特集

2021年、インターネットとITは大きな転換期へ
イノベーションから規制、倫理の時代に
〜Google、Facebookへの大型訴訟が示すもの〜

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 2021年を迎えた現在、インターネットとITの世界は大きな転換期を迎えている。

 「インターネットとデジタル技術のイノベーションで世界を変える」という目標は現実のものとなったが、その結果として巨大テクノロジー企業に対する政府の規制(レギュレーション)が本格化し、企業や資本家の行動が倫理的(エシカル)であるかどうかが問われるようになったのだ。

 その象徴となる出来事が2020年に起こった。GoogleとFacebookが反トラスト法(独占禁止法)で訴えられたのである。

 2020年10月20日、米司法省はGoogleを反トラスト法違反の疑いで提訴した。さらに同年12月16日、米国10州がGoogleを反競争的行為の疑いで提訴。翌12月17日には、米国38州がGoogleを反競争的行為の疑いで提訴した。

 複数の大型訴訟により、Googleは自らのビジネスモデルの正当性を法廷で証明することを迫られている。Google側は司法省に訴えられた当日に反論するBlog記事を公開するなど闘志まんまんだが、同社の姿勢は政府とGoogleとの争いが長期化する可能性を示しているように思える。

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 一方、2020年12月9日にはFacebookに対する2件の大型訴訟が始まった。米国の46の州とグアム地区およびワシントンD.C.の各司法長官48名がFacebookを独占禁止法(反トラスト法)違反の疑いで提訴した。同じ日、米国連邦取引委員会(FTC)も同じ法律に基づく訴訟を起こしている。

 GoogleとFacebookへの風当たりは、反トラスト法に基づく大型訴訟だけでは語り尽くせない。

 例えば人権団体アムネスティインターナショナルは、2019年11月にGoogleとFacebookの広告主導型のビジネスモデルは大規模監視に基づくものであり、「両社のビジネスモデル自体が人権侵害である」と告発する報告書を公開している。GoogleとFacebookは、インターネット上の情報流通で圧倒的に有利な立場にあるが、人々が望まないやり方でその立場と能力を利用して広告収入に結びつけていると批判しているのである。

顔認識技術への批判、倫理的なAIの議論が盛んに

 GoogleとFacebookへの訴訟の背後にあるものは、「技術&経済」と「倫理&人権」の両方の領域にまたがる問題が顕在化してきていることがある。その典型例が顔認識技術の問題だ。

 米国で顔認識技術への批判の声が急激に高まっている。MITメディアラボ、ACLU(アメリカ自由人権協会)、そして国立研究所NIST(米国標準技術研究所)がそれぞれ現状の顔認識技術には人種差別や性差別のバイアスがあるとの調査結果を公表した。多くの顔認識技術は白人男性を高精度で識別できたが、黒人女性の識別では大きく成績が劣っていたのである。特にNISTの調査は189種類の顔認識ソフトウェアを対象にする大規模な調査だった。

 これらの調査により、「顔認識技術には問題がある」との米国内の世論が高まった。さらに2020年に米国各地で盛んになったBLM(Black Lives Matter)運動と相まって、「顔認識技術を禁止せよ」との世論が高まった。その背景には、人種差別や性差別のバイアスを含む顔認識技術を警察などが利用することで、結果的に黒人に不利となる誤認逮捕などが発生しかねないという懸念がある。世論を受けて、IBM、Amazon、Microsoftは顔認識技術を警察などへ提供するビジネスから撤退した。

 顔認識技術への批判の高まりは、Facebookも直撃している。写真タグ付けのため同意を得ず顔認識技術を使ったことが米国イリノイ州の法律に違反したとする集団訴訟を受けて、Facebookは2020年7月、同州のユーザーに1人あたり200〜400ドル、総額6億5000万ドル(約680億円相当)と巨額の和解金を支払うことで合意した

 以前のFacebookの機能に、投稿した写真に対して顔認識技術を適用して「知り合いかもしれない人物」のタグ付けをサジェストする機能が実装されていたことを覚えている人もいるだろう。この機能は日本のユーザーにも提供されていた。しかしある時期からこの機能は見かけなくなった。その背景には顔認識技術への批判の声があった訳である。

 Google内部の倫理的AI(人工知能)研究チームの共同リーダーだったTimnit Gebru氏が2020年12月にGoogleから事実上解雇された事件は大きく報道された。Gebru氏はエチオピアにルーツをもつ黒人女性であり、前述した顔認識技術に潜む差別問題に関する研究実績を持ち、AppleとMicrosoft Researchで勤務した経験を持つ。

 Gebru氏のような研究者を雇用していることはGoogleが倫理的AIに本気で取り組んでいることを対外的にアピールできる材料となるはずだった。ところがGebru氏は突然、解雇されてしまった。Google社内で準備を進めていた「大規模言語モデル」の危険性を指摘する論文の内容に関して上司と意見が合わなかったことが理由ではないかと見られている。

