イベントレポート

国連機関でのブロックチェーン・プロジェクトからミライの社会を考察する夜

難民支援「暗号通貨基金」も ~効率と透明性を求め国連でブロックチェーン活用が進む

 国連でブロックチェーンへの取り組みが始まっている。目的は、国連の各機関の事業の透明性と効率を高めることだ。ブロックチェーンを応用した難民支援用のID(身分証明)管理システムや仮想通貨を活用した難民支援基金などの複数の取り組みが進行中である。

 以下は、国連機関でブロックチェーン推進に取り組む山本芳幸氏が、3月27日に都内で開催されたイベント「国連機関でのブロックチェーン・プロジェクトからミライの社会を考察する夜」に登壇して語った内容である。山本氏は日本の政府機関や企業にも国連のブロックチェーン活用の取り組みに協力してほしいと呼び掛けた。ブロックチェーンを活用して何ができるのか、読者の皆さんも一緒に考えながら読んでいただけるとうれしい。

国連機関UNOPS(国連プロジェクトサービス機関)のニューヨーク事務所にてブロックチェーンプロジェクトを推進している山本芳幸氏

ブロックチェーンの台頭は「事件」だ

 山本芳幸氏の現在の肩書きはSpecial Advisor for UN Engagement and Blockchain Technology at UNOPS。国連機関の1つUNOPS(国連プロジェクトサービス機関)に所属しつつ、国連全体でのブロックチェーン技術への取り組みを推進する立場にある。山本氏は、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)、UNOCHA(国連人道問題調整事務所)、UNDP(国連開発計画)、DPKO(平和維持活動局)を歴任。「15年ほど紛争地域で仕事をしてきた」と話す。著書に『カブールノート 戦争しか知らない子供たち』(2001年、幻冬舎)がある。このほか、山本氏が発表してきた文章がウェブ上で読める(yoshi.live)。

山本氏は15年を紛争国で人道支援の現場で過ごした

 山本氏は「一時期、対外的に話をするのをやめていた。2004年に国連大学で喋り、2009年に文章を発表したのが最後だった」と語る。発言をやめた理由は、世界各地の紛争地域の実情が話したり書いたりするだけでは伝わらないと感じたからだ。ストーリー仕立てで感情に訴えるかたちで記事にしたがるメディアへの幻滅もあった。その山本氏が数年ぶりに口を開いた理由は、日本の人々に国連のブロックチェーンへの取り組みを伝え、参加を呼び掛けるためだ。

 山本氏がまず語ったことは、山本氏が見てきた紛争地域の実情の厳しさだ。「軍事援助と人道支援の違いも現場ではもはや明確ではない。90年代始めのころは国連のマークを付けていれば安全だった。90年代半ばぐらいから、国連のマークを付けていると狙われるようになった」。

 そして巨大な官僚組織の非効率さも目にした。「今の人道支援は『かわいそうな人を援助したい』といった段階はもう終わっている。ロジスティックス(物流)ができるかどうかがすべてを決める。しかし効率が悪い。モノが全然動かない」。国連には「そうした苦い思いを抱いている人たちが大勢いる。簡単なストーリーにできちゃうような話をするのはやめようと思った」。

 そのような現場を見てきた山本氏はこう続ける。「2014~2015年ごろ、国連の中でオタクっぽい人たちがブロックチェーンやビットコインの話を始めた。2016年くらいから、こうしたブロックチェーンの考え方は、我々が苦い思いをしてきた巨大な組織的な人道援助にも利用できるのではないかと考え始めた」。

 そこで山本氏は2016年夏、国連の事務総長(Secretary-General)まであと2階層という役職者であるASG (Assistant Secretary-General)に、ブロックチェーンへの取り組みを始めるよう掛け合った。「最初は『なんだ?』という反応だった。調べて書いて説得した」。2016年末に「やってみようという話になった」。国連は山本氏をブロックチェーン技術の“Special Advisor”に任命し、ここから組織的な取り組みが始まった。

 国連の64の機関に「ブロックチェーンに興味がある人はいませんか」と呼び掛けた。2017年1月に勉強会をした。集まったのはたったの3人だった。

 2017年、仮想通貨の相場が高騰しメディアでの露出も増えた。そこで山本氏も「記事を書いたりまとめを作ったり」しているうちに国連での認知も高まってきた。「半年後には、国連内部で作ったブロックチェーングループが3人から200人まで増えた」。2017年夏に国連の本部で調査をしたところ、64機関中15機関がブロックチェーンの研究を始めていた。

