第238回:リビングでも主役を狙うアップル
iTunesと連携したネットワークプレーヤー「Apple TV」



 アップルの「Apple TV」がついに発売された。iPodによって携帯音楽プレーヤーで覇者となった同社がリビングへの進出を目論む新しい製品だ。果たしてApple TVはリビングの主役になれるのだろうか?





「Apple TV」というジャンルを確立できるか

Apple TV

 パソコンと「Mac」という対比が印象的なテレビCMからもわかる通り、アップルという会社は自社の製品をそのジャンルの代名詞にしてしまうのが上手な、もしくはそうしようとする努力を惜しまない企業だ。

 最大の成功例とも言えるiPodが良い例だろう。iPodは今や携帯音楽プレーヤーの代名詞として一般の利用者に認知され、幅広く普及している。極端な話、「携帯音楽プレーヤー」と言ってもピンと来ないが、「iPod」と言えばどんな機器のことを言っているのかがわかる、という人さえいるだろう。

 そんな同社が次の市場として選んだのがリビングだ。各部屋に液晶テレビが設置されるような時代を考えると、Apple TVは必ずしもリビングだけをターゲットした製品ではなく、むしろリビングと自ら場所を限定しない方が良いとさえ個人的には感じるが、同社によればApple TVは「リビングで使うもうひとつのiPod」というコンセプトの商品、とのことだ。

 リビングという場所は、古くから多くのメーカーが目指し、そしてその多くが挫折していった魅惑の場所だ。特にPCの世界では「いつかはリビング」という考えが根強くあるようで、ここ最近でもHDMIによる接続が可能なリビングPCの登場、USENのギャオプラス、テレビ側からのアプローチとしてのアクトビラなどと、「リビング熱」は下火になるどころかむしろ拡大しつつある。

 この過酷な競争の中で台風の目となりそうなのが、今回の「Apple TV」だ。製品名だけ聞くとレコーダーのようなイメージを持つかもしれないが、基本的にはメディアプレーヤー、それもiTunesのメディアプレーヤーという位置付けの製品だ。ネットワーク経由でiTunesのコンテンツを再生し、家庭用のテレビで見ることができる。

 おそらくアップルはiPodでの成功と同じように、リビングにおいても「Apple TV」をそのジャンルの代名詞にしてしまおうと画策しているのだろう。





「コンポーネント-D端子」ケーブルでの接続も確認

 今回は早速Apple TVの実機をお借りすることができたので、実際に利用してみた。まずは接続だが、テレビとの接続にはHDMIかコンポーネントを利用する。

 ワールドワイドの展開を行なう製品だと考えればそれも納得できるが、HDMIはまだしも、コンポーネントに対応したテレビというのは国内では少ない。実際、筆者宅のリビングにあるテレビもD端子しか装備しない古いブラウン管だ。今後を考えれば確かにHDMIが手軽で便利だが、国内事情を考えるとD端子、もしくはコンポジットでの接続もサポートして欲しかった。

 というわけで今回は少々変則的な接続を試してみた。おそらくメーカーのサポート外となるが、家電量販店でコンポーネント-D端子のケーブルを購入して端子で接続。結果は問題なく接続可能で、さらにAVアンプを経由した液晶ディスプレイでの接続も可能だった。


コンポーネントをD端子に変化して接続してみたが問題なく利用できた。また、AVアンプ経由でも問題なく利用可能だった

 もちろん、すべてのケースで問題ないとは言い切れないが、古いテレビでどうしてもApple TVを使ってみたいという場合は試してみる価値はあるだろう。





無線LANは手動設定

 続いて無線LANの接続だ。今回はAirmac Extremeを利用したが、市販の無線LANルータでも問題なく利用可能だ。試しにバッファローのドラフト11n対応ルータ「WZR-AMPG144NH」に接続してみたところ、問題なくネットワークに接続し、利用できた。


AirMac Extreme(上)とApple TV(下)。AirMac Extremeなど、ドラフト11n対応のアクセスポイントを利用すれば同期や映像再生なども快適に行なえる

 Apple TVはIEEE 802.11a/b/gでの接続も可能だが、H.264などの映像を再生する場合は最低でも10Mbps、できればコンスタントに20Mbpsの帯域は欲しい。そのためにもドラフト11n、もしくは有線LANやPLCなどでの接続を推奨したいところだ。

 実際の接続方法は非常にオーソドックスだ。Apple TVの設定画面でネットワーク設定を選択すると、近くのアクセスポイントのSSIDが自動的に検索される。その後、スクリーンキーボードを利用して暗号化キーを入力すれば接続完了だ。速度を確認することはできないため、実際にどれくらいの速度でリンクされているかは不明だが、同社によると規格上は144Mbpsでのリンクが可能となっているとのことだ。


