インタビュー
「シン・エヴァンゲリオン」制作でも選ばれたリモートデスクトップ「Splashtop」は何が違う?
60fpsのフレームレートと高レスポンス、スタイラスにも対応でクリエイターのテレワークも実現
2021年4月30日 07:35
急増するテレワーク需要で注目を集めているソフトのひとつが、リモートデスクトップ。そして、「60fps対応」などの特徴でユーザー数を大きく伸ばしたというのが「Splashtop(スプラッシュトップ)」だ。
もともとは「PCゲームを外でやりたい」というコンセプトで始まった同ソフトだが、最近はクリエイティブ用途や企業向けなどにも市場を拡大。あの「エヴァンゲリオン」シリーズの制作会社である株式会社カラーでも採用されているという。また、2月には大規模企業向けの「Splashtop Enterprise Cloud(スプラッシュトップ エンタープライズ クラウド)」も新たにラインアップした。
そこで今回、Splashtopの特徴や「なぜクリエイティブ用途に採用されるのか」について、スプラッシュトップ株式会社セールスエンジニアの中村夏希氏に話を聞いた。
「自宅PCのゲームを外出先でも」で始まった高速で低遅延な操作性
ゲームでも使えるフレームレート、GeForceのハードウェアエンコードも活用
VPN不要でカンタン導入、最短で当日から利用可能
大規模企業向け新製品「Splashtop Enterprise Cloud」とは
クリエーターでもテレワーク、「シン・エヴァ」制作でも採用
「自宅PCのゲームを外出先でも」で始まった高速で低遅延な操作性
――まずSplashtopの会社概要を教えてください。
[中村氏]Splashtopは、リモートワークを実現するアプリを開発している会社です。MITの同級生4人が集まった技術者集団として、2006年にシリコンバレーで設立されました。現在、世界で3000万人以上のユーザーが利用していて、アメリカやヨーロッパ、アジアなど、グローバルで展開しています。2021年1月には5000万ドルを調達して、評価額10億ドルのユニコーンの仲間入りをしました。
日本法人は、2012年に設立されました。大手キャリア3社や、セキュリティーベンダーなどを通じた販売も行っていて、日本では1万3000社以上に導入されています。省庁や銀行、地方自治体など、情報の取り扱いに繊細なところでもご利用いただいています。リモートワークの影響で需要が増え、日本でも2020年に前年比400%の成長を遂げました。
――Splashtopの製品や技術はどのようなものでしょうか?
[中村氏]われわれの技術は、離れたところにある端末やデバイスを、手元の端末を使って操作する「リモートコンピューティング」です。職場に行かなくても、リモコンのように職場PCを操作できます。
もともとSplashtopの技術は、共同創設者兼CEOのマーク(Mark Lee氏)が耳にしたささいな一言、「自分の家のPCのゲームを外でもやりたい」ということから始まりました。そのため、デバイスを問わず、高速で低遅延なのが特徴です。
それをもとに、現在では小規模から大企業向けまで、さまざまな利用シーンを想定した製品を展開しています。主力製品は、企業向け製品の「Splashtop Business」および「Splashtop Business Pro」と、新しく発売した「Splashtop Enterprise Cloud」、オンプレミス製品の「Splashtop On-Prem」です。
ちょっと変わった用途の製品としては、「Splashtop Remote Support」があります。これは、無人のコンピューターを遠隔地からメンテナンスやサポートする製品で、駅などのデジタルサイネージなどにも使われています。また、人のサポートでは、「Splashtop On-Demand support(SOS)」は、ユーザーが困ったときに情シス担当者がユーザーのデバイスに接続してサポートするツールです。
ゲームでも使えるフレームレートとレスポンスGeForceのハードウェアエンコードでH.264を活用
――リモートデスクトップの製品はいくつかありますが、他社製品と比べてSplashtopの特徴はどのようなところでしょうか。
[中村氏]特徴は主に2つ。パフォーマンスの高さと、導入のしやすさです。
パフォーマンスとしては、なめらかに動作するのが特徴です。さきほどもお話したように、もともと外出先から自宅のPCでゲームをしたいという要望から生まれたので、高速な画面転送やリアルタイムの操作性を重視しています。PCゲームはコンマ1秒を争う世界だと思いますので。
