イベントレポート

デジタルアーカイブフェス2024

直木賞作家・永井紗耶子氏、デジタルアーカイブ活用の執筆プロセスを語る

広がるデジタルアーカイブ そこから生まれる価値とその連鎖<前編>

「デジタルアーカイブフェス2024」で対談する、デジタルアーカイブ推進に関する検討会座長/国立情報学研究所名誉教授・高野明彦(左)と、作家・永井紗耶子氏(右)(YouTubeの「JAPAN SEARCH公式チャンネル」で公開されている動画より)

 「デジタルアーカイブフェス2024~活用最前線!~」(主催:国立国会図書館・内閣府知的財産戦略推進事務局)が8月27日、オンラインで開催された。

 開会にあたり主催者は、開催の意図として、改めてデジタルアーカイブの重要性を強調した。社会の知的・文化的資源を未来へ伝えるとともに、教育・観光・防災など多様な分野での活用が期待されているという。こうしたことを背景に、政府は、デジタルアーカイブの構築と利活用を推進するため、「ジャパンサーチ」を公開し、各分野の連携を促進している。

 本年の「デジタルアーカイブフェス」では、直木賞作家の永井紗耶子氏による基調講演、デジタルアーカイブジャパン・アワードの表彰、さらにはデジタルアーカイブを利用した実例の紹介が行われた。その中から本記事ではまず、基調講演など第I部の模様をお伝えする。なお、中心的な話題となるジャパンサーチの現状については、別記事でも詳しく紹介する。

直木賞作家・永井紗耶子氏、デジタルアーカイブ活用の執筆プロセスを語る

 直木賞作家の永井紗耶子氏が「デジタルアーカイブと創造する」と題する基調講演を行った。永井氏は、自身の歴史・時代小説の執筆においてデジタルアーカイブをどのように活用しているかを具体的に説明し、その重要性について語った。

 永井氏は、執筆に必要な歴史的資料を探すために国立国会図書館などに頻繁に足を運び、一日がかりで資料を探すことが常だったと語る。たった一行の情報を得るために何時間も費やし、資料の申請やコピー手続きに苦労した経験を振り返った。特に、地方の図書館にしかない貴重な地元史の資料を取り寄せるのに時間がかかり、さらに一次資料を直接閲覧するためには現地に赴く必要があったという。

 しかし、デジタルアーカイブの登場により、永井氏の執筆プロセスは大きく変わったという。自身の作品「商う狼―江戸商人 杉本茂十郎―」の執筆において、登場人物の調査にデジタルアーカイブを活用したと語った。歴史上の実在人物であっても、あまり知られてなく、資料も少ない。しかし、デジタルアーカイブを利用することで、人物像を再構築し、作品に深みを与えることができたという。

 また、彼女はデジタルアーカイブの利便性を活用し、遠方の資料をオンラインで閲覧できるようになったことにも言及した。例えば、コロナ禍で静岡県の歴史資料を調べる必要があった際、現地に行けなくてもデジタルアーカイブを使って必要な情報を特定し、限られた範囲の資料だけを取り寄せることができたと述べた。このように、時間と労力を大幅に節約できることが、デジタルアーカイブの大きな利点であると強調した。

 そのうえで、永井氏は、デジタルアーカイブの使用によって、歴史資料へのアクセスが飛躍的に向上し、これにより得られるインスピレーションも豊かになったと述べる。作品「大奥づとめ」の執筆においても、歌舞伎役者の「粂三郎」という実在人物のキャラクター構築にデジタルアーカイブを活用した。この人物が演じた役柄や、その演じ方、時代背景を詳細に調べることで、永井氏は作品により深いリアリティを持たせることができたと語る。

 特に、「粂三郎」が演じた役やその衣装の違いなどの視覚的な情報を通じて、キャラクターの個性を具体的に描き出すことができたという。また、デジタルアーカイブを使って時代背景や文化的な細部を調査することで、登場人物がどのようにその時代に影響を受けたのかを理解し、それを作品に反映させることができた。

