インタビュー
来るべき超スマート社会に挑む! 東京医科歯科大の「CEATEC視察」実習は学生に何をもたらしたのか?
2019年5月13日 06:15
超スマート社会を実現するための場として、すっかり定着してきた「CEATEC」だが、昨年秋に実施されたCEATEC JAPAN 2018では、東京医科歯科大学の医学科1年生103人が教育活動の一環として会場に来訪、「デザイン思考」を活用した授業を実践した。
工学系の学生は既に多数来場しているCEATECだが、医学系の学生が授業として多数来場する、というのは、過去19回の歴史のなかでも初めてという。
その目的はなにか、そして、教育としての成果はどうだったのか。東京医科歯科大学の田中雄二郎理事(医療担当)兼副学長と、長堀正和准教授に話を聞いた。
社会が変わる中、最新テクノロジーを避けて通れない時代に「最新テクノロジーに触れ、興味を持ってほしかった」
――2018年10月に開催されたCEATEC JAPAN 2018に、東京医科歯科大学の学生が見学に訪れ、授業を行ったことが話題となりました。この狙いはなんだったのでしょうか。
[田中氏] 最近の1年生と話をしていると、AIなどの最新技術にあまり関心がないことに気がつきました。
大学に入るまでの受験勉強に没頭しすぎたのか(笑)、IT世代という割にはITに対する興味が薄く、最新テクノロジーの知識も少ない。自動運転についても、レベルがあることを知らなかったり、スマホを触っていても、自分が必要とする機能には詳しいが、それ以外の機能にはまったく興味がないということを感じていました。
医療は社会インフラのひとつであり、社会の動きや新たなテクノロジーの影響を受けないわけにはいきません。また、医療分野には最新テクノロジーが次々と導入され、医療機器だけでなく、医療そのものも変わろうとしています。卒業後に医師になる東京医科歯科大学の学生たちにとって、最新テクノロジーは避けては通れないものです。そこで、どうしたら学生たちが、最新のテクノロジーに興味を持ったり、社会の変化に触れたりできるかということを考えました。Googleを使って、「未来に触れることができる場」と検索した結果、辿り着いたのがCEATECでした。
――具体的には、どの授業にCEATECの見学を組み入れたのでしょうか。
[田中氏] 私は、9年間に渡って医学科の教育委員長を務め、その間、教育カリキュラムの基本設計を行ってきました。そのなかで、1年生に対して、医師になるための意識づけを行う「医学導入」という科目を設定し、2011年から毎年10月以降に実施してきました。そしてその中で、最新テクノロジーに触れることを盛り込み、AIの専門家を招いた講義なども行ってきました。
しかし、講義だけでなく、学生たちが実際の最新テクノロジーに直接触れることが重要であることも感じていました。そこで、CEATECを活用することを思いついたのです。東京医科歯科大学では、デザイン思考(※1)を活用した教育に取り組んでおり、それを担当していた長堀正和准教授に相談し、CEATECの見学を授業に取り込む具体的な計画を進めてもらいました。
※1 部分最適解を積み上げるのではなく、全体最適解をまず考える思考法。見えないものを形にすると言いう意味で「デザイン」という言葉が使われている。
[長堀氏] 東京医科歯科大学では、2017年度まで、文部科学省研究拠点形成費等補助金事業の未来医療研究人材養成拠点形成事業として、「IQ・EQ両者強化によるイノベーター育成」に取り組んできた経緯があります。
事業が終了しても、この取り組みを継続したいと考えていましたし、「医学導入」のなかで、イノベーター育成の授業を取り入れることは最適だと考えました。イノベーションプロジェクトを成功させるには、人、ビジネス、テクノロジーの3つの要素のバランスが重要とされています。CEATECは、学内では触れる機会が少ないテクノロジーやビジネスに直接触れることができる点がメリットです。未来の医療を支えるイノベーターの育成につなげることができ、デザイン思考のアプローチを体験してもらえると考えました。
[田中氏] 実は、CEATECの存在を知ったのは2017年秋のことでした。
2018年秋からの「医学導入」のカリキュラムの内容を検討していたときだったのですが、残念ながら、そのときには、すでにCEATEC JAPAN 2017が終了していました。
本来ならば、私自身が一度見学をしてから授業に取り入れるのがいいのですが、それでは1年遅れてしまい、学生にとってはもったいないと思いました。そこで、チャレンジングではありましたが、CEATECの事務局に連絡を取り、授業に活用するという観点から協力を仰いだところ、快く返事をいただきました。CEATECの内容を報道などで見ると、とてもワクワクする内容でした。私がワクワクすることは、ぜひ、学生にも体験してもらいたいと思いました。
身近な課題を持ってチームで見学「課題解決」のアイデア発表会を後日実施
――授業はどんな形で進めたのですか。
[長堀氏] 「単に会場を見学する」のではなく、学生自身に課題を持って見学してもらうことにしました。
まず、10月上旬に、学生が感じている課題を抽出した「バグリスト」を作成。5~6人を1チームとして、その内容を議論してもらい、テーマを絞り込んでもらいました。
今回は初めてということもあり、社会的な問題や医学的な問題に限定せず、日常的な課題にまで対象を広げました。学生からは、「満員電車のなかが不快である」、「朝、起きられない」、「毎朝の洋服選びが面倒くさい」、「忘れ物が多い」といった、日頃感じている課題があげられました。
一部の学生からは「医学導入の授業なのに、なぜ、医学に関係がない課題まで対象にしたのか」という質問もありましたが、これまで学生たちは、与えられた問題を解くことばかりをしてきましたから、デザイン思考という観点からも、まずは、身近な問題に気がつくことが大切だと思いましたし、学生たちが興味を持った身近な課題をテーマとすることが、この授業の成功につながると考えました。
