iNTERNET magazine Reboot

第三木曜コラム #2

日本文化の深淵とIT(松岡正剛氏の話より)

ネイルアート、ゴジラ、原宿KAWAII、ヒューマノイド、API、SNS、暗号通貨……

 唐突で恐縮だが、松岡正剛さんをご存知だろうか。松岡正剛さんは編集工学研究所の所長であり、編集の大家、また本の大家としてその筋の方々には有名だ。千夜千冊の著者といえば分かる人が多いかもしれない。

 松岡さんは、その編集工学的アプローチで日本文化を深く読み解かれていることでも知られている。失われた20年などと停滞感が強い日本だが、その達観した日本解釈の指南を受けたいと、政治家、学者、企業経営者らが松岡詣でをされるほどだ。縁あって、私は編集工学研究所の取締役を長年務めさせてもらっており、松岡さんの話を間近で聞くことができる。なんとも贅沢でありがたいことである。私は主にIT領域でのお手伝いをしている立場だが、日本の歴史・文化についてはただただ勉強させていただいている状況だ。

 先週、また松岡さんの日本論についてお話を聞けたのだが、ここ最近のIT進化のおかげか、これまでより日本とITの距離が近づいてきたように感じた。日本文化は西洋文化に比べ、アナログ的であり、自然志向であり、一点主義なので、ITとの相性はよくないと思われている。私自身も、松岡さんからお聞きしてきた日本論とITとの間には距離があると感じていて、具体的な成果につなげることができずにいた。しかし、それらが近づいてきたのかも知れないと思えたのだ。

日本のコンセプトワード

 松岡さんの日本論は、ファクトとして表れている日本文化の解説に止まらず、「日本という方法」が結果として日本文化を形成してきたと説かれている。この4月に、編集工学研究所が内閣府からの要請を受けてまとめた「日本語り抄」という資料が公開された。それによれば、日本のコンセプトは「キワ」「マレビト」「ムスビ」「アワセ」「カブク」……にあるとされる。

 「キワ」とは周辺のことであり、新しい価値や希望はこのキワから始まると説かれている。襟元、指先などはキワであり、世界一といわれる日本女性のネイルアートはキワの美学であるとみる。ちなみに、LINEのスタンプはコミュニケーションのキワとみることができるそうだ。

 「マレビト」とは「稀なる人」「ストレンジャー」のこと。「客人」「客神」でもあり、ガイジンさんは日本文化にとって重要なマレビトとされる。古くはエビスさま、近年ならゴジラ、外人力士などがこれにあたるが、最近のロボットやヒューマノイドもこれにあたるとみる。だとすれば、IT業界ならグーグルやアマゾンは日本にとって重要なマレビトということになりそうだ。ちなみに、マレビトはキワを出入りするそうな。

 「ムスビ」とは「結び目」。何かが生まれ出る力を暗示している。「結界」「おむすび」「水引」などがこれにあたるが、最近のスマホのじゃらじゃらストラップは、かつての結ばれたお守りのモバイル化とみる。

 「アワセ」は「合わせ」。「貝合わせ」「百人一首」など日本の遊びの原型。ポケモンカードゲームはこの進化系とみる。アワセは組み合わせでもあると思うが、昨今のITにおけるAPIによるソフトウェアサービスの部品化は、このアワセの材料になると思える。今は、APIやライブラリーをいかに組み合わせるかが重要な時代になっている。

 「カブク」は「傾く」と綴る。歌舞伎の由来でもある。変わった格好をする連中のことであり、パンクな連中のことでもある。戦後のヤンキー文化や原宿のKAWAII世界観にも通じるとされる。その意味では、ITを創り出したスティーブ・ジョブズやビル・ゲイツ、いまならセルゲイ・ブリンやイーロン・マスクはカブキ者といえるだろう。

