イベントレポート

IPv6 Summit in TOKYO 2019

劣化するIPv4、そこへの投資は意味があるのか――問いかけられる企業戦略

 欧州地域のIPアドレスを管理しているRIPE NCCは11月25日(現地時間)、最後となるIPv4アドレスブロックの割り振りを行い、使用可能なIPv4アドレスを使い切ったことを発表した[*1] [*2]。日本を含むアジア太平洋地域のIPアドレスを管理しているAPNICでも新規に割り振り可能なIPv4アドレスはわずかしかなく、本当の在庫枯渇が目前に迫っていると考えることができる[*3]

 しかし、IPv4の在庫枯渇に関しては、新規のIPv4アドレスが割り振られることが無くなったというだけで、インターネットを利用できなくなるというわけではない。そのため、日本ではコンテンツホルダー側がなかなかIPv6対応を行わないという実情がある。その判断は、本当に正しいのか?

 11月25日、「Internet Week 2019」との併催で開催されたカンファレンス「IPv6 Summit in TOKYO 2019」では、この話題に近いところに踏み込んだパネル討論「IPv4 Sunset に向けて~もうIPv4に手を入れるのはやめようよ~」が行われた。今回は、この中で行われた議論を取り上げる。

IPv4の劣化をどう考え、どう対応していくかが重要

 本パネルの概要は、国立大学法人東京工業大学准教授の北口善明氏をコーディネーターとして、以下の3点を話題に議論したものである。

  • 問題が出つつあるIPv4をどこまで維持し続けるのか?
  • IPv6への移行には何が問題になっているのか?
  • さまざまな立場の方々からIPv6対応の現状と課題・解決策を聞きたい

 ここで注目していただきたいポイントは、IPv4の劣化である。インターネットを使ってビジネスをする場合、そこでの通信品質が重要になるケースは多い。例えば、ゲームや株の取引といったシーンではレスポンスが、映像配信では実際に使える通信帯域がユーザー体験に直結するからだ。

 しかしながら、IPv4の通信では、例えばNTT東西のフレッツ網における網終端装置での輻輳(PPPoEの品質低下傾向)や、1つのIPv4アドレスを数多くのユーザーで共有する仕組みをかぶせたりすることで起こる通信の劣化が目立つようになっている。この事実を踏まえて、それでもIPv4にこだわって対応のための追加コストを払っていくのか、それともIPv6に軸足を移していくのかということがここでの議論の見所である。

コンテンツ側のIPv6対応

コンテンツを提供する側の実情

 最初のパネリストとして発表を行ったのは、一般社団法人日本インターネットプロバイダー協会(JAIPA)理事でもある株式会社シーエスファームの松本昇氏である。松本氏は、JAIPAで行っている「ゲーム・エンタメのネットワーク接続性課題検討WG」での経過を中心にその説明を行った。

 IPv4ではアドレスの共有(アドレスシェア)に起因する問題が発生していること、問題が単一ではなく、各種原因の複合的な組み合わせに起因していること、その解決の面倒さからIPv6は新たなモチベーションになり得ると考えられるようになりつつあることなどが報告されている。

ゲームの世界で起きていること
アドレスシェアに起因する問題が発生している
洗い出した仮説と検証
松本氏のまとめ

 おそらく悩ましいのは、松本氏が語った「(IPv4のこうした課題は)どこかが頑張れば解決するという問題ではなくなっている」「組み合わせが多くなりすぎてテストできなくなっている」「ゲームを提供するベンダー側もISP側も解決したい気持ちはあるが、難しいのが実情」という点であろう。これから作成するソフトウェアであれば最初からIPv6対応とすることはできるかもしれないが、それでもIPv4を捨てられるわけではないからだ。新規であっても両方に対応する以上、IPv4に対応するコストを省けるわけではないという点が重くのしかかっているように感じた。

