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第三木曜コラム #3

トランプ大統領は既成権力破壊の聖なる道化?! 世界の閉塞感が「SDGs」を希求する

 トランプ大統領と金委員長の米朝会談は世界を大いに驚かせた。この結果には賛否両論があるようだが、少し前まで核ミサイルを打つと言っていた金氏に非核化で調印させたのだから、大きな転換点であり、世界の脅威の1つを取り除いたというトランプ大統領の功績には誰も異論はないだろう。

トランプ氏は聖なる道化師

 トランプ氏の人物評価については、ビジネスマン大統領、頭が悪い直観的な人、差別的など悪評もさまざまに出ているが、先日、これまで聞いたことのない、斬新かつ説得力のある見解を聞けた。私の古くからのカナダ人の知人は、『トランプ大統領は世の中を変えるために選ばれて登場してきた「ヘヨカ」だ』、と言うのだ。

 ヘヨカとは、アメリカインディアンの神話に伝えられる雷と狩猟を司る精霊で、「聖なる道化師」のことだ。ヘヨカは、「自らが悲しい時は笑い、自らが嬉しい時は泣く」のだそうで、皆と逆のことをし、笑いを誘う。日本で言えば、あまのじゃくのようなものらしい。世の中はどんなにいいと思われることでも、一方向に偏り過ぎたり、永く続き過ぎたりすると、そこに暗黒面が生まれる。たとえば、権力者が傲慢になり組織の自浄装置が働かなくなることなど。そのバランスをとるために、ヘヨカの存在が必要と説かれているのだ。

 トランプ氏が移民を禁止すると言ったり、TPPを辞めると言ったり、温暖化のパリ協定を離脱すると言ったりするのはまさにヘヨカ的だ。またツイッターで、歯に衣着せぬ即興発言をして、人々を驚かせたり笑わせたりするのもうなずける。スピリチュアル的な話ながら、確かにトランプ氏はヘヨカなのかも知れない、と思った。

世界を覆う閉塞感、変化の時か

 いま世界を見渡せば、紛争・戦争はなくならないどころか火種は増えており、貧困や難民が広がっている。逆に、過度な富の集中が起きている。海洋・森林汚染は進み、史上はじめてと言われる自然災害が頻発している。また人口増加は加速しており、水・食糧不足も続いている。一説では、地球がまかなうことができる人口は100億人が限界といわれているし、物理学者の故・ホーキング博士が人類に残された時間はあと100年だと警鐘を鳴らされていた話は、前にこのコラムでも書いた通りだ。また、日本においては、近隣国との摩擦の増加、世界有数の少子化問題、財政悪化など不安要因が増している。

 20世紀の繁栄から続いてきた「やり方」、特に資本主義的な方法論は限界を迎えているように感じる。そろそろ、次の世界観や主義が必要になっているのではないだろうか。ヘヨカとしてのトランプ大統領の登場は、世界の閉塞感が生み出した次の変化への兆しだと言うのは言い過ぎだろうか。

次の人類目標を定めたSDGs(エスディージーズ)

 「SDGs」をご存知だろうか。Watchの記事でも過去7回しかこの単語は登場していないので、まだ認知度は低いと思われるが、このところ急速に注目を集めている。たとえば、グーグルトレンドで調べてみると、世界全体でも日本でも赤丸急上昇中なのがわかる。

 SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)とは、2015年9月の国連サミットで採択された2016年から2030年までの国際目標だ。持続可能な世界を実現するための17のゴールと169のターゲットから構成されており、地球上の誰一人として取り残さないことを誓っている。以下が、その17の目標だ(一部簡略)。

