清水理史の「イニシャルB」

国内発売間近! 「Wi-Fi 8相当ルーター」のメリットと「すぐ買うべきか?」を考える

 Wi-Fi 8がやってくる。海外では製品レビューもちらほら見かけるようになったWi-Fi 8ことIEEE 802.11bn相当製品だが、いよいよ国内でも購入可能な段階に入りそうだ。Wi-Fi 8で何が変わるのか? 買うべきなのか? を考えてみよう。

ASUSは技適取得済み!

 「201-260642」。

 国内発? 筆者が確認した限りでは、恐らく、これが最初のWi-Fi 8相当製品の技適番号になるはずだ。ASUSは、9月12日付で、ROG Rapture GT-BN98の技術基準適合証明を取得。国内でWi-Fiルーターを発売するための最大のハードルをクリアした。

ASUSのWi-Fi 8相当ルーターROG Rapture GT-BN98の技適情報

 本稿執筆時点(2026年10月18日)では、まだメーカーから国内発売に関する情報は何も提供されていないため、実際に発売されるのか? いつ発売されるのかは不明だが、米国のサポートサイトでは日本語版のクイックスタートガイドのダウンロードも可能になっているので、間もなく登場するはずだ(もしかすると本稿掲載時点で何らかの動きがあるかもしれない)。

 Wi-Fi 8関連では、TP-LinkもすでにArcher 8 Ultra(Archer BN800)とDeco 8 Ultraを発表済みだが、こちらも公式サイトで製品詳細を確認できるものの、技適の記載は確認できない。技適は取得してから、掲載されるまでに時間がかかるので、掲載前に製品が発売されることもあるのだが、現状、TP-Linkの動向は不明だ。

 なお、米国での価格(2026年10月18日時点ではいずれもプレオーダー)はASUS ROG Rapture GT-BN98 Proが899.99ドル(約14万円)。ただし、こちらは6GHz帯が2系統あるクアッドバンドモデル。Proの付かないGT-BN98は5GHz帯が2系統のクアッドバンドで価格は未定だ。一方、TP-LinkのArcher 8 Ultraが999.99ドル(約15万円)となっている。いやあ、高い……。

▼ASUSの製品ページ
GT-BN98
GT-BN98 Pro

▼TP-Linkの製品ページ
Archer 8 Ultra

Wi-Fi 8とは何か?

 Wi-Fi 8ことIEEE 802.11bnは、現状のWi-Fi 7(IEEE 802.11be)の後継となる無線LANの規格だ。

 まだ「Wi-Fi 8」も「IEEE 802.11bn」も実は正式なものではなく、Wi-Fi Allianceは認証プログラムを開発中。IEEEも2026年9月にドラフト2.0が投票を通過、最終承認は2028年5月予定となっており、現状は「Wi-Fi 8相当」「IEEE 802.11bn相当」というのが正しい。

 これまでの無線LANは、基本的に規格が上がると最大速度も上がる、という流れだったが、Wi-Fi 8では最大速度は上がらない。IEEE 802.11bnのプロジェクトタイトルには「Ultra High Reliability」(UHR)、日本語にすると「超高信頼性」という言葉が含まれており、通信の信頼性や安定性の向上を目指した規格となる。

 このため、Wi-Fi 8では、利用する周波数帯(2.4/5/6GHz帯)や利用する帯域幅(最大320MHz幅)、変調の値(4096QAM)などの最高速度を決める基本仕様はWi-Fi 7と変わらない。規格上の最大速度も46Gbps(4096QAM、320MHz幅、16ストリーム時の値)となっている。スマートフォンなら最大2882Mbps(4096QAM、160MHz幅、2ストリーム)、PCなら最大5764Mbps(4096QAM、320MHz幅、2ストリーム時)、アクセスポイントなら最大11529Mbps(4096QAM、320MHz幅、4ストリーム時)という最大速度は同じだ。

