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地方都市では「10Gbps」がCATVで広がる! あなたの街でも“裏メニュー”で提供中かも!?

同軸から光への移行で進化するケーブルテレビ網

 筆者が暮らす島根県松江市。2018年の夏ごろ、新聞の折り込みに「光サービスを始めます」というケーブルテレビ(CATV)会社の広告が入っていた。この広告には「4K・8K放送」を開始するというお知らせとともに、「最大10Gbpsに増速する」と書いてあった。さすがに、これには驚いた。コンシューマー向けで最大10Gbpsのインターネット回線サービスというと、当時は「NURO 光」と「au 光」が大都市圏の限られた地域で提供しているだけと認識していたからだ。

 実は地方都市では、全国規模の大手通信会社に先行して、地域のCATV事業者による10Gbpsサービスが整備されつつあるのだろうか? 松江市でCATV事業を展開する山陰ケーブルビジョン株式会社に10Gbpsサービスを開始するに至った背景などを聞くとともに、他の地域のいくつかのCATV事業者についても10Gbpsへの対応状況を調べてみた。

山陰ケーブルビジョン株式会社営業課長の飯塚光人氏(左)、技術課長の井山昌視氏(右)

人口20万人の地方都市なのに10Gbps

 松江市は島根県の県庁所在地であり、人口は約20万人。ITに関わることというと、松江市が「Ruby City MATSUE」を掲げているということがある。それは、プログラミング言語の「Ruby」の生みの親であるまつもとゆきひろ氏の勤務地が松江市内にあるからだ。そのため、松江市は積極的にRubyの人材育成や交流会を推進している。毎年、Rubyに関するイベント「RubyWorld Conference」も行われたりしている。

 また、ソフトウェアの工業団地「ソフトビジネスパーク島根」が整備されており、IIJがデータセンターを構えている

 そのほかにも、観光にも力を入れており、年間1000万人が訪れる。2015年には、松江のシンボルである松江城が国宝に指定され、観光客がさらに増加しているという都市だ。

 このような松江市をカバーするCATV事業者が、山陰ケーブルビジョンだ。

 最初に挙げた広告は、現行の「同軸インターネットサービス」を、地区ごとに「光インターネットサービス」に切り替えていくというお知らせだった。この切り替えにより、サービスメニューも変更となる。これに伴い目を引いたのが、最大10Gbpsのサービスというわけだ。

「同軸インターネットサービス」と「光インターネットサービス」の料金表

オール光化で、最大の速度で接続サービスを提供したい

 まずは、山陰ケーブルビジョン営業課長の飯塚光人氏と技術課長の井山昌視氏に、CATV網の同軸ケーブルから光ケーブルへの移行、最大10Gbpsのサービスについてお話を伺った。

――最初に、山陰ケーブルビジョンの紹介をお願いいたします。

飯塚氏:
 山陰ケーブルビジョンの設立は1984年2月で、開局は約3年後の1986年12月です。現在のサービスエリアは、島根県松江市と安来市で、約5万5000世帯の皆様にサービスをご利用いただいています。

 インターネット接続サービスを開始したのは2000年で、通信速度が最大256kbpsの定額制料金のサービスでした。いま考えると遅く感じますが、当時は64kbpsで従量制料金のISDNが接続回線の主流でしたので、定額料金でISDNよりも高速というのは魅力がある接続サービスだったと思います。

――今回、最大10Gbpsの接続サービスを提供した理由は何でしょうか?

飯塚氏:
 当社は現在、同軸ケーブルを光ケーブルに切り替える工事を進めていますが、その設備で出せる通信速度が最大10Gbpsでした。

――10Gbpsの接続サービスに対するお客さんの反応はいかがですか? また、実際に10Gbpsサービスを申し込んだ方や、すでに開通している世帯はありますか?