画面転送に特に自信を持っていて、4K品質、フレームレートは最大60fps(フレーム/秒)、マルチモニターに対応しています。携帯回線を使った実験では、LTEで37fps、5Gで60fpsという数字を実現しました。
今後も、5Gでよりなめらかに快適にご利用いただけることを目指しています。また、特に、大量のデータ量が必要となる映像制作や3D CADなどの設計分野に広がると思っています。
――技術的には、転送速度をどう実現しているのでしょうか。
[中村氏]オリジナルのエンジンを搭載して独自のプロトコルを使い、画像の圧縮や、差分だけを転送する技術を採用しています。また、GPUのメーカーと契約してGPUでエンコードするアクセラレーターも使えるようになっています。
――GPUの世代によってエンコードの機能や性能は違いますが、どのぐらいの機能まで使っているのでしょうか。
[中村氏]GeForceでいうと、ひとつ前の世代までは対応しています。圧縮技術でいうと、H.264には対応しています。
――普通のオフィスアプリの操作では、どのぐらいのフレームレートがあればいいのでしょうか。
[中村氏]最低限で、だいたい15fpsぐらいではないかと思います。そのうえで、ちゃんと使うにはより高いフレームレートが必要になります。なめらかさが違って、たとえば映像などを見ると、15fpsだと画面がカクカクします。
――リアルタイム性については、どのような技術でしょうか。
[中村氏]レスポンスを最重要視して、帯域を保証しています。通常のリモートデスクトップソフトは、画像や操作などを同じような優先度で送受信していますが、Splashtopはどちらかというと操作関係の情報を優先して送っています。
ゲームは反応速度が大事ですし、オフィスアプリなどでも、反応が悪いと操作が受け付けられていないと思って何度もタップしてしまったりと、使いづらくなってしまいます。
――ちなみに、ゲームでも使われているということですが、プレイするユーザーの側でしょうか、それとも開発の側でしょうか。
[中村氏]両方です。法人向けの製品は日本でも有名なゲーム会社でも採用されていますし、パーソナル版のユーザー様にはゲーマーの方が多いようです。
――プレイヤー側の場合は、ハイスペックなPCを家に置いて、外出先からノートPCで戦うというイメージでしょうか。
[中村氏]そうですね。あとは、タブレットからという人も。電車に乗って立ちながらスマホのゲームやっている人がいますが、ああいう感じでSplashtopを使ってゲームをしているようです。
――フレームレートが高いと、通信帯域が必要な気がします。そのトレードオフなどはどうしているのでしょうか。
[中村氏]たとえばスマホでは画面が小さいので、画面サイズを小さくすることで転送の帯域をおさえています。それと差分転送が効いていますね。カクカクするのは常に全画面の情報を送っているからで、Splashtopは変化のあったところだけ送ることで帯域を抑えています。
――どれぐらい帯域があればという目安があれば教えてください。
[中村氏]オフィス業務なら1Mbpsぐらい、動画を見るには3Mbpsぐらいあれば十分だと思います。
また、クライアント側で、スピードを重視するのかクオリティ重視かを切り替えられるようになっていて、用途に合わせて選んでご利用いただけます。さらに、ネットワーク最適化のオプションもあって、これを選ぶと帯域にあわせたフレームの送りかたをしてくれます。たとえば電車に乗っているときなど、帯域が変化するときには、ネットワーク最適化オプションを使うことで、その帯域にあわせてストレスなく使えるようになります。
VPN不要でカンタン導入、最短で当日から利用可能
[中村氏]2つめの特徴は、導入のしやすさです。Splashtopの製品は、組織内で完結する「Splashtop On-Prem」以外は、クラウドのリレーサーバーを利用するようになっています。これらのクラウド製品では、アカウントを申し込んで、アプリをダウンロードしてインストールするだけで利用開始できます。PCの知識がなくても、最短で当日から使用できます。
VPNも不要です。Windowsに搭載されているリモートデスクトップなどでは、社内ネットワークにアクセスするためのVPNが必要でした。VPNは、複雑なセットアップや、保守管理、ユーザー増加時の拡張性の低さなどの課題があると思っています。
それに対してSplashtopは「脱VPN」を掲げていて、操作される社内PCに入れたストリーマーというソフトと、操作する側のクライアントソフトが、クラウドのリレーサーバーを介してつながります。通信の部分は暗号化通信に対応していて、VPNを使わなくても安全性が保たれます。もちろん弊社の担当者も通信の中身は見られませんし、画面転送だけなのでリレーサーバーにはデータは残りません。こうした考え方は、最近注目されているゼロトラストにも通じるものだと思っています。
