インタビュー
「ないものは作ってしまえ!」自力で診療所をホームオートメーション化した“マニア”は何を目指すのか(前編)
1からハードウェアを製作、非クラウドな環境で照明、施錠、エアコンを自動化。販売も視野に
2019年5月24日 11:02
「ないものは作ってしまえ!」
例えば皆さんが自宅をスマートホーム化しようとすれば、とりあえず有名メーカーの既製品で実現しようと考えるだろう。スマートライトやスマートロック、赤外線リモコンユニットなどをホームネットワークにつながるようにして、あとは専用のスイッチやスマートフォンアプリを連携するだけ。実に簡単だ。
しかし簡単な分、できることにも限りがある。自分の理想とする用途には物足りないところがあって「もっとこうしたい」と思っても、実現するには手間が掛かりすぎるか、そもそも不可能だったりする。その製品でできること、できないことを把握した上で、できないことは妥協する。それが一般的な感覚のはずだ。
「できないのであれば自分で作ってしまえばいい」と考える人もいるかもしれない。ちょっとしたスクリプトやプログラムを組むことで解決できる程度ならチャレンジしがいもある。だが、ソフトウェアもハードウェアも理想のものがないからといって、「じゃあ全部作ってしまえ」と突っ走る人は、まれだろう。ましてや個人でホームオートメーション(HA)という大きなシステムを作るとなると……。
そんな「じゃあ全部作ってしまえ」という軽そうなノリで、自身の経営する診療所を丸ごと自力でHA化した猛者が現れた。しかも「せっかく作るなら売れるものにしよう」ということで、2019年6月頃からの一般販売も視野に入れているのだとか。一体どんなシステムを構築したのだろう。今回はその診療所にお邪魔して、現地で見たHAシステムの全容をお伝えしたい。
「クラウドや特定企業に依存しない、真に自由なホームオートメーションを実現したい」非クラウド環境で200を超える機器を独自にHA化
訪れたのは鹿児島県鹿児島市、その中心部に近いところにある「川畑眼科」。そう、今回紹介するHAシステムの開発を手掛けたのは、この診療所の院長であり、かつシステム開発会社クリティカを経営する川畑善之氏その人だ。
毎日大勢の患者の診察や手術をこなす多忙な日々の合間を縫って、独自のHAシステムをコツコツ開発してきた。川畑氏本人からは後ほど詳しく話をお聞きするとして、病室も完備した同診療所に導入されているHAシステムの全貌をまずはチェックしてみよう。
まず、川畑氏が開発したHAシステムの概要を大まかに説明しよう。一番の特徴はインターネット上のクラウドサービスを一切使用しない、LAN内で完結したシステムになっていること。
診療所内に数ヶ所ある配電盤から、地上3階、総床面積約560坪の建物内の至るところにある照明、ドア、換気扇、エアコンに専用配線が敷設されており、これを利用してHA用の機器が接続されている。
もちろん、それらHA機器のほとんどがクリティカが制作したもの。「クリティカが制作」といっても、要するに川畑氏が独自に技術を調査、検討し、制作したものだ。
具体的には、機器と接続して、オンオフ制御などを担う「ターミナル」、複数のターミナルを接続できるI2Cインターフェイスと有線/無線LANインターフェイスを持ち、ネットワークへの窓口となる「コントローラー」、コントローラーにLAN経由で命令を送信するタッチパネル付き「スイッチ」(壁などに設置する)などで構成されている。
ターミナルは、さらに、電源オンオフのための「リレー」、照明の調光を行なう「ディマー」、エアコンおよびドアロックをコントロールする「JEM-A」コネクターを備えたもの、という3つに分かれる。ターミナル1ユニットで最大8個の機器に対応する。
これらの背後にあるLAN上では、「openHAB 2」というHAのためのオープンプラットフォームのサーバが稼働しており、先述の「スイッチ」やスマートフォン、PCなどから機器を操作できる。openHAB 2はLinuxやWindows、MacOS、Raspberry Piなど、様々なOSで動作するHAのためのプラットフォームソフトウェアで、アドオンにより様々な機器やプロトコルに対応できる。
openHAB 2を使うことで、2つ以上の機器を連携動作させるプログラムや、指定時刻に動かすこともできるし、例えばドアロックについては、自作のRFIDリーダーと連携し、RFIDタグをかざすだけで解錠できる仕組みも実現している。
これにより、川畑眼科の診療所とクリティカの事務所は本格的なHA化を果たした。計32ユニットのターミナルを用いて、照明154カ所、エアコン27カ所、換気扇20カ所、ドアロック14カ所の、トータル215の機器を集中管理し、自動化している。
例えば、診療所の受付時刻になれば自動でエントランスを解錠し、診療時間が過ぎれば自動施錠される。トイレの明かりを付けると換気扇も同時に回り始め、トイレの明かりを消せば隣の洗面所の明かりが点き、しばらく後に換気扇とともにオフになる、といった具合だ。
こうした機器連携は、「既製品のスマートホーム機器でも実現できそう」とも思えるが、川畑氏はあえて独自の機器を製造し、オープンなソフトウェア技術のみを利用して、すでに述べたようにクラウドは使わずLAN内で完結させた。
その理由は、「特定企業や特定のクラウドに依存せず、様々な点で“自由に開発できる”オープンなホームオートメーション環境を世に作りたかった」からなのだという。その大きなビジョンと方向性について、詳しくお話をお伺いした。
HA化の理由はマニアとしての興味関心……ではなかった事業者のサービス停止で、メンテナンスも困る事態に………
――川畑さんは離島医療にも積極的に携わるなど、眼科医として精力的に活動されているそうですね。それがなぜ、HAシステムを開発することになったのでしょう。ご自身の来歴を教えていただけますか。
[川畑氏] 中学生のとき、シャープの「MZ-14K」というマイコンに出会ったんですね。これがけっこう衝撃でした。当時、パソコンなんてものすごい高価だから、子どもが買えるようなものではない。自宅で自作プログラムを組んで、近くのお店に展示されていたパソコンにこっそり打ち込む、みたいなことをしていました。
それからは、シャープのピタゴラスという関数電卓で、月着陸船などの簡単なプログラムを組んだり、NECのPC-6001でプログラムをいじったり、高校のときにはPC-8001を友達から中古で買って、そこでいろいろなプログラムを作ったりもしました。大学に入ってからはエプソンのPC-386Mに、HDDとドットインパクトプリンターを追加して、x86のアセンブリ言語やLattice C、Lispなどを扱いました。
大学では数学を学んでいて、テニス部に入っていました。なので、フーリエ変換で3次元を2次元に変換して、ペアでテニスをするときに相手のサーブ位置に応じて一番ボールが飛んでくる可能性の高い場所を予測するシミュレーターを作ったり、当時流行していたウィザードリィのキャラメイクの法則を解析したり、Microsoft Flight Simulatorのシーナリーを作ったりもしていましたね。
その後は仕事を始めて忙しくなり、PCは趣味でゲームをやるぐらいでしたが、実家に帰って父親の仕事(現在の川畑眼科)を手伝うようになってからは、Linux系のビジネスフォンシステム「Asterisk」のソースをいじったりするようになりました。そうこうしているうちに2002年頃、診療所を改築する話になって、それに合わせてHA化することにしました。そこで、自動化システムをいろいろ探したんです。
――その頃はまだ自身で開発しようとは思っていなかった?