飯塚氏:
 すでに光サービスへの切り替えをご案内したお客様のうち、数件の方からお申し込みをいただいております。

 ただ、最大10Gbpsのサービスは、対応するルーター、LANケーブル、パソコンなどをそろえる必要があります。また、用途によっては十分なパフォーマンスを発揮しません。当面は、10Gbpsの環境を整えてでも超高速インターネットを使いたいという個人用途や、大きなファイルをやりとりする法人での用途に限られると思っています。

――他社の光接続サービスに対する優位点は?

飯塚氏:
 山陰ケーブルビジョンでは、10Gbps、1Gbps、30Mbps、3Mbpsの4つのメニューを用意しており、お客様の用途によって通信速度が選べることです。

 他社の光サービスは、1Gbpsがメインとなっており、選択肢が少ないです。山陰ケーブルビジョンはより低速のコースを設けることで、お客様の用途に応じた低料金のサービスが選択できるようにしています。

 また、1Gbpsは、放送サービスとのセットでは、月額3900円という利用料に設定しています。これは、他社の月額5000円~6000円程度の料金と比べて安くなっており、十分に競争できるサービスだと考えています。

 と言いますのも、これまで山陰ケーブルビジョンの通信速度は最大120Mbpsにとどまっていたので、他社が提供する最大1Gbpsの光サービスに切り替えたお客様も多くいらっしゃいました。そのため、山陰ケーブルビジョンが光サービスで1Gbpsが提供できることには大きな意味があります。他社のサービスに切り替えたお客様には山陰ケーブルビジョンのサービスに戻っていただきたいですね。

幹線の光化は終了し、残るは各世帯への引き込み

――今回の最大10Gbpsの接続サービスの技術面についてお伺いいたします。今まで通り「DOCSIS」規格をお使いですか?

井山氏:
 今回、山陰ケーブルビジョンは、国内で主流の最大10Gbpsの「10G-EPON」を導入しました。

 DOCSISは、HFC(Hybrid fiber coaxial:光ケーブルと同軸ケーブルで構成されたネットワーク)を用いた通信の規格です。その一方で、ケーブルテレビの設備からお客様宅まですべて光というネットワークでは「E-PON」や「G-PON」を使うのが一般的です。

 山陰ケーブルビジョンでは、2016年度から10G-EPONを採用した光幹線とセンターの設備を進めてきましたが、ようやく3月末で終わる予定です。

――ということは、現在の幹線はHFCと光ケーブルの2種類が敷設されているということですか?

井山氏:
 そうです。HFCネットワークと、光のみのネットワークと、2つのネットワークを運用しています。現在、テレビまたはインターネット用に加入者宅まで引き込んでいる同軸ケーブルを光ケーブルに切り替えている最中です。この作業は、3年間かかる見通しです。

 この移行が完了して光ケーブルに切り替わると、HFCの設備は撤去する予定です。

――最大10Gbpsのサービスとなりますとバックボーンが気になりますが、容量やネットワーク構成はどのようになっているのでしょうか?

井山氏:
 具体的な数字は申し上げられませんが、最大10Gbpsのサービスを提供していますので、それ以上の容量を確保しています。この容量は島根県内の地域ISPの中では最大のバックボーンでしょう。

 このバックボーンですが、山陰ケーブルビジョンから県内のほかのCATV事業者にも提供しています。山陰ケーブルビジョンが上位の通信事業者から大容量の専用線を契約し、これをほかのケーブルテレビ局に低コストで提供しております。

――10Gbpsの使い道として想定されることは?

井山氏:
 今の段階では、動画の視聴にとどまると思います。しかし今後、放送もIP化されていくと考えています。地デジやBSの4Kや8Kをインターネット用の回線で配信すると、大容量の通信回線が必要になります。そのときに10Gbpsが生きてくると思っています。

――本日はありがとうございました。

山陰ケーブルビジョン株式会社の社屋

10Gbpsを提供する松江市は特殊なケースなのか?

