イベントレポート
FIN/SUM2021
金融×デジタルの価値創出へ向け、21年春から中央銀行デジタル通貨の実験を開始、デジタル庁は9月設立へ
2021年3月22日 08:39
金融分野の最新動向を議論するカンファレンス「FIN/SUM2021:Fintech Summit」が、2021年3月16日から18日にかけて都内で開催された。日本経済新聞社と金融庁による共催。FIN/SUMは2016年いらい年1回のペースで開催し、今回は6回目にあたる。
今回のテーマは「Fintech as a Service、デジタル社会のプラットフォームを目指して」。カンファレンスではデジタル化が進む金融サービスの将来像、中央銀行デジタル通貨(CBDC)へ向けた議論、ブロックチェーンや暗号資産の規制に関する議論などが繰り広げられた。
今回の記事では、政府要人と日本銀行総裁の談話から、政府・日銀が考えている金融分野のイノベーションの姿を見ていく。取り上げるのは、(1) 平井卓也デジタル改革当大臣による基調講演、(2) 日本銀行の黒田総裁の挨拶、(3) 麻生 太郎副総理 兼 財務大臣 兼 内閣府特命担当大臣(金融)による挨拶の3点である。
平井デジタル相:9月のデジタル庁設立に向け法案を審議中、「新しい社会を作っていくのは今」
平井卓也デジタル改革担当大臣は、設立準備を進めているデジタル庁は「Government as a Service」を目指すと語った。
以下は、3月16日のFIN/SUM2021開幕冒頭で行われた平井大臣による基調講演の抜粋である。
9月1日のデジタル庁創設に向けた国会審議の最中だ。6本の法案を通し、法律的な根拠に基づいて進める。
2020年は試練の年だった。一方で、新型コロナ禍の影響でテクノロジーの導入が通常の10倍のスピードで世界中で進んだ。今まで実装されていなかった分野が、いっせいにデジタル化を進めた。ある意味で、100年に一度の歴史の転換点だった。
金融分野は、今後の国家の成長戦略にとって一番重要な分野。デジタル化が進む中でこのサミット(FIN/SUM2021)は重要だ。
デジタル庁を作るときのスローガンが"Government as a Startup"だったが、デジタル庁が立ち上がれば、これを"Government as a Service"に変えていく。デジタル庁は500人規模でスタートする。専門家の皆さん、民間の協力なくしてデジタル庁は前に進まない。小さく産んで大きく育てる。
世の中でデジタル化が必ずしもうまくいっていないケースは多い。今までのやり方のままでデジタル化に取り組むと、ほぼどこかでつまずく。そこで根本的にやり方を変える。今までのやり方を疑いの目で見ることが重要だ。今までの当たり前が当たり前ではなくなる。これはビジネスモデルについてもそうだ。金融業界もこれから大きく変わっていくだろう。その価値はサービスにある。
デジタル庁もシステムを構築するにあたり、サービス・デザイン(注:サービス設計の方法論)、セキュリティ・バイ・デザイン(設計時点からセキュリティを考慮する考え方)の2つが大事だと考えている。
またベンチャー支援に力を入れているのは、新しいプレイヤーが必要だからだ。新しい社会を作っていくのは今だと考える。
デジタル庁は分野横断的に政府機関のデジタル化を支援する方向だ。民間の人材の活用、スタートアップ企業との協調もうたう。今回の基調講演ではデジタル庁に関わる具体的な施策についての言及はなかったが、政府機関のデジタル化と金融機関のデジタル化がうまく連携すれば、新たな価値を創出できる可能性があるだろう。
日本銀行 黒田総裁:金融×デジタル=イノベーションの可能性を強調
3月16日には、日本銀行の黒田東彦総裁が挨拶し、デジタル化によるイノベーションの促進を訴えた。
デジタル化は効率化だけでなく、異なるビジネス要素の新結合、つまりイノベーションによる新たな価値創出を生み出すポテンシャルがある。金融分野のデジタル化の文脈で注目されている動向「バンキング・アズ・ア・サービス」(Banking as a Service)や「組込型金融サービス」(Embedded finance)に言及し、「例えば、自社アプリでクーポン券の発行やポイントの提供を行っている消費者向け企業が、バンキング・アズ・ア・サービスとして提供されているキャッシュレス決済サービスをアプリにプラグインすることで、クーポン券やポイントの使い勝手を高めるという戦略が可能になる。一般事業会社がバンキング・アズ・ア・サービスを活用することで、自社ブランドの銀行サービスを自らのビジネスとセットで提供し、利便性向上や顧客マーケティングを追求する動きもある」と指摘した。
このようなデジタル化の進展で何が可能になるのか。黒田総裁は次のように語った。
例えば、多くの経済行為は、支払いという金融行為を伴う。ところが、代金請求や支払いという商流データはサプライチェーンの業務効率化に活用されることはあっても、金融サービスとは情報分断されている状況が続いてきた。商流システムと決済サービスが連結され、商流データと決済データの突合が可能になると、新結合、すなわちイノベーションが生じ得る。例えば、膨大な請求案件の受取管理が自動化され、業務の効率化が進むのみならず、経営のリアルタイム可視化も可能となる。その先には、業況や資金繰り把握、信用情報の生産、自動化された融資、経営コンサルテーションという発展もあり得る。
