インタビュー
「データ復旧率90%以上」を疑え、社名変えながら荒稼ぎする悪質業者をデータ復旧業界歴23年の本田氏が指摘
一般社団法人化した日本データ復旧協会が活動本格化、打開策を模索
2018年12月28日 12:00
データ復旧業界の健全化を目指して活動する一般社団法人日本データ復旧協会(DRAJ)は、アドバンスデザイン、A1データ、アイ・オー・データ機器、バッファロー、ロジテックINAソリューションズなどが加盟するデータ復旧の業界団体だ。同協会の会長である本田正氏(A1データ株式会社代表取締役社長)は、1990年代から日本のデータ復旧業界を見てきたベテランである。その氏が憂うのが、「ごく一部の悪質な業者」によるユーザーの被害と、それによる業界のイメージ悪化だ。
DRAJおよび本田氏の活動とそのバックグラウンドを踏まえた上で、現在データ復旧業界ではどのような問題が起きているのか、そして消費者が悪質な業者を見分けるにはどうすればいいか、本田氏に話を聞いた。
法外な金額を請求する業者の出現、泣き寝入りする被害者――業界健全化に向けてDRAJ設立
本田氏が以前所属していたアドバンスデザインと、安川電機の子会社であるワイ・イー・データは、1995年にデータ復旧サービス事業を開始。ワイ・イー・データのデータ復旧部門は、後にA1データに売却された。
「ワイ・イー・データはアメリカのオントラック社の、アドバンスデザインはカナダのデータリカバリーラボ社の技術を導入しました。当時、データ復旧会社は世界ではアメリカに29社、ヨーロッパに1社ありました。日本では他にないものですから、遠くからお客が来てくれました。ハードディスクでも容量10MBぐらいの時代で、1MBで500~700円ぐらいと、今から比べると単価が高かったですね。それでも直るとお礼を言われるのを嬉しく思ったものでした。」(本田氏)
事業を始めてから10年ほどは、他に業者があまり存在しなかった。ところが、2005~2007年頃から新しい会社が続々と登場し、状況が変わったという。
「新しい会社が出てきて、業界が花開きました。ただし、そうした中の一部で、極端に高い料金を取ったりという会社も現れるようになり、データ復旧業界に灰色のイメージも出てきました。」(本田氏)
これがきっかけとなり、2009年10月にDRAJが発足した。メンバーは、アドバンスデザイン、アイフォレンセ日本データ復旧研究所(大阪データ復旧)、アラジン(データレスキューセンター)、A1データ オントラック事業部、くまなんピーシーネットの5社だ。この5社は現在もDRAJの常任理事となっている。
当時の活動内容は技術交流や情報交換で、データ復旧業界の市場規模についての調査結果も毎年発表していた。
「メンバーで集まり、データ復旧業界はどうしていかなくてはいけないか、常に議論していました。いずれも大きくない会社でしたが、真面目で勉強熱心でしたね。ハードディスクは進歩しているので、昔の技術だけでは直せず、常に最新の技術を勉強していかなければならない。われわれは自分たちを医者のようなものだと思って、儲け主義に走るとユーザーのためにならないと思っていました。」(本田氏)
DRAJは前述のとおり、2017年に一般社団法人化した。それをきっかけに、アイ・オー・データ機器、バッファローなどのメーカーの新規参加もあった。入会は基本的には会員の推薦制だ。
「一般社団法人化したことにより、賛同してくれる企業が増えて活動的になりました。これからも、業界の健全化に賛同して新規参加してくれる会社があると期待しています。」(本田氏)
診断料だけで120万円、復旧されるのはゴミデータだけのケースも
DRAJには、悪質な事例について、消費者センターや消費者本人から相談が集まってくる。それらは、特定の数社に集中しているという。その中からいくつか紹介してもらった。
まず、亡くなった母親のiPhoneの電源が入らないので業者に依頼したところ、70万円請求されたケースは、消費者センターから金額の妥当性の問い合わせが来た。これはDRAJから見ると不当に高いという。
また、故障したビデオカメラを業者に送って仮見積りしてもらったところ、80万円と言われ、話しているうちに15~20万に下がったというケースもある。相談者は不審に思ってキャンセルしたという。
子どもが生まれてからの写真全てが入ったハードディスクが壊れた人のケースでは、無償診断ということでハードディスクを送付したところ、有償診断が必要と言われたという。その診断料が120万円、やがて49万円になった。しかし、復旧されたのはゴミファイルだけで、目的の写真が1枚もなく、さらに49万円を払わないとハードディスクを返せないと言われたという。
「DRAJ会員はほぼ成功報酬です。例外として、調査だけで1~数カ月かかるような超大規模なものは調査料金をいただきますが。基本的には、データが出ないとお金はもらわないことにしています。」(本田氏)
