iNTERNET magazine Reboot

Pickup from「iNTERNET magazine Reboot」その4

インターネット殿堂・後藤滋樹先生の「帰ってきた 新・社会楽」全文公開!

 12月12日、後藤滋樹先生の「インターネット殿堂入りをお祝いする会」が開かれ、私も参列させていただいた。後藤先生はJPNICの理事長をはじめ様々な要職を歴任され、その功績をたたえられての受賞だ(受賞については、既報『後藤滋樹氏が「ネットの殿堂」入り、日本人で5人目』に詳しい)。

 後藤先生、おめでとうございます!

 後藤先生とインターネットマガジンの関係は深い。実は、インターネットマガジンへの最多寄稿者は後藤先生なのだ。創刊号から始まって101号まで、一度も休むことなく「新・社会楽」というコラムを連載していただいたのだった。そこで今週は、後藤先生のインターネット殿堂入りを祝し、今回、Reboot号に寄稿してもらった連載102回目にあたる「帰ってきた 新・社会楽」を全文公開したい。

諺(ことわざ)は生きている

後藤 滋樹

人工知能(AI)が人類の能力に迫り、すでに一部の領域では人間を凌駕している。このような状況で、従来の人間社会の知恵がAI社会でも役に立つようになった。

失敗は成功のもと

 現代のAIの要素技術である機械学習は、多量のデータに含まれる特徴を学習するもので、AIの能力はデータの質と量に左右される。しかしそこで良質のデータを揃えようと張り切って「正しい例題」のデータだけを集めると失敗する。

 「正しいことを正しい」と教えるだけでは飲料の自動販売機の能力(有限オートマトン)にも到達しない。「間違っていることを間違っている」と教えるのが学習の本質である。これは1967年に理論的な事実として示されており、さらに1980年に詳細に分析されている。正確な記述については文献[*1]を参照されたい。

 人間の教育は丸暗記だけでは十分でない。教育心理学を専門とする知人によると、算数の引算において隣の桁から借りる(borrow)という操作は、最初に習うとき生徒は間違う。教師が正すことで身に付くという。

他力本願

 「他力本願」という言葉は、本来の仏教用語としては深淵な意味を持つが、この場合は世俗的に他人に任せるという意味だ。工業社会を導いた産業革命のキーワードは、「分業」である。分業では他人に依存することになる。

 万能のAIは未だ存在しない。一方で領域(ドメイン)ごとのAIは優秀である。かつてビッグスイッチというアイデアが提唱された。AIの入口で万事の課題を受け付ける。そこで課題を仕分けして適切な専門分野のAIに送る。素晴らしい分業が実現するはずだったが、少し考えてみると肝心のビッグスイッチを実現するのが困難であることがわかる。残念ながら下手な分業であった。

 成功した研究の成果は教科書に記述されて、ウェブにも解説が載る。しかし、ビッグスイッチのように失敗した研究の結果は、どこにも載らない。これは「失敗は成功のもと」の観点からすると貴重な情報が失われていることになる。

人事を尽くして天命を待つ

 人間の直感的な能力には限界がある。統計学の専門家でも正確な分布のグラフを想起できないという。我々は正規分布のような基本形でも平均値と標準偏差という2つのスカラー値を分布の代わりに使う。

 人間が分布を直感できない弱点のために、自分の能力を超えて仕事を引き受けてしまう。仕事の到着をポアソン分布として平均値をλとする。人間が指数分布にしたがって仕事を処理するとして、平均値をμとする。人間は分布を直感できないから、代わりに平均値λとμを等しくする。これが良心的な仕事人の選択である。ところがλ=μの場合には待ち行列が無限大に発散する。

 コンピューターは統計的な処理が得意である。今日のAIが統計学を基礎としているのは発展の当然の方向であった。ディープラーニングによる学習の結果の「重み」を人間が理解できないという指摘があるが、それは仕方がない。重みは人間の限界の先にある。AIは決して天命ではないが、人間の弱点を補うようにAIを活用したいものだ。

[*1]……『計算論的学習』榊原康文、横森 貴 小林 聡、培風館、2001

後藤 滋樹(ごとう しげき)

東京大学理学部数学科卒。電電公社の研究所で人工知能の研究に従事。1984~1985年、スタンフォード大学客員研究員。帰国後に、NTT研究所のネットワーク、日本のJUNET、アジア太平洋地域のAPNG、APNIC、APANの活動に参加。2017年にISOCの「インターネットの殿堂」入りとなる。インターネットマガジンでは創刊号から最終号までコラム「後藤滋樹の新・社会楽」を連載した。