特集
「長距離無線LAN」は日本国内でも活躍していた。いったいどんな場所で使われているのか?
バッファローに聞いた ~黒部ダムにも導入事例
2025年10月1日 06:00
無線LAN(Wi-Fi)というと、オフィスや住宅、あるいは店舗や教室などの屋内で使用されることが多いかもしれないが、屋外での利用を想定し、数百m~数kmという長距離で無線LAN接続するための機器もある。そうした「長距離無線LAN」についてTP-Linkに取材した特集記事を今年6月に掲載したところ、大きな注目を集めた。ペルーやインドネシアで数kmの距離を接続する中継回線やラストワンマイルでの導入事例を紹介したのだが、日本ではこのようなネットワーク構成はなじみがなく、物珍しさもあるのだろう。
一方で、日本のネットワーク機器ベンダーからも以前より、屋外などで比較的長い距離や広い範囲をカバーするための無線LAN製品は提供されている。今回、株式会社バッファローにメールで取材し、その導入事例や製品の特徴などを聞いた。
TP-Linkの製品がもとより長距離接続の専用機として設計・提供されているものだったのに対し、今回紹介するバッファローの製品は長距離専用機というわけではない。屋外対応の無線LANアクセスポイントに、接続する距離やカバーする範囲などのニーズに応じて、オプションのアンテナを組み合わせて設置するかたちだ。屋外・長距離といっても、必要とされるシチュエーションは異なるようだ。
※以下の事例で紹介している製品やネットワーク構成は導入時点のものです。
寒暖差が大きく粉塵が舞う北海道の牧場をカバーする屋外無線LAN
北海道士幌町の農事組合法人佐々木牧場は、搾乳ロボットの導入とバイオガス発電所の設置に伴い、無線LANを導入した。従来の搾乳は乳牛50頭につき1人の人手がかかっていたが、搾乳ロボットを導入すると200頭以上の乳牛を2人で管理できるようになったという。
ネットワークは、インターネットに接続されたセンター拠点を中心に、分娩舎と自宅、公道をまたいだ牛舎とバイオガス発電所をつないでいる。
このセンター拠点には、室内にアクセスポイント「WAPS-AG300H」を設置。ここから同軸ケーブルで、電柱に設置された無指向性アンテナ「WLE-HG-NDC」をつないでいる。360度カバーできるアンテナで、約200haある佐々木牧場の全体を無線LANでカバーしている。
黒部ダム、有線LAN敷設が困難だった展望台までを無線LANで接続
富山・長野の県境付近にある黒部ダム。堤高186mを誇る日本最大のアーチ式ダムから毎秒10トンが放水されるという迫力から、毎年100万人の観光客が訪れているという。その黒部ダムに無線LANでネットワークを構築し、2016年5月から提供を開始した。
インターネット回線は扇沢駅から引き込まれており、光ケーブルでダム駅の待合とダムレストハウスまでつながっている。また、ダムレストハウスから展望台・新展望台は、無線LANで1対1でそれぞれ拠点間接続している。そのほかにも、ダムレストハウスからダムえん堤に向けて公衆Wi-Fiサービスを提供するための2本の無指向性アンテナを設置している。
このようなネットワークにアクセスポイントが計6台設置されており、いずれも「WAPM-APG300N」を採用。ダムレストハウスと展望台・新展望台は、拠点間接続に使われるアンテナ「WLE-HG-DA/AG」を設置している。
WAPM-APG300Nは、1台の機器で拠点間接続とアクセスポイントの機能をまかなえる。例えば、レストハウスに設置されているWAPM-APG300Nは、W56帯域(5.470GHz~5.725GHz)を用いて展望台への拠点間接続を行うと同時に、ダムえん堤に向けた2.4GHz帯のアクセスポイントとしても機能している。これにより、同時に100人以上が接続しても快適に利用できるようになったとしている。
キャンプ場の利用者向けに屋外で公衆Wi-Fi
岐阜県海津市の羽根谷だんだん公園キャンプ場では、キャンプエリアの利用者向けに公衆Wi-Fiを提供。アクセスポイントは「FS-M1266」1台+「WAPM-1266WDPRA」3台で1つのグループを構成しており、計3つのグループそれぞれが光回線で接続されている。また、このうち2つのグループには防犯カメラが2台ずつつながっている。
アクセスポイントのWAPM-1266WDPRAは、電柱に設置するため防塵・防水、耐環境性能、直射日光に対応しているという理由で選んだ。
山形県酒田港、岸壁に設置する“軽トラ”アクセスポイントまでを無線LANで中継
山形県港湾事務所では、酒田港のクルーズ船の乗客受け入れエリアにて無線LANでインターネット接続を提供している。
もともと酒田港は、2017年8月からモバイル回線を用いたインターネットの接続を提供していたが、通信速度が遅かったため設備の見直しを行った。
安定した通信を提供するには光回線が必要だが、クルーズ船が着岸する岸壁まで光回線を引き込むことは困難だったという。さらにクルーズ船が寄港するのは1年間で数回程度のため、コストをかけられないという課題がある。
そこで、インターネット回線は岸壁に近い倉庫まで引き込み、そこから先を無線LANで接続している。
乗客受け入れエリア側のネットワークは、倉庫側と接続するための屋外対応アクセスポイント「WAPM-1266WDPR」、アクセスポイント「WAPM-1266R」を2台、PoEに対応したスイッチ「BS-GS2008P」で構成されている。
また、倉庫から乗客受け入れエリアの間は、大型の観光バスが通るため双方の無線LAN機器は高さ3~4mの位置に設置した。特徴的なのは、乗客受け入れエリア側の機器を一式、軽トラックで運んでいること。支柱は軽トラックに固定して建てている。また、発電機を搭載し、それぞれの機器はPoEに対応しているため、電源の心配はなく素早く設置できるという。
