“メディア”ではなく“メディアっぽいもの”に進化した「ニコ動」の現状

ニワンゴ杉本誠司社長が講演


株式会社ニワンゴ代表取締役社長の杉本誠司氏

 オンラインゲームやコミュニティをテーマとしたカンファレンス「OGC 2011」が5月31日、都内で開催された。SNSやソーシャルゲームサイトの運営関係者ら講師として参加する中、「ニコニコ動画」で知られる株式会社ニワンゴの代表取締役社長・杉本誠司氏が登壇した。「ニコニコ動画にみるメディア変革時代」と題し、動画配信にとどまらない同社のビジネス戦略を解説した。

ニコニコ動画、サービスの本質はコミュニケーションにあり

 OGCへの参加は今年で3回目という杉本氏。「繰り返しの説明にはなるが」としながらも、ニコニコ動画が決して動画配信のみに注力ているのではなく、ユーザー間コミュニケーションに根ざしたサービスだと改めて強調した。ニコニコ動画における動画とは、人々の日常会話の“話題”に相当するものに過ぎず、「動画を見て楽しむというのはあくまでもプロセスの1つで、動画の上に重なって表示されるコメントが最も重要」と補足する。

 このため、多くのユーザーはそれぞれの動画を一度見てすでに知った内容であるにもかかわらず、時々刻々で変化するコメント、あるいはユーザー間の対話を読むために繰り返し視聴する。これはYouTubeやUstream、GyaO!といった各種の動画サイトにはない特徴であり、ソーシャルという概念により近いサービスではないかと杉本氏は説明する。

 ニコニコ動画はサービス開始から4年が経過しているが、この“話題”をより多様なものにすべく動画以外のサービスにも乗り出している。スライドショー形式でイラストを楽しむ「ニコニコ静画」、動画を見ながらブラウザーゲームでも遊べる「ニコニコアプリ」などがその代表例で、これは動画+コメントというコミュニケーションを苦手とするユーザーとの接触機会を増やす狙いがある。

 ニコニコ動画では利用者数も定期的に発表しており、最新の集計ではID取得者(無料会員)が約2180万人。現在も月間約35万人のペースで増加中という。月額525円の有料会員は126万人で、こちらも毎月約3万人ペースで増えている。

 会員の年代別構成比は、20代が最も多くて45.5%。これに10代の23.2%、30代の20.0%が続いており、ウェブやメールでのコミュニケーションに慣れた世代がそのままニコニコ動画に親しんでいる傾向が伺える。杉本氏は「『40~50代の会員を伸ばさないのですか?』とよく質問される。我々の私見ではあるが、(20代以下とは違って)生まれたときからウェブや携帯電話があるわけではなく、(ネット上のコミュニケーションが)絶対必要ではない世代ということもあるだろう。理解のできないサービスを押しつけることは難しいので、ノンビリした話ではあるが時間の経過とともに、より上の年代を狙いたい。必然性を求める方にまずは提供していく」と説明する。

動画配信ではなく、コミュニケーションがニコニコ動画の本質であると強調ニコニコ動画の会員数会員の年代別構成比。10~30代が大半を占める

“メディア”ではなく“メディアっぽいもの”へと進化

 会員数2000万人を超え、国内でも有数のネットサービスへと成長したことから、ニコニコ動画をメディア、つまりテレビや新聞、雑誌と同列に扱われるケースも増えてきたという。しかし杉本氏は、現在のニコニコ動画をあくまで「メディアっぽいもの」と表現する。

 ニコニコ動画はアニメ、ゲーム、音楽、政治、社会などさまざまな分野の人気コンテンツとそれを楽しむユーザーがクラスター化しており、動画配信プラットフォームこそ共通化されているものの、すべてのクラスターに参加するユーザーがほとんどいないというのが杉本氏の論拠だ。運営スタッフ側もまた、非常に細分化されたクラスターごとへの情報発信を心がけているとして、従来型マスメディアとは似て非なる存在だと説明する。


ニコニコ動画のメディア構造。アニメ、ゲーム、政治などの分野別にクラスター化しているため、テレビや新聞など既存メディアとは似て非なる「メディアっぽいもの」だと説明それぞれ立場の異なるユーザーが交流することによって、エコシステムが生まれると指摘する

 一方、各クラスターに属するユーザーは、コミュニティへの参加方法に応じて3種類に分けることができるという。1つは動画投稿者、そしてもう1つが動画を見てコメントを投稿する参加者。いずれも、サイト内を直接盛り上げる役割を担っている。

 最後の3つめにあたるのが「見てるだけ」のユーザーだ。3種類のユーザー像の中では構成比が最も多い。一見すると消極的な参加者だが、視聴数ランキングなどに決定的な影響を与えるユーザー層であり、杉本氏も「動画投稿者やコメント投稿者へ刺激を与える存在」と捉えている。これら3種類のユーザーが特段意識しあうことなく交流できるよう、ユーザーインターフェイスも同時に作り込む。この交流=コミュニケーションによりサイトが活性化し、コンテンツの創造と消費というエコシステムが推進されると杉本氏は語る。

