イベントレポート

香港エレクトロニクス・フェア

トレードショーの「先」を目指す香港エレクトロニクス・フェアのスタートアップ施策

 世界最大規模の出展社数や来場者数を誇り、日本からも多数の「バイヤー」が自社商品の仕入や開発のために訪れるトレードショー。そのため展示品は「すぐに販売できる」段階のものが多く、最新の技術やトレンドを見るために訪れる場所ではないためメディアの関心も薄い。これが香港エレクトロニクス・フェアに対する現状でのイメージだろう。

 こうしたバイヤー向けイベントとのブランドを踏まえた上で、近年になって香港貿易発展局(HKTDC)が力を入れているのがスタートアップ施策だ。

 会場にはスタートアップ専用エリア「スタートアップゾーン」を設け、100を超えるスタートアップが自社のサービスや製品を展示。さらにスタートアップを対象としたプレゼンテーションイベント、交流イベントなどさまざまな施策も用意している。

香港エレクトロニクス・フェアのスタートアップゾーン

 スタートアップとしての条件は下記に詳しいが、設立から3年未満、自ら考案または設計した技術や製品、直前の香港エレクトロニクス・フェアに出展していない、といった、より「スタートアップ」である企業が優先されるルール。2016年に開始して3年目を迎えた今回は120近いスタートアップがスタートアップゾーンに出展している。

HKTDCのシニア/マネージャーを務めるByron Lee氏(右)とスタートアップゾーンを担当するMaggie Cheung氏(左)

安価な出展費用はスタートアップにとって大きな魅力

 筆者は元々インプレスで記者として働いており、国内や海外などいくつもの展示会を取材してきた。また、この数年はハードウェア・スタートアップに勤務している関係から、国内外の展示会に対して出展側の立場として関わっている。

 こうした経験を踏まえた上でこのスタートアップゾーンを見ると、まだ始まったばかりではあるもののとても興味深い施策だと感じた。

 スタートアップゾーンの魅力の1つは、非常に直球な理由だが出展費用のリーズナブルさだ。スタートアップゾーンの出展費用はテーブルと背景のポスターを含み1小間833USドル、日本円で約9万円程度と非常に安価に設定されている。

 一般的な展示会の1小間金額は数十万前半が一般的な価格で、HKエレクトロニクス・フェアも通常のブースは4万香港ドル、日本円で55万円程度の費用が必要だ。通常ブースに比べると面積は少ないとはいえ、国際的なイベントに出展できる金額としては破格といっていい。展示ブースについても、ビジネスを立ち上げたばかりのスタートアップであれば十分な面積だ。

スタートアップゾーンのブース。テーブル1つと背面パネルが1セット

 別記事でも紹介した通り、会場が見やすいレイアウトになっているのも隠れた魅力。大規模な展示会において、スタートアップゾーンのような小さなブースはメイン会場から離れたところにあったり、会場の構成から見過ごしやすい場所に設置されていることも多いが、会場内が歩きやすいように配慮された香港エレクトロニクス・フェアは「うっかり見逃してしまった」ということが少ないレイアウトだと感じた。

 日本のスタートアップにとっては渡航費や滞在費が抑えられるのも大きい。エレクトロニクス系の展示会ではこれら費用が最も高額と思われるCESの場合、飛行機は10万円以上、宿泊費も1泊数万円が当たり前という世界だが、香港ならLCCを使えば往復で数万円程度、宿泊費も1万円台で十分いいホテルに泊まれる。

 イベントの質が違うので費用だけで比較できるわけではないのだが、コストを抑えることも重要なミッションであるスタートアップにとって、この金額の差は重要なポイントだ。

スタートアップにとって貴重な「メディアへのリーチ」もフォロー

 メディア出身者の視点からは、HKTDCが開催するプレスツアーの存在も大きい。今回筆者が参加したプレスツアーは、香港エレクトロニクス・フェア開催のたびに世界各国からメディアを招待して開催されているため、香港エレクトロニクス・フェアに出展することで、世界のメディアに対してリーチするチャンスを得ることができるからだ。

 スタートアップにとって展示会に出展する目的は、自社の製品を仕入れてくれるバイヤーや投資してくれるVCとの出会いといった金銭的な面と、自社製品を国内や海外へ紹介してくれるメディアと出会うPR的な面という、大きく2つの要素がある。