 CATVは、テレビ放送がメインのサービスのため、2018年12月から本格的に始まった4K放送・8K放送に対応するのは自然な流れだ。しかし、必要とする周波数帯域が広くなっているため、ネットワーク内に同軸ケーブルが含まれることを考慮したHFCでは無理が出てくる。

 さらにHFCによるインターネット接続サービスも、通信会社との競争において限界が訪れている。「フレッツ光」などの光回線では最大100Mbpsが主流だったころ、CATVインターネットは最大120Mbpsから最大320Mbps程度で、理論値ではCATVインターネットが上回っていた。

 ところが、「フレッツ 光ネクスト」など光回線の現在の主流は最大1Gbpsだ。そのため、最大300Mbps程度のCATVインターネットは“遅い”と思われるサービスになった。しかし、HFCではこれ以上、通信速度を上げるのは難しい。

 このようにCATVのテレビサービスも接続サービスも高度化が進み、ネットワーク内に同軸ケーブルが含まれているHFCは限界だ。そのため、CATVネットワークはHFCからオール光へ移行する必要がある。

 しかし、多くのCATV事業者はいわゆる中小企業が多く、財政は軟弱だ。そこで、総務省はCATV事業者に対して補助金を交付している。さまざまな条件があるが、補助金は事業費のうち3分の1または2分の1が交付される。山陰ケーブルビジョンでもこの補助金を活用してオール光化を行った。

 これらの補助金は「地域ケーブルテレビネットワーク整備事業」として、2013年度から交付されている。また、それとは別に、2018年度には「ケーブルテレビネットワーク光化促進事業」として補助金を交付。2019年度には「ケーブルテレビ事業者の光ケーブル化に関する緊急対策事業」として進めていく計画だ。

 こうした補助金のためか、2018年3月末時点で、CATVインターネットの全契約数の888万契約のうち、38%にあたる337万契約がすでにオール光のネットワークにつながっている(総務省の2018年7月26日付「ケーブルテレビの現状」)。これが、最大10Gbpsのネットワークなのか定かではないが、提供できる環境が整っている可能性も十分に考えられる。

 また、山陰ケーブルビジョンのように幹線の光化は終了しているが、あとは各世帯までの光ケーブルを敷設するだけという事業者もあるのだろう。

総務省の2018年7月26日付「ケーブルテレビの現状」より。CATVインターネットの全契約数の888万契約のうち、38%にあたる337万契約がすでにオール光のネットワークにつながっている(FTTH方式)

10Gbpsでは、CATV事業者と通信会社の境目がなくなりつつある

 CATVのネットワークは、そもそもテレビ放送の電波を伝送するために敷設された同軸ケーブルを使って構築されたものだ。ここで用いられたのが、同軸ケーブルで接続サービスを提供する規格である「DOCSIS(Data Over Cable Service Interface Specifications)」だ。DOCSIS 1.0は1987年にリリースされ、最大通信速度は下り40Mbps/上り10Mbpsだった。その後、幾度もバージョンアップされ、2013年には下り10Gbps/上り2.5Gbpsの「DOCSIS 3.1」がリリースされた。

 これに対して、光回線でデータ通信サービスを提供する規格が「PON(Passive Optical Network)」だ。PONは、1本の光回線を複数のユーザーが共有できるのが特徴。国内外で多くの事業者が採用しており、日本ではNTT東西のフレッツ光が「GE-PON」を採用している。この「GE」というのは、「Gigabit Ether」を表す。つまり、最大1Gbpsのイーサネットの技術を用いている。

 これまでブロードバンドサービスを提供する場合、通信会社は光回線でPON、CATV事業者はHFCでDOCSISを用いてきた。しかし、例えば山陰ケーブルビジョンは接続サービスのリニューアルにあたり、DOCSISではなく、GE-PONの上位規格の10G-EPONを採用した。これは、光のみのネットワークでは、同軸ケーブルを考慮したDOCSISを導入するメリットがないからだ。

 その一方で通信会社でも、フレッツ光回線で提供される「フレッツ・テレビ」や「ひかりTV」のように、放送やVODなどの映像コンテンツ配信サービスを手掛けるようになっている。

