インタビュー

スマホで撮影した顔写真から「肌遺伝子モード」を判定、花王とアイスタイルらが進める「RNAテック」とは

CEATEC会場でもその場で判定、「今使うべき化粧品」や「自分の状態」も把握可能

皮脂のRNA発現情報に基づいて肌タイプを分類できる。そして、顔写真を撮影することで、その肌タイプを推定、肌遺伝子モードを判定する

 人の体がDNAによる遺伝情報に基づいて作られていることはよく知られている。そして、その情報を元に、日々、生命活動に使われるのが「RNA」だ。

 これはDNAと同じ核酸の一種で、現在の状況に合わせた「必要な部分だけのコピー」といえる。そして、現在、スマホで顔を撮影するだけで、RNAに基づく肌タイプを推定できる「肌遺伝子モード判定」技術があることをご存じだろうか。

 RNAを直接採取・解析する必要がなく、ただ「撮影するだけ」で、肌遺伝子モードを判定し、現在の「身体の状況」まで推定できるというものだ。

 「皮脂RNAモニタリング」と呼ばれる技術で、多くの企業や団体との共創を目指すのが「RNA共創コンソーシアム」。

 技術開発の中核となる花王を中心に、各業界をリードする企業が共創パートナーとして参画している。なかでも、日本最大の美容系プラットフォーマーであるアイスタイルは、同社のアプリ「@cosme」(iPhone版/Android版)の「お肌のケアどき診断」に、すでに本技術を活用している。

 RNA共創コンソーシアムは10月14日~17日に幕張メッセで開催される「CEATEC 2025」にも出展予定。「皮脂RNAモニタリング」とはどんなもので、そのメリットはどこにあるのか。CEATEC 2025での展示内容とともに、この取り組みを推進するRNA共創コンソーシアムの中心メンバーに話を聞いた。

 お話をお伺いしたのは、花王株式会社 DXソリューションズセンター 全社DX共創部 主席 中田 敬氏と、同じく花王株式会社 スキンケア研究所 グループリーダーの菊池 祥氏、そして株式会社アイスタイルのプロダクトデータユニット プロダクトグロース本部 データマーケティング室 大久保 雄矢氏の3名だ。

顔を撮影するだけで「肌遺伝子モード」がその場でわかる理由とは?

――遺伝子情報をもつ「DNA」はよく耳にしますが、そもそも「RNA」とは何でしょうか?

皮脂RNAモニタリング技術の応用研究を担当する花王株式会社 スキンケア研究所 グループリーダーの菊池 祥氏

[菊池氏]皆さんがよく耳にするDNAは「人間全体の設計図」みたいなものですが、RNAはタンパク質を作るための「必要な部分だけのコピー」といったものです。

 DNAには顔の形や体質など、すべてが収納されていて、しかもこの情報は、基本的には一生変わりません。しかし、あまりにも膨大な情報量なので、体内でタンパク質を作りだすたびにDNA全てを参照するのは非効率的です。そこで、必要な部分だけをDNAからコピーして伝達するのがRNAです。

 人が必要とするタンパク質は生活習慣や紫外線量などの周囲の環境により、常に変化するので、RNAの情報もそれに応じて変化します。だからRNAは「今の身体の状態」を反映する指標として最適です。たとえば一卵性双生児は同じDNAを持っていますが、タバコを吸う、寝不足が重なるなど異なる生活をすれば見た目の老化速度は変わってきますよね。RNAを解析することで、この後天的な状態まで入れた解析ができるんです。

 今回、われわれがCEATECに出展する「皮脂RNAモニタリング」技術は、このRNAを皮脂から抽出して解析するものです。

 あぶら取りフィルム1枚分の皮脂から数千種類のRNAを解析できるので、たとえば肌分析を例にすると従来の「乾燥肌」「脂性肌」といった大ざっぱな分類よりも、もっと動的で客観的な指標を出せるのが特徴です。肌だけじゃなくて、健康のいろんな指標にも広げられる可能性をもつ技術なんです。