 続いて発表を行ったのは株式会社ブロードバンドタワーの西野大氏。日本データセンター協会(JDCC)で行われている「コンテンツ配信基盤IPv6化検討WG」における議論を持ち込んで説明を行った。そこでは、IPv6化に対するモチベーションが低いこと、売り上げが増えるインセンティブが無いためインフラ(ネットワークを担当する)側はともかく、事業(アプリケーションを作る)側を説得する理由に乏しいこと、かかるコストの説明が難しく、結果的に優先度がずっと下の方になってしまうことなどが報告されている。

 サービス側の立場からすれば、「単純にIPv6に対応すれば良いというものではなく、IPv6対応をすることでその後のテストなどの工数は(IPv4+IPv6となるため)2倍以上になってしまう」「感覚的にはシステムの大きな仕様変更である」ということである。事業を成長させるために、他の事案が優先している中ではIPv6の追加・テスト・教育などの工数確保に対する優先度を上げられない(社内を説得できない)のが実情であるということだ。

コンテンツ配信基盤IPv6化検討WGにおける議論の状況
アクセス系事業者とコンテンツ事業者の比較

 そのような背景から、「会社を説得するためには北風政策ではなく太陽政策が重要」とし、そのためには「IPv6採用に関する経済的合理性が必要である」とした。また、スライドで示されるように、コンテンツ提供側には多様な事業者があり、コミュニティも多様で数多くあることから共通の方向性や情報共有を行うことも難しいという面があるということも述べている。

ネットワークを提供する側の実情

 ネットワーク側の現状については、まず、IPv6普及・高度化推進協議会メンバーでもあるNECプラットフォームズ株式会社の川島正伸氏が、エンドユーザー側の状況を含めて発表を行った。最新のホームルーターの多くは実勢価格5000円以下の廉価版であっても主要なIPv6サービスに対応しており、比較的容易にIPv6接続を行うことができること、アクセス網のIPv6化は加速しており、IPv6だけで通信できる環境が整いつつあることが報告されている。

ホームルーターのIPv6対応状況
アクセス網ではIPv6化が進むが、ユーザー側にはIPv4とIPv6が共存する

 ここで重要なのは、エンドユーザーがIPv6によるアクセスを行うことは容易になっていること、IPv4の複雑化や接続性低下についてはその改善策を検討しないという方針があるという点であろう。エンドユーザーの多くは、そう遠くないうちにIPv6による通信がデフォルトになる。IPv4にこだわる場合、IPv4が持つ制約に対しては限られた回避技術を使っていくしか方法がないという状況に落ちていくわけである。川島氏は、「今後は、IPv6のセキュリティモデルといった課題や不足している議論を行っていくことを重視したい」と述べて話を締めくくった。

IPv4の延命は困難(IPv4は劣化している)
IPv4が劣化している事実を認識しよう

 続いて発表を行ったのは、NGN IPoE協議会会長でもある日本ネットワークイネイブラー株式会社の石田慶樹氏である。日本におけるIPv6の普及を拡大した3つの要因(NTT東西の光コラボレーションモデル[*4]、IPv4 PPPoEでの輻輳、ハイパージャイアントのIPv6指向)について説明をしつつ、かつて言われていたアクセスのIPv6化とコンテンツのIPv6のどちらが先かといった“ニワタマ問題”はすでになくなったと述べた。

日本におけるIPv6の普及を進めた3つの要因
NTT-NGN網における光コラボとIPv6の普及率
“ニワタマ問題”は解決済み

 実際、GoogleとかFacebookといった企業が行っているサービスに対してはIPv6でもIPv4でもアクセス可能だが、その内部はIPv6による通信にどんどん置き換えられているという話も聞こえてくる。言い方を変えると、ハイパージャイアントと呼ばれる企業が作るサービスはIPv6を前提としており、IPv4は既存のユーザーやシステムからの接続のために残しているということでもある。石田氏は、「アクセス網のIPv6化は終わっています」「(アクセス網の世界では)ゲームチェンジが起こった」「レガシーな人々が動かないのであれば、ニューカマーを呼び込めばいいとなってしまう」ということを述べつつ、「IPv6でしかできないことは必ず出てくる。いまのままでいいのですか?」という呼び掛けを会場に対して行った。