約200m×220mに最大2万人が集まる静岡競輪場でストレスのない無線LAN接続を提供
約2万人が収容できる静岡競輪場は、以前から屋内および屋外で無線LANを整備していたが、スマートフォンの普及により通信速度の低下が発生。「つながりにくい」「有料席なのにWi-Fiが満足に使えない」などの声が寄せられたという。そのため、新たに無線LANを構築することになった。
新しいネットワークは、接続環境の向上のため5つのエリアに9回線の最大10Gbpsのインターネット回線を敷設。特に混雑するメインスタンドは、4回線に8台のアクセスポイントを接続し負荷を分散させている。
屋内のアクセスポイントは512台の同時接続が可能な「WAPM-AX8R」を採用。一方、屋外向けに設置されているのが「WAPM-1266WDPR」で、256台接続できる。最大10Gbpsのインターネット接続を生かすため、10Gbpsのスイッチングハブ「VR-U500X」と「BS-MS2008P」も導入している。
さらに、接続するアクセスポイントを自動的に切り替えるローミングもスムーズに行えるように設定されている。
静岡競輪場では、音楽フェスやグルメイベント、サッカーのパブリックビューイングなど、競輪以外のイベントも開催されている。これらのイベントでも、快適に無線LAN接続を提供しているという。
屋外対応のアクセスポイント「WAPM-1266WDPR」は高耐久
屋外に設置するアクセスポイントには、温度や湿度の変化に強い「WAPM-1266WDPR」が採用されることが多い。動作環境は、温度-25~55度、湿度10~90%、防水・防塵等級はIP55(結露しないこと)。さらに「基板フッ素コーティングをしているため、耐腐食性が必要な温泉地や塩害の影響がある海沿いなどに対応できる」(バッファロー)としている。
また、5GHz帯と2.4GHz帯にそれぞれ128台の端末が接続できるため、屋外で混雑する場所には有効だ。
今回挙げた導入事例では、羽根谷だんだん公園キャンプ場、静岡競輪場、山形県港湾事務所で採用されている。また、販売は終了しているが、同製品の前モデルである「WAPS-300WDP」は佐々木牧場が利用している。
バッファローでは、「学校では校舎と体育館をつなぐ渡り廊下のような半屋外、直射日光下での屋外設置が求められるキャンプ場、屋内に設置される案件では動作保証温度が理由になることが多い」としている。さらに「冷凍庫のような氷点下環境」にも対応するという。
公道をまたぐ際に無線LANなら簡単
佐々木牧場の導入事例では、ネットワークが公道をまたいでいる点もポイントだ。例えば、有線で公道をまたぐためには、自治体に道路占用許可を申請し、工事計画書などを提出。電柱の所有者であるNTT、電力会社、ケーブルテレビなどに申請を行い、使用料を支払う必要があり、設置には煩雑で長い期間を要する。
これに対して、もちろん用途によもよるが無線LANなら、間に公道を挟んでいても簡単に接続できる。佐々木牧場では、公道を挟んだ拠点もまとめてカバーするため、無指向性のアンテナ「WLE-HG-NDC」を採用した。
公道をまたぐ際の無線LANの導入事例としては、コクヨ株式会社の子会社である株式会社コクヨ工業滋賀のネットワークにも一部存在する。
同社の工場はオートメーションで稼働しており、生産管理などには無線LANが必要だ。しかし、オンライン会議が急増し、通信が不安定になったため、無線LANを刷新したという。通信を安定させることが要件だったため、アクセスポイントは「WAPM-1266R」を選んだ。コードレスホンなど無線LAN以外の電波も検知し、干渉しないチャンネルに切り替えることで通信が安定するというアクセスポイントだ。このWAPM-1266Rは、事務所、3棟の工場、第1倉庫に多数設置されており、有線LANで接続している。
一方、もう1つの倉庫までは公道をまたぐ必要がある。見通しがきく1対1の接続のため、その区間に指向性アンテナ「WLE-HG-DA/AG」を採用。周波数帯や方向にもよるが、指向性が55~65度に絞られているため、通信速度や安定性の向上が期待できるという。
機器の選定では「アンテナ」の選択がポイント
以上のように、広い敷地内の複数の拠点を接続する、公道をまたぐ、有線LANの敷設が困難など、さまざまなシチュエーションで使われている長距離対応の無線LAN機器は、アクセスポイントはもとより、アンテナの指向性が重要となる。
混雑する場所に設置するアクセスポイントは、広い範囲に電波が飛ばないようにデフォルトのアンテナ、見通しがきく拠点間の接続は指向性が狭いアンテナ、広く接続するためには電柱や屋根など高い場所に無指向性のアンテナ――というような選択をするのが適切だ。
指向性が狭く、最大2kmまで通信できるアンテナ「WLE-HG-DYG」や、左右の指向性が60度・90度・120度に調整でき、高い位置に設置することでスポット的に無線LAN接続が提供できる「WLE-HG-SEC」なども用意されている。
各アクセスポイントをインターネットに接続するには、LANケーブルや光ケーブル、無線LANアクセスポイントのリピーター機能(WDS)という方法がある。この中でリピーター機能はさまざまな方式があるため注意が必要だ。同じメーカーであっても互換性がない場合もあるため、同じモデルを購入するのが確実だ。
PoEも重要だろう。屋外の無線LAN機器は高い場所に設置されることが多い。その際、LANケーブルと電源ケーブルを扱うのはやっかいだ。そのため、通信と電力供給が1本のLANケーブルで行えるPoEを採用した方が設置しやすいとしている。