iNTERNET magazine Reboot

Pickup from「iNTERNET magazine Reboot」その3

全文公開第2弾、アスキー総研の遠藤諭氏「マストドンと分散型サービスへの回帰」

米国プラットフォーマーによる独占から日本を解放せよ

先週の、「iNTERNET magazine Reboot」からPickupした村井教授インタビューの全文公開は、SNSなどでたいへん大きな反響をいただいた。ならばと、今週は角川アスキー総合研究所主席研究員の遠藤諭さんの記事を全文公開しよう。遠藤さんは元月刊アスキー編集長として知られるが、マストドンの日本での火付け役でもある。キーワードは「分散」。村井教授のインタビューにも出てくるこの言葉、新世紀を作り出す大きなトレンドだ。(インターネットマガジン創刊編集長/インプレスR&D代表取締役・井芹 昌信)

ネットは集中し過ぎた
そこにある日マストドンが落ちてきた

 2017年4月10日付のASCII.JPの「プログラミング+」というコーナーに、私は「Twitterのライバル? 実は、新しい「マストドン」(Mastodon)とは!」という記事を書いた[*1]

 会社で席の近い『MITテクノロジーレビュー』のN編集長に、「これ知ってますか?」と言われて調べてみると、なにやら楽しそうなツールが海外サイトで紹介されていて、24歳だという開発者自身が運営する「mastodon.social」はパンク状態で新規登録できない状況だった。

 それで、私もそのまま「これ知っていますか?」というような調子で、その内容や使い方を中心に記事を書いたのだった。もっとも、そのときの会話でN編集長が「結局、コンピューターの世界は集中と分散を繰り返して商売をしてきたのですよね」と言ったのに対して、私は「コンピューターの歴史という視点では、おおむね分散に向かっているんじゃないの?」と返したのだった。ツイッターが4億人分ものアカウントを集中管理するのに対して、自律・分散・協調して動作するというマストドンは好ましい進化のように思えたからだ。

 英国BBC放送の名物番組Panoramaで、2017年5月に「What Facebook Knows About You」(BBCワールド日本語版では「Facebookは知っている」)と題したドキュメンタリーが放送された。英国と米国では、国民の2人に1人がフェイスブックを利用している。ユーザーのプライバシーをもとに表示がコントロールされ、それが、大統領選挙や国民投票に影響を与えたばかりか、フェイクニュースの温床にもなっているという内容だった。

 世界のSNSのMAU(月間アクティブユーザー)は、24億6000万人(eMarketer、2017年6月)だそうだ。これは、世界人口の3分の1、全インターネットユーザーの71%に達する数である。一方、同じく2017年6月、フェイスブックはMAUが20億人を超えたと発表している。若者のフェイスブック離れが指摘されるものの、米国の10代の65%が毎日フェイスブックを使っているのだという(eMarketer、2016年11月)。

 こうしたなか、5月17日に開催した「マストドン会議2」では、ドワンゴの山田将輝氏が「日本のサービスは(コンテンツを提供するだけの)『倉庫』にされている。客との接点をツイッターに奪われると、ユーザーとのよい関係が保てなくなる」と発言した(カッコ内筆者)。日本人の利用する傾向が高いツイッターは、フェイスブックよりも具体的な課題が見えてきているのかもしれない。一方、広告・PR・コマース業界にとっても、日本のネットマーケティングが、少数の米国プラットフォーマーに首根っこを押さえられつつあるといっても大げさではない。実際、角川アスキー総研のエンタメ全量リアルタイム解析[*2]によると、2016年の秋ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS)の関連ツイートは、10分刻みの瞬間ツイート占有率で15%に達していた。ツイッターは、テレビ視聴率が連動するほど一般メディアや消費との結びつきも強くなってきているからだ。

 事業によって収益を上げるのが目的の企業が、その知見と努力によって現在のポジションを獲得したのなら、このように文句を言うのは筋違いのように思える。ツイッターの共同創設者の1人エヴァン・ウィリアムズ氏は、「Mediumはブログ公開ツールではない」と書いている。彼は、BloggerやTwitterでの経験から、ネットにおけるコンテンツは、人々が発表する文章や写真そのものではなく、それらのコネクションこそがすべてだと述べている。その考え方が正しいからこそツイッターは成功しているわけだ。