  • 目標1(貧困)貧困を終わらせる。
  • 目標2(飢餓)飢餓を終わらせ、食料安全保障及び栄養改善を実現する。
  • 目標3(保健)人々の健康的な生活を確保し、福祉を促進する。
  • 目標4(教育)公正な質の高い教育を確保し、生涯学習の機会を促進する。
  • 目標5(ジェンダー)ジェンダー平等を達成し、女性及び女児の能力強化を行う。
  • 目標6(水・衛生)人々の水と衛生の利用可能性と持続可能な管理を確保する。
  • 目標7(エネルギー)安価・信頼の持続可能なエネルギーへのアクセスを確保する。
  • 目標8(経済成長と雇用)持続可能な経済成長及び人間らしい雇用を促進する。
  • 目標9(インフラ、イノベーション)インフラ、産業化、イノベーションの推進を図る。
  • 目標10(不平等)各国内及び各国間の不平等を是正する。
  • 目標11(持続可能な都市)安全かつ強靱で持続可能な都市及び人間居住を実現する。
  • 目標12(持続可能な生産と消費)持続可能な生産消費形態を確保する。
  • 目標13(気候変動)気候変動及びその影響を軽減するための緊急対策を講じる。
  • 目標14(海洋資源)海洋・海洋資源を保全し、持続可能な形で利用する。
  • 目標15(陸上資源)生態系、森林の経営、土地の劣化、生物多様性の損失を阻止する。
  • 目標16(平和)平和な社会を促進し、司法を提供し、効果的な制度を構築する。
  • 目標17(実施手段)実施手段を強化し、世界的パートナーシップを活性化する。

※参考:持続可能な開発のための2030アジェンダ(外務省)

 なんと理想に満ちた高まいな目標だろうか。こんなことが実現できるのか、と思われたことだろう。

 つい先日、SDGsで日本のリーダーシップをとられている慶応大学の蟹江憲史先生とお話できる機会があった。蟹江先生によれば、これを真剣に捉え、まい進していこうとする活動が発展途上国だけでなく先進国でも起こっているそうだ。また、行政や公共機関に止まらず、自治体、学術機関、企業でも積極的な取り組みが始まっているとのことだった。

 従来は、このような世界平和的、人道的、ボランティア的な活動は公共機関が中心に行われるものの、ビジネス界はあまり関心を示してこなかった。しかし今回は、企業も参加し始めていることが変化と言えるだろう。日本では外務省が、河野大臣の出演する動画を含めた詳しいWebを上げており、いくつかの企業が参加表明しているのがわかる。

 蟹江先生は、慶応大学内にxSDG・ラボを創設されており、SDGsの研究や国への示唆などを行われている。また、企業向けのビジネスコミュニティとしてxSDGコンソーシアムも近く立ち上げを予定されているとのことだ。これらの活動には、日本のインターネットの父、村井純教授も参画されている。

 一見、理想論にも見える壮大な目標だが、いつの時代も人を動かすのは夢や理想やチャレンジ精神だと思う。閉塞感に浸っているより、この活動に参加するほうがよほど健康的ではないだろうか。

 ところで、SDGsを実現していくにはインターネットが必須だと思われる。さらに言えば、SDGsのような次の世界観が出てきたのはインターネットの影響と言えるのではないだろうか。インターネットが持つ「双方向であり、エンドツーエンドであり、ワールドワイドのコミュニケーションインフラ」という特性が次の世界作りに寄与していると思うのだ。時代が変わるのは、これまでも新しいテクノロジーやツールが登場してきた時だ。電気しかり、電話しかり、車しかりである。このコラムを読まれている方はインターネットやITに関係している方が多いと想像するが、インターネットがSDGsの掲げるような未来に貢献できるなら、読者も意気に感じることだろう。

p.s.
 ちなみに、冒頭で書いたトランプ大統領の話は、時代を変える人かも知れないが、SDGsを推進する人だとは言っていない点にご留意あれ。

「iNTERNET magazine Reboot」コーナーについて

「iNTERNET magazine Reboot」は、ネットニュースの分析や独自取材を通して、デジタルテクノロジーによるビジネス変化を捉えるインプレスR&D編集のコーナーです。産業・教育・地域など、あらゆる社会の現場に、Reboot(再始動)を起こす視点を提供します。

井芹 昌信(いせり まさのぶ)

株式会社インプレスR&D 代表取締役社長。株式会社インプレスホールディングス主幹。1994年創刊のインターネット情報誌『iNTERNET magazine』や1996年創刊の電子メール新聞『INTERNET Watch』の初代編集長を務める。