iNTERNET magazine Reboot

Pickup from「iNTERNET magazine Reboot」その2

IT関係者必見! 村井純教授インタビュー全文公開 “30年かけた準備が終わり、これからが本番”

 先週は“ジョン・マルコフ”氏のインタビューを紹介したが、今週は日本の勇、村井純教授だ。村井教授は日本のインターネットの父であり、その言動はインターネットの技術だけでなくビジネスさらには文化面でも支柱であり、全インターネット関係者必見だと確信する。インプレスグループ25周年企画なので、INTERNET Watch読者に雑誌6ページ記事の全文を公開したい。(聞き手は小生)


村井純教授

 日本のインターネット開拓者として、多くの技術発展や規格策定、制度改正に尽力し、思想面でも多大な影響を及ぼしてきた村井純教授。1994年の本誌創刊号ではインターネットがもたらす広大な可能性を語り、2005年5月号では「インターネットの完成度は20%程度」と語っていた。インターネット商用化からの23年を振り返りながら、エポックメイキングな技術、グローバル化と国家への影響、ハイパージャイアントの存在、そして日本の未来について聞いた。

30年かけた準備が終わり、いよいよ使い始める段階へ

Q:村井さんには、1994年の創刊号インタビューでインターネットの将来について語っていただきました。23年を振り返って、現在のインターネットをどうご覧になっていますか。

 あらためて振り返ると、ぼくらは、「すべてのコンピューターがつながっているようになる」、「すべての人がコミュニケーションやメディアとしてインターネットを使うようになる」というビジョンをもって活動してきました。

 そのためには、何台のコンピューターをつなげるのか、コンピューターサイエンスをやっている学部の数か、でも他の学部も使うかもしれない、いや企業もつながるだろう、それはコンピューター関連の企業か、なんて議論を1980年代からしてきました。結局、世界中のコンピューターが全部つながると想定したわけです。地球上のコンピューティングリソースをすべてつなげるとどんな処理ができるのか、どんなサービスができるのかという発想でやってきて、すべて実現できたわけではないけれど、ねらっていたことの見通しはついてきました。

 ただし、これは準備であって目的ではありません。本当にやりたかったのは分散処理で、WIDEプロジェクト[*1]もそのための環境を実現することが目的でした。だから、ようやく広域で大規模な分散環境ができたというのが実感です。インターネットは“すのこ”のようなもので、人間が届かなかったものに届くようにするのがインフラとしてのコンピューターの役割だと思っています。

Q:村井さんにとって、これまでは分散処理をやるための準備段階でしかなかったと。

 そういうことになります。1984年のJUNET[*2]、1988年のWIDEプロジェクトから数えると、準備だけで30年かかりました。本当はネットワークなんてやりたくはなかったけど、分散処理をやるにはコンピューターどうしをつなげないと始まらないから。

 だから、この雑誌のタイトルに「リブート」と付いているのは、まさに今の状況を表していて、ぼくも同意です。いろいろ開発して、テストして、完成させて、さあ本番だというときにシステムを立ち上げ直す。まさにそんな感覚です。

 ただ、その目標にしていた分散処理は、本当の意味で始まっているとは言えません。たとえば、自動車の自律走行では、交差点に入る瞬間にセンサーから取得したデータを瞬時に処理しなければならないけど、いちいちサーバーとやり取りしていたら間に合わない。その周辺にある機器どうしが連携して処理する必要があります。一方、あそこですべて分析したら正しい答えが返ってくるといった、蓄積された知識による処理というものもあります。こういった環境をつくることが次の目標ですが、いろいろ組み合わせて混在させられるようになっていて、すごく楽しい状況ですよ。

これまでで重要だった技術は無線とバッテリー=モバイル

Q:村井さんにとって、この23年間でもっとも重要な技術とは何ですか。

 やはり無線ですね。そしてバッテリー。つまり、モバイルです。

 それまでのネットワークは、ケーブルでつながっていることが常識でした。それがなくなり、モバイルを前提に考えられるようになったことが、インターネットで一番大きな変化だったと思います。スマホがまさにその象徴ですが、その鍵になったのが無線と電池です。

