インタビュー

“クラウド会計ソフト”を公認会計士の実務経験者らが開発、「MFクラウド」の開発思想は“簡単”意識しつつ会計のプロも使えること

 確定申告の受付が始まった。今年は2月16日から3月16日まで。確定申告の主役はフリーランスなどの個人事業主だ。サラリーマンは毎月の給与から所得税が天引きされているが、個人事業主は1月から12月までの収支を計算し、翌年の2~3月に確定申告を行って納税することになる。

 個人事業主が確定申告を行う際の強い味方が“青色申告用会計ソフト”だ。従来はパッケージ型の会計ソフトが一般的だったが、ここにきてクラウド会計ソフトに注目が集まっている。今回は、クラウド会計ソフトを代表する1社「マネーフォワード」に製品開発の経緯などを聞いた。

 株式会社マネーフォワードは、2012年5月に設立した若い会社だ。現在の社員数は60名ほど。まだ3年に満たないベンチャー企業という見方もできるが、CEOの辻康介氏はソニーの本社経理部、マネックス証券を経てマネーフォワードの設立に参画。COOの瀧俊雄氏も野村證券、野村ホールディングスを経てマネーフォワードに参画するなど、金融系のエキスパートが集まって設立された会社だ。

 主要株主を見ると、マネックス・ビジネス・インキュベーション、三菱UFJキャピタル4号投資事業有限責任組合、三井住友海上キャピタル、TBS、電通、ジャフコ、クレディセゾンといった有名どころが名を連ねている。若い会社だが、ポッとでのベンチャーとは一線を画している。

 「マネーフォワード」というと、家計簿サービスを思い浮かべる人が多いかもしれない。実際、2012年12月に提供を開始して以来、現在までに利用者数180万人という家計簿サービスに成長している。

 しかし同社は、個人・家庭におけるお金の管理だけでなく、ビジネス分野の会計ソフトにも注力している会社だ。2013年11月には個人事業主向けソフトの「MFクラウド確定申告」および法人向けソフトの「MFクラウド会計」(旧「Money Forward for BUSINESS」)を提供開始。それから約1年で、利用者は12万人に達したという。

 今回は、マネーフォワードのクラウド会計・確定申告ソフトである「MFクラウド」の開発に携わる谷口徹氏(MFクラウド本部開発部マネージャー)と山田一也氏(MFクラウド本部開発部)に話を聞くことができた。

クラウド会計ソフトの開発メンバーは、公認会計士の筆記試験合格者や公認会計士の実務経験者ら

――まず初めに、お二人の略歴を聞かせてください。

谷口氏:
 私は大学で会計を勉強して公認会計士の筆記試験に合格しました。物作りが好きだったので、卒業後はエンジニアとして求人サイトを作る仕事をしていました。MFクラウドの開発が始まるころにマネーフォワードに入社しました。

山田氏:
 私は公認会計士で、監査法人トーマツを経てIT系のベンチャーのCFO(最高財務責任者)として実際に企業の中で会計・税務を経験し、その後、税理士法人をバックグランドに持つコンサルティング会社でベンチャー企業の会計・税務を専門家の立場で支援してきました。現在は実務の経験をもとに、MFクラウドの開発に携わっています。

株式会社マネーフォワードの谷口徹氏(MFクラウド本部開発部マネージャー)
株式会社マネーフォワードの山田一也氏(MFクラウド本部開発部)

――なぜ、マネーフォワードに入社されたのですか。

山田氏:
 例えば「弥生」さんなど従来の会計ソフトは使いやすいのですが、実務を経験をする中で「こうしたらもっと使いやすいのに」と思うことがありました。会計ソフトのクラウド化の流れの中で、自分の思いを生かせる場をマネーフォワードが用意してくれたので、「これはやるしかない」と思い参加することにしました。一からスタートするクラウド会計ソフトの開発に参加できるなどという機会は滅多にないので、自分の思いを込めたサービスを作ってみたいと思いました。

谷口氏:
 前職の求人サイトは人生の節目で使われるサービスですが、もっと日常的に使われる、生活の一部となるようなサービスを作りたいという思いが強くなりました。学生時代に学んだ会計の知識が生かせること、マネーフォワードが資産の可視化により「お金が見えると未来が見える」という思いで物作りをしているという点に共感したことから、クラウド会計ソフトの開発に参加しました。

山田氏:
 毎日使われるサービスということでは、従来の会計ソフトは月に1回まとめて仕訳入力をする企業が多いのですが、MFクラウドの特徴であるアグリゲーション機能(複数の口座からまとめてデータを取り込む機能)は口座の入出金データを毎日自動で取り込み、自動的に仕訳します。毎日、会計処理が進むということが大きな特徴です。

