イベントレポート
Call for Codeハッカソン
日本IBM主催の“自然災害に立ち向かうハッカソン”、集まったエンジニアやプランナーたち、それぞれの参加理由・目的とは?
2018年9月28日 06:05
自然災害対策をテーマにしたハッカソン「Call for Codeハッカソン」が9月15・16日の2日間、東京・お台場のコワーキングスペース「MONO」にて開催された。IBM主催の世界的なアプリ開発コンペティション「Call for Codeチャレンジ」への日本からの応募をサポートするためのハッカソンとして開催されたもので、日本アイ・ビー・エム株式会社(日本IBM)が主催し、株式会社HackCampが運営している。ハッカソン当日の模様をお伝えするとともに、こうしたハッカソンに参加した理由や目的、そこで得られるものについて参加者に話を聞いた。
自然災害への備えの強化に役立つアプリを開発
開発コンペティション「Call for Codeチャレンジ」は、自然災害に対する地域社会や人々の備えを強化するのに役立つ新しいアプリの開発を目指す世界的な取り組みだ。米IBM本社は今年5月、この取り組みを通じて開発者向けツールやテクノロジー、無料のコード、専門家によるトレーニングなどを利用するための資金として、今後5年間で3000万ドルを投資していくと発表した。
同コンペティションへの応募を支援するために開催された今回の「Call for Codeハッカソン」では、自然災害に対する地域社会や人々の備えを強化するのに役立つ新しいアプリの開発を目指し、IBMのクラウドサービスを活用したソリューションを構築する。また、コンペティションへの応募に必要な英語の提出物を作成するための翻訳サポートや、動画作成サポート、メンターによる技術サポートが受けられる。
なお、このハッカソンはオンライン参加も可能で、会場に来た参加者は32名だが、そのほかに遠隔地からの参加者も3名いた。ハッカソン初日の15日にはIBM Cloudの使い方に関するセミナーや自然災害に関するセミナーが行われたあとに、アイディアソンおよびチーム編成が行われ、チームごとに分かれて開発が始まった。開発は2日目の16日15時まで続き、その後、完成した作品のプレゼンテーションおよびデモが実施された。
北海道胆振東部地震で地元が被災、北海道出身者によるチームも
今回のハッカソンには、エンジニアやプランナーなどさまざまな人が参加し、その中には地震で被災したばかりの北海道からの参加者も2名いた。「Team TSUNAMI」の宮沢綾氏と中村良幸氏だ。ちなみに同チームは、東京在住で北海道出身の中山圭太郎氏を加えた3名のチームで、全員が北海道出身者となった。
中村氏はIT企業の株式会社インサイトテクノロジーの札幌開発センター(インサイトラボ)に勤めるエンジニアで、今回がハッカソン初参加だという。一方、宮沢氏は、北海道で開催されたハッカソンにこれまで10回参加し、優勝経験も豊富だ。両名ともに今回、東京で行われたプログラミング言語のPythonのカンファレンス「PyCon JP 2018」に日程が近かったこともあり、Call for Codeハッカソンに参加することにした。参加を決めたのは北海道胆振東部地震が発生する前で、地震がきっかけで参加したわけではないが、地震が起きたことによりハッカソンへの意気込みは強まったという。
Team TSUNAMIが発表した「TSUNAMI」では、GPUを搭載したベアメタルサーバーで超高速計算を行い、津波が被災地に到達する前にいち早く警告を出す仕組みを提供する。警告を発する方法としては、モバイルアプリのほか、さまざまな手段を使って情報が伝わるように追究する。同時に、助かった人たちからの生存情報を取得し、その情報を可視化して共有するためのシステムも構築する。既存のオープンソースソフトウェアを生かしつつ、足りない部分を埋めるためのモジュールや、それらをつなぎ合わせてサービスとして機能するために必要なソフトウェアも新規開発する。
中村氏は初めてハッカソンに参加した感想として、「人との出会いもあるし、地元では聞けないさまざまな知識も得られるので、とても楽しいです」と語った。以前はエンジニアとして活動していたが、現在は仕事でコードを書くことがなくなったため、このようなイベントに参加することでコードを書くきっかけにもなるという。
これまで数多くのハッカソンに参加してきた宮沢氏は、「ハッカソンに参加すると、いろいろな人から、今まで知らなかったプログラミングのツールや、起業の知識など、さまざまなことを学べます」と語る。ハッカソンでドローン関連の作品を作ったことがきっかけでドローンメーカーから声を掛けられたり、ハッカソンでの出会いが転職に結び付いたりしたこともあるという。
IT会社の経営者でもある中山氏は、実家が胆振にあることから、今回のハッカソン参加を決めた。「本当は別のイベントに参加する予定だったのですが、今回は地元が被災したので、何かやらないといけないという思いで参加することにしました」。
ハッカソンにはこれまで30回以上参加しているという中山氏は、ハッカソン参加の動機について、「最初はプログラミングの腕試しを目的に参加したのですが、さまざまな人からいろいろな企業や業界の話を聞けるし、短期間で成果を上げることが求められるので、自分のレベルが上がるのが実感できます」と語る。今では参加するだけでなく、運営する側に回ることも多くなり、それがビジネスに結び付くこともあるという。
ハッカソンで学んだ知見を本業に生かす