 では、何が変わるのかというと、以下のような機能が盛り込まれる予定になっている。

  • 長距離通信時の安定性向上(ELR)
  • 速度の細かな制御(新MCS)
  • ノイズに強い通信(2xLDPC)
  • 複数同時に送る電波の経路ごとの個別最適化(UEQM)
  • 複数端末の通信時に使い切れていない帯域の有効活用(DSO)
  • 混雑したチャネルを避けた通信(NPCA)
  • 送信電力が限られる端末の上り通信の改善(DRU)
  • 複数アクセスポイントの連携(Co-TDMA、Co-rTWT、Co-SR、Co-BF)

 ただ、これら全てが実装されるわけではない。詳細はWi-Fi Allianceが策定するWi-Fi 8の必須機能やオプション機能の分類を待つ必要があるうえ、おそらく製品の発売時期やメーカーによっても機能の実装の違いが現れることが予想される。

初期のWi-Fi 8ルーターに実装される新機能をチェックする

 現状、ASUSのROG Rapture GT-BN98に関しては発売時点でサポートされる機能と将来的な対応についての記述が見つからないが、TP-Link Archer 8 Ultraに関しては9月30日のリリースに「Available at launch」として、「UEQM」「新MCS」「2xLDPC」「NPCA」の記載がある。一方で、ファームウェアのアップデートによって後から提供される機能として「DSO」「ELR」「DRU」「Co-xxのAP間連携」が挙げられている。

 つまり、2026年末、もしくは2027年初頭に登場する製品については、以下の4つの機能を使えることになる。

同時に送る複数の電波をそれぞれの状態に合わせて最適化する「UEQM」

 Wi-Fi 7では、1台の端末との間でMIMO(同じ周波数で複数のデータを同時に送受信する技術)を利用する際に、多重化する通信のそれぞれで同じ変調方式を使う必要があった。つまり、2系統の通信で、片方は通信状況が良く4096QAMが使えるとしても、もう片方の経路の通信状況が悪く1024QAMが適しているとしたら、両方を低い方の1024QAMに合わせる必要があった。

 UEQM(UnEQual Modulation)では、アクセスポイントと端末の間の通信経路の状況に合わせて、片方を4096QAM、もう片方を1024QAMのように変化させることができる。

UEQMのしくみ

通信状況に応じてリンク速度を細かく制御する「新MCS」

 Wi-Fiでは、アクセスポイントと端末が通信するときに、電波の状態に合わせて、変調方式と符号化率を組み合わせたMCS(Modulation and Coding Scheme)を切り替えている。符号化率は、送信する情報全体に占める元データの割合で、小さいほどエラー訂正用の情報が多くなり、速度は低くなるが、通信の安定性は高まる。

 たとえば、16QAMを使う場合、Wi-Fi 7では符号化率1/2と3/4しか選択できなかった。このため、3/4ではエラーが多くなるものの、1/2まで速度を落とす必要はないという微妙な通信状況でも、エラー訂正率が高い方(速度が低い方)を選ばざるを得なかった。

 Wi-Fi 8では、この間に符号化率2/3のMCSを追加することで、通信状況に合った速度をより細かく選べるようになった。速度を切り替える刻みがより細かく滑らかになったと考えるとわかりやすい。これにより、必要以上にリンク速度を落とさずに通信できるようになった。

新MCSのしくみ

エラー訂正能力を高めてノイズに強い通信を実現する「2xLDPC」

 Wi-Fiでは、送信するデータにエラー訂正用の情報を付け加えることで、ノイズなどで一部のデータが読み取れなくても、受信側で元のデータに復元できるようにしている。ただし、訂正できる限界を超えると、データを送り直さなければならない。たとえば、アクセスポイントから離れた部屋では、信号が弱く、ノイズの影響を受けやすくなる。

 このため、読み取れなかったデータをもう一度送り直す処理(再送)が増えて、通信速度も低下する。2xLDPCでは、エラー訂正の処理単位を従来の最大1944bitから、その倍の3888bitに拡大する。たとえば、訂正用の情報を含む3888bitを、1944bitずつ前半と後半に分けて送る場合、後半にエラーが集中すると、後半だけでは訂正しきれず、再送が必要になることがある。前半が正常でも、前半の訂正用の情報を後半の修復には使えないためだ。

