iNTERNET magazine Reboot

木曜コラム2 #2

ニコンD850で蘇ったワクワク感

見倣いたい、カメラ業界のデジタル対応

昨年11月に「iNTERNET magazine Reboot」を発刊したのに引き続き、かつてINTERNET Watchで週間で連載していた「木曜コラム」をRebootしました。改めて、よろしくお付き合いください。

 昨年末に、ニコンの最新鋭デジタル一眼D850を手に入れた。関連の出版企画があり実物を見てみようと量販店に立ち寄ったのだが、人気で入荷待ちと聞いていたにもかかわらず「今なら在庫ありますよ」と囁かれ、ラッキーと思いつい触手が動いてしまったのだった。

 私は、子供の頃から望遠鏡などのレンズが付いた機器が大好きで、レンズフェチを自認している。あの宝石のような美しさもさることながら、電気も使わないのに物が拡大されて見えることの不思議さに魅了されてきた。それゆえ、カメラも中学生の頃のアサヒペンタックスSPFに始まり、「写真はレンズで決まる」という名宣伝コピーに共感し、ツァイスのCONTAXが最高と思うようになっていった。

 そんな中、デジタルカメラが1990年代後半からコンシューマー市場に登場し始めた。そしてカシオのQV-30が市場に出た時に、これは将来、すべてのカメラはデジタルになっていくと思い『デジタルカメラマガジン』(インプレス刊)を企画したのだった。しかし、デジタルカメラに対する興味は前記した趣味からではなく、仕事のテーマとしているITのほうからの興味だった。

 私が最初に買ったデジタル一眼は、2004年に発売されたニコンのD70だった。D70はとてもいい製品で、その証拠にいまでも現役だ。しかし、当時のCCD(撮像素子)はフィルムより小さかったので(APS-C:フィルムの2/3の幅)、それまで使っていた交換レンズは使えはしたものの、焦点距離が1.5倍に引き伸ばされてしまい、広角側がでないなど趣味のカメラとしては興味をそそられることはなかった。

 そしていまは、写真を撮るだけならスマホでも十分な時代が到来している。私はファーウェイのP9を使っているが、このスマホにはライカ監修のレンズが着いていて(やはりレンズフェチか)、ソフトウェアの画像処理と相まってスマホとは思えないほどよく写る。記録としての写真ならこれで十分満足できており、趣味としてのカメラ愛はさらに薄れていってしまっていた。

 さて前置きが長くなったが、D850の撮像素子はフィルムと同じ35mmサイズだ。これなら、かつてのレンズをまた使うことができる。それに、解像度は飛躍的に上がっている。D70の600万画素に対し、D850は4600万画素、約8倍だ。すでにフィルムの解像度も凌駕していて、高品質の写りが期待できる。

 さらに進化を感じたのがISO感度だ。D850では、最高25600まで実用として使える。ISO100が基準とすると、何と8段まで追随できるので、たとえばうす暗い部屋でもフラッシュなしの自然な光で撮影できてしまう。ISO感度が電子的に制御できるのがデジタルカメラの大きな優位点だと思うが、その幅がさらに広がったというわけだ。ちなみに、私のもう1つの道楽である天体観望でも、その威力が役に立ちそうだ。

 ネットワーク機能も充実している。Wi-Fi、Bluetoothでスマホと連動できるが、特にBluetoothを使った連動は優れもので、いまどきの「インスタ映え」に即対応可能だ。

 D850特有の機能で言えば、タイムラプス動画とネガフィルムのデジタイズに興味をひかれた。タイムラプスはコマ撮り(5秒に1回など)した写真を動画にしてくれる機能だが、テレビなどでよく見る雲が流れていくような動画が本体だけで簡単に撮れてしまう。真似して雲を撮ってみたが、ちょっとした感動があった。近いうちに、星空もやってみたいものだ。

 ネガフィルムのデジタイズは、往年の写真好きには嬉しい機能だ。撮りためていたフィルムを直接撮影することで、カメラ内蔵のソフトウェアが自動的にポジ画像に変換してくれる。処理に困っていたが捨てられなかったフィルムたちをデジタルアーカイブにすることができ、スマホに入れておけばいつでも自慢話ができることだろう。これを本格的にやるには、マクロレンズとフィルムアダプターが必要とのことなので、さっそくマクロレンズをヤフオクで調達した(アダプターは発売待ち)。それ以外にも、前から憧れだった魚眼レンズや短焦点の明るいレンズ(24mm、F1.8)も中古市場から調達し、十数年ぶりのワクワク感を楽しませてもらっている。

 今回のD850での体験は、自分の中で嬉しい驚きがあった。デジタル化によっていったん趣味としての興味を失ったものが、デジタルがさらに進化したことで、もう1度、カメラ愛が蘇ったのだ。「アナログかデジタルか」という論争は、カメラに限らずオーディオやビデオなどにもあったが、デジタルが高じてくるとその論争は影を潜め、アナログと区別がつかないどころかそれを凌駕して進化していく。そのことをD850で、それも仕事ではなく趣味の領域で実感したのだった。

 カメラのデジタル化は、個体では撮像素子のデジタル化のほかに、露出制御、ピント制御、画像処理、動画処理など多岐にわたるだろう。また外界とのコミュニケーションでは、スマホやパソコンとの連携のほか、クラウドサービスとの連携へと最新のネット技術を取り入れながら進化してきている。このデジタル化の中で、最後のアナログ部品とも言えるレンズとの自然な融合を実現している。また、ファインダーを覗き画角を決めるというモードは、写真を撮るぞというムードを演出し、写真の出来栄えに少なからず影響を与えていると思う。これはスマホにはできない。アナログのいい部分を守りながらデジタルと融合させた形だ。これは素晴らしい成果ではないだろうか。きっと、数え切れないほどの努力の積み重ねがあったことだろう。これらは、ニコンに限らず日本のカメラ業界全体に対して言えることだ。

 日本のカメラ業界が、国際市場において独占的リーダーだということもすばらしい。アナログ時代もそうだったが、デジタルカメラでもリードし8割程度のシェアを維持し続けている。エレクトロニクス産業が衰退したいま、唯一、日本が世界をリードできている産業だ。

 ところで、カメラ業界の市場調査(カメラ映像機器工業会)を見てみると、スマホの登場以来、市場規模が縮小しており、2008年のピーク時の半分以下になっていることがわかる。一見残念なことのように見えるが、実はそれでもアナログ時代の倍以上の売上規模があるのだ。カメラ全体の売上トレンドで見れば、デジタル化で5倍くらいの市場規模に成長させ大成功していたのだ。さらに、減少はコンパクトデジカメがスマホに食われていることが主因で、高級機のデジタル一眼は底支えされていることがわかる。おそらく、私のようなカメラ愛のユーザーに支えられているのではと推測した。

 デジタル化の波にもまれながらも、いまでも世界市場をリードする日本カメラ業界。敬服したい。たとえばオーディオ業界はこの高みには到達できず、趣味としての市場を失ってしまったのではないかと思えるし、自分が生業にしている出版業界もこの領域にはまだ到達できていない。さらに急を告げているのは車業界だろう。他産業も見倣うこと多し、ではないだろうか。

井芹 昌信(いせり まさのぶ)

株式会社インプレスR&D 代表取締役社長。株式会社インプレスホールディングス主幹。1994年創刊のインターネット情報誌『iNTERNET magazine』や1996年創刊の電子メール新聞『INTERNET Watch』の初代編集長を務める。