 以上がごく簡略した説明だが、私の意訳も交じっており、松岡さんの日本コンセプトを正しく伝えられているかはいささか不安がある。ご興味を持たれた方には松岡さんの著書を読んでいただきたい(『日本という方法』(NHK出版)はお勧め)。

江戸時代の組織とIT

 これは10年くらい前に松岡さんからお聞きした話だが、日本の江戸時代には今よりもっと多様な組織(コミュニティ)があったそうだ。「連」「会」「社」「講」「組」「座」「寄合」の7つ。これらが、時代の流れの中で、合理性や経済性の観点から少しずつ姿を消していった。いまは「会社」全盛の時代になっており、多くの人がコミュニティとしては会社が中心という生活を送っていることだろう。中には家庭と会社しかコミュニティがないという寂しい状況もありそうだ。このコミュニティ形態の画一化も、今の閉そく感につながっていると思われる。上記したかつてのコミュニティについても、ITの力で復活されつつあると思う。中でも「連」や「講」。

 「連」とは最初は俳諧を読むために人々が集まる場(サロン)だった。その後、俳諧以外の様々な目的を持った連が作られていったとされている。そこには世話役はいたが、リーダーや階層構造はなく、全員が同等な権利を持ちクリエーティブな活動をしていたとのことだ。現代の掲示板やSNSなどのツールによるコミュニケーションは、連の機能の一部を復活しているようにみえる。最近、密かに人気の「もくもく会」なども、ネットによる恩恵でできてきたとみることができるのではないだろうか。

 「講」とは経済的扶助会のようなもので、メンバーが定期的にお金を積み立て、そのお金で特定の人がたとえば旅行に行けたりする機構だ。お金のやりとりについてはこれまでのITでは不自由だったが、近年のクラウドファンディングや暗号通貨がこれを変えていく期待がある。特に、ブロックチェーン技術は信用や金融を一般庶民の手に戻すと期待されている。

「日本という方法」はITを料理できるか?

 日本での、失われた20年の間に起きた最大のイノベーションはインターネットである。これによって、多くのものが破壊的創造(ディスラプション)を受けてきた。AI、ブロックチェーン、IoTなどの最新IT技術はさらなるディスラプションを引き起こすことだろう。

 冒頭でも書いたが、日本文化はアナログ的であり、自然志向であり、一点主義なので、デジタルであるITとの相性は悪いと思われてきた。事実、日本的思考の強い人や年配の人にはITを毛嫌いする人も少なくなく、いまだに電子メールやスマホを使わない人もいる。しかしここ最近のITの進化は凄まじく、その距離は確実に縮まっていると感じられる。また日本の若者の中には、ITを駆使し、日本文化に拘った表現を追求する人も出てきている。さらにいえば、ITの始まりであるマイクロコンピュータ文化を作ったのは、当時の世界の大勢に反発(カウンターカルチャー)するように登場したジョブズ氏やゲイツ氏らの「カブキ者」だったし、それは米国の「キワ」であるシリコンバレーから立ち上がっていったのだ。単純に、日本文化とITの相性が悪いとは言い切れない面が多々あるのだ。

 松岡さんが提唱されている「日本という方法」が、かつて漢字からひらがなやカタカナを考案したように、ITを解釈し、日本流に料理し、新しい領域に進んでいく可能性は大いにあると思う。時代の螺旋階段を登るように、一回りしてもう一層高い所に上がることを期待したい。

「iNTERNET magazine Reboot」コーナーについて

「iNTERNET magazine Reboot」は、ネットニュースの分析や独自取材を通して、デジタルテクノロジーによるビジネス変化を捉えるインプレスR&D編集のコーナーです。産業・教育・地域など、あらゆる社会の現場に、Reboot(再始動)を起こす視点を提供します。

井芹 昌信(いせり まさのぶ)

株式会社インプレスR&D 代表取締役社長。株式会社インプレスホールディングス主幹。1994年創刊のインターネット情報誌『iNTERNET magazine』や1996年創刊の電子メール新聞『INTERNET Watch』の初代編集長を務める。