 2xLDPCでは、3888bitをひとまとまりとして扱うため、同じように後半にエラーが集中しても、全体の訂正用の情報を使って復元できる可能性が高まる。これにより、再送を減らし、通信速度の低下や遅延の増加を抑えられる。

2xLDPCのしくみ

近隣APとの混雑をサブチャネル切り替えで回避する「NPCA」

 NPCAは、近隣のAPの通信によって送信を待たされるときに、利用するサブチャネルを切り替えて待ち時間を減らす機能だ。たとえば、自宅のアクセスポイントと端末が、双方とも160MHz幅に対応している場合を考えよう。160MHz幅は、20MHz幅のサブチャネル8個で構成されている。このうち、通信を始める際の基準として使う20MHz幅のチャネルを、プライマリーチャネルと呼ぶ。仮にここでは8分割したうちの①としよう。

 この①が近隣のAPの通信で使われていると、ほかの②~⑧の部分が空いていても、自宅側は通信の開始を待たされてしまう。NPCA(Non-Primary Channel Access)では、こうした場合に、アクセスポイントと対応端末が、あらかじめ決めておいた別のサブチャネル(ここでは⑧)を通信開始の基準として使う。たとえば、160MHz幅の前半にある①が近隣の通信で使われていても、後半の⑤~⑧の80MHz幅が空いていれば、⑧を基準のサブチャネルとして80MHz幅で通信できる。「通常の基準である①が空くまで待つより、今空いている80MHzで先に通信する」ことで、待ち時間を減らせるわけだ。

NPCAのしくみ

メリットがあるケースは限られる

 以上、Wi-Fi 8の一部の技術について説明したが、ここまで読んでいただくとわかるように、Wi-Fi 8の技術は基本的に「〇〇のケースで」という特定の条件下でメリットが現れるものとなっている。

 今回紹介しなかった他の技術も同様で、ELRも長距離の過酷な環境用だし、DSOも狭帯域端末への送信時の技術だし、DRUも法規制がある上り通信向けだし、AP連携も複数AP存在する環境向けとなる。

 このため、近距離で電波状態がよく、混雑も少ない環境では、Wi-Fi 8の新機能による速度向上は見えにくい。規格上の最大リンク速度もWi-Fi 7と同じなので、最大速度の向上だけを目的に買い替える理由は乏しい。あったとしても、それはシンプルにチップやCPU、メモリといったハードウェア性能の向上も影響する。

 今回紹介した機能で言えば、UEQMはMIMOの片側の通信状況が悪いケース、新MCSは追加されたパラメーターに合う通信状況(距離や遮蔽物)、2xLDPCは信号が弱かったり、ノイズや干渉によって誤りが増えたりするケース、NPCAは近隣APと干渉が発生するケースでないと、メリットが見えにくい。

 しかも、これらの機能は基本的にWi-Fi 8対応の端末との組み合わせで機能する。アクセスポイントだけがWi-Fi 8対応になるだけではメリットが見えにくい。Wi-Fi 8端末とWi-Fi 7端末が混在する環境で、Wi-Fi 8端末の通信効率が向上すれば、Wi-Fi 8端末が占有する通信時間が減り、Wi-Fi 7端末も通信しやすくなるが、それでもWi-Fi 8対応の通信相手は必要だ。

 なので、対応スマートフォンやPCを待たずにメリットを得られる可能性があるのは、Wi-Fi 8対応ルーター同士を無線バックホールで接続するメッシュ構成だ。ただし、バックホールで使える新機能と、その効果は製品の実装や設置環境次第と言えるし、Co-TDMAなどのAP間連携はファームウェアアップデート待ちなので何とも言えない。

 個人的には、Wi-Fi 8製品の登場にワクワクするが、多くのユーザーがメリットを感じられるのは、少なくともWi-Fi 8対応スマートフォンやPCが登場し、自分の環境で役立つ機能と実装が確認できるまで待つ必要がある。気長に動向をチェックするといいだろう。

清水 理史

製品レビューなど幅広く執筆しているが、実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあり、Windowsのネットワーク全般が得意ジャンル。「できるWindows 11」ほか多数の著書がある。YouTube「清水理史の『イニシャルB』チャンネル」で動画も配信中