清水理史の「イニシャルB」
“自分でCisco”を2万円台で! 5月発売のWi-Fiアクセスポイント「Meraki Go」を試す
2019年5月7日 06:00
シスコシステムズから、飲食店やショップなど、10名規模の小規模環境向けのWi-Fiアクセスポイント「Meraki Go」が発表された。特徴的なのは、ターゲットとする顧客だ。
ここ数年で中小企業向け市場への進出も果たした同社だが、今度のターゲットは、さらに小規模な個人事業主やSOHOで、しかも、パートナーを経由しないため、Ciscoの直接的な顧客となる。
果たして、同社のこうした新しいスタイルは、事業の軸となるのだろうか? 実際の製品をチェックしながら、その可能性を見ていこう。
導入やサポートでパートナーを介さない新たなビジネスモデル
「Cisco Start」で中小企業へとマーケットを広げたときも、同社が大きく変わる可能性を感じたが、今回のMeraki Goは、もっと劇的な変化となる可能性がありそうだ。
シスコシステムズが4月11日に発表し、5月より販売する「Meraki Go」は、IEEE 802.11ac Wave2対応のWi-Fiアクセスポイントだ。価格は2万円台からとされており、製品自体は、最新の規格を採用したものでも、何か画期的な新技術が投入されているわけでもないが、そのビジネスモデルはかなり意欲的だ。
Ciscoと言えば、その強力なパートナー体制(教育向けなど)が特徴で、同社製品の販売や、ソリューション・サービスの提供を行うのは、実質的にパートナーだった。つまり、「Cisco→パートナー→エンドユーザー」といったように、従来は、間にパートナーが介在することが当たり前で、システムインテグレート込みのソリューションとして、製品が提供されてきた。
それに対して今回の「Meraki Go」は、パートナーとして販売店(当初はAmazon.co.jp)こそ存在するものの、従来のSIer的な役割のパートナーは存在しない。
つまり、エンドユーザーは、Amazon.co.jpで直接Meraki Go製品を購入し、自分でセットアップして運用することになる。問い合わせやサポートも、シスコシステムズが直接担当するわけだ。
Cisco Startが開始された際も、一部のネット通販経由で個人が購入可能であったため、いささかパートナーの存在が曖昧だったことがある。特に個人ユーザーから見たときに、問い合わせ先やサポートの提供元がどうなっているのかが分かりにくいことがあった。最近では改善されたが、筆者も当初はルーターのファームウェアをアップデートするだけで、そのやり取りに非常に苦労したものだ。
これに対して今回のMeraki Goは、エンドユーザーがやるべきことと、シスコシステムズが担当することが明確で、非常にシンプルな仕組みになっている。
4月11日に開催された発表会では、将来的なパートナー拡大の可能性について言及されたが、今回のMeraki Goに関しては、従来のSI的なパートナーの可能性については、否定的な見解が示された。
Ciscoが、ついにB2Cへ、そしてコンシューマー向け市場も視野か……、とまで言ってしまうのは、まだ気が早そうだが、個人的には、将来的にそうした可能性も見えてくるような画期的な取り組みに思える。
11ac Wave2準拠で最大867Mbps
それでは、今回発表された製品についてもう少し詳しく見ていこう。
前述した新規事業としては、ウェブ会議システムとしての「Cisco WebEX」も含まれるのだが、今回、焦点を当てるのは、冒頭で触れた「Meraki Go」だ。
提供製品は2つある。屋内型アクセスポイントの「Cisco Meraki Go GR-10」と、屋外型アクセスポイントの「Cisco Meraki Go GR-60」だが、今回はGR-10を試してみた。
この製品は、ルーター機能を持たないWi-Fiアクセスポイントで、対応する規格はIEEE 802.11ac(Wave2)/n/a/g/bとなっている。2.4GHz帯と5GHz帯のデュアルバンドに対応する製品だ。
無線のスペックは2ストリームに対応しており、80MHz幅での256QAMを利用した場合、最大867Mbpsでの通信が可能だ。5GHz帯は、W52、W53、W56すべてのチャネルに対応している。利用者数としては25名程度が想定されている。
有線LANは、1000BASE-T対応ポートが背面に1つ用意されている。電源を供給できるACアダプターが付属しているが、LANポートはPoEにも対応していて、PoEによる給電を活用すれば、フロアの天井などにも容易に設置できる。
外観は、清潔感のあるホワイトの筐体に、うっすらとCiscoのロゴが刻み込まれ、機器の動作状態を示すLEDが右上に表示されるだけとシンプルだ(正常稼働中は緑)。なお、LEDの輝度調整やオフの設定は見当たらなかったが、通信時に点滅するわけでもないので、特に目障りに感じることはないだろう。