[川畑氏] 最初は、オーストラリアのClipsal社が開発した「C-Bus Control Systems」というホームオートメーションプラットフォームを選びました。鹿児島で販売してくれる代理店が日本になかったので、自分で代理店契約を結んで診療所に導入したんです。今のHAシステムで利用している配線も、基本的にはそのときのものですね。ところが、導入から10年ぐらい経つと、どんどん壊れてくる。特に電源が弱い。
日本向けの110Vの電源は、Clipsalのシンガポール支店が取り扱っていました。しかし、買収されてシンガポール支店がなくなったんですよ。同等品がAmazonで売っていたりもしない。ほかのシステムを探すにしても、その会社がなくなったら使えなくなるのでは困る。ということで、じゃあもう自分で作っちゃった方がいいんじゃないかって。
――確かに、クラウドにも提供事業者がサービスを停止したら使えなくなるというリスクはありますね。似たような自動化プラットフォームでいうと「IFTTT」もありますが、これもクラウドを経由します。
[川畑氏] 特定の営利企業に依存するものは、あまり好ましくないと思うんですね。例えばIFTTTがどこかに買収されて、有料になったらどうするんですかという話です。安価で簡易的なシステムで、データはなるべく外とやり取りしないクローズドの環境で構築できる方が好ましい。それにIFTTTは基本的に機器と1対1で対応するものですから、複数機器を同時に連携させるHA用にカスタマイズするのに難しいところもあります。
――といっても、Clipsalの後すぐに現在のシステムが完成したわけではないですよね。
[川畑氏] 代わりのシステムを探していたちょうどその頃、「Arduino Mega」が登場しました。無印のArduinoよりリソースがリッチなので、まずはこれで調光用のシステムを試作したんです。そのうちRaspberry Piが出たり、Wi-FiモジュールのESP8266が出た。これならもっと簡単にネットワークのシステムを組めるだろうと思ったわけですよ。そのとき、当時の知り合いで、現在唯一のクリティカ社員である秋田くんの手が空いているとのことで、彼の力も借りて、いっそのこと本格的にやって、売れるようなものを作ろうじゃないかと。
――そもそも、なぜ診療所をHA化しようと考えたのでしょう。
[川畑氏] 例えば、事務員が朝出勤して鍵を開けますが、遅刻してしまうと患者さんが屋外で待たされることになってしまう。鍵管理を人間にやらせたらミスが起こるわけです。もちろん機械化してもミスは起こるんだけど、人間よりずっとミスは少ないよねと。
HA化したことによって、入り口の鍵は診療受付が始まる時間に開き、診療が終わる夕方になると閉まる、といった制御を自動でできるようになります。
これは、時間ギリギリに来る患者さんをどうにかしたい、というような意味ではありません。今、われわれ医療分野でも看護士が不足していたり、事務員を募集してもなかなか集まらなかったりと、人手不足で苦しんでいます。(川畑眼科医院で眼科医として働いている)うちの女房は、例えば診療時間が「17時まで」と決まっていても、遅れて17時半に来た人も診察したりする。ですが、そうしていると、いずれは職員も疲弊して辞めちゃうんですよ。どんどん人がいなくなっちゃうんですね。
同情心が先に立つから診てあげないと、ってなるんですけど、そうやってると仕事ができなくなっちゃう。となると、人情的にはよくはないのかもしれないけれど、「コンピューターで管理しているので診られません」っていうスタンスが一番周りも納得してくれるだろうと。もちろん17時きっかりじゃなくて17時10分までは受け付けて、それから施錠する。どうしても17時半とか18時前に診てほしい緊急の方はあらかじめ電話をかけてくるだろうし、そうでなければ翌日か別の日に来ていただく。そこを割り切らないと仕事を続けられないですから。
――HA化は、地域医療の持続可能性という意味でも重要なんですね。
(後編に続く)
【前編】「クラウドや特定企業に依存しない、真に自由なホームオートメーションを実現したい」
【後編】「誰もが自身のアイデアを実現できる開発コミュニティを立ち上げたい」
(協力:クリティカ)