皮膚からRNAを採取するためには、皮膚を切り取るなど肌に傷をつける手法が一般的だが、「皮脂RNAモニタリング」技術では皮脂から安定的に抽出できるように

RNAに基づいて肌タイプを分類できる

 そして、皮脂RNAに関する研究を続けていくと、RNAの特徴が異なる2つのタイプが存在することが分かりました。「角化」などの皮膚バリア機能に関連する遺伝子が特徴的なクラスター1(C1)と、「免疫応答」などの皮膚免疫機能を担う遺伝子が特徴的なクラスター2(C2)です。

 さらに、この2タイプの顔画像(素顔)の特徴をAIも駆使して解析を進めたところ、タイプ分類を推定(肌遺伝子モード判定)する機械学習モデルが開発できました

 つまり、顔情報だけで「この人はC1に近い」「C2に近い」といったように、肌遺伝子モードが判定できるようになりました。少し前まで、皮膚を切り取り、分析を行い、やっと解析できたタイプが、一部とはいえ、写真を撮るだけで傾向を判定できるわけですから、手軽さがまったく違います。

さらに、顔の画像から、皮脂RNA発現情報に基づく肌タイプを推定可能に

皮脂RNAモニタリング技術を実装した@cosme「お肌のケアどき診断」

――この技術は、すでに一般のサービスにも導入されているのですね。

@cosmeを運営する株式会社アイスタイルのプロダクトデータユニット プロダクトグロース本部 データマーケティング室 大久保 雄矢氏

[大久保氏]はい。アイスタイルはコスメや美容の情報ポータル「@cosme(アットコスメ)」を運用しているのですが、同ポータルのアプリの「お肌のケアどき診断」機能に皮脂RNAモニタリングの技術を活用しています。

 アプリを立ち上げて顔を撮影することで、AIが「つるつる期(肌遺伝子モード C1)」「ぴかぴか期(肌遺伝子モード C2)」のどちらかを判定します。その上で「いま重点的にケアしたほうがいいポイント」を6つの項目で表示します。毛穴やしわ、くすみ、つやなど、ユーザーが普段から気にしている要素をダイレクトに示すため、ユーザーにとってわかりやすい内容だと思います。

@cosmeアプリに搭載された「お肌のケアどき診断」の判定画面イメージ
肌遺伝子モードの判定例

――従来の口コミや肌タイプ診断と比べると、どう違うのでしょうか。

[大久保氏]これまでの口コミは「乾燥肌だから合う」とか「敏感肌の人には向かない」といった主観的で感覚的なものが中心でした。

 しかし、肌遺伝子モードが分かると、同じ「乾燥肌」でもC1とC2で合う化粧品が違うことが見えてきます。ユーザーは自分にとっての最適な商品を、客観的な指標に基づいて選べるようになるんです。商品選びに迷う方にとって、新しい道しるべになるはずです。

 重要なのは、肌遺伝子モードの判定だけで診断しているわけではない点です。実際には、顔画像の解析で得られる「しわ」「毛穴」「くすみ」などの肌状態スコアと肌遺伝子モードを組み合わせています。そのうえで、どこを重点的にケアすると効果が出やすいかという伸びしろの大きいポイントを提示しています。

 つまり、「画像で肌の現状を測る → 肌遺伝子モードで傾向を絞り込む → 両方を掛け合わせてケアすべきポイントを導く」という流れですね。従来の判断基準に肌遺伝子モードによる指標を加えることで、より自分に合った製品が絞り込めます。

CEATEC会場では「自分の今の肌遺伝子モード」が把握可能様々なデータやサービスと組み合わせると……

――かなり興味深い技術ですが、CEATECではどのような展示が体験できるのでしょうか?