同社は本製品のターゲットとして、カフェなどの飲食店を強く意識しているようだが、このデザインは、場所に依存せず、美観を損ねることもないので、非常に好印象だ。
知識ゼロでもセットアップができる
前述したように、本製品はSIerなしでの導入・利用を想定した製品だ。このためセットアップに関しては、非常に簡単にできるように工夫されている。
今回、試用した製品は最終版ではないため、手順が若干変わる可能性があるが、以下のステップで初期セットアップの設定が行える。
STEP1 アカウント作成
同梱のサブスクリプションキーカードに記載されているアドレスにアクセスし、ユーザーアカウントを作成。その際、カードに設定されている製品ごとのキーを入力する。
【お詫びと訂正 2020年6月26日 18:03】
記事初出時はサブスクリプションによるアカウント作成でしたが、サブスクリプションは2019年10月9日に廃止され、現在はサブスクリプションなしで利用可能です。
STEP2 スマホアプリをダウンロード
セットアップ後の画面に表示されたQRコード、もしくはAppStoreかGoogle Playから、「Meraki Go」アプリをダウンロードする。
STEP4 2次元コードで製品を登録
スマホのカメラを使って、製品の背面に記載されている2次元コード(シリアル番号がコード化されたもの)を読み取り、アプリ経由でクラウドサービスに製品を登録する。
ゲストネットワーク向けに、ランディングページや帯域制限の設定も
なお、ゲストネットワークは、上記のSTEP5で作成することもできるが、Wi-Fiネットワークは後から追加することも可能となっている。最初には、組織内で使うためのSSIDを構成し、後からゲスト用を追加するのが一般的だろう。
といっても、特別な設定をしなくていいなら、ネットワークの追加も簡単だ。SSIDとパスワードを指定し、「ゲストネットワーク」にチェックを付けておくだけでいい。
ゲストネットワークにチェックを付けると、該当するWi-Fiネットワークの形態がNATに変更され(通常はブリッジ)、ゲスト端末から有線ネットワークの端末(ルーターやNAS、店舗ならPOS端末など)へのアクセスも禁止される。
要するに、組織用とゲスト用のネットワークを、チェックボックスをワンタップするだけで分離できるわけだ。
もちろん、ゲストネットワーク向けの設定を、さらに詳細にカスタマイズすることも可能だ。具体的には、以下のような構成ができる。
カスタムメッセージ
「いらっしゃいませ! カフェ●●へ」のように、ゲストネットワークに接続した直後に、ウェブブラウザーへ自動表示されるランディングページのメッセージを設定できる。
ロゴ
ランディングページに表示するロゴは、オリジナルの画像へ置き換えられる。
タイムアウトの間隔
ゲストネットワークへの接続を許可する時間を設定できる。ただし、一度切断した後に再接続もできる。その際にランディングページへのアクセスを強制するだけで、設定した時間以上の利用を禁止するわけではない。
ウェブブロッキング
指定したURLへのアクセスを禁止できる。ドメイン単位で制限できるが、手動でURLを入力して登録する必要がある。
使用上の制限
ゲストが利用可能な通信帯域(速度)を制限できる。ゲストネットワークに接続した全端末に適用する方法と、特定のアプリ(動画など)を選択して、その帯域だけを制限する方法の2通りで制限ができる。
アクティブ
Wi-Fiのオン/オフをスイッチひとつで切り替えられる
ゲストネットワーク
アクセスポイントに接続した端末同士の通信の許可/禁止を切り替えられる。
検出可能
端末のWi-Fiの接続先にSSIDが表示されるようにするかどうかを設定できる。
アドレス変換モード
ブリッジとNATを切り替える。ゲストネットワークはNATに設定され、上位ネットワークとの通信が制限される。
細かな機能はないものの、ちょうどいい「さじ加減」
いわゆるキャプティブポータルでユーザー認証を導入するとか、タイマーを使ってゲストWi-Fiのオン/オフを自動化するとか、umbrellaベースのウェブブロッキングが欲しいとか、802.1x認証使いたいとか、SSIDを2.4GHz帯と5GHz帯で個別に運用したいとか……。
欲を言えば、もっといろいろな機能は欲しいが、「さじ加減」としては、現状でちょうどいいように思える。
これ以上複雑にすると、エンドユーザーが設定に困る可能性があるだろうが、これくらいまでならサポートがなくとも、何とかDIYで設定できるはずだ。最低限のセキュリティも確保されるので、標準設定のままポンポンと画面を進めただけでも、困るようなこともない。
もちろん日本語化もしっかりとできており、アプリのホーム画面には、サポートリクエストの送信画面やフィードバックの送信画面も大きく表示される。
こう言っては失礼だが「Ciscoらしくない優しさ」だ。個人的には、もっとアラがあるのではないかと思っていたが、予想以上に普通に使える。
ネットワークの状況把握や接続端末の制御もアプリで
このほか、Meraki Goアプリでは、現在の通信状況の確認もかなり詳細にできる。
