津波で浸水したHDDがデータ復旧するまで、日本データテクノロジーに聞く


津波で浸水したRAID機器

 現代社会はコンピュータとデータに依存しており、特に企業や自治体がデータを失うことは組織自体の存続を脅かすことにもなる。東日本大震災と、それに続く計画停電は、これらのデータの危機という一面も持っている。

 データ復旧サービス「日本データテクノロジー」(サイト名は「データ復旧.com」)を運営するOGID株式会社には実際に、今回の震災で被害を受けた企業などからハードディスクの復旧依頼が増えているという。震災によるハードディスク障害の特徴とその対策について、同社エンジニアの安藤佳晃氏と西原世栄氏に話を聞いた。

海水と泥水に浸かったハードディスクのデータ復旧依頼も

安藤佳晃氏

 安藤氏によると、震災に伴うハードディスク障害の要因として多いのは、「落下」「停電」「浸水」の3つ。

 落下や停電に関するトラブルは、震災に限らず普段でも少なくない。しかし浸水によるトラブルは、普段ならば「窓際にPCを置いていたら、急に雨が降ってきて濡れてしまった」「トイレに落としてしまった」など比較的レアなケースらしい。

 対して今回の震災では津波が甚大な被害をもたらしており、それはハードディスクの浸水トラブルも数多く引き起こしている。しかも雨やトイレの水とは異なり、塩分を含む海水や泥水に浸水するという、今までにない深刻なケースだ。

 素人目にはそんな状態のハードディスクで果たしてデータが復旧できるのか厳しいように思えるが、日本データテクノロジーでは、海水による浸水トラブルもデータ復旧サービスの対応範囲なのだという。

浸水したプラッターを取り出して6時間以上洗浄

津波で浸水したデスクトップPC。洗浄する前の状態

 海水に浸水したハードディスクを復旧するに当たっては、ハードディスクを分解して取り出したプラッターを3段階に分けて洗浄する。まずは、専用の液体を特殊な超音波洗浄機に注ぎ、数時間にわたって洗浄する。途中、何度か金属顕微鏡を使って、プラッターに塩分や傷が付いていないかをチェックする。

 金属顕微鏡のチェックを通過した後は、先ほどの液体とは別の液体で入念に洗い流す。海水の泥に含まれる油分を取り除くためだ。その後、最終段階として、その液体を取り除くために「社外秘の特殊な液体」で洗浄する。プラッターの洗浄だけで状態が悪いもので「短かくて6時間、長くて12時間以上かけています」(安藤氏)。

 プラッターの洗浄以外には、基板やヘッド、モーターなど、ハードディスクを構成するプラッター以外の部品を交換することも多い。基板は同一モデルの製品であれば同じものが使われているようにも思えるが、「製造工場が異なると基板も変わる」(安藤氏)。そのため、同一ロットの基板と交換する必要がある。日本データテクノロジーには、10年以上前に製造されたものから現在のものまで、1万種類以上の部品ストックがあり、こうした厳しい条件にも対応できるのだという。

 このようにしてハードディスクの部品をいったん分解して正常な状態にする"大手術"を経た上で、読み取れなくなったハードディスクのデータを吸い取る作業を行っている。津波で流されたハードディスクは、浸水による影響だけでなく衝撃も加わっているため、復旧の難易度は高いというが、「プラッターが錆びて変色している場合以外であれば、復旧できる可能性は高いです」と安藤氏は自信を示す。

 なお、海水に浸水したハードディスクの復旧を依頼する際には、「海水は乾かさないのが鉄則」(安藤氏)だ。海水を乾かすと塩分が残って、ハードディスクが錆びてしまうためだ。また、ハードディスクを水道水で洗うのも、乾いた際に不純物が残るため、乾かさないように湿ったタオルなどで包みジップロックなどに入れて持ち込むのが望ましいそうだ。