 現在「AI」と呼ばれる技術の多くは現実世界のデータを学習して作られたものだ。その現実世界のデータは、現実世界の差別が含まれており、AIにも差別は反映されている。このバイアスを取り除くことは簡単ではなく、おそらくは技術と倫理の両面で深い洞察が必要となる分野である。米国の巨大テクノロジー企業はこの課題を解決しなければ先に進めない状態になっているのだ。

イノベーションを追求する段階から、あるべき社会を議論する段階へ

 「規制(レギュレーション)が本格化」「倫理的(エシカル)な技術」という話題を聞いて抵抗感を持つ人も多いかもしれない。「自分が見聞きしている話は『イノベーションをもっと追求しよう』という論調だ」「規制はイノベーションを阻害するので良くないことだ」「技術は善悪とは中立である」「これでは中国の技術に負けてしまう」といった意見を持つ人もいるだろう。

 特に2021年を迎えようとしている日本では「もっとイノベーションを!」という論調はよく見かける。また「デジタル」という言葉もポジティブな意味で多用されている。IT分野の重要キーワードとしてDX(デジタルトランスフォーメーション、デジタル変革)という言葉もよく聞く。日本の政府は、管総理肝いりのプロジェクト「デジタル庁」を2021年内に設立すべく動いている。「日本はIT後進国だったが、これから巻き返すんだ」と意気込んでいる人もいることだろう。

 レギュレーションやエシカルという概念は、デジタル技術でイノベーションを追求する考え方そのものを否定する訳ではない。民間企業や官公庁がデジタル技術を追求することは、私たちの競争力を維持、向上する上で必要不可欠の取り組みであることは間違いない。

 ただし、世界的なトレンドとして「デジタル技術によるイノベーションを推進すれば世の中が良くなるだろう」と無邪気に信じる時期はもう終わっている。GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)というキーワードに代表される巨大IT企業は十二分に成功したが、これらの企業のやり方を放置すれば、むしろ私たちの社会を悪い方向に導く可能性があると懸念する見方が強まっているのだ。

 記事冒頭で記したように、特にGoogleとFacebookの2社への風当たりが強い。両社はインターネット上の情報流通を支配する立場にあるからだ。それだけでなく、両社は自社のライバルになりうる有力なスタートアップ企業を次々と買収してきたが、このことが新たなイノベーションを阻害しているとの見方も出ている。「Facebook以降、スタートアップが大企業に成長した事例が出てこないではないか」との論調もある。記事冒頭に記した反トラスト法訴訟では、この点について論戦が繰り広げられる可能性が高い。

 GAFAの成功とは裏腹に、米国のマクロ経済指標は改善せず、米国に住む大勢の人々は豊かさを実感できていない。Googleのビジネスモデルはメディアの再編をうながし、米国では多くの新聞社が閉鎖に追い込まれた。SNS上のフェイクニュースやヘイト言説の拡散が世論に大きな影響を与える一方、伝統的ニュースメディアは弱体化し、特に米国では地方紙が激減した。この状況を「民主主義の危機」と見る声すらある。

 巨大テクノロジー企業が引き起こしたイノベーションは、本当に世の中を良くしているのだろうか? こうした疑問点を記した書籍が日本でも登場しはじめている。例えばラナ・フォルーハー『邪悪に堕ちたGAFA』、西村𠮷雄『イノベーションは、万能ではない』がある。

経済界も「株主利益の最大化」から脱却を目指す

 デジタル技術以外の分野からも、時代の変わり目のサインが登場している。

 2019年、米国の経営者団体ビジネス・ラウンドテーブルは「ステークホルダー資本主義」を提唱した。「企業の役割は株主利益の最大化である」という考え方から脱却し、顧客、従業員、取引先、そして社会と複数のステークホルダーのために企業活動を進めようという考え方だ。この考え方は2020年1月のダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)でも取りあげられた。

 もうひとつの要注目キーワードは「グリーン」である。日本の3大メガバンクを含む世界の大手金融機関や機関投資家は、今や投資先に環境への配慮を求めるようになった。地球温暖化を推進する二酸化炭素排出量を減らす取り組みをしない企業は、今後の資金調達が難しくなる。

 自動車産業が排ガス規制や安全対策への要求に応えてきたように、GoogleやFacebookに代表される巨大テクノロジー企業も、その影響力に見合った形で社会との折り合いを付けることが求められている。反トラスト法に基づく訴訟は、その最初のステップにすぎない。訴訟は複数年にまたがることは間違いない。そして何年か先に、現在の巨大テクノロジー企業がどのような妥協を受け入れるのか。それはおそらく日本で活動する人にとっても大事な話になるだろう。

 「世界を変える」——これはシリコンバレーのスタートアップの合い言葉だった。インターネットとデジタル技術によるイノベーションは、たしかに世界を変えた。そして、成功した巨大テクノロジー企業は、世界を変えてしまった責任と向かい合う時を迎えている。