 前者については自社ブースを設けて活動していればある程度リーチできるが、メディアへのリーチはそうたやすいものではない。

 同じ言語でやりとりでき、どの媒体が有名でどの媒体が自社のジャンルに合っているか、ということが把握しやすい国内であればまだしも、海外イベントで言葉や文化も異なり、どのメディアが有名なのかさっぱりわからない、という他国のメディアへリーチするのは非常に困難を極める。

 その点において、香港エレクトロニクス・フェアであれば、各国での有力メディアへのリーチをある程度見込めるという点は、スタートアップから見ればとても貴重な機会と言える。

 といってもプレスツアーの取材内容は完全に自由になっているため、すべてのメディアがスタートアップを取材するというわけではないのだが、スタートアップゾーンは会場入り口という好立地であることに加え、スタートアップゾーンで行われる「Media Pitch Day」はHKTDCの推薦イベントとなっていたこともあり、多数の海外メディアが参加していた。

Media Pitch Dayは多数のメディアが参加

現状の参加企業は香港が中心ながら世界各国のスタートアップを幅広く募集

 Media Pitch Dayの概要は別記事を参照して欲しいが、ハードウェアのイメージが強い香港エレクトロニクス・フェアにおいて、Webサービスやソリューション、IoTなど多種多様なスタートアップがプレゼンテーションしていた。いずれの企業も革新的とは言えないが、着実にビジネスモデルを構築して事業を展開している点も興味深い。

 こうした香港のスタートアップを支えるのが「Cyberport」の存在だ。Cyberportは香港政府と香港企業が設立した、企業のオフィスやショッピングモール、居住施設などを含む巨大施設。

 スタートアップ育成にも力を入れており、スタートアップ向けのオフィス提供に加えて起業やビジネス展開のための支援も受けられる。現在は約1400の企業がCyberportのコミュニティに参加しているという。スタートアップゾーンに出展したスタートアップもその多くがCyberport出身だった。

スタートアップゾーンにブースを構えていたCyberport
Cyberportの概要

 なお、Media Pitch Dayの登壇はすべて香港企業だったが、スタートアップゾーンには香港以外にも世界各国の企業が出展していた。

 また、Media Pitch Dayも香港企業という参加条件はなく、むしろ香港以外の企業にも広く参加して欲しい、というのがHKTDCのスタンスだ。グローバル展開を意識しているスタートアップも多く出展しており、海外のメディアが集まるスタートアップゾーンは格好のPRの場とも言えるだろう。

安価な価格でメディアのリーチが得られるスタートアップにとって絶好の機会

 大企業と比べるとさほどコストをかけられないスタートアップに取って、出展費用が低価格というのは非常に直接的ながら強力なメリットだ。また、日本からの渡航費や宿泊費が抑えられるというのも嬉しい。

 そして何よりメディアへのリーチをある程度約束されるというのは、知名度が低くPRが重要視されるスタートアップにとって大きな価値だ。海外の展示会でブースを出すだけでメディアに取り上げてもらえることはまれだが、香港エレクトロニクス・フェアならメディアへのアプローチもフォローしてくれる。

 世界各国からバイヤーや記者が訪れ、出展コストも低く、メディアへのリーチも支援してくれるという点で、特に日本のスタートアップにとってはコストパフォーマンスの高い展示会、というのが筆者の感想だ。

 とはいえ、CESやMWC、IFAといったイベントに比べればまだまだメディアの注目度は高いとは言えないのが現状。

 また、海外メディアの取材内容はメディア任せで、出展したからといって必ずリーチできるわけではない。筆者の個人的な感想ではあるが、プレスツアー参加のメディアは「記事の内容はメディアに任せるが、Media Pitch Dayについては原則として参加」としたほうがスタートアップにとって魅力も高まるのではないだろうか。

 残念ながら日本からの参加企業は非常に少ないが、これは鶏と卵のような関係性もあるだろう。取材する立場からすれば海外の大規模イベントに比べて香港エレクトロニクス・フェアはまだまだ弱い、というのが実情だが、香港エレクトロニクス・フェアが取材の価値ありとなればメディアも増え、メディアが多数参加するならスタートアップだけでなく多くの企業が出展するという好循環が期待できる。

スタートアップ分野に関わる者の1人として、香港エレクトロニクス・フェアのスタートアップに対する取り組みは今後も大いに期待したい。