 大学で学生全員にノートPCを使わせるようにしたとき、バッテリーはありましたが、無線LANはまだでした。すべての教室の机にイーサネット用のコネクターを付けさせて、それがかっこいいとさえ思っていましたから。今の教室ではケーブルなんて目にしませんよね。

 もちろん、WWWやHTMLも重要な発明で、インターネットの普及に大きく貢献しました。しかし、インターネットを本当の意味で誰でもアクセスできるものにした最大のブレークスルーは無線であり、モバイルだと思います。

Q:無線のインターネット利用に関しては、単に技術だけの話ではなく、法改正も必要でしたよね。

 無線技術をインターネットのために使うには、いろいろな扉を開いたり壁を乗り越えたりする必要がありました。当時の日本では、2.4GHz帯の無線LANが使えなかったですから。IEEE 802.11が出てきたとき、日本で使えるのは1チャンネルだけ。無線LAN機器をもち込んで違法になるようではダメだということで、急いで当時の郵政省(現総務省)にルールを変えてもらい、14チャンネル使えるようになりました。

 そのとき、「たいして遠くに飛ばない無線をなぜ国際的に合わせる必要があるのか。日本独自のルールでも問題ないだろう」なんてことを言われました。デバイス市場がグローバルに展開されて、みんなが同じものを使うという状況が想像できなかったのでしょうね。

 インターネットがなければ、部屋の中だけしか飛ばないような民生機器の無線周波数をそろえる理由なんてどこにもなかったし、世界共通のデバイス市場が生まれるなんて夢にも思わなかったわけです。それを1つひとつ説得するのは大変でしたが、今やその努力は不要で当たり前のものになりました。これもリブートと言えるのかもしれません。

予想以上だった国の関与とプライバシーへの関心

Q:創刊号のインタビューでは、将来予想も語られていましたが、今を眺めて、その予想や期待と大きく違ったことはありますか。

 そのうち国が関与してくるだろうとは当時から思っていましたが、インターネットがインフラ化して誰でも使えるものにもなった今、やはり国家安全やサイバー戦争などは、とても深刻な問題だと思います。インターネットは、国家安全の人たちや警察だけでなく、犯罪者やテロリストにも広がったわけです。そうした社会の基盤となったとき、国が関与してくるのはある意味当然ですが、予想以上でした。

 もう1つは、プライバシーです。パーソナルデータの活用のように、無限の可能性がありつつも、個人に属していたり、知財に絡んでいたりする情報に対して、人々の関心が急激に高まったことです。

Q:村井さんは創刊号のインタビューで、「プライバシー問題は出てくるし、技術の進歩とともに葛藤は起こる。プライバシーをさらすことは、そのメリットとデメリットで判断されるだろう」ともおっしゃっていました。

 言い方を変えると、広まるのが想像以上に速かったということです。心臓のペースメーカーの話で言えば、以前は高価だったものが、あっという間に安価になり、腕時計型で心電図や血圧まで測れるようなデバイスを、誰もが使えるようになった。さらに、無線だから四六時中着けていられる。一般層に広がったことで、コンセンサスの対象も急速に広がったわけです。

 このようにデジタルテクノロジーのスケールメリットで、高度な機能をもったデバイスが信じられないほど安価になり、すさまじい広がり方をするというのは、正直読み切れませんでした。

 逆に今は、10億円する技術も5年後には30円になるかもしれないということを念頭に置いて研究するように、と学生には話しています。

注目すべきインターネットの貢献はグローバル規模での底上げ

Q:現状を見ていて、インターネットがグローバルな情報流通やビジネスを可能にしたおかげで、国家や民族間の摩擦を生み出すなど、ナショナリズムにも影響を与えた気がします。フラットになったことで経済的な競争が起きて貧富の差が開いてしまい、それに対する反発が生まれる、といったことについてはどうお考えですか。

 貧富の差が増大したという話には、ぼくはあんまり同意できません。貧富の差が生まれるかどうかは経済システムの問題で、大切なのはデジタルデバイドが解消されて、すべての人が経済、健康、教育の恩恵を享受できること。それが前提の社会であれば、貧富の差は大したことではなくなると思います。

