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小説で読む「Winny」~ 栄光無き天才プログラマー「金子勇」が無罪を勝ち取るまでの7年半 ~

「 Winny 天才プログラマー金子勇との7年半 」
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 小説『Winny 天才プログラマー金子勇との7年半』がインプレスR&Dから発行される。著者は「Winny事件」の弁護団事務局⻑、壇俊光氏。

 「Winny事件」とは、YouTubeもまだない時代、分散型コンピューティングの一つであるP2P技術を使ったファイル共有ソフト「Winny」の開発者である金子勇氏が京都府警に「著作権法違反ほう助」の疑いで逮捕、7年半の裁判の結果、無罪を勝ち取ったというものである。

 今回の小説は、壇氏が自身のブログをもとにまとめたもの。ここでは、当時を知らない人のために、Winnyの概要と事件の経緯を振り返ってみたい。

Winnyの技術は分散型コンピューティングとファイル共有

 WinnyはP2P(Peer to Peer)型のファイル共有ソフトとして2002年に公開された。P2Pは、クライアント・サーバー型と違い、特定のサーバーを介さず、ネットワーク上のノード間で直接やりとりしてサービスを実現する分散型コンピューティングの方式である。

 開発者の金子勇氏は、難しいとされていた大規模なP2Pネットワークの運用をWinnyによって可能にした。Winnyの特長であるノードとファイルの見つけやすさは、類似した検索キーワードを持つノードをネットワーク上の近くに位置付ける「クラスター機能」によって実現している。また、キーワードなどをあらかじめ登録しておくと、新しいファイルを自動的にダウンロードしてくれる機能や、ファイルの転送時に「キャッシュ」をつくり、それをもとにリクエストに応じてファイルを送信する機能を実装しているのも特長である。この「キャッシュ機能」は、一次送信者でなくともファイルを転送することできるため、転送効率を向上させるだけでなく、匿名性(プライバシー保護)を維持する役割も担っている。

広帯域への転換期に登場した人気アプリケーション

 1990年代の終わりから2000年代の初期までは、国内ではADSL事業が急成長し、FTTHの整備も進んでいた。広帯域で常時接続ができる「ブロードバンド」の国内世帯普及率は2002年時点で40%(インターネット白書ARCHIVES  『インターネット白書2003』より)である。

 Winnyは広帯域ほどファイルをダウンロードしやすい細やかな設計をしており、より高速な接続サービスに乗り換えていくネットユーザーにとって、最も先進的なアプリケーションであった。ユーザーは増えていき、ノードは数十万規模に達していた。(『Winnyの技術』(金子勇著)より)

YouTubeもSpotifyもない時代

 そして、金子氏は新たに大規模な電子掲示板システム(WinnyBBS)を搭載したWinny2の開発に着手した。苦労しながら開発を進めていた2004年に、京都府警に「著作権違反ほう助」の疑いで逮捕される。違法ファイルをアップロードした利用者ではなく、アプリケーションの開発者が逮捕・起訴されたというニュースは、金子氏がテストの場としていた2ちゃんねるの住人をはじめ、インターネットのコミュニティーに大きなショックを与えた。

 当時、海外ではNapsterなどのファイル共有サービスが投資を集めて商用化するものの、パッケージメディアの落ち込みを懸念する業界団体からは訴訟の標的にもなり、サービス停止に追い込まれる事業者も多かった。今のようにYouTubeやSpotifyはない時代だ。ネット上のコンテンツ共有はビジネスの脅威と捉えられ、主導権をにぎるにはいたっていなかった。そんな風潮があった時期に金子氏は逮捕され、一審の京都地裁では有罪となった。逮捕されてから無罪判決が確定するまでには、7年半もの歳月を要したのである。

栄光無き天才プログラマーが無罪を勝ち取るまでの道のり

 本書は、その裁判で弁護人として活動した著者の視点から、これまで、あまり注目されてこなかった、捜査の手法や、法廷のやりとりなど、実際の刑事裁判を体験したものでなければ語れないWinny事件や金子勇氏との出来事が語られている。

 金子勇氏は、2003年11月27日に著作権法違反ほう助の被疑事実で京都府警による捜索差押を受け、2004年5月10日には逮捕され、同月31日に起訴された。金子勇氏の逮捕を受けて、13名の弁護人が弁護活動にあたったが、2005年12月13日京都地方裁判所はほう助の成立を認めて罰金150万円(求刑懲役1年)の有罪判決を下した。

 これに対して、無罪を求める弁護側と懲役刑を求める検察の双方が控訴したが、弁護人の奮起もあり、2009年10月8日には逆転無罪となり、2011年12月19日には検察の上告が退けられ、金子勇氏の無罪が確定した。

 本書は、その裁判の経緯と金子勇氏との交流が、弁護人である著者の視点から描かれている。また、2ちゃんねるの住人による支援活動にも触れられ、ユーザーコミュニティーの当時の熱気も感じられる。

 映画化が予定されているという「Winny」(映画のサイト)のストーリーだが、著者の壇弁護士は「Winny事件を知らずに育った世代に、日本にも国家権力を相手にして闘った本当の技術者がいたことを知ってもらいたい。日本の技術がこんなにまで衰退した、その一つの答えがここにあると思うのです」と書籍化の理由を語っている。

 Winnyの革新性と栄光無き天才プログラマー金子氏が歩んだ道のりを、いまあらためて本書で共有していただきたいと思う。