 これにより、提供するサービスと、そのために用いるネットワーク技術は、CATV事業者と通信会社を比べても違いがなくなってきている。どちらかというと、同軸ケーブルから光に切り替えたCATV事業者のほうが通信会社に近づいたかたちだ。

4Kや8KのIP化には、10Gbpsが必要

 通信速度は年々、向上しているのは誰もが感じているだろう。NTT東西やイー・アクセス、アッカ・ネットワークスは当初、最大1.5MbpsのADSLサービスを提供。そこにソフトバンクが最大8Mbpsで参入してきた。それからADSLは最大50Mbpsまで段階的に速度を上げた。光回線についても、NTT東西は個人向けには最大10Mbps、法人向けには最大100Mbpsでサービスの提供を開始したが、それが現在では1Gbpsにまで速度を上げている。

 そのたびに「そのような速い回線を何に使うのか?」という疑問が湧いてくる。これは永遠に続くことだろう。しかし、徐々に広がり始めている10Gbpsの接続サービスは、近い将来やってくる4Kと8Kの動画配信のために必要となってくる。

 筆者は一時期、「Amazon Prime Video」と「AbemaTV」で映画やドラマ、アニメを長時間楽しんだため、両方のサービスを合わせて1カ月間で50GBもの通信を発生させたことがあった。これらの映像は、ほとんどがフルHDだった。

 さらに今では、4Kのコンテンツも増えてきている。単純に考えると、4KはフルHDの4倍のデータ量になる。もちろん、エンコーダーの改良やコーデックのバージョンアップにより2倍程度で収まるだろう。そう考えても、50GB分のフルHDが4Kになると100GBにまで膨れあがる。

 このようなVODを使う人が少ないうちはまだいい。しかし、すでに87のCATV事業者がVODを提供しており、契約者数は144万にも上っている。さらに、YouTubeやAmazon、Netflixの4K動画が増えてくると、1Gbpsの回線を共有する現状のネットワークでは容量が足りなくなる可能性もある。そうなったとき、10Gbpsのネットワークが生きてくる。

全国に点在する、CATVによる最大10Gbpsの接続サービス

 最大10Gbpsの接続サービスを提供しているCATVを調べたところ、分かっただけでも7事業者が提供している。分かっただけでもというのは、各CATV事業者がカバーするエリアはそれぞれ地域が限られているため、積極的に外に情報を発信しないからだ。

 さらに、10Gbpsに対応するパソコン、ハブ、LANケーブルなどがそろっていないと意味がない。これらの機器は、まだ個人で購入するのは高価だ。そのため、10Gbpsサービスは“裏メニュー”のように、積極的に表に出していない事業者もある。

 そこで、10Gbpsのサービスが気になるなら、まずは地元のCATVインターネットサービスのウェブサイトを確認するといいだろう。例えば「光回線で高速インターネットを開始」などと書いてある場合、最大10Gbpsの接続サービスを提供している可能性も考えられる。

 このような最大10Gbpsのサービスの料金だが、単体の契約では、例えばCNSの場合、「CNS光10G」が月額6800円、厚木伊勢原ケーブルネットワークの「あゆネットひかり10G ホームタイプ」が月額7100円となっている。

 もちろん、積極的に10Gbpsのインターネット接続サービスをアピールしている事業者もある。ひまわりネットワークは、最大1Gbpsのインターネット接続サービス、テレビ、電話サービスがセットで月額8439円としているが、プラス1500円の月額9939円で最大10Gbpsに高速化できるとしている。

 また、利用料金には無線LANルーター(1Gbps対応)のほかに、10Gbpsに対応したスイッチングハブのレンタルも含まれている。さらに、DHCPによる割り当てのため固定ではないが、グローバルIPアドレスが10個付与される。

ひまわりネットワークは、利用料金の中に10Gbps対応のスイッチングハブのレンタル料金も含まれている

最大10Gbpsの接続サービスを提供しているCATV事業者の例

※10Gbpsサービスエリアは、ここに挙げた市区町のそれぞれ一部の地域