2017年夏の段階で国連15機関がブロックチェーンに取り組む。2018年初には26機関にまで広がった

 それから半年たった2018年初頭に再度調査したところ、64機関中26機関がブロックチェーンの研究に取り組んでいた。「もはや後戻りができない何かが起きている」と山本氏は表現する。

 「国連でブロックチェーンへの取り組みを進めている人たちは、技術から入ったわけではない。大多数の人はかつて現場で仕事をして苦い経験をして、これを変えないといけないという信念を持っている人々だ」。

 国連でブロックチェーンへの認知が向上する理由となった「ある事件」があった。2017年4月、国連は民間企業などから新技術に関する情報提供を募るRFI(Request For Information)を出した。このようなRFIへの応募は「通常は5社から多くて10社」。ところがブロックチェーンのRFIでは70社が応募した。半数はスタートアップ企業、20%は巨大企業だった。「これは『事件』だと国連は捉えた」と山本氏は言う。

 山本氏は国連でのブロックチェーン導入のロードマップを作っている。「これは去年の早い段階で作ったもの。だいたいこの通りに進んでいる」。

国連でのブロックチェーン活用のロードマップ

移民、難民の支援や人身売買の阻止など多様なユースケースを検討

 続いて山本氏は、国連で検討を進めているさまざまなブロックチェーンのユースケース(活用方法)について説明した。取り組みは多様なので、それを整理する分類方法がまず必要となる。大きく2つの視点がある。

 1つの視点は人道支援の対象である「裨益者」ごとに見る分類。もう1つの視点は国連が支援する相手である政府の機能別に見る分類である。まず「裨益者」別にブロックチェーンの活用分野を見ていく。

ブロックチェーンのユースケースを人道支援の対象となる裨益者ごとに分類

1)移民
 「移民の経済規模は大きく中小の国だと海外で稼ぐ移民からの送金が国家予算を左右する。ところが移民の送金は中間搾取が大きい。この無駄を避けられるのではないか」と山本氏は指摘する。

2)難民、国内避難民(IDP)
 「難民は、所持品を何もかもなくしているケースが多い。『パスポートを持っていますか』と聞いてもしょうがない」。そこでブロックチェーンを活用したID(身分証明)のシステムを検討している。ただし難しい課題がある。「UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)は歴史がありたくさんの情報を持っているが、他の国際機関に使えるかたちで共有できるかというと、そうなっていない。プライバシー保護を念頭に置くと安全なシステムは存在しないからだ」。簡単に解決できる課題ではなさそうだ。

3)Unbanked(銀行口座を持たない人々)
 「世界の人口の30%は銀行口座を持っていないとの見積もりがある。彼らは我々が享受している金融システムの恩恵を全く得られない。この改善にブロックチェーン技術が使えるのではないか」。ファイナンシャルインクルージョン(金融包摂)と呼ばれる取り組みである。

4)強制労働(Forced Labor)や人身売買(Human trafficking)
 「現代の奴隷制度のようなものだ。(人身売買は)問題の範囲が広い。法制度が出来ていない、子どもが生まれるときに記録する制度がない。国境を管理する能力が低いなど、いろいろある。その中でも大きな問題は子どもたちが人身売買されている現状があるが、『誰が売られているか』が分からないことだ」。人身売買で身元が不明の子どもが性産業に送り込まれ、彼ら彼女らの子どももまた地下に潜ってしまい身元が分からなくなるケースがたくさんある。「たどりつく先は臓器マーケット。供給源はそういうアイデンティティ(ID、身分証明)のない子どもたちだろう」。このような深刻な人道上の問題を解決するツールの1つとして、身元の確認にブロックチェーンを使えないかと検討を進めている。

 もちろん人身売買のような深刻な問題をITだけで解決できるわけではない。だが、それを必要とする人々にIDを持てるようにすることは問題解決に有効なはずだと山本氏は話す。「例えば、誰かが誘拐されて気が付いたらパスポートもIDも何もない。脱出してどこかの大使館に逃げ込んだとしても、おそらく今の制度だと門前払いになる。そんなとき全世界の共通IDがあったら、身ぐるみはがれて大使館に逃げ込んだ瞬間に、例えば虹彩検知で『この人はA国で行方不明になっていた人だ』と識別できるかもしれない。そのような案を募っている」。

