イベントレポート
HTML5 Conference 2015
ウェブが“どこにでもあるもの”になったその先にあるものとは、ウェブ技術者の祭典「HTML5 Conference」
(2015/1/26 13:28)
最新のウェブ技術に関するイベント「HTML5 Conference」が1月25日、東京・北千住の東京電機大学千住キャンパスで開催された。主催は、ウェブ開発者やウェブデザイナーによるコミュニティ「html5j」。単独イベントとしては2012年から年1回開催されている。今回は、1200名の参加枠が埋まって500人近いキャンセル待ちができるほどの人気となった。
今年のテーマは「“Web is Everywhere”-ごく普通の、どこにでもあるものへ」。オープニングの挨拶に立ったhtml5j代表の吉川徹氏は、このテーマについて「ウェブはどこにでもあるものになった。その先を探りたい」と説明した。
この言葉のとおり、ブラウザーでウェブサイトにアクセスするという形態だけでなく、ブラウザーどうしの通信や、ウェブ技術によるローカルアプリ開発、各種デバイスをネットワークに接続する「IoT」などに関しても、多くのセッションや展示が見られた。
インターネットとIoT、ビッグデータで作られる社会とは~村井純氏
最初の基調講演には、村井純氏(慶應義塾大学)が松葉杖姿で登壇して会場を驚かせた。
村井氏はまず、米国で足指を骨折したと、レントゲン写真を見せながら語った。米国の病院でレントゲン写真のデジタルデータをもらい、日本の医者にインターネットで送ったところ、「すぐに手術しなくてはならない」と返事をもらい、帰国してすぐに処置をしたという。「これがITの力だ」と村井氏は骨折をテーマにつなげてみせた。
講演のテーマは「Web and Things」。70億人を超える参加者や、1000億のデバイスとセンサーがTCP/IPでつながり、無限のデジタルデータがグローバルに流通する「インターネット前提社会」のビジョンが語られた。
これにより世の中がどう変わるか。村井氏はNetflixが制作したオリジナルドラマ「ハウス・オブ・カード 野望の階段」を例に挙げる。Netflixでは、視聴者がどの作品を再生し、どの場面で停止したか、内容、監督、キャスト、などのデータをすべて記録して分析しており、そのデータから「ハウス・オブ・カード 野望の階段」の内容や監督、キャストなどを決定したという。
「新しい情報を無限に使って、まったく新しいTV番組作りがなされる。AppleやGoogleなどのスマートTVのプラットフォームならもっと情報をとれ、より視聴者に近いTV受像機はもっとだ。いずれ、ノートPCにカメラが付いているように、TVにカメラを付けようという話が出てくるだろう。それに対する個人情報保護の法整備も進てでいる」(村井氏)。
続いて語られた例は、3Dプリンターなどのデジタルファブリケーションの動きだ。慶應SFCでは、3Dプリンタなどの並んだ「Fabspace」を図書館に設けた。ここで学生が考えた作品として、3本の鉛筆を装着して同時に3文字が書ける「cheating pencil」が紹介され、会場の笑いを誘った。cheating pencilの3DデータはThingverseで公開されており、「Downoad This Thing!」ボタンでダウンロードできる。
「“物をダウンロード”できるようになれば、たとえば『バケツが足りないからダウンロードする』といった応用の可能性がある。また、『3本から5本にしてみよう』と改造することもできる」(村井氏)
さらに氏は、物流や税関がなくなるなど、社会へのインパクトが大きいと説明。そこで起きる問題として、品質管理、知的所有権、製造責任の3つを指摘した。その一つの解として、3DプリンタがRFIDを埋め込むことで個体を識別する技術も紹介された。
このように、インターネットとIoT、ビッグデータの上でサービスが動く。ここで村井氏は、かつて世界中のPS3を結んで並列処理を実行した「Folding@home」を挙げ、ウェブで同じことができないか、それによって強力なAIができるのではないかとして、シンギュラリティ(技術的特異点)について言及した。ただし、鉄人28号を題材に、「リモコンは人間が持っている」とたとえ、「human centric」であることの重要性を語って講演をまとめた。
「ウェブ」の概念がこれまでと違うものに~及川卓也氏
2番目の基調講演として、及川卓也氏(グーグル)が「Web技術の今後の展望」と題して語った。
2014年のトレンドとして、及川氏はまずウェアラブルやマルチコプター、シングルボードコンピューターなどの「IoT」を挙げ、検索トレンドが急上昇したグラフを示した。
また、低価格化やBaaSなどの「クラウドの普及」や、HTML5が勧告になったことも挙げた。そのほか、ChromebookやFx0(Firefox OS端末)の日本発売について、「ウェブをアプリで使う」動きを紹介した。
「これを背景に2015年にはどうなるか」として、及川氏は「ウェブ」の概念の変化について語った。
これまでのウェブは、HTTPクライアント(ブラウザー)がHTTPサーバーにリクエストを送って、レスポンスが返ってくるのだった。機器が加わるときは、クライアントにつながっていた。このようにきわめてシンプルなものだった、と及川氏は言う。
これがIoT時代になるとどうなるか。機器はクライアントにつながるものもあれば、たとえばIRKit(クラウド経由で制御できる学習リモコン)のように直接クラウド側につながるものもあり、複雑になる。また、WebSocketでは双方向でHTTPでないプロトコルで通信する。「はたしてこれはウェブか?」と及川氏は論点を示した。
そのほか、マッシュアップはこれまで、サーバー上で、あるいはHTMLに地図などのパーツを埋め込むような形で行なわれていた。しかし、最近登場したService Worker技術では、ブラウザの中でインテリジェントなウェブプロキシーが動作し、独自にサーバーからリソースを取得するといったことが、ブラウザ側でできる。
「こうしたトレンドをふまえて考えると、ウェブは自由度が高いが複雑な技術になりつつある」(及川氏)
ウェブの概念のもう一つの変化は、組み込み機器などの分野だ。いままで、HTMLやCSS、JavaScriptといったウェブ技術は、WWWを支えるフロントエンド技術だった。一方、組み込み機器などの分野で、WWWとは限らない、汎用のソフトウェア開発技術としてウェブ技術が使われるようになってきている。Chrome OSやFirefox OSのアプリをウェブ技術で開発するのもその例だ。
「プログラム人口が増え、ツールが増えるなど、非常にいいことだ」としつつ、及川氏は「従来のものと矛盾が出てくる」とも指摘した。メモリ容量やバッテリー消費などの要件が、PCと組み込み機器とで違うというのはその一つだ。
また、これまでのウェブ技術では、HTMLやCSSのベースとしてDOMのデータ構造とAPIが使われている。しかし、たとえばAndroid Wearなどのウェアラブル機器について、「DOMがどれだけ合うのか」という疑問が出てくると指摘した。
最後に、使う側から見た現実的な問題として、既存のウェブサイトのユーザー体験について及川氏は語った。多くの人がスマートフォンでウェブアクセスする中、地方自治体サイトのスマートフォン対応率の低さや、日経225企業のサイトの表示スピードがS&P500企業より遅いことを指摘。「既存のウェブサイトの底上げも必要。少しの工夫でよくなる。がんばれニッポン」と呼びかけた。