 これまで、ニコニコ動画はアーカイブ動画をいつでも好きな時間に繰り返し見られるサービスとして発展したが、近年はよりライブ感を高める狙いから「ニコニコ生放送」にも注力している。政治家を招いて一般ユーザーから質問を受け付けたり、社会問題関連の識者対談番組も多い。杉本氏は「ニコニコ動画ではもともとアニメやゲームのファンが多く、それらのお客様だけを対象にサービス運営していくことは十分可能。ただ我々としては(ニコニコ動画を)ネット上の社会的基盤に育てたいという思いもある。より多くの方に使ってもらうには、アニメ・ゲーム以外の話題も取り扱って、既存メディアにも取り上げてもらわなければ」とその必要性を話した。

ネットで生まれたコンテンツを“リアル”なものに変えよう

 近年は、ニコニコ動画の人気コンテンツがネット以外の場所にも波及しつつある。音声合成ソフト「VOCALOID」によって作成されたボーカル付き楽曲はニコニコ動画で多数公開されていたが、この中の人気曲がカラオケでも楽しめるようになっている。JOYSOUNDのランキングでは上位30曲のうち14曲をVOCALOID関連楽曲が占めたこともあったという。

 また、これらの人気楽曲を一般ユーザーが実際に歌い、その様子を動画や音声で公開。それを見た他のユーザーからの人気を集めるケースも増加した。絶対的知名度こそないアーティストではあるが、ニコニコ動画内のコミュニティでは数万人規模のファンを獲得。彼/彼女らが出演するリアルイベントも過去2回開催され、1500~2000枚のチケットは発売即完売した。

 「ネットで生まれたバーチャルなコンテンツに、こういったリアルな場、一定のゴールのようなものを設けることでよりドライブしていく」と杉本氏。7月には「ニコファーレ」なるイベント施設を東京・六本木にオープンさせる予定となっており、この傾向は今後も強まりそうだ。

VOCALOID楽曲はカラオケでも人気ニコニコ動画からアーティストが誕生

 このほか、テレビ局との連携も進めている。すでに「新・週刊フジテレビ批評」「クローズアップ現代(NHK)」の2番組では、テレビ放送時間の前後にネット上で告知番組や反省会を放送。さらに、東日本大震災の発生直後には、テレビの緊急特別番組をそのままネットで同時配信した。「以前はテレビ番組をネットで配信しても、テレビで見られる以上ほとんど意味がないと思っていた。しかし今回の震災では帰宅難民が多く、(一夜を過ごす)オフィスにはテレビがないケースも多かったようで、同時配信には一定の意義もあったようだ」と杉本氏は振り返る。

 杉本氏はこれらの状況を踏まえ、メディア構造自体が今後変化すると予測。従来は1つの大企業ないしグループがコンテンツの制作者と流通を一手に担っていたが、将来的に分業化され、テレビや新聞社など既存メディアはコンテンツ制作に特化していく一方、ネット上でのポータルやSNSといったプラットフォーム事業者が情報を流通させると体制になると説明する。

 コンテンツの出し方も変化する。大手マスコミによって厳選された情報が少数公開されるのではなく、さまざまなコンテンツ制作者による大量の情報をそのまま出し、それを選別するための情報すらも付加。情報の受け手が自己責任で最終的に取捨選択する時代を杉本氏は展望した。

テレビとの共同施策もメディア構造の変化を予測

ニコニコ動画でアニメ配信、関連グッズの売上は上がる? 下がる?

 講演終盤、杉本氏からはアニメや映画といった各種コンテンツの権利保有者に向けたビジネス展開例も示された。具体的な作品名や実数こそ明かさなかったものの「ニコニコ動画ではアニメのVOD配信を行っているが、有料で1話あたり30~40万視聴されているものが普通に出てきた」のだという。また、配信と同時にアニメ作品DVDのアフィリエイト販売を実施しているが、こちらも1巻あたり1000~3000枚程度売れるため、ニワンゴが受け取る仲介料も億単位に上る。

 これら有料コンテンツないし商品に金銭を投じているのはどんなユーザーなのだろうか。杉本氏は「本来のテレビ放送を見ていて、DVDも恐らくレンタルでなく購入している。関連グッズや原作本も持っている。そういったモチベーションの高いユーザーがさらにVODを利用しているのは、作品で『お話し合い』をしたいからからだ」と分析する。作品を好きなユーザー同士がネット上で語り合うための場への参加権として、有料VODが機能していると杉本氏は論じる。

 さらに「ニコニコ動画的なサイトへコンテンツを提供すると、関連商品の売上が下がるのではないかとまことしやかに語られている。私の分析が完全な正解とはいえないが、傾向として関連商品が売れるという事実はある」と杉本氏は反論。ネット上では多様なコンテンツ販売形態が発生しうるため、権利者はマーケティングに関する洞察を注意深く深めるべきだと呼びかけた。

 また、3月にエイベックス・マーケティングとの間で取り交わされた音源使用許諾にも言及。一般ユーザーがニコニコ生放送のBGMなどにエイベックス楽曲を利用できるようになったが、そのためにはそもそもユーザーが楽曲を購入する必要がある。コンテンツの購入動機が新たに生まれた格好であり、さらにユーザーがニコニコ動画内で派生コンテンツを創造していく中で新しいビジネスチャンスもあると杉本氏は説明。コンテンツの配信にとどまらず、コミュニティの要素を加えたニコニコ動画には、権利者にとっても魅力的なビジネスの場であるとアピールし、講演を締めくくった。

有料でのアニメ配信が好調。関連グッズのアフィリエイト収入も伸びている講演のまとめ




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(森田 秀一)

2011/6/1 06:00