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空き家をリノベして地方創生、不動産クラウドファンディングをブロックチェーンで
LIFULLの考えるブロックチェーンの活用 ~日本ブロックチェーン協会定例会レポート~
2020年4月20日 16:10
日本ブロックチェーン協会(JBA)は、毎月第2、第4火曜日にブロックチェーンに関する勉強会を定例会として開催している。4月14日の定例会は、新型コロナウイルスの感染拡大に備え、前回同様、Zoomのウェブビデオ会議を使用したオンライン配信による定例会を行った。 今回はJBA初の試みとして、協会会員企業以外も参加できる一般公開による開催となった(参加には公式Webサイトより事前申し込みが必要)。
同定例会では、株式会社LIFULLブロックチェーン推進グループの松坂維大氏とSecuritize Japan株式会社(セキュリタイズ)テックコンサルタントの森田悟史氏を講師に迎え、「不動産セキュリティトークン発行に向けた検証と課題」をテーマに講演を行った。
LIFULLは、住宅・不動産ポータルサイトLIFULL HOME'Sの運営など、不動産情報サービス事業を営む。2017年より不動産業へのブロックチェーン技術の適用に取り組んでいる。ブロックチェーン技術による不動産のトークン化を目指す同社は、デジタル証券プラットフォームを提供する米Securitize子会社のセキュリタイズ(旧BUIDL)と共に不動産セキュリティトークン発行の実証実験を行っている。実験の目的は、空き家の地方創生型不動産クラウドファンディングを広く推進する基盤の構築だという。
講演は、前半にLIFULLの松坂氏が不動産業界における証券化の概況および空き家問題とその現状を語る。後半は、セキュリタイズの森田氏がセキュリティトークン発行による調達スキームと実証実験における技術的検証ポイントを語る二部構成で行われた。
LIFULLの目指す「不動産のトークン化」とは
不動産は、建物というハードウェア情報、取引価格、リフォームやメンテナンス情報など多くの情報が価値付けを決めるという特性を持つ、情報のかたまりであると松坂氏は語る。
これをブロックチェーン上に記録し、各企業、業界全体が共有できる環境を構築することで、より効率が上がり、柔軟な取引が行えるようになるであろうと同社は考え、不動産のトークン化について研究中であるという。
具体的な不動産トークン化のイメージの1つとして、情報の真正性の担保を挙げる。各不動産にIDを振り、これをブロックチェーン上で共有する不動産トークンIDを発行する。また、その情報に基づいた権利、個々の不動産の所有権をやり取りできるように、権利のトークン化を目指すとした。さらには、それらとは別に不動産取引の小口の証券化(トークン化)を目指しているとのこと。不動産を仮想通貨のようにやり取りしたいというのが目的だという。
現在、日本の不動産市場における不動産全体の時価総額は、約2562兆円だという。その中で、我々が取引できるものが約430兆円(公的不動産等を除いたもの)。そのうち、J-REITなど投資信託のような金融商品となる証券化された不動産となると10%程度の約33兆円、全体からすれば2%にも満たないという。つまり、現在は不動産の証券化はほとんど進んでいない状況だと松坂氏は語る。
松阪氏は、不動産証券化が進まない理由の1つとして、不動産証券化におけるファンド規模の大きさと証券化スキームコストを指摘する。従来のREITのようなものの場合は、300億円規模のファンドを作らないとコストに見合わない。ビジネスとして成り立たせるためには、この規模が下限だという。
一方、LIFULLが目指すのは、我々が購入できる規模の不動産、つまり数千万円程度の不動産の小口証券化だ。また、のちほど話す空き家問題となると、さらに規模は数百万円以下となる。この規模のビジネスとなると、既存の証券化スキームではコストが見合わず、不可能に近いという。そこで活用するのがブロックチェーン技術であるとのこと。スマートコントラクトを活用した証券化スキームが証券化コストを大幅に削減し、あらゆる不動産をデジタルアセット(資産)化できると考えているという。
松阪氏は、業界全体の課題についても言及する。今、不動産業界で問題になっているのは、少子高齢化社会の影響による、世帯数の減少と総住宅数の増加だという。それに伴い、空き家が増加しており、このまま進むと2033年には空き家数は約2166万戸まで増え、空き家率は30.4%となる見通しだという調査報告を紹介する。地方においては、すでに空き家の増加が社会問題にもなっていることを説明した。これらの課題解決にも不動産の小口証券化は有効であると松阪氏は語った。
不動産STOの実証実験
今回のLIFULとセキュリタイズによる実証実験の取り組みは、地方の空き家問題解消に向け不動産STO(Security Token Offering)の実証実験を実施したもの。両社は、空き家の地方創生型不動産クラウドファンディングを広く推進する基盤を構築。STOによる小規模ファンドを通じ、空き家問題の解消、地方の関係人口増加に向けた「SDGs投資」「ESG投資」の促進を検証した。