5)ホームレス
 「ホームレスは突然消えたり現れたりする。シェルターに身を寄せても2週間で消える。違うところに現れて犯罪に巻き込まれたりする。Unbanked、難民と同じ問題が先進国の都会でも起きている」。このようにホームレス問題は難民問題と共通する見方ができることを示した。

政府の機能をブロックチェーンで改善する

 もう1つのブロックチェーンのユースケースの分類方法が、政府機能ごとに見るやり方だ。「国連が最も力を発揮できるのは、国家、政府を相手に仕事をするとき。だが、機能不全に陥っている国がいくつもある。それを改善しないと、そこから派生するたくさんの問題を阻止できない」。そこで以下のようなユースケースを検討している。

ブロックチェーンのユースケースを政府機関別に分類

1)e-Voting(電子投票)
 「国連が紛争後に相手国への『援助メニュー』の1つに選挙の実施がある。まず選挙を実施することが民主主義の始まりだと考えられているからだが、現実問題として選挙に伴う汚職はあるし、不正確な結果が出るし、事故も出る。ちゃんとした選挙は難しい。ブロックチェーンはそういうとこに力を発揮できるのではないか」。

2)National Digital ID Systems(国家のデジタルIDシステム)
 ID(身分証明)は国家サービスと直接結び付いているので重要だ。ただし、前述したように課題もある。「無責任な国家や非人道的な独裁者が現れたとき、国民のアイデンティティを彼らが悪用できないかたちで作らないと、問題がより悪化する。ジョージ・オーウェルが『1984年』で描いたビッグブラザー的なシステムを作るわけにはいかない」。この課題のためさまざまなスタートアップがコンセプトを提示しているというが、「どこかで現実と紐付けをしないとIDシステムの意味はないが、一方で悪用を防ぐかたちにしないといけない。まだ解決策が出来ていないとの印象がある」と山本氏は率直に語った。

3)公共サービスの効率向上
 詳しい説明は省略した。

4)Government Records(政府管理の記録)
 例えば土地登記に応用する。「世界中に誰のものかが分からない土地がたくさんあり、いろいろな問題を引き起こしている」。また、活用できない土地は「死んだ資本」になってしまい経済を回すことに寄与しない。この観点からも土地登記は重要と指摘した。

5)Regulated Finance
 マネーロンダリング防止、KYC(本人確認)の徹底など。「機能不全の国ではお金がどこに流れていくかが分からない。上流で汚職などを抑えようとしてもうまくいかない」。

 以上のように、ブロックチェーン技術を活用することで政府機能を改善できれば、それは人道支援の観点からも有用と指摘した。

効率と透明性の向上が真剣な問題

 なぜ国連でブロックチェーンへの取り組みが大きな動きとなってきたのか。その背景には国連という官僚組織の効率向上、そして透明性向上が喫緊の課題との認識がある。

 「国連は持続可能な開発目標(SDG)を立てている(関連ページ:2030アジェンダ)。2030年までに169のタスクを成し遂げる計画だが、この実現に必要な費用の試算は年間1.4兆ドル(関連記事:$1.4tn a year needed to reach global goals for world's poorest)。一方、ODA(政府開発援助)は全部入れても年間1600億ドル。とうてい達成できない。お金を増やすことは不可能なので、現在の仕事のやり方を変えて効率を大幅に上げる必要がある。これがブロックチェーンへの関心の基礎になっている」。

 もう1つの課題が透明性向上だ。「人道支援の指標でCAP(Consolidated Appeals Process)があり、例えば『シリアに何がいる、イラクで何がいる』などと共同で声明を出してお金を集める。2007年には指標の72.7%が集まった。ところが2015年には49%と半分も集まらなかった。人道支援の資金に関する信用が失われている。透明性を高める必要がある」。

 国連が目的を達成するためには、効率と透明性を向上する必要があるとの認識を示した。それもなるべく早期に実現しなければならない。

難民のための「仮想通貨基金」を構想

 山本氏は個別の取り組みについても触れた。1つの取り組みはブロックチェーンに関する教育である。それもエンジニア向けの教育だけではない。「人道支援の現場にもブロックチェーンのコンセプトを知ってもらい、意見を吸い上げて、それを技術系企業に投げて対策を立ててもらう。そうした流れを作ろうとしている」。