 永井氏は、デジタルアーカイブが今後さらに進化し、作家や研究者にとってますます重要なツールになると語っている。ジャパンサーチを利用することで、さまざまな資料を一括で検索できるようになり、執筆のための情報収集が格段に効率化され、それほど有名ではない人物や事件をテーマにした作品を執筆する際には、デジタルアーカイブが不可欠な存在となっているという。さらに、デジタルアーカイブを利用することで、作品の背景やキャラクターの描写にリアリティを持たせることができるだけでなく、新たな発見や創造の可能性が広がると述べた。そして、「デジタルアーカイブは、私たち作家にとって、創造の源であると同時に、歴史を再発見し、新たな物語を紡ぎ出すための強力なツールである」と結んだ。

 デジタルアーカイブの活用によって、歴史的事実を忠実に再現しつつ、フィクションの世界を広げることができるという永井氏の言葉は、多くの作家や研究者にとって貴重な示唆となるだろう。デジタル技術の進化がもたらす新たな可能性に期待しつつ、こうした執筆の背景を知ると、彼女の今後の作品にもより注目したくなる。

デジタルアーカイブは、多くの人々がより深く文化や歴史に触れる機会を提供する――対談:永井紗耶子氏×国立情報学研究所名誉教授・高野明彦氏

 作家の永井紗耶子氏と国立情報学研究所名誉教授の高野明彦氏による対談では、デジタルアーカイブの活用が創作活動や歴史研究にどのような影響を与えるかについて意見を交わし、現代におけるデジタル技術と文化の融合について掘り下げた。

 まず、永井氏は基調講演でも述べているように、時代小説の執筆にデジタルアーカイブを利用しているが、その利便性の一方で、検索キーワードに依存することのマイナスの面も指摘している。具体的には、キーワード検索に頼るあまり、視野が狭まり、偶然の発見が減少する可能性があるという点だ。それでも、そこに至るまでにはさまざまな思考を繰り返していることによって、思いもかけない情報に出会うこともあるという。さらに、デジタルアーカイブを使用しつつも、現地での調査や直感的な探索を続けることによって、新たなアイデアや予想外の発見を得る楽しさも強調している。

 高野氏は、デジタルアーカイブが持つ潜在的な力について言及した。ジャパンサーチやその他のデジタルアーカイブプラットフォームが、資料の一元化と検索の利便性を提供する一方で、利用者がどのようにそれを活用するかにより大きな違いが生じると述べた。そのうえで、デジタルアーカイブが創作活動において重要な役割を果たすことを期待しているが、その成功は、利用者がどれだけ創造的に資料を活用できるかにかかっていると語った。

 さらに議論はデジタルアーカイブが社会に与える影響にも及んだ。高野氏は、ヨーロッパでのプロジェクト「ヨーロピアナ」を例に挙げ、デジタルアーカイブがタイムマシンのような役割を果たし、利用者が過去の出来事や文化に「戻る」ことを可能にするツールとして発展していると指摘した。

 デジタルアーカイブがどのように文化の共有と進化に寄与するかについての議論において、高野氏は、デジタルアーカイブがもたらす知識の共有が、専門家や研究者だけでなく、一般の人々にも新たな視点を提供し得る点を指摘した。また、デジタルアーカイブが提供する情報が、時には偶然の発見や思いがけない知識の融合を生み出すことがあり、そのプロセスが新しいアイデアやイノベーションをもたらす可能性を示唆した。

 それについて、永井氏もまた、デジタルアーカイブが創作活動において果たす役割について肯定的に語った。デジタルアーカイブが提供する膨大な情報の中から、自分にとって重要な情報を見つけ出す過程が、創作のインスピレーションを刺激し、新たな物語を生み出す源になると述べた。

 今後、デジタルアーカイブがさらに発展し、多くの人々がより深く文化や歴史に触れる機会を提供することが期待される。同時に、デジタルアーカイブを通じて得られる情報をどのように活用し、新しい物語や研究に結びつけていくかが、これからの創作活動や学問の発展において重要な課題となるだろう。

