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「AbemaTV」が動画配信のIPv6対応に踏み切った理由

果たして視聴品質は改善されたのか? 計測データも明らかに

動画サービスの「AbemaTV」が今年1月、動画配信における「IPv6」への対応を完了したことを明らかにした。国内のウェブサービスにおけるIPv6対応がなかなか進展しないとされている中、AbemaTVがいち早く対応に踏み切った理由は何なのか? また、IPv6接続ではより快適な視聴が可能になるとしているが、実際のところ、ビットレートなどはどれほど改善したのか? 株式会社サイバーエージェント取締役(技術管轄)兼AbemaTV開発本部長の長瀬慶重氏、技術本部の柿島大貴氏による寄稿をお届けする。

(C) AbemaTV

 サイバーエージェントは、2013年にプライベートクラウドの内部アドレスとしてIPv6を採用するなど、IPv6へのチャレンジをしてきました。過去のIPv6への取り組みは技術チャレンジや社内での利便性向上のために実施してきましたが、今回の「AbemaTV」における動画配信のIPv6対応はユーザーからの要望がきっかけとなっています。

 2017年12月に行われた株主総会の質疑応答において、AbemaTVユーザーでもある株主様から「私はインターネットを見るのに20時以降、データが重くなってしまう。AbemaTVもIPv6に対応してほしい」というご要望をいただき、社内での検討を開始しました。

 国内のインターネットトラフィックは年々増加を続けています。総務省の「我が国のインターネットにおけるトラヒックの集計結果」という統計資料からも読み取れるように、国内のブロードバンド契約者の総トラフィックや、1契約あたりのダウンロードトラフィックは増加の一途を辿っています。2018年11月分の資料では、国内におけるブロードバンドサービス契約者の総ダウンロードトラフィックの推定は約11Tbpsとなっていて、前年同月と比べ23.3%の増加となっています。さらにネットワーク機器ベンダーのCisco Systemsによる将来予測では、2017年から2022年の間にインターネットトラフィックは3倍になるとされています。

 このようなトラフィック増の中、さらなる課題として、日本国内で多くの方がインターネットへの接続に利用しているNGNの「PPPoE」方式には、夜間に混雑しやすく、増強も難しいとされる箇所があります。ただし、サービスがIPv6に対応していて、ユーザー側も「IPv6 IPoE」という通信形態が利用できる場合は、その混雑部分を回避することが可能とされています[*1]

 AbemaTVのビジョンは「ネット発のマスメディアを創る」です。マスメディアは多くのユーザーに番組を届ける必要があります。2017年秋にAbemaTVで配信された「72時間ホンネテレビ」は、Tbps単位の配信トラフィックを記録しました。その後も、AbemaTVではTbpsを超える配信をしてきました。我々はさらに多くのユーザーに番組を届けたいと考えています。IPv6対応によって混雑していない経路を利用してもらうことができれば、混雑しやすい夜間のプライムタイムでも、多くの方にAbemaTVを楽しんでいただけると考えました。

 また、ネットワークが混雑している環境では、再生が始まるまでに時間がかかったり、再生途中でリバッファリングが起こったり、ABR(Adaptive Bit Rate)で低い画質が選択されたりするなど視聴品質の低下を引き起こす可能性もあります。

 AbemaTVでは快適な視聴体験を大切にしているため、これらの課題に対してIPv6への対応が1つの緩和策になると考えました。

[*1]……NGNの「PPPoE」「IPv6 IPoE」といった方式はいずれも、NTT東西の光回線サービス「フレッツ 光ネクスト」などでインターネットに接続する場合に使われるものだ。したがって、LTEなど携帯キャリアのモバイル回線経由でインターネットに接続している場合は関係ない。

一方、スマートフォン/タブレット端末から視聴するユーザーが多いAbemaTVだが、直接モバイル回線経由で接続している割合はそれほど高くない。サイバーエージェントが2018年時点で明らかにした統計データによると、モバイル回線(4G/3G)は23%だけであり、Wi-Fi接続が77%を占める。

Wi-Fi接続の場合、自宅などで契約している光回線などを通じてインターネットに接続していることになる。光回線における「フレッツ 光ネクスト」の市場シェアの高さをふまえると、NGNを介して接続しているAbemaTVユーザー、すなわち「PPPoE」か「IPv6 IPoE」かで混雑度に違いが出てくるAbemaTVユーザーはかなりの割合に上ると考えられる。

