インタビュー

高コスパのWi-Fi製品やIoT機器で定着したTP-Link、日本参入から10年間の緻密なローカライズの取り組みと、この先の展望を聞く

 TP-Linkといえば、「Archer」「Deco」シリーズのWi-Fi機器、「Tapo」シリーズのネットワークカメラなどのIoT機器(スマートホーム製品)がまず思い浮かぶ。手頃な価格で実用的な機能を備えた「高コスパ」な製品の印象が強いメーカーだ。

 同社は2016年に日本市場へ本格参入し、今年で10周年となる。参入初期の試行錯誤を経て、同社が展開する製品には、日本特有の住宅事情や通信規格に合わせた丁寧なローカライズが施されている。さらにTP-Link全体の運営体制も、2024年10月に米国カリフォルニア州にグローバル本社を構える新体制へと再編され、品質やセキュリティ面においても国際的な基準に沿った体制づくりが進められている。

 今回、同社の日本市場における10年間の軌跡とローカライズ戦略、そして次世代規格「Wi-Fi 8」の見通しや今後の展開について、日本法人であるティーピーリンクジャパン株式会社の代表を務めるSimon Li氏(支社長)に話を聞いた。

ティーピーリンクジャパン株式会社 支社長 Simon Li氏

日本の住宅事情や通信規格に合わせた、ハード・ソフトのローカライズ

 Li氏は、TP-Linkが日本に進出した目的について「より優れたネットワーク製品とサービスを、適正な価格で日本の市場やお客さまに届けることにあります」と説明する。同社では、最新技術をグローバル市場とほぼ同時に、適正な価格で提供することで、適正な利益を得つつ、多くのメリットをユーザーに還元しているという。

 こうして2016年に日本市場へ進出したTP-Linkだが、当初展開していたのはグローバル版と共通のモデルだった。参入と合わせて発売された「Archer C7」などのモデルは、欧米などの広い住宅向けに作られており、本体サイズやアンテナの長さなど、日本市場で求められている製品とは大きなギャップがあったという。

 本誌連載「イニシャルB」で2016年7月に掲載したArcher C7のレビューでは、全体的に価格相応の性能だが日本のユーザーには戸惑うところもあるだろう、と評価している。また、参入直後のTP-Linkに対しては、決定的な差異化要素が見えないとしつつ、「ラインアップが拡充されるなど、メーカーとしてのイメージが定着してきてからが、本格的な勝負となりそうだ」としていた。

「Archer C7」(2016年5月発売)

 現在では、豊富な製品ラインアップそのものも特徴としつつ、すっかり日本市場に定着した。当時を振り返り、Li氏は「当初はグローバル仕様の製品を中心に展開していましたが、日本の住宅環境やお客さまのご要望に100%応えきれていないと実感しました」と語る。

 こうしたギャップを生んでいた大きな要因が、日本特有の住宅事情や通信規格だ。

 日本では、製品の「大きさ」に関する声が多かったという。海外と比べて、特に都市部の住宅は狭く、光回線の引き込み口が玄関脇や部屋の隅などに設置されることが多いほか、玄関の情報分電盤も小さいため、設置できるWi-Fiルーターの大きさや形状に制限が生まれている。そのため日本市場を意識したモデルとして、アンテナ内蔵型や縦置きスタンド型などのスリムなモデルの開発が進められた。

 ソフトウェア面(通信方式)にも日本特有の事情が存在する。海外ではIPv4とIPv6をそのまま利用する「デュアルスタック」が広く使われているのに対し、日本の光回線市場で大きなシェアを占める「フレッツ光」などでは、回線のボトルネックを回避するために「IPv6 IPoE」が使用され、事業者ごとに「v6プラス」や「transix」をはじめとする多種多様なIPv4 over IPv6接続方式が用いられている。そのため、ルーター側がこうした独自の通信規格に対応していなければ、正しくインターネットに接続できなかったり、通信が制限されたりしてしまう。

 同社はユーザーからのフィードバックを受け、2019年7月にWi-Fi 5ルーター「Archer A10」と「Archer A2600」向けにv6プラス対応のファームウェアアップデートを提供するなど、日本の通信環境への対応を開始。対応する接続方式を順次増やしていき、2022年12月には、日本特別モデルとして縦置きに対応した「Archer AX80」を発売した。その後のモデルもIPv6 IPoE対応を標準とし、日本の住宅事情に合わせた小型モデルも定期的に発売されている。

「Archer A10」(左、2018年11月発売)と「Archer A2600」(右、2018年12月発売)。2019年7月にv6プラスに対応した
「Archer AX80」(2022年12月発売)。TP-Link初の縦置きに対応した日本特別モデル
「Archer AX23V」(2023年9月発売)。同社のWi-Fiルーターの中でも特に小型で、文庫本ほどのサイズであることを特徴としている

