イベントレポート

デジタルアーカイブフェス2024

アニメ制作会社の「中間生産物」をいかにしてアーカイブし、未来に活用するか――トリガーの舛本和也氏が講演

広がるデジタルアーカイブ、そこから生まれる価値とその連鎖<中編>

 8月26日にオンラインで開催された「デジタルアーカイブフェス2024~活用最前線!~」(主催:国立国会図書館・内閣府知的財産戦略推進事務局)では、直木賞作家の永井紗耶子氏による基調講演、デジタルアーカイブジャパン・アワードの表彰、さらにはデジタルアーカイブを利用した実例の紹介が行われた。その中から本記事では、第II部で行われた2つの講演の模様をお伝えする。

首里城デジタル復元プロジェクト:技術と共創の未来

 東京工業大学の川上玲准教授が「みんなの首里城デジタル復元プロジェクト」について講演を行った。そのなかでは、首里城の火災をきっかけに始まったこのプロジェクトが、どのようにして文化遺産の継承と共創を実現しようとしているのか、その背景や技術的な詳細について語った。

 2019年10月31日、沖縄県の象徴である首里城が火災により大部分を失った。川上氏は、この出来事がプロジェクトを始める契機となったという。当時、文化財のデジタル保存に関する国際会議に出席していて、首里城の火災のニュースを受けて強いショックを受けたと振り返る。しかし、その悲しみのなかで、川上氏はデジタル技術を活用して首里城を復元できるのではないかと考えた。

 首里城の復元にあたり、川上氏は「みんなの首里城デジタル復元プロジェクト」を立ち上げた。このプロジェクトは、一般の人々から提供された写真を使って、首里城の3次元モデルを作成するものである。多くの写真から特徴点を抽出し、それらを組み合わせることで、立体的な構造を復元するアルゴリズムが用いられている。この技術は、2次元の画像から3次元の形状を推定するものであり、多くのカメラ位置や写真の角度から得られるデータを統合することによって、精度の高い復元が可能になるという。

画像のみからの3次元モデリング(発表資料より)

 プロジェクトの初期段階では、限られたメンバーと技術者だけで進められていたが、SNS上での拡散により、急速に注目を集めることになった。川上氏は、この予期せぬ広がりがプロジェクトを一層推進させる力となったという。首里城の復元に対する社会的な関心の高さを感じ、プロジェクトがより多くの人々を巻き込む形で発展していったと語る。

 川上氏は、単に建物を復元するだけでなく、その場所に対する人々の思い出や感情もデジタルアーカイブの一部として保存することの重要性も強調した。写真に付随するメタデータ、つまり撮影者の背景やその時の感情、思い出などを収集することで、単なる物理的な復元を超えた「感情の復元」を目指しているという。これは、首里城が単なる歴史的建造物ではなく、多くの人々にとって特別な思い出の場所であるという事実を反映している。

 プロジェクトは日本国内だけでなく、海外からも多くの関心を集めた。特に台湾からは、沖縄に対する親近感や関心が高く、多くのデータが提供されたという。また、プロジェクトが進むにつれ、Google Arts & Cultureとの連携も進み、首里城に関するコンテンツが広く一般に公開されるようになった。これにより、首里城のデジタル復元は、単なる技術的な試みを超えて、国際的な文化交流の一環として位置付けられるようになった。

 今後もこのプロジェクトを通じて、首里城の記憶を未来に伝えていくとともに、文化遺産のデジタル復元が持つ可能性を広げていきたいと語った。特に、首里城の復元が完了したあとも、集められたデータや3次元モデルは、教育や観光、さらには研究の分野で活用され続ける予定だという。

アニメ制作の裏側を守る:中間生産物のアーカイブ化

 株式会社トリガーの舛本和也氏は、アニメ制作における「中間生産物」のアーカイブについて講演を行った。アニメ制作の過程で生まれる膨大な紙素材やデータをいかにして保存し、未来に活用するかについて、その意義や課題を語った。

 まず、アニメ制作の基本的な工程とその中で発生する中間生産物について説明した。アニメ制作は大きく「プリプロダクション」「プロダクション」「ポストプロダクション」の3つの工程に分けられる。プリプロダクションでは、作品の企画やシナリオ、設定資料、絵コンテなどが作成される。プロダクション工程では、アニメーターによる絵作りが行われ、キャラクターや背景の原画が描かれ、色がつけられ、最終的に撮影部署で映像化される。ポストプロダクションでは、編集や音響作業が行われ、完成した映像が納品される。

 中間生産物とは、この一連の工程で生み出される紙素材やデータを指す。特に、アニメーターが手描きで制作する原画やレイアウト、動画などがこれに該当する。舛本氏は、これらの中間生産物が、アニメ制作において非常に重要な役割を果たしていることを強調した。

制作工程で生産されるもの(発表資料より)

 アニメ制作において発生する紙素材は膨大な量になるという。例えば、1クール(12~13話)のアニメーションを制作する際には、約720kgもの紙が使用されるという。これらの紙素材は、アニメ制作が完了すると通常は廃棄される運命にあるが、トリガーではこの貴重な資料を保存するための取り組みを進めている。

 保存にはさまざまな課題がある。まず、紙素材そのものの劣化が問題であり、特にセロハンテープなどで貼り合わせた部分が時間とともに劣化することが指摘された。また、保存に伴うスペースやコストの問題も無視できない。さらに、制作工程において使用される“カット袋”と呼ばれる封筒に記録されたデータの目次化が必要であり、これもまた大きな作業負担となっている。

 舛本氏は、紙素材の保存が難しいなかで、デジタルアーカイブが重要な役割を果たすと語った。素材の劣化を防ぐだけでなく、後輩アニメーターや研究者にとって貴重な資料としての価値を持たせることができる。

 また、デジタル化された素材は、社内での教育や新人育成に活用されている。過去の作品の素材を基に、若手アニメーターが先輩たちの技術を学ぶことができる環境を整えているという。舛本氏は、特にアニメーターが若いころに描いた絵は、その時点でしか再現できない貴重なものであり、それを後世に伝えることの意義を強調した。

 しかしながら、アニメ制作会社が自らの判断で中間生産物を永久保存することには限界がある。制作会社は通常、クライアントからの依頼でアニメを制作しており、中間生産物の所有権もクライアントにあるため、保存や利用にはクライアントの許可が必要となる。また、物理的な保存スペースやコストの問題から、多くの制作会社では中間生産物を一定期間保存したのち、廃棄しているのが現状だ。

 舛本氏も、長期的に見て中間生産物を全て保存することは難しいと認識しているが、アニメ制作のノウハウや技術を次世代に伝えるために、できる限りのアーカイブ活動を続けていく方針である。特に、オリジナル作品の制作において蓄積された技術やノウハウを保存し、それを後世に伝えることが重要だと述べた。

 舛本氏はまた、アニメ制作の中間生産物が文化的な価値を持つ可能性についても言及した。日本のアニメは、世界的にも高い評価を受けており、その制作過程で生まれた中間生産物も、今後の研究や展示で重要な役割を果たすと考えられる。例えば、過去にトリガーが制作した作品「リトルウィッチアカデミア」の素材は、国立情報学研究所に提供され、多くの大学や研究機関で研究素材として利用されている。