無線LANの設定は手動。自動的に検出されたアクセスポイントのSSIDを選択後、暗号キーをスクリーンキーボードから入力する

 無線LAN、特に5GHz帯に関しては、周波数帯の拡張といった規格変更が近い狭間のタイミングであり、機能的にはいくぶん中途半端な印象を受ける。もう少し発売が後なら、Wi-FiアライアンスのWPSにも対応できただろうし、5GHz帯も拡張した帯域をサポートできたはずだ。また、無線LANの周波数幅が2倍になる40MHz幅の拡張も迫っている。H.264の6~8Mbps前後の映像を再生できるだけで良いなら現状の仕様でも問題ないが、個人的にはもう少し待ってからの方がよかったような気がしてならない。せめてWindows対応という面で考えれば、WPSくらいはサポートした方がよかったのではないか。





HDDへの同期でネットワークだけに頼らない

 物理的な接続が完了したらPCとの接続を行なう。今回はWindows XP搭載機とMacBookの2台のPCを用意し、Windows XP側と同期させてみた。

 接続設定は非常に簡単だ。Apple TVのメニューから「ソース」を選び、同期の設定を開始する。すると画面上に5桁のパスコードが表示され、同時にPC側のiTunesにApple TVがデバイスとして認識される。PC側でデバイスをクリックし、表示された5桁のパスコードを入力すれば認証が完了しデータの同期が開始される。DLNA対応機器などでも、PCと端末を接続する際に認証を行なうが、これがパスコードになっただけで操作感はほぼ同じだ。


同期やストリーミング時の接続は大きく2ステップの作業が必要。Apple TV側で同期設定を開始後、画面上に表示されたパスコードをメモ。PC側でiTunesを起動し、メモしたパスコードを入力すれば、同期が開始される

 コンテンツの容量(40GB以上の場合は選択可能)によっては同期に若干時間がかかるが、同期されてしまえば快適だ。音楽や映像、写真(Macの場合はiPhotoの画像、Windowsの場合はマイピクチャ)などをApple TVに内蔵したローカルHDDから再生できる。無線LANの場合は同期に時間がかかる可能性もあるので、場合によっては初回の同期だけでも有線で行なった方がスムーズかもしれない。

 実際に使ってみて感心したのは、やはりHDDが搭載されているメリットだ。たとえばDLNA対応機器などの場合、テレビにつながれた端末側でコンテンツを見たいと思っても、肝心のサーバー側が起動していないとコンテンツにアクセスできない。Apple TVでも同期させることなく、ストリーミング形式でコンテンツを再生することはできるが、同期したコンテンツであればPC側の状態に関係なく再生できる。


同期が完了すればiPodと同じような感覚で利用可能。音楽やムービーなど、HDDに保存されたコンテンツを手軽に再生できる。PCの状態に関係なく再生できるのは便利だ

 PC側のコンテンツが更新された場合、たとえばPC側で購読しているPodcastが更新された場合でも、それが自動的に検知され、Apple TVへの同期が開始される。このため、手間なく常に最新のコンテンツに保つことができる。もちろん、ストリーミングでの再生もできるため、同期されていないコンテンツ(たとえば最新5本のビデオを同期させる設定をしたときのそれ以外のビデオ)も手軽に再生可能だ。


 なお、更新方法は選択可能となっており、たとえば映像は最新の5本のみ同期させる、特定のプレイリストだけ同期させるなどといったことも可能だ。使い方にもよるが、おそらくすべてのコンテンツを同期させるというのは現実的とは言えないため、プレイリストなどをうまく活用して必要なデータだけを同期させるようにすると良いだろう。


同期の設定はiTunes側で行なう。ムービーなど容量の大きいものは最新5個など、一部のコンテンツのみを同期できる。もちろん、同期していないコンテンツもストリーミングにより再生可能だ




PCで録画したテレビ番組も再生可能

 Apple TVがiTunesのプレーヤーであることを考えると、おそらくApple TVで再生するコンテンツは音楽になりそうだが、個人的にはリビングで、しかもテレビで音楽を聴くというスタイルはどうも違和感を感じてしまう。音楽は個人的な趣味のものだが、それをほかの家族がいるリビングで聞くというのはどうもなじめないのだ。

 これに対して、写真の再生はなかなか快適だ。最近のデジカメはテレビへ出力するケーブルが同梱されているものも多く、PCの写真をテレビで見たいというニーズは少なからずあることを考えると、この用途に使うだけでも価値はありそうだ。DLNA機器などもそうだが、音楽と写真の再生は別々の機能として提供するのではなく、統合して新しい楽しみ方を提案して欲しい。


