海の向こうの“セキュリティ”
AIによってサイバー攻撃は本当に「高度化」したのか?
2026年9月8日 06:00
AIの普及に伴い、「サイバー攻撃はAIによって高度化した」との言説を耳にすることが増えました。確かに、AIを使うことで何らかの「効率化」は行われていると思われますが、果たして本当に「高度化」したと言えるのでしょうか?
そのような疑問に対する完全な回答ではないですが、答えの1つを示す報告書が、7月9日に米国のセキュリティ企業GuidePoint Securityから公開されました。これは同社のGuidePoint Research and Intelligence Team(GRIT)による「Q2 2026 Ransomware and Cyber Threat Insights Report(2026年第2四半期ランサムウェアおよびサイバー脅威に関する洞察レポート)」で、その主な調査結果として以下の5点がプレスリリースで紹介されています。
- ランサムウェアの被害者数は増加の一途。2026年第2四半期には、ランサムウェアの被害者数が2279と報告され、2026年第1四半期比で7%、2025年第2四半期比で43%増加した。この四半期中、週ごとの被害者報告件数は150件を下回ることはなかった。
- 活動中の脅威グループの数が過去最高を記録。GRITは2026年第2四半期に91のランサムウェアグループが活動していることを確認した。これは観測期間全体を通して最多の数であり、活動範囲は108カ国に及んでいる。
- 主要な攻撃主体が引き続き活動を支配。最も活発な5つのグループが、記録された全攻撃の40%以上を占めた。Qilinは依然として最も活発なグループであり、The Gentlemenは急速に2位に浮上し、DragonForceは初めて3番目に活発なグループとなった。
- AIは脅威アクターの生産性向上ツールとして台頭中。GRITの観測によると、脅威アクターはAIを基盤とした壊滅的な攻撃の波を引き起こすというよりは、大規模言語モデル(LLM)を用いて、流出データを分析し、身代金交渉を個別化し、心理的な圧力をかけている。
- 製造業は依然として最も大きな影響を受けている業界。2026年第2四半期に報告されたランサムウェア被害者のうち、製造業が約15%を占めた。製造業はGRITの分析において、数年にわたってトップの座を維持している。
ここで注目すべきは4点目です。今回はこの点をピックアップして紹介します。
まず、報告書では「AI is an Enabler, but Not How You Would Think(AIは“実現可能にする存在”ではあるが、一般的に考えられている使い方とは異なる)」との見出しをつけたうえで以下のように説明しています。
脅威アクターによるAI利用の話題は、自律的に行動するAI(エージェンティックAI)やディープフェイクによる生体認証の突破、その他の全く新しい脅威の台頭に焦点が当てられがちである。しかし、2026年に入ってからのGRITの観測では、むしろ従来の攻撃者のTTP(Tactics:戦術、Techniques:技術、Procedures:手順)に対して、AIを用いた控えめかつ段階的な改善が加えられている傾向が示されている。(中略)我々の予測では、2026年には攻撃者の能力を増幅させると考えられるユースケースが増加する可能性が高いものの、金銭目的のサイバー犯罪エコシステムにおいて、真に斬新かつ特に洗練された戦術が用いられるケースは依然として限定的だとしている。
そのうえで、脅威アクターによるLLMの用途として、以下の2つがあることを繰り返し確認しているとしています。
- 流出データを処理し、交渉における立場を強固にするための分析ツールとしてのLLMの導入
- 心理的圧力を生み出すための「もっともらしさ(plausibility)」を生成するエンジンとしてのLLMの導入
このような用途の事例として、前者についてはデータ恐喝グループ「FulcrumSec」を、後者についてはRaaS(Ransomware-as-a-Service)グループ「DragonForce」を紹介しています。
まず、FulcrumSecは、被害者の極めて複雑なデータベースを侵害すると、そのデータに対してLLMを使って、複数のデータベース間でユーザーの識別情報を紐づけるための分析を行ったことを、身代金の交渉時に被害者側に具体的かつ正確に示すことで、交渉を有利に進めます。また、実際の交渉ではLLMが生成した文章を使います。こうしてFulcrumSecは「我々は何を入手したかを把握しており、それがこれだ。そして、この金額を身代金として設定した理由はここにある」との明瞭かつ正確なメッセージを伝えることで、強固な交渉スタンスを確立します。