 しかし、それによってBBCの番組が言うように「集中」が弊害を起こしうる。マストドンの開発者であるオイゲン・ロチコ氏は、こうした巨大プラットフォーマーによるSNSの独占的な状態に対する問題意識から、自律・分散するマストドンを作った、とその説明ページで書いている。

図1 マストドンの構造

インスタンスの分散と、ゆるやかな連合

 このような大手プラットフォーマーへのネット利用の集中は、「非集中型ウェブ」(Decentralized Web)の議論と関係している。2016年6月、この名前を被せた会議がインターネットアーカイブで開催されている[*3]。これは、政府によるコントロールやブロックチェーンなどを含む技術的なパラダイムまでも包括して議論するもので、この稿ですべて触れることのできる範囲のものではない。しかし、その基本的な考え方は、「インターネットはもともと自律・分散的であることで進化してきた」ということに集約される。

 マストドンは、こうした議論に対するソーシャルメディアの具体的なコードによる回答だということができる。マストドンの最大の特徴は、誰でも自分でサーバー(インスタンス)を立ててサービスを始められる点にある。それぞれの管理者に自治権が与えられているが、それぞれのインスタンスはゆるやかに連合している。インスタンスをまたいでフォローすることで、読みたい人のつぶやきが自分のタイムラインなどに流れてくるようになるのだ。これは、マストドン全体が、それぞれのインスタンスに分散しているということでもある。

 もちろん、分散だけがネットの進化の原動力ではない。たとえば、Web3.0などの議論では、データはむしろより積極的に共有される。それによって、まったく新しいパラダイムが生まれるのだと考えられている。しかし、分散と共有はブロックチェーンのように同時に成立しうるもので、まさに「集中」と「分散」の二元論に終止符を打つことが非集中型ウェブの核心であり、次の時代を作る動きでもあるのだろう。

誰でも何かできるチャンスがある
それこそが非集中型ウェブ

 2017年10月現在のマストドンは、ヨーロッパやアジアなど世界中に約80万人の登録ユーザーがいるが、日本人が最も多く半数以上を占めるといわれている。最大のインスタンスは、イラスト共有サイトPixivが運営する「Pawoo」で、海外との文化的な摩擦もアカウント凍結などによるツイッターよりスマートな形で解消された(ITmediaの「マストドンつまみ食い日記」が、これに限らず詳細な情報を提供し続けている[*4])。4月から5月にかけてのユーザー数の伸びは緩やかになっているが、音楽ジャンルや特定のゲーム、数学や育児など、実にさまざまなテーマごとのインスタンスがあり、新しいインスタンスも作られている。なお、この間にサイト間のデータ交換プロトコルが「OStatus」からW3C標準の「ActivityPub」に置き換えられている。

 インターネットが商用化された当時、あるいは1990年代まで、ソーシャルメディアが、ここまでネットをドライブすると予測した人はいたのだろうか。同じようにシェアリングエコノミーのここまでの盛り上がりは予見されていたのだろうか。いずれも、そもそも分散的であるはずの文化の延長にあり、ネットとの相性もよいように思えるのだが(シェアリングエコノミーに関してはむしろ80年頃の生産消費者に通ずるともいえるが)。マストドンはそれ自身がオープンソースソフトウェアなので、自由に改変して発展させることができる。Pawoo Music(他のユーザーと一緒に音楽を楽しめるソーシャル音楽プレイヤーともいえるインスタンス)などがよい例だ。それは、いまや米国の大手プラットフォーマーに独占されたように見える日本のSNSにおいて、「自分たちも新しいことができる!」という勇気を与えてくれる。この点において、マストドンは、やはり素敵なプレゼントだといえる。

遠藤 諭(えんどう さとし)

株式会社角川アスキー総合研究所取締役主席研究員。1956年新潟県長岡市生まれ。プログラマーを経てアスキーに入社。1990年より『月刊アスキー』編集長、2013年より現職。著書に『計算機屋かく戦えり』、『ジェネラルパーパス・テクノロジー』(野口悠紀雄との共著)ほか(いずれもKADOKAWA)。