多くのビジネスの現場では、商流データと金融データの突き合わせ、例えば請求書に対応する振り込みの確認を人手で行っている。
システム上で金融と商流のデータを結合して突合を自動化できれば、新たな価値を創出できる。ビジネスのリアルタイム化と可視化を進め、決済リスクを削減し、自動化で業務負担を軽減することが、今後の金融システムに求められる性質といえる。講演では直接言及していないが、実は商流と金融の結合はブロックチェーン技術をビジネスに適用するさいに期待されている大きなメリットでもある。
合わせて中央銀行デジタル通貨(CBDC)について言及した。「現時点でCBDCを発行する計画はない」としつつも、予定通り「この春(2021年春)からはいよいよ実験を開始する」と述べた。日本銀行の中央銀行デジタル通貨に関する取り組みは予定通り進行中であることを示した。
「国際決済銀行(BIS)が最近行った調査によれば、65の対象中央銀行のうち、86%が何らかの形でCBDC発行のメリット・デメリットを分析しており、60%がCBDCに関する概念実証やパイロット実験について検討している」と黒田総裁は数字を挙げ、中央銀行デジタル通貨への取り組みは世界共通の課題であることを強調した。
挨拶の内容は、金融分野の経営者層に対して、金融システムを現代的に作り替えるだけでなく、そのビジネス上の価値を引き出してほしいという思いが感じられた。なお、挨拶全文は日本銀行のWebサイトで公開されている。
麻生副総理:「誰ひとり取り残さない」デジタル化を訴える
以下は3月17日の夕方に行われた麻生太郎大臣による挨拶の抜粋である。
挨拶の内容はデジタル技術の積極活用による産業の効率化、新たな価値創出を訴えるもの。麻生副総理個人の所感というより、金融行政に携わる多くの人々の思いを反映した内容だった。
デジタル世界は大きな可能性を秘めている。例えば身分証偽造を見抜くのに限界がある目視ではなく、身分証のICチップ内のデータや生体情報、位置情報などを利用することでより効率的で確度が高い本人確認が可能となるかもしれない。また電子署名やタイムスタンプが付された電子書類はその内容や作成日時が改ざんされていないことが暗号技術により担保されるため、情報や契約書、所有権などに対する信頼性向上に寄与するだろう。
デジタル世界では場所や移動時間の制約がない。(今回のカンファレンスに)国外からこれだけ多くのスピーカーに登壇いただけたのも、その恩恵のひとつだ。いま視聴されている方も自宅のパソコンやスマホから参加されている方が多いことだろう。
従来は移動や通勤、資料の印刷などにあてていた時間を、顧客や取引先のために使うことが可能になり、コミュニケーションの頻度を増やすことで信頼を勝ち取っている方もおられるだろう。「信頼の構成要素」として従来とは異なる技術やアプローチを活用することで、社会、経済活動の効率の向上に寄与する可能性がある。
他方、不正アクセスや過度なターゲティング広告など、デジタル上での信頼を毀損しうるセキュリティやプライバシー上の懸念に対しては、ほかの事業者とのサービス連携に関わるリスク評価やデータ利活用に関する顧客の意向なども踏まえて適切に対処する必要がある。One size fits allのソリューションはおそらく存在せず、ユースケースに応じた適切な技術の実装と関係するステークホルダー間の適切な責任の分担が行わなければならない。
もうひとつ重要な視点は誰も取り残されないデジタルトランスフォーメーションを実現することだ。地域や年齢、国籍を問わず、誰でも利用可能な金融サービスが提供されることは、包摂社会を実現するために必要不可欠であり、皆様の創意工夫を期待する。
政府としても金融、デジタライゼーションの推進に向けて引き続き全力で取り組む所存だ。
麻生副総理の挨拶で強調したポイントの一つは、デジタル技術による「信頼の構築」である。
デジタル技術を活用すれば、非対面のコミュニケーションでも信頼を構築することは可能となりつつある。例えばeKYCは本人確認をオンラインで完結させる。ブロックチェーン技術もそうした技術の一つだ。それと同時に、デジタル化を推進する上では「全員を考えた包摂的なアプローチ」が必要だと強調した。技術の可能性を追求するだけでなく、リテラシーや環境が異なる人々を対象に「誰ひとり取り残さない」アプローチを重視し、またプライバシーやセキュリティへの配慮も求める。こうした課題について、この挨拶の中では「いずれも難題ばかり」と認めつつ、同時に複数の課題を達成することを求めている。
今回のカンファレンスでは、金融分野のビジネスおよび技術の動向や、進むべき方向性について多くの議論が出た。政府要人や日銀総裁の発言からは、日本の金融機関やFinTech企業などがこうした議論を受け止め、政府や日本銀行が期待するようにデジタル化による新たな価値を生み出してほしいという思いが感じられた。