インタビュー
「技術は知名度ではなく“内容”で選んだ、だからコミュニティを作りたい」
自力で診療所をホームオートメーション化した“マニア”は何を目指すのか(後編)
HA向けの「MQTT」「OpenHAB 2」、ハードウェアは開発経験ゼロからの出発!
2019年5月31日 11:00
自身が経営する眼科の診療所を丸ごとホームオートメーション(HA)化した、鹿児島県にあるシステム開発会社「クリティカ」の社長であり、医療法人川畑眼科医院の院長でもある川畑善之氏。
前回は診療所で実際に使われているHAシステムの中身と、なぜHAシステムを独自開発しようと考えたのか、その理由を伺った。“マニア”として単に興味本位でHA化したのではなく、診療所のスタッフが長く働き続けられるようにする仕組み作りが目的だった、というのは、意外に感じられたのではないだろうか。
さて、そのクリティカによるHA用のターミナル、スイッチ、RFIDキーだが、ちょうど先ごろから一般販売が始まった。
技術者にとって興味深いのは、これら製品で使われている技術の知名度が(日本では)さほど高くない点だ。例えば、ネットワークでの通信には「MQTT」というIoTに適した軽量プロトコルを利用しており、プラットフォームとしては、MQTTを含む様々なプロトコルを扱える「openHAB 2」を利用している。
扱える技術者が少ないのはもちろんデメリットだが、「技術内容を検討した結果、“日本での技術者が少ない”というデメリットがあったとしても、この技術が良いと判断した」(川畑氏)とのこと。逆に、「だからこそ、この技術にチャレンジしてほしいし、一緒にコミュニティを作っていきたい」(同氏)とも。
なかなかアグレッシブな同氏だが、後編となる今回のインタビューでは、これらがどんな仕組みになっていて、どんな用途で使えるのか、そのあたりを探っていきたい。
誰もが自身のアイデアを実現できる開発コミュニティを立ち上げたい
――院長をしながら、HAシステムの開発もするというのは大変そうですね。クリティカという会社を立ち上げたのは、HAシステムの開発が目的だったんでしょうか。
[川畑氏] 元々クリティカは、熱帯魚の水槽管理と電子カルテの開発を目的に設立した会社でした。というのも、診療所を改築するときに、待合室に熱帯魚を置こうと思ったんです。で、当時近くの熱帯魚屋の店長が熱帯魚屋を辞めたいと。それでうちに来てもいいと。水槽管理ができる人がいてくれるのなら、会社を作って熱帯魚の管理をきちっとすればいいのでは、と思い始めました。
それから井戸水を使って水草を栽培していたら、葉っぱ1枚1万円ぐらいする非常にレアな水草が嘘のように増えてしまったので、これを熱帯魚屋に卸したら熱帯魚の餌代がタダで済むんじゃないか、なんて状況にもなった。
そうしているうちに電子カルテの導入も始まったんですが、これが動作が遅すぎて使いものにならない。使いものにならないのを買ってしまったらどうするかと言えば、改造しちゃえばいいじゃんと。その開発も含めて、もう会社を立ち上げてそっちでやろうと。
――水槽管理と電子カルテの開発から、HAシステムの開発へと移っていったわけですね。かなりドラスティックな変化ではないかと思うのですが。
[川畑氏] HAシステムのような大掛かりな開発は新しいチャレンジですから、どうなるか分からない。なので、まず本業に影響を与えないことが大事でした。あくまでも医者ですし、家庭もあるので、それらに影響を与えないことも重要です。ベースの生活を侵食しないよう、MAXではこれだけの資金を費やすけれど、それでだめだったら止める、と決めています。
――しかし、ご自身はハードウェア開発の経験はほとんどなかったんですよね。
[川畑氏] 全くと言っていいほどありませんでした。ソフトウェアに関しては学生時代から経験していて、その土壌はありましたが、ハードウェアについてはなし。なので、それから1年くらい独学で勉強しましたね。最初のうちは、Arduinoをはじめ既製品のいろいろなパーツを組み合わせて作っていました。
――完成品のターミナルを拝見したところでは、初期の設計からはかなり変わってきているように見えます。Arduinoも、もはや使ってはいませんね。
[川畑氏] これは、「ものによって、すぐ手に入ったり手に入らなかったり」ということが、どうしてもありまして。
例えば、調光用のモジュールは当初Sunromというインドのメーカーのものを使用していました。けれど入手性が良くなくて、発注しても納期が数週間かかったりしたわけです。さらに届いても、数が足りなかったり、追加の加工作業が必要だったり。
いくらモジュールとしては優秀でも、入手性が悪ければ結局使えないですよね。それで、もう1から回路組むしかないじゃん、となったわけです。
モジュールを構成する各チップは手に入る。だったら自分で作るしかないと。でも、どうせやるなら中途半端なことはしたくない。だから一番はじめは専門業者に依頼して作ってもらったんですが、結局ほかの人に頼んでも、自分が思うようなものはできないことが分かりました。
例えばケース1つとっても、液晶表示用に穴をあけてもらったら高さが合わなくて表面に飛び出したり、丸いボタンの穴が四角かったり……。すいぶんお金を掛けたのに、できるのがこんなものなの? という感じが否めなかった。だったら自分でやる方がいい、となるし、自分で作るなら販売も視野に入れないとコストパフォーマンスがよくない。さらに、プロトコルなどの規格にしても、きちっと詰めたい。
さらに言えば、ほかの人が「俺はもっといいのが作れるよ」とか、「俺のはこんな便利な使い方ができるよ」というようなコミュニティを作ってやっていく方がいいのではないか。人が1人でできることには限界があるけれど、いろんなアイデアを持ったさまざまな人に関わってもらえれば、もっと世の中が便利になると思ったんです。
ベースのプロトコルは、機能と軽量さから「MQTT」にそれを活用する手段としての「openHAB 2」
――技術的にもこだわっているように見えます。HAのプラットフォームにオープンソースの「openHAB 2」、シリアル通信に「I2C」(アイ・スクエア・シー)、そして機器間通信のプロトコルには「MQTT(Message Queuing Telemetry Transport)」を採用しています。これらの選択には理由が?