中小企業法人の決算に焦点を合わせて開発、会計事務所のプロもしっかり使える会計ソフトを

――クラウド会計ソフトとしては「freee」が一足先にサービスを開始し、マネーフォワードが少し遅れてスタート。その後、弥生も「やよいの青色オンライン」をスタートさせています。ライバルとなるfreeeと弥生、どちらを強く意識されていますか。

山田氏:
 どちらかというと弥生さんを意識しています、弥生さんは個人事業主の確定申告にも中小企業法人の決算にも対応されています。MFクラウドも個人事業主はもちろんですが、より複雑な中小企業法人の決算にも対応できるように開発を進めていますので、使用する層が近いという意味で、今までインストール型会計ソフトでできていた以上の付加価値をクラウドで提供しなければと考えています。

――実際に各社の会計ソフトを使った印象から、freeeは独特の思想・インターフェイスで作られていて、従来の会計ソフトを使ったことのある人や、簿記の知識がある人は面を食らう感じがします。

山田氏:
 freeeさんの場合は複式簿記の概念を意図的に取っ払って、簿記を知らない人でも使えるという世界観を目指しています。MFクラウドは、簿記を知らない人でも使えることを実現しつつ、簿記を分かっている人が今まで以上に簡単に会計を終わらせるという世界観を目指しています。

――freeeの会計ソフトですと、個人事業主が自己完結で申告をしている間は問題ないと思うのですが、事業が成長して税理士さんに依頼をする時に、税理士さん側が戸惑うように思いますが、いかがでしょう?

谷口氏:
 そういう声は時々聞きます。会計という領域なので、厳密に正確な処理をすることが重要です。多くの企業では、経理の税務に詳しい人が会計事務所にアドバイスをしてもらう形で会計処理をしています。企業の人と会計事務所の人がそれぞれ使いこなせるサービスを提供する必要があると思っているので、簿記を知らない人だけを対象とするのではなく、簡単に使えることも意識しつつ、会計のプロの方もしっかり使えるクラウド会計ソフトを目指しています。

――3社のソフトを使ってみると、MFクラウドは自動仕訳の精度が高いと感じました。

谷口氏:
 ありがとうございます。自動仕訳の精度はスタート当初よりかなりよくなっています。自動仕訳に関してはさらに精度を上げたいと思っています。

山田氏:
 以前は、Amazonで購入したものはすべて「書籍」と判断しました。しかし、実際にAmazonで購入されるものは日用品であったり家電品であったり事務用品であったりとさまざまです。現在は、購入した品目名からより正しい勘定科目に自動仕訳されるようになっています。企業がAmazonで100件、200件の物品を購入した場合、正しく自動仕訳されれば事務効率は大幅に上がります。「新聞図書費」と仕訳されても「消耗品費」と仕訳されても会計上の問題はない、という考え方もありますが、勘定科目もキッチリ仕訳するという思想で開発を行っています。

――“クラウド=全自動”といったイメージが先行している感がありますが、実際には現金で払って手入力をすることは少なくないと思います。例えば企業の場合、社員が使った経費は自動取り込みができないですよね?

山田氏:
 企業の経費精算のクラウドサービスの開発も進めています。これにより、社員の旅費精算や経費精算もMFクラウド会計・確定申告に自動取り込みができるようになります。今年中にはサービスが開始されるような時間軸で開発を進めています。従来は社員が出張旅費を精算し、それを見て経理の方が記帳するので入力作業が二重に発生しました。経費精算をクラウド化すれば、経理の方は自動取り込みになるので、その必要はなくなります。

会計士の現場の声から生まれた「重複チェック」、プロもうなる「複合仕訳の自動化」

――MFクラウドの特徴的な機能は?

谷口氏:
 掲示板機能は、顧問先(企業)と会計事務所が会計処理の確認を行う際に有効だと思います。例えば、顧問先が会計事務所に仕訳方法の確認を行う際に、実際の仕訳のリンクを掲示板に貼り付けることができます。クリックするだけで実際の仕訳を表示させることができるので、従来のメールで問い合わせる方法に比べ確実な情報共有が可能となります。

――それは会計事務所の方にはありがたい機能ですね。ほかにもプロ向けの機能はありますか。

谷口氏:
 重複チェックも会計士向けの機能です。同じ仕訳を重複入力してしまうことは珍しくありません。従来は記帳されたデータを目視確認していたのですが、同じ日に同じ金額の取り引きがあるとグルーピング表示して重複確認が楽にできます。正確には同じ日・同じ金額ではなく、誤差を指定できますので、同じころ・同じくらいの金額を抽出して確認ができます。この機能は、税理士の方のヒアリングをきっかけに開発した機能です。