関東で今後、停電による論理障害に注意

西原世栄氏

 震災に伴い、関東でも起こる可能性が高いのは、停電によるトラブルだ。西原氏は「停電によるデータ障害は、論理障害がほとんど。停電によって、ファイルシステムやRAIDの整合性がとれなくなるのが主な症例です」と説明する。

 なお、論理障害は、RAIDを組んでいる場合のほうが可能性が高くなるという。パリティの整合性の問題があるほか、そもそもハードディスクの台数が増える分、障害の可能性が増えるということだ。

 復旧が困難なケースとして、RAID 5を構成する4台のハードディスクのパーティション情報がすべて壊れてしまう場合もあり、そうなると単体のハードディスクのパーティションテーブルとはまた違う知識が必要になってくるという。単体のハードディスクであれば、どのファイルシステムでも管理情報が点在しているので、経験とノウハウによりそれらを探し出してパーティションのサイズなどの情報を得られるのだそうだ。

 停電によるデータトラブルへの対策としては、事前にUPSを導入することや、会社の規模によっては発電機を導入しておくことだという。「ただし、UPSに慣れていない人の場合、バッテリーに頼って動かしっぱなしにしてしまうケースもあります。UPSからシャットダウンのコマンドを発行して正常にシャットダウンするものとして使ってください」(西原氏)。

 停電対策に限らない話だが、バックアップも重要だ。「いちばん安全なのは、RAID 1でミラーリングして、そこから定期的にバックアップを取る、オーソドックスな方法ですね」(西原氏)。

 なお、ハードディスク動作中の停電による障害は論理障害がほとんどだが、まれに物理障害になるケースもあるという。最近のハードディスクドライブは、通電中に落下や停電を受けると、それを感知してヘッドを安全な位置に退避してくれるようになっている。この方式を採用していないモデルでは、プラッター上にヘッドがある状態で停止し、ヘッドの変形やプラッターの傷につながることもあるのだそうだ。「ここ数年のモデルのハードディスクであれば、この勝手に退避する方式を採用しているものがほとんどです。心配であれば買い替えるのもいいでしょう」(安藤氏)。

震災後、相談や依頼が通常の1.5~2倍に

 日本データテクノロジーのもとには震災以来、データ復旧に関する相談や依頼が急増している。持ち込まれている数が通常の1.5~2倍だという。こうした問い合わせに対応するために、「東日本大震災・計画(輪番)停電によるデータトラブル専用ダイヤル」を用意し、無料相談を受け付けている。

 「震災直後の早い段階から、岩手や宮城、福島などから1度に20件お願いしたい、などという相談が相次いでいます」(安藤氏)。東北の支社での障害について東京本社から連絡を受けるケースもあるそうだ。震災の影響で物流が不安定なことから、郵送ではなく持ち込みでの復旧依頼が増えているという話だ。「今後、物流が回復すれば、さらに増えるかもしれません。当社は1日200台以上復旧できる設備を備えておりますのでご安心ください。」(西原氏)。

 「普段はやっていませんが、いざとなれば出張復旧もしたいという気持ちがあります。ただ、東北に出張して復旧するより、東京にある専用の機器で復旧する方が最終的には手元に早くデータを納品することができますからね。」と、安藤氏と西原氏は口をそろえて言う。

 「現在は法人の需要が中心ですが、これから生活が復旧してくると、個人のPCから思い出のデータなどを救出したいという要望も出てくると思います。何年も撮り溜めてきた画像や動画データなど、かけがえのないデータもあるでしょう。今はそれどころではないかもしれませんが、必要となったら、諦めずにご相談頂ければと思います。東日本大震災で、被災された方に心よりお見舞いを申し上げます。一刻も早い、被災者の救援、生活支援、被災地の復興を祈念し、私たちの出来るデータ復旧というサービスで、被災された方の全力でお手伝いをさせていただきたいと思っています」。


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(高橋 正和)

2011/4/8 06:00