[川畑氏] 先ほど(前編で)お話ししましたが、Clipsal社の「C-Bus Control Systems」のように、買収されて支社が1つなくなるだけで、それまで使っていた消耗品のパーツが入手できなくなるわけですよ。だから、もし自分で作って人に売るなら、自分の会社がなくなったときに使えなくなるシステムはダメだと考えました。そのためには、ある程度普及している技術を使うのが正しいのではないかと。
じゃあ何を使うか。プロトコルとしてはHTTPもありますが、元々Clipsal社のC-Busシステムを念頭に置いて始めたものでしたし、機器同士を連携させることが前提でした。例えばトイレの明かりを付けたら換気扇を回したいし、明かりを消したら5分後ぐらいに自動で換気扇を止めたいですよね。それがいわゆる“ホームオートメーション”というものだと思うんですよ。
1カ所のスイッチが点いたり消えたりするだけなら、HTTPでも既製品でもいいんでしょうけれども、やはり連携してくれないとオートメーションではないですよね。そうして探していったとき、一番適切だったプロトコルがMQTTでした。
例えば「東京都中央区銀座1-2-3」と言う住所があったとします。ここでMQTTを利用すると、「東京都中央区銀座1-2-3」というアドレスに送った場合は、その受け取った側が「東京都のメッセージを全部くれ」とか、「東京都中央区のものは全部くれ」というように、指定することができるわけです。
MQTTは、受け手側の方で何を読むかを設定できます。「東京都」に来たものを全て読みたい人は、住所が中野区であれ何であれ、全て受け取ることが可能ですし、「中央区」のデータが欲しい受け手は、銀座だろうと築地だろうと、中央区に送られたものを全て受け取れる。「1-2-3」という番地に送ったものだけを受け取りたいなら、それだけを受け取れる。受け手側が受け取れる情報の範囲を規定できるのが、MQTTの一番の特徴だと思います。
I2Cは、コントローラーとターミナル間の通信に使っていますが、これはスタートしたときの機材がArduinoで、Raspberry Piでも使えることから来ています。それらに共通して搭載されている端子が、Seeed社のGrove Systemのセンサーに対応するもので、これならほかの周辺機器にもつなげられるし、安価で便利にシステム化できる。そうすると選択肢として、やはりI2Cの決め打ちになりました。
――openHAB 2についてはいかがですか。
[川畑氏] 実は、今使っているopenHAB 2である必要はなくて、MQTTを扱えるHAプラットフォームなら何でもいいと思います。初期は我々もHome Assistantを使っていたんですけど、openHAB 2がたまたま自分に馴染みやすかっただけ。
僕のプログラミングにおける信念に、「作る人間が使うものを規定してはいけない」ということがあります。何を使うかを選ぶのは、あくまでユーザーであって、作る人間はなるべく広い選択肢を提供すべき、という思想ですね。汎用性が一番大事です。
例えば、openHAB 2は日の出・日の入りの時間計算が簡単にできたりもしますし、「一定時間経過後に何かする」という条件で動作させやすいのはいいところですね。例えば、夕暮れ時を演出するおしゃれなレストランに導入していただくなどもいいのではないでしょうか。あと、かなりの種類の電化製品に対応しています。
例えばパナソニックのテレビなどでは、電源のオンオフ、ボリュームの上げ下げ、チャンネル切り替えといった基本操作ができますし、モニター用のIPカメラも多くの製品が対応しているので便利です。
工務店や電気工事事業者など、「実現方法を悩んでいる人」に知ってほしい
――この製品はどういう人たちに使ってもらいたいですか。
[川畑氏] まず挙げたいのが「自分の家をもっと便利にしたい、HA化を自分でやりたいけれど、ハードウェアを作るのが難しい」と思っている人たちですね。
中小規模の飲食店や美容室で、エアコンの電源を決まった時間に入れたいとか、決まった時間に照明をオンオフしたいとか、そういうニーズってすごくあると思います。その実現の仕方に悩んでいる人の相談に乗っている電気工事業者や工務店などの方々にも、使ってほしいですよね。
ターミナルやスイッチなどのハードウェアは我々が用意していますから、あとはコントローラーとなるM5Stackなどを用意して、ArduinoやRaspberry Piなどの開発環境があれば始められます。
現時点では製品の量産にはまだ入っていませんが、当社では今、新たなコントローラー用ハードウェアを作っているところです。M5Stackと同じ役割を持つものですが、M5Stackより大画面のタッチパネル液晶になり、コントローラーの制御や設定がやりやすくなります。あとは、ご自身でLinux系OSやWindows PCで動かすMQTTのブローカー(サーバー)を用意していただければ。