具体的には、地方の空き家対策として、リノベーションや他用途への転用を積極的に進め、不動産価値の維持向上を図る。空き家を住宅のみならず、宿泊施設や古民家カフェなどへと用途を変更し、価値を高めていく。一般的に古民家などは建物担保評価が低いため、金融機関からの借り入れによる資金調達が難しいことから、クラウドファンディングを活用したSTOによる資金調達を実施し検証していく。ブロックチェーンを用いることで投資家に対しても、保有トークンに応じて宿泊券や利用券など付与することが可能になるという。また、STOにより証券化コスト問題の解決を試みる。
実証実験の実際のモデルでは、空き家等の不動産をSPC(特別目的会社)が保有し、そこが小口のトークンを発行する。通常のSTOは、仮想通貨やステーブルコイン(法定通貨と同価値の通貨)を発行し資金調達を行うが、まだSTOについては法の整備等が追いついていないためグレーゾーンも多く、今回は実際に国内において運用を行うイメージを作りたかったことから、銀行APIとスマートコントラクトを連携させ、法定通貨による投資を主軸にしている。投資家は、日本円による小口の投資が可能になる。実証実験では、これらのモデルが、Ethereumのスマートコントラクトにてすべて自動執行されるかどうかが検証ポイントとなる。また、パブリックブロックチェーンを用いることによるファンド運用の透明性が担保されているかについても検証が行われた。
結果と今後の課題
実証実験の結果について松阪氏は、簡単なデモを紹介し、それぞれの取引がブロックチェーン上に記録されていることを、実際の取引を想定したファンドの実行結果イメージを画面にて表示し、運用の透明性が担保されていることを解説した。
今回は、スマートコントラクトで人を介在させずに運用業務を自動化し、属人業務をなくしたファンド運用の流れを作れることが確認できたという。その一方で、ファンド運用業務や体制整備をどこまで簡素化していいものかは、課題になるだろうと話す松阪氏。これについては関係当局とも相談をしていく必要があると感じたという。
また、パブリックブロックチェーンによるファンド運用の透明化については、信用コスト等は削減できるものの、実際の監査フローにおける残高証明書や通帳コピーの発行を、スマートコントラクト監査のみで実行してもよいのかなど、どこまで自動化を認めてよいかについては、議論の余地があるだろうと新たな課題を示した。
全体を通した結果は、おおむね狙ったポイントは、うまく実行できたと松阪氏は感想を述べ、前半の講演を終了した。
実証実験における技術面について
実証実験における技術面については、セキュリタイズの森田悟史氏が解説を行った。
実験では、Ethereumのメインネットを活用し、ファンドの透明性担保の検証と、スマートコントラクトを用いたセキュリティトークンの分配・配当・償還の自動執行による運用コストの圧縮を検証したという森田氏。スマートコントラクトと連携させる銀行APIは、GMOあおぞらネット銀行の銀行APIを活用しているなど、具体的な仕組みを紹介する。
森田氏はまず、スマートコントラクトによる自動化の考慮ポイントとして、不動産をトークン化するセキュリティトークンについて解説をする。セキュリティトークンには、移転制限のあるホワイトリスト方式を採用しているという。この方式では、セキュリティトークンを受け取るには、KYC(本人確認)が行われたウォレットでしかトークンを受け取ることができない。あらかじめ身元がわかっているウォレットアドレス間でしか移転ができないようにスマートコントラクトにて制御する。今回はプラットフォームから投資家を登録するため、プラットフォーム上で登録されたウォレットにしかトークンは移転できないため、その安全性は保たれる。
セキュリティトークンの分配・償還に関しては、誰がどれだけのトークンを保有しているのかをスマートコントラクトが自動計算し執行する。分配においては、内部で日本円を現すトークンで配当等を行う仕組みになっている。また、償還においては償還日の制限等を管理し、管理者が償還日よりも前に勝手に償還をするといったことができないなど、さらに細かい制御を行っているという。
透明化の考慮ポイントは、Ethereumのトークン規格であるERC20をベースにした互換性のあるトークン規格を使用している点だと森田氏は語った。そのため、Ethereumのトランザクションを可視化できるEtherscan等のツールを使用することで、誰でもファンド運用の取引すべてを見ることが可能になっているという。