より詳しい説明は、2018年12月10日付記事『IPv4に頼らない基盤を2025年までに確立――IPv6は、ビジネス環境整備のための新たなフェーズに』を参照。

どのように対応したか?
IPv6/IPv4デュアルスタックのCDNエンドポイントを用意

 まず、システム全体でIPv6に対応をするのか、それとも特定箇所での対応とするのかを議論しました。セキュリティ面、対応に必要な期間や開発リソース、そして得られる効果のバランスから、CDNの部分でのIPv6対応をすることに決めました。CDNの部分は、動画視聴時にユーザーから繰り返しリクエストが送られるため視聴品質に影響が出やすく、動画ファイルの配信のために大きなトラフィックが流れるので、改善の効果が大きいと考えました。

 AbemaTVでは、動画配信においてアカマイ・テクノロジーズ合同会社の配信プラットフォーム「Adaptive Media Delivery」をCDNとして利用しています。同社と相談の上、新しくIPv6/IPv4デュアルスタックのCDNのエンドポイント[*2]を用意しました。

 オリジンへのアクセスはIPv4のままなので、一部のログ処理の対応などを除き、オリジン側では大きな変更は発生しませんでした。ただ、デバッグは入念に行っています。IPv6で接続可能な環境を用意し、QA(Quality Assurance)チームを中心に各アプリケーションで問題が起こらないことを確認しています。そして、2018年12月にリニア配信[*3]で、2019年1月にVODでIPv6対応を開始しました。

「AbemaTV」のFAQページ。以前はIPv6未対応との回答だったが、対応済みにアップデートされた

[*2]……アカマイのCDNのエンドポイントとして、新しいドメイン名を持ったアクセス先を用意した。ユーザーがAbemaTVで動画を視聴する際は、このエンドポイントに接続するかたちとなる。IPv6/IPv4デュアルスタックということで、ユーザー側のインターネット接続環境がIPv6に対応している場合(IPv6 IPoEなど)はIPv6での接続、対応していない場合はIPv4での接続となる。

[*3]……番組表(編成)に沿った配信のこと。

実際の計測データは?
リニア配信では、再生時の平均取得ビットレートが18%上昇

 IPv6対応後のCDNでの計測では、IPv4経由での接続と比較してスループットが平均で38%改善、夜間に限定すると平均で67%改善したというデータが出ました。

 また、IPv4とIPv6のアクセス数の比率を見ると、約3分の1がIPv6を使ったアクセスとなっています。アカマイ・テクノロジーズGoogleFacebookが公開しているIPv6の普及率の資料でも30%前後となっているため、各社のデータと同様の結果となっています。

 IPv6対応の結果、視聴品質にも改善が見られています。AbemaTVでは一部の環境にQoEの計測ツールとして「YOUBORA」を導入しています。そのデータからは、再生時の平均取得ビットレートはリニア配信で18%の上昇、VODで5%の上昇が確認できました。また、EBVS(Exit Before Video Starts:再生開始前の離脱)の割合も、リニア配信で2.8%減少、VODで3.4%減少しています。VODの再生開始時失敗率(Play Failures)に関しては、既存の失敗率に比べ90%の改善が確認できました。ツールの独自指標ではありますが、視聴時間に対する各視聴品質の総合評価であるHappiness Scoreでは、IPv6がIPv4に対して3.6%上昇しているため、総合的に見て視聴品質が改善されたと判断しています。

 IPv6対応によるこれらの改善の結果が、前述したNGNの混雑回避によるものか、他の要因もあるのかの判断はまだできていませんが、さまざまなデータを集めながら今後も継続して調査をしていくつもりです。

今後について
国内での動画配信の成長を止めないために――

 インターネット上でテレビを実現するために、AbemaTVでは、今よりネットワークに負荷をかけずに多くの方に番組を届けることができる技術や、同じような画質でもより転送量が少なくなる技術の検証をしていきたいと思っています。AbemaTVは、国内での動画配信の成長を止めないために、引き続きさまざまな技術の検証や、さまざまな方々との連携をすることで、ユーザーの皆様に快適な視聴体験をお届けしたいと思います。