国連でブロックチェーン教育コースを実施

 そのため、『Blockchain 101』などのコース名で教育を始めている。「さきほどBlockchain 201が終わったところだ」。

 そして最新の取り組みの1つが、難民支援のための仮想通貨基金(Crypto Fund)だ。つい最近まで「秘密」扱いのプロジェクトだったとのことだ。「今の段階では、国連にも各国政府にも仮想通貨(Cryptocurrency)を受け取る機能がない。それを作る時期ではないか」。

国連での資金の流れの模式図

 山本氏は国連での資金の流れを模式図にしたスライドを見せて次のように語った。「国連には信託基金が100種類くらいある。そこから実施機関にお金が流れる。国連機関の間でも資金が移動し、その先にはNGOや民間企業があり、その先に現地のNGOがあったりする」。例えば難民支援のための寄付をした個人から、最終的な裨益者(受益者)となる個人までの間には「どれくらいのトランザクションが発生しているか。10回ではきかない。それぞれに銀行など中間介在者が入る。時間もコストもかかり、効率は悪い。資金の流れを追跡することも難しい」。

 ブロックチェーンにより、資金移動の効率と透明性を高めることができないか、山本氏はそのように考えている。「最終的には、P2Pで個人から個人への直接の支援ができるかもしれない。そこに至るまでには何段階も途中の段階が必要だろう」。例えばビットコインを直接難民に渡したとしても、ビットコインで生活できるような経済圏が形成されていなければ使えない。そこで山本氏は、「仮想通貨テクノロジーによるトークンを配り、現地の難民キャンプで国連がトークンを受け取って法定通貨と交換可能とする」といったアイデアにも言及した。

仮想通貨エコノミーと法定通貨エコノミーを連携させる

 講演の締めくくりは、「日本の政府や企業にも、ぜひこういう活動に最初の段階から入ってもらいたい」という呼び掛けだ。ブロックチェーンについて技術やアイデアを持っている企業や、共通の課題を抱えている政府機関などにとっては、検討に値する提案ではないだろうか。

日本はブロックチェーン先進国だが、規制強化で不透明感

 講演の後、山本氏を囲んで松田一敬氏(ソラミツ株式会社取締役会長)、小川晃平氏(株式会社VALU代表取締役)、司会の樋田桂一氏(一般社団法人日本ブロックチェーン協会事務局長)が加わり、パネルディスカッションを実施した。

 ソラミツの松田氏は、同社が開発するブロックチェーン技術Hyperledger Irohaを用いたカンボジア中央銀行との取り組みを進めていると説明。「カンボジアは銀行口座を持っている人が24%しかいない。スマホはみんな持っている。そこで状況を改善しようと取り組んでいる」(松田氏)と説明した。携帯電話番号を認証に使う方向性を検討しているとのことだ。

 パネルディスカッションの中で、山本氏は「国家レベルでいち早く規制法(改正資金決済法)を作った日本は、ブロックチェーン/DLT(分散型台帳技術)の先進国だと思われている。尊敬されている」と語った。

 一方、VALUの小川氏は「仮想通貨では現時点では日本が一番進んでいるが、今後は逆転されるかもしれない。最近の規制はそれほど強い」と危機感をあらわにした。1月26日に発生したコインチェックからのNEM(XEM)大量盗難事件を受けて、金融庁は仮想通貨交換業者への監視を強化した。この分野の多くの起業家が、金融庁は産業育成よりも個人投資家保護を優先する方向で舵を切ったと受け止めている。この状況について小川氏は「(大事件の後に)1回止めたくなる気持ちも分かる。ただし、自由市場を残さなければ、来年ごろには日本は仮想通貨ビジネスで世界に負けてしまう」と話した。

 以上、国連でブロックチェーンへの取り組みを立ち上げた山本氏の講演を中心にお伝えした。人道支援の現場で深刻な課題を目にしてきた国連職員らが、ブロックチェーン技術や仮想通貨を使って巨大組織の効率と透明性の向上に取り組んでいる。まだ初期段階の取り組みだが、仮想通貨とブロックチェーンが人道支援の分野で有用性を実証していくことを期待したい。

星 暁雄(ほし あきお)

フリーランスITジャーナリスト。最近はブロックチェーン技術と暗号通貨/仮想通貨分野に物書きとして関心を持つ。書いてきた分野はUNIX、半導体、オブジェクト指向言語、Javaテクノロジー、エンタープライズシステム、Android、クラウドサービスなど。イノベーティブなテクノロジーの取材が好物。