山田氏:
 実務をやっていた経験から、MFクラウドで感動的なのは複合仕訳の自動化です。作っている側が言うのは変ですが、すごい機能だと思います。

――もう少し詳しく教えて下さい。

谷口氏:
 以前は明細1行に対して1行の仕訳しかできなかったのですが、複数行の複合仕訳の自動化に対応しました。例えば、融資の返済を行う際に、固定の元金と変動する利息の合計額が毎月引き落とされたとします。その月の日数により毎月微妙に金額が異なるのですが、元金固定でルール化すると、引き落とし金額と元金の差を利息と計算して自動的に複合仕訳されます。

複合仕訳の自動化の例(「MFクラウド会計・確定申告」お知らせページより)

――それは個人事業主の入金時に多い、売上から源泉徴収や振込手数料が差し引かれた場合も自動的に複合仕訳されるのですか。

山田氏:
 可能です。2行の複合仕訳も、3行の複合仕訳も対応しています。税理士は複合仕訳を日常的に使いますので、それを自動化したことは画期的だと思います。フリーランスの方も源泉徴収された金額の記帳が大幅に楽になります。この機能は2014年12月に追加しました。

◇自動仕訳ルールの設定を大幅改善しました。(「MFクラウド会計・確定申告」お知らせ)
https://biz.moneyforward.com/info/feature/automatic-account-journalizing-rule/

クラウド会計ソフト、使いやすさやセキュリティ、サポートは?

――クラウド型の会計ソフトということで、開発で苦労した点もあったのでは?

谷口氏:
 私は会計の知識はあったのですが、実務経験がありませんでした。現在は私と山田のほかにもう1人、会計事務所で実務経験のあるスタッフがいるのですが、開発がスタートした当初は彼ら2人がいなかったので、実務に沿った開発という点で苦労しました。また、クラウド会計ソフトという前例があまりなかったので、クラウドで使いやすい会計ソフトを構築する難しさもありました。

山田氏:
 会計ソフトは従来のインストール型のソフトに慣れている人が大半でしたので、クラウド型(ウェブブラウザー)とインストール型のよいところをバランスさせつつ、クラウド会計ソフトならではの使いやすさを追求する必要がありました。

谷口氏:
 クラウド型とインストール型の“常識”の違いにも苦労しました。会計事務所の方は、クラウド型ですとブラウザーのタブごとに顧問先を切り替えて使えると勘違いされるのですが、実際は最後にログインした顧問先(事業所)になるので、ブラウザーのタブで切り替えて使うことはできません。この点は会計士の方にヒアリングをした結果、複数の顧問先の切り換えがシームレスに行えることが必要と判断し、切り替えボタンを用意することで対応しました。

――セキュリティ面についてお聞かせ下さい。

谷口氏:
 セキュリティに関しては具体的なお話はできませんが、マネーフォワードのインフラチームは、マネックス証券のシステムを守ってきた責任者が実際に担当しており、セキュリティ面での不安はないと考えています。そのほかでは2段階認証のシステム開発を進めています。これは、普段と異なるPCからログインしようとすると、登録したメールアドレスに確認のメールが送られ、ワンタイムパスワードを入力しないとログインができないシステムです。同じPCでもブラウザーやルーターが変わっただけで確認のメールが届くようになります。家計簿サービスから導入を開始し、MFクラウドでも採用する予定です。

山田氏:
 お客様のIDやプロダクション情報、金額の情報は関連付けされないように別々に保管しています。また定期的に外部から脆弱性のチェックも行っています。

――昨年はMFクラウドのサービス開始直後に確定申告の時期を迎えましたが、今年はユーザーがかなり増えたと思います。サポート体制についてもお聞かせ下さい。

谷口氏:
 今年はカスタマーサポートの人員も電話回線も大幅に増やしました。サポートは電話、チャット、メールで対応しています。すぐに解決したいユーザーが多いので、電話とチャットでの問い合わせが多くなっています。ご希望があれば、地域や業種を考慮して、相性のよい税理士を紹介することもあります。

――最後に、読者に伝えたいことがあれば。

谷口氏:
 MFクラウドは、技術の力を使って、正確性を担保しつつ、会計業務を効率よく、簡単にしていくことに取り組んでいます。また、社内のカスタマーサポート、税理士事務所のサポートにより、しっかり会計業務ができるようにサポートを行っていきます。

山田氏:
 クラウドで簡単に使えることを目指しつつ、簡単なだけでなくキッチリと会計処理ができるというところを大切にしています。そのためにはテクノロジーの支援も必要ですし、カスタマーサポートや、税理士の先生方の支援も必要なので、マネーフォワードのネットワーク全体を使ってユーザーをサポートしていきたいと思っています。

――ありがとうございました。

奥川浩彦@ アイピーアール