ITの勉強会で知り合った仲間とともにハッカソンに参加したのは、「Signs of Disaster」という作品を開発した「Standy」の一員である東日本電信電話株式会社(NTT東日本)の岡田浩一氏。Standyは2017年に開催されたオープンデータの国際ハッカソン「Asia Open Data Hackathon」へ参加する際に岡田氏が呼び掛けて結成したチームで、同イベントでは最優秀賞を受賞した。さらに2018年でも同じチームで連続優勝を果たしており、Signs of Disasterはこのときに発表した「Sentiments in AR」という作品がベースとなっている。
Signs of Disasterは、ARを使って災害情報や避難所の地図情報を空に表示することにより、危険性を直感的に伝えるアプリ。一般的なARは建物や人などの前面に映像を映し出すが、この作品の場合は、建物の後ろに映像を映し出すため、どの部分が建物でどの部分が空なのかを判定する必要があり、そこにディープランニングの技術を使用している。情報を日常の景色に溶け込ませて違和感なく表示させることで、災害が近付いていることを迅速に分かりやすく多くの人に伝える。
岡田氏はハッカソン参加の動機として、「本業で学んだデータ分析の知識を、ハッカソンという場で具現化したいと思ったのが参加の理由です」と語る。初めて参加したハッカソンで上位入賞を果たし、チームのメンバーといろいろと話し合ったところ、「もっとこんなことをやってみたい」「この技術を使ってみよう」とさまざまな意見が出たため、その後も同じメンバーでハッカソンに参加している。「自分たちの作ったプロダクトが世の中の役に立つかもしれないと思うとワクワクするし、ハッカソンで得た知識や知見が本業に役立つこともあります」。
「SOS99」という作品を開発した、「Blue99」チームの一員である株式会社リーディング・エッジ社の池増薫氏は、ハッカソンに参加するのは今回が初めてだという。「私は通常、システムエンジニアとして大手企業が求められる仕様の中で開発をしていますが、一から自分で考えるということに不慣れなので、自分のアイディアを実現させるノウハウを学ぶためにハッカソンに参加しました」と語る。
SOS99は、災害時にインターネットが利用できない状況において、Bluetoothを使ってスマートフォン同士で情報をやりとりできるアプリ。Bluetoothで接続された近隣の端末を経由していくことで、遠くの端末にも情報を送れる。アプリにはSOSを発信するボタンを搭載するほか、周囲で助けを求めている人がどこにいるのかを地図上で確認することができる。多くのユーザーに使ってもらう必要があるため、FacebookやLINEなどのSNSとの連携も模索する。
今回のハッカソンではこのほか、「RFscanner」(チーム名:RFscanner)や、「Oh! Now」(チーム名:Oh!Now)など10作品が発表された。
RFscannerでは、災害時に要救助者を迅速に発見するために、携帯電話の電波を捉えられる「LimeSDR」というソフトウェア無線をドローンに搭載し、携帯電波を捉えた場所および静止画や動画をサーバーにアップロードする。もし画像内に人が見つかった場合は、その場所を地図上にマークする。また、要救助者が動いている姿を撮影した動画から心拍数を測定し、トリアージ(患者の緊急度に応じて優先順位を付けること)を行う仕組みも提供する.
Oh! Nowは、災害時に使用する画像シェアアプリ。投稿した画像を地図上で確認できる。投稿された写真がデマ画像かどうかを機械学習によって自動的に判別し、デマの場合は自動的に排除する機能を搭載している。また、自動判別したあとにボランティアスタッフによって確認する仕組みも提供することで、正確性を高める。誰もが簡単に投稿できるように、極力シンプルなユーザーインターフェースを追究する。
このコミュニティで新しいものを生み出せれば――来年以降も「Call for Code」継続
なお、今回のハッカソンはCall for Codeチャレンジへの応募を目的としたものなので、優秀作品の選出などは行われなかった。
今後のスケジュールとしては、9月28日に作品提出が締め切りとなり、10月17日にセミファイナリストが選出される。さらに10月24日にIT分野の著名な専門家らによる最終審査が行われ、大賞および優秀賞(計5チーム)が選出される。各賞の最終発表は、10月29日にCall for Codeグローバル大賞授賞式・チャリティコンサートの会場で行われる予定だ。
同コンペティションの優勝チームには賞金20万ドルと、「Call for Code Global Prize」イベントへの招待、The Linux Foundationからの長期的なオープンソースプロジェクトのサポートなどが受けられる。さらに、ベンチャーキャピタリストの紹介を受けられ、起業のチャンスを得るほか、IBM Corporate Services Corpsチームとともにソリューションを展開する機会も与えられる。
日本IBMの尾股宏氏(チーフ・デジタル・オフィサー デジタル・セールス事業担当執行役員)は締めくくりとして、「今回のハッカソンをきっかけに、このコミュニティで新しいものを生み出せればいいと思っていますし、Call for Codeは来年以降も続いていくイベントなので、また参加していただければと思います」と語った。
ハッカソン未経験者から、参加経験が数十回以上のベテランまで、幅広い層がさまざまな動機を持って集まった今回のハッカソン。彼らの出会いから生まれた作品が今後、Call for Codeチャレンジでどのように評価されるのか注目される。