 2012年に国連で、インターネットへのアクセスは人権の1つだという議論が出ました。まさにそのとおりで、みんながインターネットにアクセスできれば、教育が受けられて、経済に参加できて、健康の恩恵にあずかれる。インターネットにアクセスできると、みんな良くなる。経済的に下位の層が一定以上の力を発揮できるようになれば、富がどこまでいくかはわからないけど、少なくとも貧の度合いは軽くなって、不満もなくなり、ひいては戦争も起こらなくなると思います。

 ただ、そうなると国民や思想をコントロールしたいと考えている政治家や権力者は、インターネットを制限したり壁をつくったりします。でも、これはうまくいかないでしょう。なぜなら、経済という物差しで見たら、絶対にグローバルなインターネットに参加しないといけないわけですから。

Q:ナショナリズムや国との関係という点では、2016年10月にIANA[*3]機能の監督権限が米国政府からコミュニティーへと移管されましたね。

 あれは、ずっとやらなきゃと思っていたことで、あのタイミングで移管できて本当に良かったですよ。もし、トランプ政権だったら、アメリカファーストと言われて、ご破算にされていたかもしれません。実際、共和党の政治家には、インターネットは米国のものだと主張する者もいましたからね。滑り込めたのは本当に奇跡的で、ヴィント・サーフらとインターネット越しに乾杯をしました。

 IANAが移管されたことで、意識は変わるでしょう。やはり、米国に根があったときは、不満に思う人がいましたから。たとえば、現在13か所あるルートサーバーのうち、米国以外ではスウェーデン、オランダ、日本の3か国だけです。以前は、どうしてアジアは日本にだけあって自分たちの国にはないんだ、といつもアジアの諸国に言われていました。

グーグルもフェイスブックも長くは続かない
新しいプレイヤーが次々と出てくる

グーグルやアマゾンもいずれ過去の存在となる

Q:市場競争の観点では、グーグルやアマゾン、フェイスブックといった、インターネットのおかげで生まれたグローバルなハイパージャイアントに富が集中してしまい、それに対する反発があるのではないかと。

 EUはまさにそう。グーグルが嫌いだとか、アップルに税金を課すとかね。でも、はっきり言って、そう長続きするわけないだろうと思っています。

 モバイル広告の売り上げの7割が集中しているといっても、大したことないですよ。OSがウィンドウズになっただけで、マイクロソフトがすべてもっていく、ウェブブラウザーはすべてIEになる、とみんなが思っていたわけでしょう。今もマイクロソフトはあるけど、昔とは違うものですよね。グーグルやフェイスブックに代わる新しいプレイヤーが次々に出てきて、「昔グーグルってあったよね」って懐かしむときが来ますよ。

これからの注目は3次元位置情報とリアルタイムの自律分散処理

Q:これから先、10~20年ぐらいのスパンで考えたとき、村井さんにとって重要になる技術やテーマは何ですか。

 1つは、3次元空間の位置情報です。飛行機や自動車、ドローンなど、今までになかったものが、これから3次元空間に広がっていきますよね。2次元は地球全体でカバーできたけど、高さの精度は低いので、そのための技術が必要になります。

 それから分散処理。実は全然できてないのがこれなんです。さっき自律走行と交差点の話をしましたが、たとえばこの部屋にはノートPCやスマホなど、コンピューターが10台くらいありますよね。でも、インターネットにはつながっていても、自律的にお互いにつながって一緒に処理することはありません。この10台で並列処理をしたらすごい性能だけど、今はそれができない。

 ただ、その種になりそうな技術は出てきています。たとえばWebRTC[*4]を使えば、ウェブブラウザーの横に穴を開けて、P2Pのようにお互いが連携して並列処理できます。

 同じ分散処理でも、分散ストレージはすごく発展しましたが、加えて、局所的に処理できるようになれば、処理待ちのストレスがなくなって、できることも大きく変わってきます。自律走行や自律ロボットが、自らの知性で動けるようになる。それが普通に使えるようになることが、未来図だと思いますね。

日本人はネットが苦手なんてことはない
得意なところだけ見て伸ばせばいい

日本企業に必要なのは“掛け算”、インターネットで組織の壁を越える

Q:日本のインターネット通信環境は、村井さんのおかげもあって世界に先んじていたのに、サービスやビジネスになるとなかなかうまくいかない。その点についてはどうお考えですか。