またSplashtopでは、ビジネスシーンを想定して、ウェブベースの管理機能も搭載しているので、情シス担当者がユーザー管理やデバイス管理、接続履歴の確認などができるようになっています。
クライアントの種類としても、すべてのデバイスとすべてのOSへ、というビジョンを掲げています。WindowsとMacのほか、iOSやAndroidのスマホやタブレット、さらにChromebookにも対応しています。
導入のしやすさとしては、イギリスの建築会社の事例があります。ロックダウンが起きてリモートワークをすぐに始めなくてはいけないことになり、全社員1350人のリモートワーク環境をSplashtopを使って48時間で構築しました。それぐらい簡単に使えるということで、広く利用されています。
――リレーサーバーが混雑したり障害が起きたりする可能性もあると思いますが、どのような対策をとっているのでしょうか。
[中村氏]リレーサーバーは世界各国の20以上の拠点にあります。自動的に近い拠が選択されるほか、1カ所で障害が発生した場合でも他の拠点に切り替わってサービスを継続できます。
リレーサーバーはAWSやGoogle Cloud、Oracle Cloudのサーバーを利用しており、負荷に応じてサーバーの台数を増減するオートスケーリングの構成になっています。そのおかげで、新型コロナによってリモートワークの需要が急激に増えても、サービス品質の低下や障害が発生することなく、ほぼ100%に近い稼働状態を保ちました。
大規模企業向け新製品「Splashtop Enterprise Cloud」とは
――では、新しく登場したSplashtop Enterprise Cloudについて教えてください。
[中村氏]Splashtop Enterprise Cloudのターゲットは、エンタープライズと言われるような大規模な企業向けです。Splashtopは、最初はコンシューマー向け製品に始まり、そこからビジネスでも使えるということで商用利用をターゲットにしてきました。ここ数年では、比較的大きな企業で、会社全体で数千単位でご利用いただくようになって、そういったケースをターゲットにしてSplashtop Enterprise Cloudを作りました。
Splashtop Enterprise Cloudは、いままでの機能のオールインワンの製品になっていて、Splashtopの製品でできることがひとつにまとまっています。たとえば、メンテナンスやサポートなどをリモートで行う、リモートサポートの機能がEnterprise Cloudには付いています。
Splashtop Enterprise Cloud固有の機能としては、SSO(シングルサインオン)に対応しています。SAML 2.0に対応しており、Azure ADやGoogle Workplaceなどの既存のIDプロバイダーを利用してログインできます。企業独自の認証も使えるため、たとえば生体認証を利用してよりセキュアにできます。
SSO対応は、アメリカでのスタンダードになりつつあります。日本企業でもいろいろなクラウドアプリの採用が進んでいますが、それぞれのアプリごとに認証するのは大変です。SSOは、それぞれのアプリの認証をひとつにまとめて、マスターキーを作り出すようなものです。日本でも今後スタンダードになるのではないかと思いますし、そのSSOにSplashtopはいちはやく対応しました。
――Splashtop Enterprise CloudでSSOに対応ということですが、これまでの製品ではどうなっていたのでしょうか。
[中村氏]これまでSplashtop Business Proと組み合わせてSSOを使うようになっていましたが、SSOはSplashtop Enterprise Cloudのみに統合する形になりました。Splashtop Business ProとSSOを組み合わせた新規申し込みは、すでに3月末で終了しています。
――そのほかの機能にはどのようなものがあるでしょうか。
[中村氏]手元のペンタブレットを遠隔地のPCで使える、リモートスタイラスという機能が、Splashtop Enterprise Cloudに搭載されました。ワコム様の技術提供により、ワコム製のペンタブレットとApple Pencil 2に対応しています。
これまでリモートワークというとオフィスワーカーのもので、イラストレーターなどのクリエーターの作業は取り入れにくい部分がありました。たとえば、今回のようなパンデミックがあったときや、ライフステージの変化を迎えたときなどには、自宅作業が必要になり、ハイスペックのPCを丸ごと持って帰って作業する必要がありました。Splashtopのリモートスタイラスにより、クリエーターのリモートワークも実現できると考えています。
