています。
例えば、ブロガーの方にイベントに来てもらって製品の説明をするという手法がありますが、製品が本当に好きなファンの人にとっては、製品を作っている企業の人に会う機会というのは、普通経験できない貴重な体験です。一方で、企業から見ても、そういったファンの人たちに、広告では伝えきれない製品にかける思いやこだわりを伝えてもらうことができれば、それは企業とファンが一緒にその製品を盛り上げるというマーケティングになり得ると考えています。
当然、ブロガーイベントを開催すれば、必ず製品の売り上げが上がるという話ではないですが、例えば製品の購入を検討している人に、そういう製品のこだわりが上手く伝えることができれば、意味があると考えています。
たとえば、AMNではソーシャルバナーという、バナーの中にブログの書き込みや利用者のメッセージを表示するサービスを提供していますが、これは広告枠を情報に変えることを意識して実施しています。つまり、企業の一方的なメッセージではなく、利用者同士の会話を広告枠でつなげていくわけです。広告枠を宣伝の場ではなく、会話の場にしてしまおうというアプローチになります。
今のネット広告は、表示されるメディアは何でもいいというものが多くなっており、コンテンツからつながる文脈が少ないように思います。しかし、本当は広告はそれだけではなく、どういう読者がいる場所に表示されるかというバランスを考えたものも、必要ではないかと考えています。
● 炎上は原因を直すべき
今後、ネットを使ったマーケティングの啓蒙には、もっと力を入れていきたいですね。特にマスメディアとネット上のソーシャルメディアでは、アプローチが180度異なります。マスメディアは企業がメッセージを出し、コントロールできますが、ユーザーからの反応は来ません。一方、ネットは利用者もメッセージを発信するため、コントロールはできませんが、ダイレクトな反応が得られるメリットがあります。
利用者から見ればコントロールされるのはつまらないし、企業がネガティブ情報を嫌がっても残念ながら普通の会話で100%ポジティブってありえませんよね。問題は、企業がそういったネガティブ情報を直視するかどうかだと思っています。たとえ直視しないでもどこかで文句を言われているので、いつかは対面しなければならないことなのです。
大企業の担当者ので炎上を怖れる方が多くいますが、マーケティングで炎上するほとんどのケースというのは、実は企業がウソをついたり、やらせ行為をしたりするという、そもそもやってはいけない行動を取ったときです。そういう問題がないのに炎上することは滅多にありません。炎上の原因は普通のことです。差別や中傷、犯罪自慢など、やってはいけないことをしたからこそ、炎上するのです。
また、ネガティブ情報を見つけたときには、それを無視したり、修正させたりするよりも、その原因を突き止めて直すべきです。ネガティブ情報を発信されるのが怖いからネットマーケティングをしない、という判断もあるようですが、これは本末転倒でしょう。それでは、ネガティブ情報が発信される問題が継続し続けてしまうだけなのです。心配するポイントが間違っているんですよね。利用者から発信されるネガティブ情報に耳を傾け、その原因に取り組まなくてはならないと思います。
● “社長”のプレッシャー
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「プレッシャーのせいで、歯が全部抜ける夢とか、変な夢をたくさん見るんですよ(笑)。もちろん、その分、やりがいはすごいあるんですけど」
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2009年2月より、前社長の坂和さんと役割を交代して、私が社長をやることになりました。
もともと坂和さんは、これまでにない新しいメディアを立ち上げるためにAMNという会社を立ち上げたのですが、初期のAMNは企業向けのマーケティングの確立に力を入れざるを得ず、社長業が忙しくてメディア立ち上げがなかなかできていませんでした。
そこでAMNも設立2周年を迎えるにあたり、坂和さんから、ある程度事業の道筋は見えてきたし、メディア事業立ち上げに改めて集中したいので、社長をかわってほしいという提案をいただいたのが、1つのきっかけです。
また、これまでも、対外的な会社のスポークスパーソンとしての役割は坂和さんよりも、僕が担うことが多く、日本では社長がスポークスパーソンであるべきだという議論があったこともあり、2周年のタイミングで僕が社長に就任することになりました。