デジタルアーカイブの先端的な6つの取り組み――「デジタルアーカイブジャパン・アワード2024」表彰

 デジタルアーカイブジャパン・アワードは、デジタルアーカイブの拡充や利活用に積極的に取り組んでいる機関・団体・個人を評価することを主旨とした賞である。基準としては「オープン化の推進」「つなぎ役としての貢献」「利活用の推進」「地域情報の発信」「人材育成」の観点から選考されたとしている。これらは、現在のデジタルアーカイブの先端的な取り組みを知るためにも有効である。

1)関西大学/関西大学デジタルアーカイブ

https://www.iiif.ku-orcas.kansai-u.ac.jp

 「研究リソースのオープン化」のコンセプトの下、大学図書館ならびに研究者が所蔵する幅広い資料が収録されている。資料の画像は全てパブリックドメインであることが明記されており、詳細なメタデータの付与やIIIF(International Image Interoperability Framework:トリプルアイエフ)への対応と併せて利活用の幅を広げている。さらにはデジタルアーカイブアセスメントツールに基づく自己評価結果の公表を行うなど、資料の公開手段としての位置づけにとどまらず、信頼されるデジタルアーカイブに向けた取組が多数行われている点が評価された。

2)東京大学デジタルアーカイブズ構築事業/東京大学デジタルアーカイブポータル

https://da.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/portal/

 大学内のつなぎ役として、大小さまざまな組織におけるデジタル化やデータ連携の支援に継続的に取り組み、100を超えるコレクションの一元的な検索・利用を実現している。

 また、ポータルサイトでは、多様な学術資料群を一望できるだけでなく、分かりやすい二次利用条件の表示、データ出力等の機能を通じて資料の利活用を促すなど、他のデジタルアーカイブが参考にできる取組や工夫を多く行っている点が評価された。

3)国立歴史民俗博物館・東京大学地震研究所・京都大学古地震研究会/みんなで翻刻

https://honkoku.org

 歴史資料を対象とした文字起こし(翻刻)を、多数の人々の協力によって行うためのプラットフォームとして広く利用されている。専門家だけでなく市民が参加し、学び合いながら広範な知識が集積されるコミュニティが形成されているデジタルアーカイブを活用したシチズンサイエンスの一つの在り方を示している点が評価された。

4)福井県文書館・福井県立図書館・福井県ふるさと文学館/デジタルアーカイブ福井

https://www.library-archives.pref.fukui.lg.jp/archive/

 福井県文書館・福井県立図書館・福井県ふるさと文学館の3館を中心に、県内の自治体・学校を含む12機関の所蔵資料を公開しており、地域のつなぎ役としての取組を継続して行っている。また、二次利用を意識したアーカイブ構築、文化庁長官裁定制度を利用した経緯等のレポート公表、「学校向けアーカイブズガイド」等の学校教育における活用促進など、他機関が参考にできる活動を数多く行っている点が評価された。

5)栃木県/とちぎデジタルミュージアム"SHUGYOKU"(珠玉)

https://www.digitalmuseum.pref.tochigi.lg.jp

 栃木県内の文化資源を広く収集・構築・活用する全域での取組であり、県にまつわるさまざまな分野の資料をデジタルアーカイブとして公開している。また、県の魅力発信にも意欲的で、ユーザーが現地を訪れてみたいと思わせるデザインや仕掛けになっている。県がつなぎ役となって、所蔵者や分野を問わず地域の文化資源のアーカイブを進めている点、地域・観光振興にデジタルアーカイブが活用されている点が評価された。

6)国立映画アーカイブ

https://www.nfaj.go.jp

 媒体がアナログからデジタルへと急速に移り変わっていくなかで、映画をはじめとする映像や関連資料のアーカイブをコンテンツの権利者と調整しながら推進している。また、フィルムの保存・復元に関する技術の継承や人材の育成にも大きく貢献するなど、映像アーカイブの中心的存在としての精力的な活動が評価された。