 悲観的だと思いますが、たしかに利活用しようと言った途端につまずきます。今後どうするかですが、リブートということは、行き渡ったわけですよね。行き渡ったということは、いろいろな縦割りのセグメントを横につなぐ「デサイロ(de silo)」[*5]が可能になります。これはビジネスで言えば、産業の6次化のような話です。単純なことをやっていては負けてしまうので、やはり何か新しいものを生み出したい。それには掛け算が必要になります。

 ポイントはどうやって横どうしをつなぐかですが、それができないのはインターネット使ってないからですよ。でも、これからは使わずにいられない時代がやってきます。帳票システムや顧客管理システムに限らず、みんなのビジネスがインターネットの上に乗ることが当たり前になる。コストもおそろしく低くなっている。新しいことをやるために、サイロ間の障壁を越えて掛け算でつながることのハードルは、すごく下がっています。

日本人の弱点は強みになる、得意な領域を伸ばすことだけ考える

Q:私が一番お聞きしたかったのは、日本のインターネット事情の弱点は、文化や日本人の気質に由来するのか、単に習慣の問題で、上の世代のリテラシー不足やデジタル対応の遅れなのかということです。

 ぼくは、そんなことはまったく気にしていません。いいところを伸ばせばいいだけ。日本人のどんな特徴を活かせるか、それだけを考えていればいいんですよ。

 日本の強みは、市場や消費者のうるささや厳しさなど、要求の高さとそれによる品質の高さです。東日本大震災の原発事故の際はおどろきましたが、あの日まで電気というのはいつでも使えるのが当たり前だと信じていたし、電車だって遅れないものと思っているし、そういうサービスの品質に慣れています。これはネガティブにとらえられることもありますが、すべてのサービスがインターネットに乗る時代に、そんな日本人がつくるサービスの質は高いはずです。

 たとえば医療のように、品質と信頼性が必要な領域のサービスは、日本人が得意な気がします。インターネットが広がったからこそ、日本人にしかできない領域というのが必ず出てきます。

 ネガティブなことを心配して、いろいろ悩むよりは、得意な領域を極めればいいんです。

Q:ありがとうございました。

構成=仲里 淳
写真=渡 徳博

[*1]……WIDEプロジェクト:複数大学をまたいで結成されたインターネットに関する研究・運用プロジェクト

[*2]……JUNET:電話回線を用いて日本の学術組織を中心に構成された研究用ネットワーク

[*3]……IANA:DNSルートゾーン運営に関する管理、IPアドレスなどの番号資源、プロトコルパラメーターなどの重要資源の管理機能。2016年9月までは、ICANNが米国政府の委託を受ける形で運営していたが、同年10月にマルチステークホルダーで構成されるコミュニティーに移管された

[*4]……WebRTC:ウェブブラウザー間でプラグインなしにボイス/ビデオチャット、ファイル共有などのリアルタイムコミュニケーションを可能にする技術

[*5]……デサイロ(de silo):組織の縦割り構造による情報共有の断絶や孤立を「サイロ化」と表現するが、それを脱して既成の概念を壊すということ

村井 純(むらい じゅん)

慶應義塾大学環境情報学部教授。工学博士。1984年、国内のインターネットの祖となった日本の大学間ネットワーク「JUNET」を設立。1988年、インターネットに関する研究プロジェクト「WIDEプロジェクト」を設立。内閣官房高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部)有識者本部員、社団法人情報処理学会フェロー。その他、各省庁委員会の主査や委員などを多数務め、国際学会などでも活動する。日本人で初めてIEEE Internet Awardを受賞。ISOC(インターネットソサエティ)の選ぶPostel Awardを受賞し、2013年には「インターネットの殿堂」入りを果たす。「日本のインターネットの父」「インターネットサムライ」として知られる。

聞き手:井芹 昌信(いせり まさのぶ)

株式会社インプレスR&D 代表取締役社長。株式会社インプレスホールディングス主幹。1994年創刊のインターネット情報誌『iNTERNET magazine』や1996年創刊の電子メール新聞『INTERNET Watch』の初代編集長を務める。