――スタイラスを使うだけならWindowsのリモートデスクトップでも使えたかと思いますが、それとの違いはどのようなところでしょうか。
[中村氏]ほかの製品ではほとんどマウスのような扱いになっていると思います。それに対してSplashtopでは、ワコム様からの技術提供により、傾きや筆圧などにも対応していて、ほとんど遅延もないようになっています。そうした点が他社製品と比べた優位性だと思います。
――そのほかのSplashtop Enterprise Cloud独自の機能も教えてください。
[中村氏]機能のひとつとして、スケジュールアクセスがあります。企業の管理者が、従業員に使用させたい時間を事前に設定できる機能です。たとえば、平日の9時から18時までと設定すると、利用者はその間しかリモートアクセスできません。大企業などの勤怠管理などに利用できるのではないかと思います。
そのほか、リモートマイク機能もあります。操作する側のPCのマイクを、操作される側のPCから使えるものです。ウェブ会議を職場のPCで完結させたい、という要望を多くいただいていて、機能を追加しました。
クリエーターでもテレワーク、「シン・エヴァ」制作でも採用
――Splashtopの企業での使われ方はどのような感じでしょうか。
[中村氏]最近では、情報の取り扱いに繊細な金融業界でも導入されています。株式会社セゾン情報システムズ様では、セキュリティを担保しながら、社外でも効率よく業務を行うことができるツールとしてご採用いただきました。
医療分野では、アメリカのCDC(米国疾病管理予防センター)でもご利用いただいています。
映像分野では、「エヴァンゲリオン」シリーズなどを制作する株式会社カラー様の事例があります。公開前の作品を取り扱うことから機密情報を社外に持ち出すことを禁止していたそうですが、新型コロナのパンデミックによりリモート環境が必要になってSplashtop Business Proをご採用いただきました。組織でユーザー管理ができる点や、高速な画面転送をご評価いただいています。今回の映画(「シン・エヴァンゲリオン劇場版:||」)のエンドロールにもSplashtopの名前が載っています。
――前年比400%成長したという話がありましたが、他社製品からSplashtopに乗り換える企業も多いのでしょうか。
[中村氏]多くあります。ちょうどSplashtop日本法人が乗り換えキャンペーンの割引をしたので、たくさんお声がけをいただきました。いちばん多いのは、前のツールがパフォーマンスやUIの面で使いにくいということからSplashtopに乗り換えたというケースです。
また、Splashtopでは無料トライアルを用意しています。現在実施しているキャンぺーンは、Splashtop Business Pro 30日無料トライアルで、受付期間は5月末までです。ソフトは製品版と同じものなので、気にいったらライセンスを購入して、そのまま本番環境に移行できます。トライアルで使いやすいということで乗り換えていただいた企業が多くいらっしゃいます。
――Splashtopのウェブサイトを見ると、トライアルは法人向けのように見えますが、個人事業主やフリーランスの方が試したい場合はどうすればいいでしょうか。
[中村氏]トライアルのライセンスは自動で発行できるので、個人の方でもそれで試してもらって大丈夫です。
また、 日本法人のサポート対象外ではありますが、Splashtopにはパーソナル製品もあります。いまITツールはコンシューマライゼーションが言われていて、個人が使っていて使いやすいものが会社にも導入されて普及するという流れがあります。Splashtopでも情シス担当の方が個人で使って、間違いないので法人でも採用していただく、という流れがあります。日本では、WindowsのゲームをiPhoneでやりたいというような用途で、学生などのほうがSplashtopの知名度は高いかもしれません。
――Splashtopの今後、特に日本市場での展開について教えてください。
[中村氏]これから、Azure ADやOktaなど、SSOが日本企業に普及していくと思っています。もうだいぶ普及していますが、加速していくと思います。そうしたときに、われわれはSSOにいちはやく対応したリモートデスクトップ製品としてご信頼いただけるのではないかと思います。
また、携帯の5G回線を使った実験では60fpsを実現しました。これから5Gによってより低遅延で会社のPCを操作できるようになるので、映像制作や、イラスト、映画制作など、大容量が必要な用途でもリモートワークを実現できると考えています。