その他にも、成功報酬のはずなのに高額の診断料を請求された、事前の承諾なしにハードディスクを開封されて修復不可能になった、などの声が集まっているという。「データはナマモノ。1時間以内に決断しないとハードディスクの調子が悪くなる」と業者に決断を急かされたケースも報告されているが、本田氏は「ハードディスクでそういうことは基本的にはない。海水に漬かった場合であれば時間とともに劣化することはあり得るが、1時間を急ぐことはない」と説明する。
「難しいのは、業者とユーザーの相場感覚が違うので、高いというだけでは一概に問題だと言いきれない場合もあります。ただし、最初に言ったことが後から違うのは、明らかにおかしいと言えます。よく見ると分からないぐらい契約書に小さく書いてあるというケースもあり、これもおかしいですよね。」(本田氏)
中には悪評が知れ渡ってから社名を何度も変える業者が存在するという。過去に法外な料金を請求された会社と知らずに依頼してしまい、再び泣き寝入りしてしまったケースもあったそうだ。
悪質業者は急かす、不可能な復旧率を出す、復旧不可でも高額な費用を請求してくる――3つの注意ポイント
ユーザーにとって問題なのは、たいていはハードディスクが故障してから業者を探すことになるので、業者を見分けるための知識や経験がないことだ。
その中でも悪質な業者の兆候を見分けるためのポイントを3つ教えてもらった。
1つ目は「急かす」。知識のないユーザーが判断しかねるときに、「1時間以内に決断しないとハードディスクの調子が悪くなる」と言われては、ますます正常な判断ができなくなる。嘘をついてでも急がせる業者には注意したほうがいい、ということだ。
2つ目は、「嘘をつく、不可能な復旧率を出す」。復旧できる見込みが限りなく低い状況や復旧できるかどうかも分からない状態で「復旧できる」と嘘をつくケースが相当する。また、“データ復旧率90%以上”など高い復旧率を宣伝文句にしているところも疑ったほうがいいという。
「磁性体剥離など、直らないものは一定の割合あり、ベストで70~80%ぐらいでしょう。復旧率の算定方法は業界で統一されたものはないため、例えば診断して復旧できそうだと分かって正式に依頼を受けたものを分母にすれば、100%に近くなってしまいます。そのような数字でユーザーを釣るこのとないよう、DRAJでは、復旧率の基準を明記しつつ、復旧率をうたわない、と取り決めています。」(本田氏)
3つ目は「復旧不可でも高額な費用を請求してくる」だ。事前に充分な説明や理由もなく、問い合わせ時は成功報酬と言っておきながら、復旧できない場合でも費用を請求してくるケースが相当する。
DRAJ会員企業は定期的な「身体検査」で信頼高める、悪質業者への対抗策も検討中
本田氏が望むのは、協会に苦情が集まっているごく一部の悪質な業者と、一般のデータ復旧業者とを差別化し、安心して復旧を依頼できるようにすることだ。そこで悩んでいるのは、悪質事例を強調するあまり、一般のデータ復旧業者のイメージを悪くしてしまわないかという心配だ。
「消費者センターやDRAJに事例がたまっています。それをなんらかの効果的な方法で発表できる形にしたいと思っています。」(本田氏)
DRAJではその他、データ復旧業者のウェブサイトを調査し、誇大な復旧率をうたうなどの勧誘をしていないかもチェックしている。
業界の健全化のための活動として、少し毛色が変わっているのが、児童ポルノの疑いがあるものは復旧しないというDRAJの取り決めだ。「犯罪には加担しない」というのがDRAJの立場だ。
ただし、ユーザー側としては検査目的とはいえ、もし復旧されるデータの中身を全部調べられるようであれば心配になるところだ。これについては、本田氏からは復旧工程を交えて説明してもらった。
「データ復旧の段階で、児童ポルノの疑いがあるものを発見した場合はハードディスク丸ごと復旧しない、ということにしています。児童ポルノ以外でも、明らかに犯罪なものは復旧しないことを考えています」(本田氏)
今後の予定として本田氏が語ったのが、DRAJ会員企業の「身体検査」だ。他社の問題を調べるのであれば、DRAJ会員企業自身についても調べなくては、信頼を得られない。そこで、DRAJ会員企業について、苦情が来ていないかどうか第三者機関に問い合わせる考えだ。
「調査には3~4カ月かかると思います。もし会員企業で問題があれば、はっきり伝えて解決してもらいます。」(本田氏)
データ復旧業界の今後について、本田氏は「今後もユーザーの危機感は変わらず、需要がある」と見ているという。
「昔、RAIDが出てきたときに、データ復旧がいらなくなるのではないかと思いました。しかし、そのときカナダのデータリカバリーラボ社の社長が『人間が作ったものは必ず壊れる。そして、いつ壊れるかは分からない』と言って、そのとおりでした。また、故障だけでなく、ヒューマンエラーは絶対になくなりません。この2つは、データ復旧業界を23年間見てきて、まったく変わっていません。これからも、形態は変わるものの、障害は起こると思います。われわれは未来のストレージの技術にも対応できる、優秀な医者になることが、ユーザーに対してできることだと考えています。」(本田氏)