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イーサリアム2.0の基幹技術を検証、LayerX Labsと東工大首藤研が共同研究

 パブリックブロックチェーン分野で世界最先端の学術研究が日本国内で始まる。LayerX Labsと、東京工業大学の首藤一幸准教授らの研究グループが共同研究を開始した。

 イーサリアム2.0(Ethereum2.0)を構成する最も重要な技術のひとつであるコンセンサス(合意形成))アルゴリズム周りをシミュレーション(数値実験)により検証する。次世代のシステム技術の基幹部分へ日本の研究者らが貢献する形となる。最新技術への知見の蓄積が期待される。

 イーサリアム2.0は、時価総額2位の暗号通貨であり、パブリックブロックチェーンである現行のイーサリアムの次世代版にあたる。この2020年8月にイーサリアム2.0の公開テストネットが稼働を開始した。今後数カ月でイーサリアム2.0の初期段階にあたる「フェーズ0」のメインネットが立ち上がる見込み。さらに数年をかけてイーサリアム2.0は分散処理(シャーディング)による性能向上を達成していく計画である。計画通りに進めば、イーサリアム2.0は無制限といえる処理性能を手に入れることになる。

 共同研究では、このイーサリアム2.0の基幹技術の検証に取り組む(詳細は後述)。研究により問題点を早期に発見できれば、将来のイーサリアム2.0をより堅牢にすることができる。

LayerX Labsはイーサリアム2.0基幹技術に貢献

 共同研究に取り組むLayerX Labsは、ブロックチェーン分野のスタートアップ企業LayerXの研究開発部門である。LayerXは大企業と組んだデジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みを本格化させている。一方、同社にはパブリックブロックチェーンの基幹技術に関する研究の蓄積がある。2020年8月、同社は社外の知見を取り入れることを狙い、新たに研究開発部門LaterX Labsを設立した

 LayerX Labs所長の中村龍矢氏はイーサリアムの開発者コミュニティに貢献した実績を持つ。具体的にはコンセンサスアルゴリズムCBC Casperのコアリサーチャーである。中村氏らが執筆した学術論文"Refinement and Verification of CBC Casper"(2019 Crypto Valley Conference on Blockchain Technology (CVCBT))は、CBC Casperに関する論文として初めて査読付き国際学会で採択された実績を持つ。またイーサリアム2.0には中村氏の貢献が反映されている(関連記事)。

イーサリアム2.0のコンセンサスアルゴリズムCBC Casperに関する学術論文。LayerX Labs中村氏らが執筆、査読付き国際会議で採択された。

東工大 首藤研はSimBlockなどブロックチェーン分野に蓄積

 LayerX Labsと共同研究を行う東京工業大学の首藤一幸准教授の研究グループ(東京工業大学 情報理工学院 首藤研究室)は分散システム研究の蓄積をもつ。

 2016年からブロックチェーンの学術研究に取り組んでいる。2019年にはブロックチェーンのシミュレータ「SimBlock」を発表、パブリックブロックチェーンに関する技術的な提案を数値実験で評価、検証することを可能とした(関連記事)。最近の研究成果として、ビットコインなどのブロックチェーンのノードが持つデータを大幅に軽量化する技術"Trail"などがある(Ryunosuke Nagayama, Ryohei Banno, Kazuyuki Shudo, "Trail: A Blockchain Architecture for Light Nodes",
Proc. IEEE ISCC 2020, 2020年 7月)。

ブロックチェーンシミュレータSimBlockによる可視化の例

 共同研究では、首藤研が開発したブロックチェーンシミュレータSimBlockを、イーサリアム2.0のシミュレーションに対応できるよう機能拡張する。そのうえで数値実験によるコンセンサスアルゴリズムの評価、検証に取り組む。

 現状のSimBlockはPoW(Proof of Work)に対応しているが、イーサリアム2.0で使われるPoS(Proof of Stake)には未対応である。そこでSimBlock側の機能拡張をまず実施する。SimBlockはオープンソースなのでこの新機能も世界中の研究者らが使える形で公開する。

 中村氏によれば、ブロックチェーンのコンセンサスアルゴリズムを検証するときには「ブロックの遅延の上限値」だけを仮定した簡単なモデルに基づき数学的に証明する場合が多い。このようなモデルは数学的に扱いやすい半面、ブロック伝搬の現象を単純化しすぎており、現実の性能やセキュリティを分析するのに十分ではない。SimBlockを使い、現実に近い複雑なブロック伝搬をシミュレーションすることにはアルゴリズムの検証として大きな意味がある。

 イーサリアム2.0では、PoSのためのコンセンサスアルゴリズムとして「Casper FFG」、ブロックチェーンが分岐した場合に1本のチェーンを選ぶルール(フォークチョイスルール)として「LMD GHOST」を使う。今回の共同研究では、まずはLMD GHOSTの評価、検証をターゲットとする。

イーサリアムのコンセンサスアルゴリズムGHOSTをSimBlockで実験した様子。2019年10月に大阪で開催されたイーサリアム開発者会議Devcon5で首藤研が発表したスライドからフォークチョイスルールGHOSTの説明。共同研究ではGHOSTの変種であるLMD GHOSTを検証していく。

 首藤准教授によれば、ブロックチェーンに関する学術研究は世界的には急激にボリュームが増えているが、日本国内で本格的に取り組んでいる研究者はまだ少ない。また、中村氏によればイーサリアム開発者コミュニティ内でもコンセンサスアルゴリズム分野のリサーチャーは少ないという。

 社会的インパクトが大きなイーサリアム2.0の研究開発分野に日本の研究者が貢献できることは、イーサリアムのコミュニティにとっても、また日本のブロックチェーン研究の水準向上という観点でも大きな意義があるといえる。