[*4]……NTTの光回線を使いつつ、他の事業者が間に入って異なるブランドで提供されるモデルのこと。

IPv4には未来が無い

 最後のパネリストとして発表を行ったのは、IPv6普及・高度化推進協議会常務理事でもある慶應義塾大学環境情報学部教授の中村修氏である。中村氏は、IPv4とIPv6を取り巻く環境についての話題を中心に、多方面にわたる説明を行った。その中でも特に、以下の点は重要だと感じる。

  • インターネット技術の標準化を推進するIETF(Internet Engineering Task Force)では、今後の新しいプロトコルについてはIPv4への後方互換性を廃止し、IPv6で最適化するようになること
  • ハッピーアイボール[*5]のように、IPv6とIPv4の接続がある場合にはIPv4の優先度を下げるという仕組みの標準化が進んでいること
  • (GAFAやマイクロソフトといった)ハイパージャイアントは、急速にIPv6化を進めていること
今後、IPv4の革新は起こらない
IPv4の優先度を下げる標準化が進んでいる
海外の大手プレーヤーは急速にIPv6に対応している

 さらに中村氏は、「5GになったらIPv4ではアドレスが足らない」「モバイルサービスではIPv6アドレスをデフォルトで配るようになる」といった話をしつつ、「アメリカの企業はインターネットの上でビジネスをすると決め、継続性や収益性を考えてIPv6を選択している」「だから、そこにきちんと投資をしている」「優秀なエンジニアを(IPv4という)古いテクノロジーで終わらせるのですか?」「そんな世界観なら未来は無いのではありませんか?」と述べている。

国内におけるIPv6対応状況

 そして、教育する側としては、学生がIPv6を基盤とできるように、できることはどんどん推進していくこと、IPv6を理解している学生をどんどん世に送り出していきたいとも述べて話を締めくくった。

[*5]……Happy Eyeballs。アイボールとは、エンドユーザーのこと(視聴者=目玉)と考えればよい。エンドユーザーが幸せになるための仕組みとも言える。IPv6とIPv4の共存期(デュアルスタック環境)において発生するフォールバックやどちらを優先するかといったことに関する仕組みのことと考えてかまわない。

日本のサービス事業者はどうするのか

 各パネリストの発表が終わったあとの議論では、特に西野氏と中村氏のやりとりが会場の注目を集めた。西野氏の発言の趣旨は、基本的にIPv6に対応するためのコスト負担が社内的なハードルであり、経営層に対してその必要性を説得できることが大事だというものである。一方の中村氏は、アメリカの企業を見れば分かるとおり、移行コストは戦略的に考えて判断するべきで、そこは経営層の問題であるというものである。どちらが正しいかの判断はここでは行われなかったが、西野氏がかなり押され気味であったと感じた。

 議論の中では、さくらインターネットのIPv6対応が事例として出てきたりもしているので、話者もかなり本音が出ていたと思える。会場からは、IPv4のGeoIPがだんだんとおかしくなってきていることに対する質問と、IPv6ではどうなるかといった質問が投げ掛けられた。この問題に関しては会場の方からも問題となった事例などが述べられたが、パネリストから石田氏が「NGN IPoE協議会内に設置したIPv6地理情報共有WGにおいて、より良いものとすべく検討を行っている最中である」こと、IPv4のGeoIPよりもはるかに良いものとなる予定であることなどが述べられている。

 ここは個人的な意見となるが、IPv4による通信は劣化していくこと、IPv4は現状以上には発展せず、新しい機能はIPv6のみに実装されていくこと、世界的にユーザーが使いたいサービスのIPv6化が進んでおり、この流れが変わることはないといった事実を日本のサービス事業者がどのように判断するのかにはとても興味が湧く。現状では対応を先延ばしにしているといったところであろうが、本当にそれでいいのだろうかといった疑問はいっそう大きくなった。読者の皆さまは、どう思われるであろうか。