Windowsの場合はピクチャ、Macの場合はiPhotoのデータをスライドショー形式で表示できる。BGMも再生されるため、多人数で写真を見るといった使い方に適している

 映像に関しては、iTunes Storeで購入したミュージックビデオなどを再生できるが、画質や音質は文句なく高いものの、正直なところあまり魅力的なコンテンツは存在しなかった。

 筆者は取材などでSANYOのXactiを愛用しているので、手持ちの映像(MPEG-4)をiTunesに登録してみたところ、問題なく再生できた。MPEG-4の場合、コーデックの問題などで単純に再生できない場合もあるが、MPEG-4系のビデオカメラを利用している場合は便利そうだ。


Xactiで撮影したMPEG-4動画、さらにはPCで録画したテレビ番組をiPod用に変換したデータも問題なく再生できた

 続いて、アイ・オー・データ機器のUSB接続のテレビチューナーユニット「GV-MVP/TZ」という製品を利用して、録画したテレビ番組の再生にも挑戦してみた。もちろん、録画したデータは通常MPEG-2となるため、そのままではApple TVで再生できない。しかし、「GV-MVP/TZ」には「GVエンコーダ」と呼ばれるソフトウェアが付属しており、これを利用することで録画した映像を録画完了後に自動的に変換できる。


映像フォーマットにさえ気をつければ、ビデオカメラやテレビキャプチャユニットなどさまざまなデバイスの映像を再生可能。Xacti、GV-MVP/TZのMPEG-4映像の再生を確認できた

 この機能を利用してiPod向けのMPEG-4にファイルを変換してみたところ、問題なくApple TVから再生することができた。さすがにiPod向けの映像となるため、サイズが小さく、画質も荒いが、再生はスムーズで快適だ。

 ただし、実用的かというと決してそうではない。リビングのテレビで録画した番組を見たいなら、テレビに直結されているHDDレコーダを使えばいい。また、自分の部屋で使うならPCで録画した番組をそのまま再生すれば済む話だ。

 変換などの手間を考えると、録画した番組の再生というのはあまりニーズはなさそうだ。変換に手間がかかるが(Quick Time PROなどを利用)、自分で撮影したビデオカメラの映像などをテレビで見るという使い方が適していると思われる。





Appleはリビングへ進出できるか?

 実際にApple TVを使ってみたが、HDDを搭載していることで利便性は高いと感じた。個人的にはDLNA機器と対比してみたくなるが、PC(サーバー)を起動しておかないと使い物にならないDLNAに対して、HDDへの同期で単体でも利用できるApplet TVのアドバンテージは確かに高い。

 また、DLNA対応機器はその高い汎用性がメリットであると同時にデメリットでもあり、機器によって再生できないコンテンツがあるが、Apple TVはあくまでもiTunesのプレーヤーというクローズドな環境であるため、自由度は低いが互換性などのトラブルも発生しにくい。これは特に初心者層のユーザーに使ってもらうために重要なポイントだ。ネットワークプレーヤーと言うとわかりにくいが、iTunesのプレーヤーと考えればソリューションとしてもわかりやすい。

 しかしながら、Apple TVがリビングの覇者になれるかどうかは不確定な部分も多い。特に初心者層に使ってもらうならば、テレビへの接続は良いとして、無線LANの接続はもう少し簡易化する工夫が必要だ。ユーザーインターフェイスも非常にレスポンスが良く、きびきびとした操作感が好印象だが、コンテンツが多くなると一覧性が悪く、見たいコンテンツを探しにくい。プレイリストを活用するというiTunesやiPodの使い方を踏襲しないと使いにくいと感じてしまうこともありそうだ。

 個人的には、冒頭でも触れたように必ずしもリビングにこだわる必要はないのではないかと考える。そもそもiTunesのコンテンツは家族で共有するような種類のものではなく、完全に個人の趣味の領域のものだ。これをテレビというデバイスで楽しむというソリューションはアリだが、リビングという場所にこだわる必要はないだろう。どちらかと言えば、自分の部屋に設置した20インチ前後の液晶テレビにApple TVをつないで音楽や映像を楽しむ、というシーンの方がよほど想像しやすい。

 リビングへの挑戦もいいが、個人的にはApple TVによる新しいライフスタイルというものをぜひ提案して欲しいところだ。


関連情報

2007/3/27 11:00


清水 理史
製品レビューなど幅広く執筆しているが、実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあり、Windowsのネットワーク全般が得意ジャンル。最新刊「できるWindows 8.1/7 XPパソコンからの乗り換え&データ移行」ほか多数の著書がある。