RNA共創コンソーシアムを主導する花王株式会社 DXソリューションズセンター 全社DX共創部 主席 中田 敬氏

[中田氏]会場の入り口には「RNAテック体験」エリアを用意していて、顔の写真から肌遺伝子モードを判定。さらに3つの問診などから、肌、ホリスティック、ヘルスケアの観点で、肌指標、免疫力、めぐり力などの状態をわかりやすく可視化します。

CEATEC 2025会場で予定されているRNAテック体験のイメージ

[菊池氏]新しい概念で説明が難しいところなのですが、C1/C2の判定は、従来の肌解析などとは異なり、特定の肌特徴や体質に限定した概念ではありません。また、C1/C2の「どちらがいい」というものでもありません。

 C1/C2はあくまで「そのときの傾向を示す指標」であり、この情報をどう活用するのかが肝になってきます。たとえば、C1/C2の情報と、別の情報を組み合わせて、サービス化するというようなアイデアも生まれてきます。

 今回協業したアイスタイルさんの「お肌のケアどき診断」は、まさにそういった情報をうまく組み合わせた事例ですね。

このようなイメージでRNAテックが体験できる

[中田氏]なので、体験エリアのあとはRNA共創コンソーシアムに参画している企業が、どのように皮脂RNAモニタリング技術を活用するかの事例を紹介します。花王のほか、アイスタイルさんやキリンさんのエリアがあるので、コスメはもちろん「健康」や「ウェルネス」への活用もイメージしやすいのではないでしょうか。

ブースイメージ

[大久保氏]アイスタイルのエリアでは「お肌のケアどき診断」が体験できるほか、「つるつる期(肌遺伝子モード C1)」「ぴかぴか期(肌遺伝子モード C2)」別に、それぞれの肌遺伝子モードをもつユーザーからの評価が高かったコスメを展示します。

 いわば「RNAが応用された新しい化粧品選択」を体験できると考えています。

 「肌遺伝子モードの違いで評価される化粧品がこんなに違うんだ」というのを実感してもらえると思います。肌遺伝子モードをどうアプリ開発に紐付けたかのパネル展示も用意しているので、皮脂RNAモニタリングの導入に興味を持ったらどんどん声をかけてほしいですね。

「新しいアイデアや提案が生まれることを期待したい」食品、予防、医療、保険など……

――自分の肌遺伝子モード、肌指標、免疫力、めぐり力などを知る体験ができるのは面白そうですね。RNA共創コンソーシアムとしては、今後この技術はどのように広がっていくと考えていますか?

[中田氏]いまは化粧品分野を中心に展開していますが、今後は健康食品や未病・予防、医療との連携にも広げていきたいと考えています。

 RNAは「変わらない遺伝子」ではなく「変化する状態」を示すものなので、日々の生活のさまざまな場面で役立つ共通言語になり得ます。たとえば、将来はスマートミラーに肌遺伝子モード判定機能を搭載して肌や生活リズムを可視化したり、あるいは肌遺伝子モードをヘルスチェックの1項目にすることで保険会社のサービスに組み込むことも考えられます。RNAは人の健康や身体の幅広い分野にかかわるので、可能性は無限大です。

 まだ肌遺伝子モードの活用方法がすべて見えているわけではないからこそ、CEATECの会場で来場者のみなさんに体験いただき、「こんな活用はできないか」「こういう協業の形があるのでは」といった新しいアイデアや提案が生まれることを期待しています。そのためにも、CEATECのRNA共創コンソーシアムブースでRNAテックを体験してほしいですね。

 また、ブースでの体験や展示だけでなく、カンファレンスも行います。15日(水)にはRNAテックの可能性を紹介する「RNAテックの共創で切り拓く、未来の暮らし ~美容・健康から始まる新しいライフスタイル~」を、16日(木)には@cosmeアプリでの成果や今後のロードマップを紹介する「花王×@cosme 登壇 RNA肌遺伝子モード解析が創る美容の新スタンダードと共創コンソーシアムのロードマップ」を実施しますので、ご興味のある方は、ぜひこちらにもご参加ください。

――ありがとうございました。