iNTERNET magazine Reboot

第三木曜コラム #5

レスリング協会、日大アメフト、ボクシング連盟……問題の本質はスポーツにあらず

 このところTVのワイドショーを賑わせてきた、レスリングのパワハラ問題、日大アメフト部の不正タックル強要問題、日本ボクシング連盟への告発。ちょっと前には相撲協会の内紛もあった。一見、スポーツ界がおかしくなったように見える。しかしよく見ると、いま話題の東京医科大の女性差別問題はスポーツではない。それに、スポーツは選手個人やその活躍を見る限り、レスリングの伊調選手、ボクシングの村田選手、体操の内村選手、フィギュアスケートの羽生選手など、昔より優秀な成績を残していて、称賛されることはあっても非難されることがあるとは思えない。さて、一連の問題の本質は何だろう。

非営利法人が崩壊し始めている

 これら一連の不祥事の共通点は、スポーツではなく非営利法人ではないだろうか。以下に、問題が発覚した順に各組織の正式な名称を列挙してみる。

  公益財団法人日本相撲協会
  公益財団法人日本レスリング協会
  学校法人日本大学
  一般社団法人日本ボクシング連盟
  学校法人東京医科大学

 財団法人、社団法人、学校法人が並んでいる。これらはすべて「非営利法人」である。一般に組織は、大きく営利法人と非営利法人に分けられる。営利法人とは株式会社や合同会社のことで、経済的利益を追求しその利益を構成員で分配する組織のこと。非営利法人とは逆に利益追求ではなく、資金を掲げられた活動目的のために使う組織で、財団法人、社団法人、NPO法人、学校法人、宗教法人などが含まれる。

 前に、ある著名人に「改革が起こる順番は企業、学校、政治の順番だ」と教えてもらったことがある。企業は常に市場と向き合っていて経済原理にさらされているので早めに変わるが、教育や政治は保守的で変わるのが遅いということだった。

 いま起こっている一連の不祥事は、古くからある非営利法人のルールと、この数十年で変化してきた世間や個人の認識とのギャップによって起こっているように思える。

企業変化の歴史を振り返ると

 この三十余年の世の中の変化は激しかった。その引き金を引いたのは、ほかでもない我々がテーマとしてきたLSI、コンピュータ、マルチメディア、ネットワーク、モバイルなどのITである。これらが、世の中をフラットにし、ワールドワイドにし、個人のパワーを拡張してきた。

 その中での営利法人(企業)の変化の歴史を大掴みに見ていくと、最初の変化はエレクトロニクス業界から起こったと思う。戦後復興から右肩あがりで伸びてきたエレクトロニクス産業は、1985年をピークに貿易黒字が減少に転じている。たとえばAV機器で言えば、ソニー、NEC、松下、サンヨー、シャープ、東芝、日立、三菱など多数の日本企業が世界を席巻してきたが、現在は見る影はない。サンヨーが松下に吸収されたり、アイワがソニーに吸収されたように統廃合も進んだ。ちなみに、パソコン輸出も80年代前半までは好調だったが、その後撤退が続き、いまでは存在感をなくしている。

 エレクトロニクスは先端産業だったし、ワールドワイドにビジネスをしていたことから、世界で起きた変化を最初に受けたと思われる。

 続いて起きた大きな再編は金融業界だろう。1993年のバブル崩壊以降、証券会社の破綻、銀行の再編が激しく起こった。金融の自由化の名のもとに、郵政民営化も行われた。当時は数えきれないほどの銀行があったのだが、いまでは数行に集約されてしまった。

 紹介はしないが、このほかにも多くの産業が変化を余儀なくされてきたのは周知のことだ。その影響は大企業から中小企業にも伝搬し、その就労者の平均年収は1995年をピークに下落していくことになる。ちなみに、サラリーマンの平均年収は1997年がピークでだだ下がりになっている。

非営利法人と政治はなかなか変わらなかった

 一方、非営利法人は、市場を対象とした経済原理のもとで動いていないので、変化に鈍感だ。国の予算を原資とした助成金システムなどもあり、市場原理とは別のルールによって経済基盤が成り立っている故に耐えることができたとも言える。しかし、それも限界に来て悲鳴が上がっているというのが、いま我々がワイドショーなどで見ている姿ではないだろうか。

 その抜本的な改革には政治の力が必要だと思われるが、政治が変わるのは最後とのことだ。日本では革命やクーデターが起きているわけではないので、急には変わらないだろう。いま起きていることは、かけ過ぎたと言えるほど時間をかけて行われている、日本社会の仕組みのソフトランディングなのかもしれない。

ニュー個人のパワーが不正を暴く

 今回の一連の不祥事の多くは、IT武装した個人の告発や拡散によって表面化している。特にスマホ、デジカメ、SNSなどのおかげで、個人の力が拡張され、従来型の組織や運用ルールでは抑えきれなくなったと言えるだろう。つまり、ニュー個人の登場と、ニュー個人が集まったニューコミュニティが新たな力学を作り出している。

 相撲協会の理事がトイレに行っていて見ていなかったと言ったことに、日大アメフト部の監督がタックルは見ていなかったと言ったことに、個人のカメラは疑惑の目を向けた。また、電話や会話は密かに録音されており、問題発言は瞬く間にSNSで伝搬された。もう昔ながらのローカルなルールでは抑えきれないのだ。

 おそらくは、今回起きたような行為は昔からあり、そのローカルな空間では暗黙のルールとして受け入れられてきたことだった思う。しかしそれは、ニュー個人の登場の前に許されなくなってきた。いま起きていることは、非営利法人における氷山の一角の崩壊なのだろうが、この崩壊を見てほかの氷山も変化が起こるに違いない。遅まきながら、非営利法人に押し寄せた波は、次は政治・行政に続いていくことになるのだろう。そう言えば、政治・行政の不祥事も少なからずワイドショーを賑わせている。

 さて、次はどこに行くのだろう。壊れてしまうだけでは困る。また、拡張された個人の行いがすべて正しいというわけでもないだろう。これまでのルールは良くも悪くも歴史的、地理的な中で、必要性があって生まれ育ってきたことのはずだ。次は、誰がどんな力学によってルールを作っていくのか、むずかしいところに差しかかっていると思う。ITによって、世界がオープン化すること、個人のパワーが拡張されることは止めようがない。時代の変化に逆らうのではなく、受け入れて変化していくことが肝要だ。個人的には、なんでも白と黒で塗り分けてしまうのではなく、高じてきたITを柔軟に使い、個人の成長を肯定した多様でやさしい社会を目指したいと思う。

「iNTERNET magazine Reboot」コーナーについて

「iNTERNET magazine Reboot」は、ネットニュースの分析や独自取材を通して、デジタルテクノロジーによるビジネス変化を捉えるインプレスR&D編集のコーナーです。産業・教育・地域など、あらゆる社会の現場に、Reboot(再始動)を起こす視点を提供します。

井芹 昌信(いせり まさのぶ)

株式会社インプレスR&D 代表取締役社長。株式会社インプレスホールディングス主幹。1994年創刊のインターネット情報誌『iNTERNET magazine』や1996年創刊の電子メール新聞『INTERNET Watch』の初代編集長を務める。