イベントレポート
関西オープンフォーラム
「はんこ」の視点から見た電子署名の問題の本質とは?
2020年12月3日 07:30
新型コロナウイルスの感染防止を目的にリモートワークが急速に進んでいるが、それでも会社に出勤せざるを得ない理由があり、そのトップとされているのが「判子を押すこと」だとされている。そんな状況も河野行政改革担当大臣が進めるデジタル化によって行政手続きの押印が99%廃止されようとしているが、そもそも日本ではなぜ判子が必要で電子署名が進まなかったのだろうか?
そんな疑問に法的な側面から解説するセミナーが「関西オープンフォーラム(KOF)」で開催された。
関西オープンフォーラムは毎年秋に大阪で開催される、オープンソースと様々なコミュニティのためのお祭りイベントだ。今年はコロナの影響でオンラインでの開催となったが、例年同様にITやオープンソース、セキュリティなどに関する最新の話題を取り上げた興味深いテーマでのセミナーが多数行われた。
契約書にはなぜ判子を押すようになったのか
伊藤 太一氏によるセミナー「ほんとに判子押さなくていいんですか?」は、法的観点から判子が果たしてきた機能や電子署名の有用性が解説された。伊藤氏自身はIT方面のセキュリティにも詳しく、ソフトウェアやWebアプリケーションのセキュリティに関する活動を行うコミュニティOWASP Kansai(The Open Web Application Security Project)のボードメンバーを務め、セキュリティの知識を徹底して競う「アルティメットサイバーセキュリティクイズ」の優勝経験者でもある。
伊藤氏はここ最近になって契約書の電子化が叫ばれ、電子署名も推進されようとしているが、そこではいろいろな誤解が錯綜していると指摘する。「そもそも電子署名化が進めば押印のための出勤が無くなるのかどうかは疑問で、それ以前に“契約書の中味をもっとちゃんとせぇや”と言いたい」のが本セミナーの目的だという。
日本の民法では基本的に契約方式は、個人が行う保証契約等の一部の例外をのぞいて、契約書すら作らなくても口約束であっても法律上では契約が成立する。重要なのは「法律上の効果が生じることを求める意思を対外的に示す表示行為」である「意思表示の合致」が存在していることであり、それを推定させるために契約書に押印するという方法がわかりやすく使われてきたというわけだ。
もう少し詳しく説明すると意思表示には、動機・効果意思・表示意思・表示行為という4要素がある。コンビニでお茶を買うことを例にすると、買う側と売る側の意思表示が合致すればお茶を買うという意思表示が成立する。その表示行為を書面化して固定化する典型的な方法が契約書であり、極めて有力な方法となっている。
「そこでなぜ日本では欧米のような手書きのサインではなく判子が使われてきたかは不明だが、勝手に使わせるものではないという意味で印影に記載された者の意思表示があったこと推定できることから、契約書の内容がその人の意思を表した書面であるという民訴法上の『二段の推定』を成立させるのに押印が使われてきました。」
判子はコンビニでも買えるし改ざんもできる。だが、印影から作成者を特定し、判子を押すなら書類の内容を見ているはずという経験則で改ざん防止を担保されている。逆に言えば判子が果たしてきたのはここまでで、契約の内容の正当性については何も言及していないのであるから、正しい契約をしたいなら電子署名うんぬんの前に出来の悪い契約書に判子を押してはいけないということを、どれだけの人が認識しているかが問題だというわけだ。
電子署名の法律解釈は国側も錯綜
急速に進む判子廃止とセットになっているのが電子署名の採用だ。業界ではいろいろな方法や用語が造語を含めて飛び交い、注意が必要だと伊藤氏は再度指摘する。
「例えば、電子サインと電子署名は異なるなどという説明もあり錯綜しています。法律的な意味を考えるなら電子署名法の2条と3条は詳しく読む必要があります。業界ならではの造語もあり、国の法律解釈も変わっているので気をつけなければいけません。本人が特定できることが技術的に確保されている電子証明書を用いた電子署名であれば判子と同じように大事なものだと判断されますが、その証明書それ自体を勝手に誰かに使われるかもしれないという問題は残ります。」
電子署名に関する法律の解釈は令和2年だけでも変化があり、どこまでやれば判子と同じように意思表示の合致を推定できるかどうか判断が難しい状況にある。マイナンバーカードを使って公開鍵認証制度で電子署名したり、契約立会人的な業者のタイムスタンプ認証(公開鍵認証利用)を利用したり方法もいろいろあり、どのような場合にどの程度の効果が認められるのか、検討が進められているところだという。
結局、判子が無くなると出社は減らせるのか?
結局のところ現段階では、契約書の成立に特に争いが無ければ当事者の電子署名は本人達の署名として取り扱うことができ、推定規定も使う必要はない。つまり、どこでも買える三文判と署名にメールアドレスが使われるのとどちらがマシかどうかというレベルにすぎない。実際の契約紛争は、推定規定のレベルよりも契約の文言が曖昧な場合で発生することが多い。ただ、改ざん防止については実印よりも電子署名の方が技術的に担保されており、優位性があるようにも思われる。
判子を無くすことである程度出社を減らせるかもしれないが、今後、二段階認証などが電子署名では必要となれば、方法によっては結局出社が必要になることも考えられる。だからこそ電子署名に大きすぎる期待を持つのは少し待ったをかけた方が良い。むしろ、契約の基本である、まともな契約書を作り、判子を押して良いかを考えることが大事というわけだ。
いずれにしても今後は官民で脱判子が進むのはまちがいない。判子に代わる本人確認を行う方法は必要なので、今のところは電子署名が有力だが、電子署名にすれば契約の問題が全て解決するなどという幻想にとらわれることなく、今後しばらくは状況を取り巻く動きを見ておく必要がありそうだ。