ただ、これまでもこれからも、AMNの経営は坂和さんと僕、そして立花さん、上田さんという4人の取締役によるチーム経営なので、今回の経営体制変更は、社内的には単なる役割スライドだと思っています。私の仕事自体は、社長になっても、やっていることはあまり変わっていません。
けれど、仕事は変わらないはずなのに、やはり“社長”になるということは全然違いますね。取締役の時も、責任重大だと思っていましたが、やはり最終的なプレッシャーは坂和さんにあったわけで、社長になってから本当に大きなプレッシャーを感じるようになりました。
プレッシャーのせいで、歯が全部抜ける夢とか、変な夢をたくさん見るんですよ(笑)。もちろん、その分、やりがいはすごいあるんですけどね。僕の場合は坂和さんから引き継いで社長になったので、創業者に比べて比較的プレッシャーは楽な方だと思いますが、それでもとてもプレッシャーは大きいものがあります。改めて、自分で会社を立ち上げる人はすごいな、と痛感しています。
● アジャイルはブロガーのためにある
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AMNを通じて、自分が体験してきたような、インターネットやブログの価値とかを体験できるきっかけを多くの人に提供することができれば――これほどやりがいのある仕事はない、と言う
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ブログが普及したことによって、「書く」ことの敷居は非常に低くなりました。また、ブログを通じたコミュニケーションによって、様々な出会いがあったり、本が出せてしまったり、テレビに出るようになったり、新しい経験ができるようになった人たちもたくさんいます。
ただ、一方でブログをはじめとした利用者の情報発信量があまりに増えてしまったために、必要な人に必要な情報が届きにくくなっているようにも感じています。いわゆる「編集」の役割ですね。
ネットやブログにより、書く人と編集する人の役割が分化してきている印象が強くあります。ネット上に存在する大量な情報を編集して、必要な人にコンパクトにまとめて提供することに価値があると感じています。そこにはまだまだ可能性があるので、AMNとしても取り組むべき1つの課題だと考えています。
今年は、企業側へのマーケティングの啓蒙だけでなく、ブログを真面目に書いてる人たちにいろんな機会を提供したり、支援をしていく仕組みを作っていきたいと思っています。AMNは、もともとブロガーの方々の「もっと日本のブログを面白くしたい」という思いから生まれた会社ですから、文字通りブロガーのための会社でなければ存在意義がありません。
正直な話、現在のところはAMNに対する皆さんの期待を、まだまだ上回れていないのが現状です。本当に多くの方から期待していただいているのを感じていますし、期待に応えないと後で怖いんだろうなとも思いますね(笑)。ただ、その分、本当にやりがいはありますし、将来やりたいこともたくさんあって、体が2つあっても全然足りないぐらいです。
理想としているところは、私には分不相応と思ってしまうぐらい高いんですけれど、インターネットやブログでつながっている皆さんと一緒であれば、実現できそうな気がしてくるんですよね。
AMNを通じて、自分が体験してきたような、インターネットやブログの価値とかを体験できるきっかけを多くの人に提供することができれば、それによってネットやブログがもっと面白くなるきっかけになれば――これほどやりがいのある仕事はないなと思います。(おわり)
(→ 前編をみる)
関連情報
■URL
アジャイルメディア・ネットワーク
http://agilemedia.jp/
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・ ブログに恩返しがしたい ~アジャイルメディア・ネットワーク社長 徳力基彦氏(前編)(2009/04/27)
2009/04/28 11:16
取材・執筆:高橋暁子 小学校教員、Web編集者を経てフリーライターに。mixi、SNSに詳しく、「660万人のためのミクシィ活用本」(三笠書房)などの著作が多数ある。 PCとケータイを含めたWebサービス、ネットコミュニケーション、ネットと教育、ネットと経営・ビジネスなどの、“人”が関わるネット全般に興味を持っている。 |
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