FulcrumSecがLLMを使ってデータを処理して武器化するのに対し、DragonForceは本来なら持ち合わせていない能力を必要とするような「もっともらしい圧力」を作り出すのにLLMを使っています。具体的には、「法務顧問を抱えている」と主張し、被害者に対して「データ漏えいに伴う報告義務や法的リスクについてDragonForceは熟知している」と示唆することで、心理的圧力をかけます。ただの犯罪組織でしかないDragonForceが国際的なデータ規制に精通した弁護士を抱えているなどというのは、荒唐無稽な話にしか聞こえませんが、その「弁護士」がLLMによって作り出されたものだとすれば、話は別です。犯罪活動において、主張が真実かどうかは重要ではなく、重要なのはそれが「もっともらしく聞こえるか」どうかだけであり、LLMが得意とすることの1つは、多種多様な主張をもっともらしく聞こえるように仕立てることだからです。
このように攻撃者グループがAI/LLMを身代金の交渉を有利に進めるためのツールとして使っている状況を踏まえ、報告書では防御側の対策として、サイバーセキュリティ保険への加入や法務顧問の確保、そして自社の環境内に存在するデータについての理解を深めることが、これまで以上に求められているとしています。そのうえで、以下のようにまとめています。
交渉は訓練を受けた専門家が担当すべきである。脅威グループにはある程度予測可能な行動パターンがあるとはいえ、個々の実行者は犯罪者であり、予測不能な行動をとることで被害組織に甚大な結果をもたらす恐れがある。有能な専門家を関与させることで、組織は脅威アクターの「プレイブック(戦略・手順)」や現在の行動様式を明確に把握でき、単なる「はったり(bluff)」と「現実味のある脅威(credible threats)」を見極めることが可能になる。また、報告義務や法的な影響を理解するうえでも、専門的な法務顧問の存在は不可欠である。こうした要素を全て適切に調整・連携させるためには、成熟した最新のものに更新されたインシデント対応計画が役立つ。
GuidePointはセキュリティ企業なので上記のようにまとめていますが、犯罪者との交渉はそれ自体がリスクを伴うものであることに注意が必要です。また、そのような交渉を外部の専門家に委ねる、または協力を依頼することには、その専門家の信頼性をどのように確認するのかなど、さらなる懸念事項があります。交渉をするか否か、また、交渉するなら、その交渉を外部の専門家に委ねるか否かについては慎重に判断する必要があり、基本方針はあらかじめ決めておくべきです。
今回のGuidePointによる報告書は、脅威グループが自ら公開している情報を含む、さまざまな情報源に基づいていますが、実際に起きた攻撃の全てを網羅しているわけではないことが明記されています。また、被害者とされる当事者によって検証されたものでもありません。この点についてGuidePointは「本報告書のデータは全体的な傾向を把握するうえでは有用だが、情報の性質にばらつきのあるソースに基づいている点を考慮して評価する必要がある」としています。つまり、脅威アクターによるAIの使用方法についても、あくまで今回の調査で観測された範囲のものでしかないことに注意が必要です。それでも、実際に観測・確認できたものを紹介しており、「AIをそのような用途で使っている脅威アクターが少なくとも実在している」ことを示している点は重要です。
そのうえで、報告書で紹介されている事例を見ると、AIによってサイバー攻撃が(広い意味で言えば)高度化していると言えなくもありません。しかし、一般的に「高度化」という表現でイメージされる攻撃の技術や手法の高度化ではないので、本稿の冒頭でも述べたように既存の手法の「効率化」と言った方が、少なくとも報告書で紹介されている事例については正確でしょう。
いずれにせよ、AIが使われていようがいまいが、サイバー攻撃が起き続けていることだけは確かです。今回の報告書にもあるように、これまでにも指摘されてきた「備え」としての対策を改めてしっかり行うことが大事です。
- GuidePoint Security(2026年7月9日)
Ransomware Victims Rise 43% as AI Becomes a Productivity Tool for Threat Actors, GuidePoint Security Finds - https://www.guidepointsecurity.com/newsroom/ransomware-victims-rise-43-as-ai-becomes-a-productivity-tool-for-threat-actors-guidepoint-security-finds/
- GuidePoint Security(2026年7月9日)
GRIT Q2 2026 Ransomware & Cyber Threat Insights Report - https://www.guidepointsecurity.com/resources/GRIT-Q2-2026-Ransomware-Cyber-Threat-Insights-Report/