 これまでの取り組みを振り返り、Li氏は「ハードウェアだけでなくソフトウェア面でも、日本独自となるIPv6 IPoEなどの機能を外資系ブランドとしていち早くサポートしました。こうしたローカライズこそが、TP-Linkが日本市場で評価されている理由だと考えています」と語る。

トップになれる領域にリソースを集中

 日本参入からの10年間で、TP-Linkが展開する製品カテゴリーも広がりを見せている。

 参入当初はWi-Fiルーターをはじめとする家庭用ネットワーク機器が中心だったが、段階的にラインアップを拡充。個人向けとしてはスマートホームブランド「Tapo」を展開しているほか、法人向けでは、ネットワーク機器ブランド「Omada」に加え、2022年には映像監視ソリューション「VIGI」を展開するなど、法人向けの領域にも本格的に進出している。

 こうした事業戦略の狙いについて、Li氏は「当社が目指しているのは、参入が容易な周辺機器などに無差別に進出することではありません。自分たちが技術力やサプライチェーンで明確な強みを持ち、その分野でトップになれる領域にリソースを集中させることです」と強調する。

 今後の日本市場における展開として、スマートホームブランド「Tapo」において、既存のペットカメラや屋外用カメラの拡充に加え、既に海外で展開しているスマートドアベルやスマートロックといった新カテゴリーの製品投入を計画している。さらに、ハードウェアとソフトウェアを統合した総合的な法人向けソリューションの提案も強化していく方針だという。

「Wi-Fi 8」対応ルーターの国内展開に向けて準備中

 「Wi-Fi 8」に対応するWi-Fiルーターの国内展開に向けた準備も進められている。グローバル市場ではWi-Fi 8ルーター「Archer 8 Ultra」の予約が開始されているほか、メッシュルーター「Deco 8 Ultra」、トラベルルーター「Roam 8」の展開も予定されている。

 「Archer 8 Ultra」については、日本市場においても、各種ローカライズや検証を経て数カ月以内に順次展開される予定だという。

 従来のWi-Fi 6やWi-Fi 7の標準化にあたっては、通信速度の向上が重視されていた。その一方で、Wi-Fi 8では通信速度はWi-Fi 7と同等ながら、通信の安定性や遅延の軽減、途切れにくさを向上させる「超高信頼性」を重視している点が大きな特徴となる。

 Li氏はWi-Fi 8のメリットについて、「これまでの規格は通信速度の高速化を前面に出していましたが、Wi-Fi 8は実際の利用体験における快適さを追求しています。例えば、家の中にルーターを置いたまま屋外の駐車場へ移動したような場面や、多数の機器が密集して同時に接続するような環境であっても、シームレスで極めて安定した通信を提供できます」と説明した。

グローバルで発表されているWi-Fi 8ルーター「Archer 8 Ultra(Archer BN800)」

セキュリティ評価制度「JC-STAR」への対応と今後の展開

 ネットワーク機器の選定において重要となるセキュリティについても、日本国内の基準に合わせたアプローチが進められている。現在、IoT製品のセキュリティレベルを評価・可視化する制度「JC-STAR」のラベル取得に向け、関係機関との協議を進めているという。

 同社はすでに、JC-STARと相互承認を実施している英国の「PSTI法」やシンガポールの「CLS」で、認証を取得している。さらに、米国CISA(サイバーセキュリティ・インフラセキュリティ庁)主導の取り組みにも参画しており、製品の透明性や安全性を高めることで、ユーザーやパートナー企業が安心して選択できる環境づくりに注力している。

「今後、セキュリティ情報をより透明に開示し、ユーザーやパートナー企業の皆様に製品の安全性を十分にご理解いただけるよう努めていきます」(Li氏)

10年間の実績を踏まえ、Wi-Fi 8などの展開にも期待

 TP-Linkの日本参入からの10年間を振り返ると、同社が日本国内で存在感を高めてきた背景には、単なる価格面のアドバンテージだけでなく、日本の環境に合わせた緻密なローカライズを推進してきた点も大きいだろう。これは、「イニシャルB」の同社製品のレビューでも評価の高い部分だ(近年では当たり前になって、特に言及されなくなってきてもいる)。

 Wi-Fi 7の際にもいち早く日本向けに製品を発表した同社だが、Wi-Fi 8でも同様の準備があるようだ。安定や快適さという面で、どのようなものを打ち出してくるか、製品ラインアップの拡充、安全のための取り組み、Wi-Fi 8への対応と、それぞれの動向に注目したい。