電気工事事業者や工務店の方は、こうした設定になれていない方も多いと思うのですが、そうした点は、まずご相談いただければ力になれるかと思います。
そして、そうした現場の方の悩みに答えていただけるよう、IT技術者の方にも興味を持っていただければと考えています。
特に「MQTT」や「openHAB 2」といった技術は日本では知名度が低いですが、HA向けにはとても良い技術だと思っています。
参考になる資料については、英語にはなりますが、openHAB 2のコミュニティが充実していますし、MQTTやI2Cについてもインターネット上に情報が豊富にあります。我々としても、もちろん基本的なマニュアルは用意していますし、I2Cを使った通信プロトコルに関しても標準的なコマンド体系は構築してあります。
それに沿って開発していただけたらうれしいし、もっと変えた方がいいというものを教えてもらえたら、逆にこちらが取り込んでいきたいなと思います。
――現在川畑眼科では照明、鍵、換気扇、エアコンがHA化されているわけですが、当初の対応機器としては、これらの4種類になるでしょうか。操作できない機器や、そのほかの注意点はありますか。
[川畑氏] 現時点では、例えばシーリングライトを制御したいとなると、使い勝手が良くないかもしれません。また、ネットワークを経由しているので、機器が反応するまで2~3秒かかることもあります。1回押して反応せず、もう1回押さなければならないこともまれにあるかもしれません。100%の動作保証をして欲しいということであれば、当然価格は上がってしまいますから。
ですので、中小規模で、そんなにお金をかけることはできないけれどHA化してみたい、というような方々をターゲットにしています。銀行のシステムだったり、病院で生命維持装置につないで使ったり、という用途については、やめてくださいという回答になりますね。財産や生命に危険を及ぼすような状況で使うものではありません。
また、こうした電気製品については、法律上の制限もあります。例えば診療所で実装したように、配電盤の電源に直結した照明器具や換気扇などのON/OFF・調光制御は有資格者(電気工事士)による工事が必要ですので、資格のない人が「ちょっとやる」というわけにはいきません。
一方、100Vコンセントからとった電源を元にした照明器具を、リレー用ターミナル、調光用ターミナルで制御する場合や、JEM-A用ターミナルでエアコンや鍵を制御する場合は有資格者の工事は不要、という認識です。
ちなみに、PSEについても、九州経済産業局を介して通商産業省の見解を確認しておりまして、検査機関である一般社団法人電気安全環境研究所さんの見解も含めて「取得不要」ということでお伺いをしています。
コミュニティも立ち上げ予定、「“手伝いたい”という方は是非参加を」
――とはいえ対応機器は増やしていきたいですよね。
[川畑氏] 増やしていきたいですけれど、それよりもむしろ、対応機器を増やしていきたいと思う人自体をできれば増やしたいですね。つまり、コミュニティを盛り上げていきたい。内部資料もかなり広い範囲で公開して、趣味で使う人でも自由に改変できるような仕組みを提供していますし、いろいろな人の意見を拾い上げるようなコミュニティのプラットフォームも準備しています。
興味を持っていただいて、もし手伝いたいという方がいれば、ぜひ声を上げていただければと思います。
――このシステムが将来こうなったら、というような期待はありますか。
[川畑氏] 声で明かりが点くとか消せるとか、スマートフォンで操作できますよっていうのは、もう当たり前の話だと思うんですよ。そうではなくて、将来的には人は何もしなくていいですよ、というようになれば。例えば歩いているときにスマートフォンから通知があって、「そろそろ家に着くと思いますけどエアコンをオンにしますか」と聞いてきたり。日没が近くなったら庭の電気を点けてもらって、夜12時になったら消してもらうとか。
パッシブではなくて、アクティブなシステムになってほしい。人が能動的に何かするのではなく、人は受動的で、機械の方からいろんな提案をしてくる。その中には人が承認するものがあったり、拒否するものもあると思いますけど、人の意志はどこかに介在させておきながら、自動で機械の方から提案して、楽ができるシステムになれば。ナマケモノが過ごしやすいようなシステムが実現したらいいですね(笑)
目次
【前編】「クラウドや特定企業に依存しない、真に自由なホームオートメーションを実現したい」
【後編】「誰もが自身のアイデアを実現できる開発コミュニティを立ち上げたい」
(協力:クリティカ)