決済における自動化は、前半で松阪氏が述べた通り銀行APIと連携し、法定通貨の入金を自動でスマートコントラクトが検知できるようになっているという。しかし、銀行APIにより入金について検知はできるが、検知情報そのものがブロックチェーンに記録されないため、このままでは透明化を担保することができない。そこで今回は、内部でのみ使用される円と1対1対応するJPYトークンを同時に発行し、そのトークンにて円の動きを記録し、透明化を担保しているという。この部分は、円とペッグ(連動)する実用性のあるステーブルコインがいずれ日本で出てきたら、それに入れ替えることができるよう拡張性を持たせていることを森田氏は明かした。
また、取引における秘密鍵の管理方法だが、仮想通貨等の取引に慣れていない投資家が自身で秘密鍵を管理するのはハードルが高く困難であろうと、想定されるユーザーに合わせUXを考慮し、今回はサーバーサイトでユーザーごとにしっかりと鍵を管理する方法を実装している。ただし、将来ユーザーサイドで鍵を管理できるように切り替えることもできるように設計されているという。
森田氏は、運用上の実際の流れについても解説する。
図は、案件登録の流れとなる。真ん中のLIFULLの部分が今回のシステム、左が銀行APIで連携されたGMOあおぞらネット銀行、右がEthereumのブロックチェーンを表している。
管理者はまず、システム内に投資案件の情報を入力し、案件登録を行う。すると同時にGMOあおぞら銀行側に案件専用の振込入金口座(ワンタイムのバーチャル口座)が発行される。ファンドと1対1で発行されたバーチャル口座は、入金のほかにも運用利回りの配当金の出金等にも利用する。このとき、Ethereumのブロックチェーン上には、セキュリティトークンとして使われるスマートコントラクトがデプロイされるという。
投資家のアカウントを作成するオンボーディングの流れは、理想としては、Web上で投資家自身がすべて登録・契約が行えるようにしたいが、今回はオフラインで投資家と管理者側が契約を結んだのちに、管理者がアカウントの作成を行ったという。
その流れは、管理者が投資家アカウントを作成すると、ウォレットアドレス・秘密鍵が生成される。ただしこの段階では、そのアドレスはまだホワイトリスト化されていないため、セキュリティトークンを受け取ることができない。管理者は投資家のKYCが契約段階で確認されていることを前提に、続けて投資可能案件を登録する。ここで初めてウォレットアドレスはホワイトリスト化され、投資可能案件のセキュリティトークンのみ取引ができるようになる。この段階を経て管理者は、投資家にアカウントを受け渡す。
アカウントが発行された投資家は、Webにて投資を申し込むことができるようになる。投資家がWebにて投資申請を行うと、振込入金口座が発行されるので、投資家はそこに投資金額を振り込む。システムが入金を検知すると、等価分のセキュリティトークンが発行されるという仕組みになっている。
分配・償還については、ファンド運用用のバーチャル口座に分配金振込がトリガーとなる。システムが入金を検知すると、内部でのみ使用するJPYトークンを発行し、分配指示を行う。その後、持分比率が自動計算され、分配が実施される。また償還時はセキュリティトークンの償却も同時に行うという。
今回の実証実験では、これらの一連の流れを、すべてスマートコントラクトが自動執行し無事に終了した。結果については前半で松阪氏が感想を述べたが、森田氏はシステムにおける今後の課題・目標を挙げている。
まず、ステーブルコインによるDvPを実現させたいという。DvP(Delivery Versus Payment)とは証券の引渡しと代金の支払いの相互に条件を付け、一方が実行されない限り他方も実行されない決済となる。今回は、内部でのみ使用されるJPYトークンを使用したが、ステーブルコインが流通する時代には、法定通貨の振り込みをなくした、ステーブルコインのみで決済が完結するシステムを構築していきたいと森田氏は語った。
また、今回は入金と同時に投資が実行される流れだったが、実際にはファンドが成立しなかった場合を想定し、案件のキャンセルや、返金が行われるような機能を実装する必要があるという。
今回の投資案件では、償還期日を決め、それ以前は償還できないという形にしたが、本来は、運用中に利益も出て売却条件がそろった際に期日前償還をしたいといった需要もあるだろうと森田氏は述べた。
さらに移転制限においては、今回はホワイトリストに基づいた制限をかけているが、それ以外にも法律に則った制限等、さまざまな移転制限ができる仕組みが必要になると想定しているとした。
また前述した投資家自身によるWebでのアカウントの開設、つまりオンボーディングのデジタル化についても大きな課題であると森田氏は述べた。
その他にも、STOやステーブルコインに関する法律に不確定要素がある現時点においては、まだまだ多くの議論の余地が残されていることも、松阪氏、森田氏は共に挙げている。これらについては、現在も考慮はしているが、さらに議論を続け、また関係各所とも相談する必要があると語り、講演は終了した。日本においてSTOは遅れているといった評価を多く聞くが、今回の定例会においては国内も着々とSTOに関する環境の準備が進んでいる印象を受けた。