――CEATEC JAPAN 2018の会場では、どんな活動を行いましたか。
[長堀氏] 見学を行ったのは、開催初日となる10月16日でした。午前10時から、学生たちのために用意された部屋で、CEATEC JAPAN 2018の概要や見所の説明を受け、会場の見学を開始しました。
見学をしたのは午前10時45分~午後3時までの約4時間で、学生たちは、自分たちの課題を解決できそうな技術や製品を見つけたり、ブースの説明員に、自分たちが課題解決のために会場を訪れていることを説明して、ヒントをもらったり、あるいてはカメラで撮影して資料として活用するなど、様々な方法でアプローチをしました。
[田中氏] 私も会場で見ていたのですが、積極的に話を聞いていた学生がいる一方で、自分の得意領域ではないテクノロジーの展示に物怖じしてしまう例もありました。また、大人とのコミュニケーションに慣れていないため、なかなか話しかけることができない学生もいました。
遠くから見ていたのですが、工学系と見られる女子高生の方が積極的に話しかけているシーンもあり、医学科の学生に対して、私から「もっとがんばれ」と声をかけるシーンもあったりしました(笑)。医師にとって、患者とのコミュニケーションは、最も重要なスキルのひとつです。コミュニケーション力を育む場としても、CEATECの見学は効果がありそうだと思った反面、「事前にどんなことを、どんな風に聞けばいいのか」というロールプレイをやっておくべきだったという反省もありました。
いずれにせよ、学生たちの実習に対して、各社のブースの説明員の方々が、親切に対応をしてくださったことにとても感謝しています。説明者の方々が、「学生に話をしても、ビジネスにつながらない」といったような態度をとられるようなことは一切なく、むしろ、しっかり説明していただいたと感じています。
[長堀氏] 見学後は、午後3時からグループディスカッションでアイデア出しなどを行い、その後、午後4時30分からは、シャープや三井住友銀行、LIXIL、JTBといったCEATEC JAPAN出展企業の担当者が、メンターとして、学生たちを支援したり、情報を提供してくれました。出展各社のこうした支援にも感謝します。
学生たちが会場を後にしたのは、午後5時過ぎで、まさに丸一日をかけた見学となりました。
――CEATEC見学後にはどんな取り組みを行いましたか。
[長堀氏] 学生たちは、見学後、約2週間をかけてアイデアをまとめ、発表に向けてプロトタイプを制作したり、パワーポイントの資料やビデオの制作を行いました。その後、10月30日および11月6日の2日間にわたる発表会で成果を披露し、教授だけでなく、各チームがお互いに評価を行い、得点を競いました。
――どんなアイデアが出たのでしょうか。
[長堀氏] 発表されたアイデアの一例をあげますと、「その日の天候などにあわせてAIが洋服を選び、さらに汚れた洋服は自動的に洗濯を行い、再びクローゼットに戻してくれるサービス」や、「部屋のなかで呼びかければ、外出に必要なものが自ら玄関までやってきて、忘れ物がなくなる」という仕組み、「大学事務とのコミュニケーションが取りやすくなったり、休講などの情報がリアルタイムに表示されたりする個人認証型デバイス」などがありました。
学生への刺激も大、「インスピレーションが得られた」も9割に今年のCEATECでも実施予定
――学生からの反響はどうでした?
[長堀氏] 実習後、学生を対象にアンケートを行いましたが、「来年も継続して実施した方がいい」という回答が約6割を占めたほか、「CEATEC会場を訪れたことでアイデアのインスピレーションが得られた」という回答者も9割に達するなど、学生にとって、とても大きな刺激になりました。
CEATECには、実際に体験できる展示が多く、テクノロジーの進化を、身を持って知ることができたり、この実習をきっかけに、アイデアを出して、形にするという活動に対して興味を持ってくれた学生がいました。たとえば、ビル・クリントン元米大統領によって設立されたビル・クリントン財団が後援しているHULT PLAZEでは、学生向けビジネスコンペティションを毎年実施していますが、今回の実習を経て、東京医科歯科大学の1年生が、これに初めて参加するといった動きも生まれています。
――CEATEC 2019でも、「医学導入」の実習として、学生による会場見学を行う予定ですか。
[田中氏] 実施する予定です。昨年は、初めての試みだったことで、学生にとっても、保健所や診療所の実習目的とは違って、CEATECを見学して、なにを実習するのかという戸惑いがあったのも事実です。しかし、学生にとっては、これまでにない、ワクワクした体験ができたのではないかと思っています。
最新のイノベーションが社会に実装されるまでに7年かかるといわれますが、6年間の修業年限となる医学科の場合、いまの1年生が卒業する時点には、ちょうど、それらのテクノロジーが社会実装されていることになります。学生たちには、イノベーションが進んでいることを知ってもらい、イノベーションに対して常に関心を持ってもらいたいと考えています。社会の動きに視野を広げること、新たなテクノロジーに触れるという意味で、今後もCEATECを活用する方針です。
[長堀氏] 学生には、アイデアがあったとしても、幅広い知識や情報がないため、そんなことはできないと思い込んでしまう傾向があります。自分たちが思っている以上にテクノロジーは進んでおり、それによって、多くのことが実現できる時代が訪れています。CEATECを通じて、限界がなくなってきていることを知り、次に進むためのきっかけづくりにもしてもらいたいですね。
[田中氏] SNSを多用しているいまの学生は、幅広い知識を得ることが不得意です。これは、東京医科歯科大学の学生だけの話ではないと思います。多くの大学生に共通する課題です。他の大学でも、CEATECを活用することで、学生が新たな知識を得たり、未来に対する可能性を感じてもらえるはずです。
――ありがとうございました。