接続デバイス数、平均の利用率、転送速度、主に使われているアプリケーション(VideoやSocial Networkなど)の統計情報をチェックできるほか、接続デバイスの情報(OSやMACアドレス、電波の強さ、アプリケーション利用状況)も確認できる。
また、デバイスごとのブロックも可能となっているため、利用率が極端に多く、ほかの利用者に迷惑をかけているデバイスを指定して、Wi-Fiから締め出すこともできる(そうならないように、あらかじめゲストネットワークの帯域を制限したり、動画の帯域を絞っておくことも可能)。
端末の電波状況が見られるので、店舗の隅々まで電波が届いているかのチェックに使うこともできるし、「遅いんだけど」という顧客からの声に対して、実際にどれくらい遅いのか? 何に使っているのか? もすぐにチェックできる。使いすぎの顧客をひっそりと締め出すのも簡単だ。
さらに、こういった各種の項目を常にチェックしなければならないこともなく、たまにホーム画面の統計をチェックして異常がないかを確かめるだけでもいい。通知設定を有効にすれば、アクセスポイントが5分以上オフラインになったり、20分で1GB以上の大量アクセスがあったときに、通知を受けることもできる。
いやあ、実に、よくできている。
気になる点もある
もちろん、使っている上で、いくつか気になった点もある。
まずは、Merakiのクラウドサービスについてだ。ほかのMeraki製品は、クラウド上の管理サービスをPCのウェブブラウザーから利用できるが、Meraki Goでは、このサービスは利用できない。初期設定時に登録したアカウントでサインインはできるが、管理画面はライセンスの制限により、表示することができなかった。
続いて、ローカルの管理画面についてだ。本製品は、基本的にアプリを利用して管理するため、アクセスポイントの設定画面にアクセスする必要はない。ただし、ローカルネットワークに接続している端末であれば、アクセスポイントの設定画面にアクセスすることは可能だ(ゲストネットワークからはさすがに遮断される)。
設定ページ(my.meraki.com)と言っても、端末(つまり自分)の情報と近隣のアクセスポイントの電波状況をチェックできるもので、ユーザーが利用するためのポータル的な位置付けだ。ただし、簡易的なものながら「Configure」ページも用意されている。
このページは、IPアドレスの取得方法、Wi-Fiのチャネルを設定できる程度の簡易的なものだが、IPアドレスを固定したい場合や、複数のアクセスポイントを設置する際にチャネルを手動設定する場合に利用できる。
こうしたことから、あまり管理者以外は触れて欲しくないページなのだが、残念ながら標準ではシリアル番号のみのパスワードなしでアクセスできてしまう。シリアル番号は背面を見れば分かってしまうし、二次元コードでも読めるので、あまりよろしくはないだろう。
設定ページへのアクセスには、パスワードを設定したいのだが、設定項目らしいものも見当たらなかった。おそらく、個人利用や家族経営のような組織での利用が想定されているため、設定ページにパスワードなしでアクセスできてしまっても、あまり問題はないという判断なのだろう。
「下から上」か「上から下」か
このように、Meraki Goは、Cisicoとして「to C」に近い市場に向けて、かなり本気で取り組んだ製品に見える。
コンシューマー向けのWi-Fiルーターでは機能不足ながら、業務向けでは「too,much」という分野を、非常にうまく突いている印象だ。
競合としてパッと思いつくのは、NTT東日本の「ギガらくWi-Fi」だが、こちらもCisco Merakiを使ったソリューションなので、市場として、うまく棲み分け(Meraki GoはDIY)している印象だ。
となると、グローバルでも、国内でも、ライバルになりそうなのはネットギアあたりになりそうだ。ネットギアのSMB向けアクセスポイントも、Insightアプリを使って、同様に手軽な管理ができる(スイッチなども管理でき、アプリは日本語にも対応している)。
こうした状況を考えると、現状は、コンシューマー市場からさらに上を狙うアプローチと(ネットギアはもともとSMBターゲットだが……)、今回のMeraki Goのようにエンタープライズから下を狙うアプローチが、SMB市場でちょうど競合するタイミングになっているように思える。
SMB向けのソリューションとしては、個人的には米国のUbiquiti Networksの製品にも注目しているし、国内ではYAMAHAも強い。各社が、少しずつ陣地を広げようとしている様子は、まるでシミュレーションゲーム「Civilization」でマップを探索し合っているようで、実に興味深い。
【お詫びと訂正 5月8日 13:26】
記事初出時、ネットギアのInsightアプリに関する記述に誤りがありました。お詫びして訂正いたします。
誤:(スイッチなども管理できるがアプリは英語版)
正:(スイッチなども管理でき、アプリは日本語にも対応している)