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まるで“大型ジェットとリニアモーターカー”のコラボ、量子コンピューター「IBM Quantum System Two」とスパコン「富岳」の連携で、新たな世界に期待集まる
2025年6月30日 06:55
IBMの最新の量子コンピューターである「IBM Quantum System Two」が、兵庫県神戸市の理化学研究所計算科学研究センター(R-CCS)に設置され、運用を開始した。スーパーコンピューター「富岳」と同じ建屋内に設置され、相互接続によって、低遅延での活用も可能だ。世界的に見てもユニークな取り組みであり、量子計算の能力と精度を加速することができ、理研の研究チームは、量子を中心としたスーパーコンピューティングアプローチを用いて、基礎化学問題などの高度なアルゴリズムの研究を進めることができる。
R-CCSでは、6月24日午前10時から、「RIKEN Fugaku - IBM Quantum System Two連携稼働記念式典」を行い、理化学研究所(理研)の五神真理事長、米IBM Quantumバイスプレジデントのジェイ・ガンベッタ氏、日本IBMの山口明夫代表取締役社長のほか、兵庫県の齋藤元彦知事、神戸市の久元喜造市長、経済産業省イノベーション・環境局長の菊川人吾氏、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)理事の西村知泰氏などが参加した。
「使う量子」から「つなぐ量子」への発展

理化学研究所 理事長の五神真氏は、「生成AIや量子コンピューターは、社会課題の解決の鍵を握る重要な技術である。近年の量子コンピューターの進展は目覚ましく、スパコンと接続して実際の問題に応用する研究が一気に進んでいる。日本は量子政策を先導してきたが、IBM Quantum Heronプロセッサーを搭載したIBM Quantum System Twoと富岳とを接続し、世界最高の環境を構築することで、ハイブリッド計算の開拓にも挑むことになる。重要なのは、計算能力に量子コンピューターを新たに追加し、どのようなキーアプリケーションが生まれるかを見極めることである。スパコンで培ってきた計算科学の資産を最大限に活用することが重要である。富岳はArmアーキテクチャーを採用し、ユーザー中心の思想で開発した。難解で、大規模な計算に取り組む国内外の研究者、技術者が集っている。また、RIKEN Quantumを通じて、量子力学に関する研究成果も蓄積している。世界最先端のマシン同士の結合が実現し、新たなビジネスの創出につながる成果も期待できる」とした上で、「今後は使う量子から、つなぐ量子への発展が求められる。今回の接続は、双方に利益をもたらすMade with Japanの新たな国際連携モデルになる」と位置づけた。
また、「AI計算用に最新GPUを搭載したマシンを2025年度中に理研神戸に設置することになる。Quantum-centric supercomputingの実現に向けて、富岳NEXTを加えてスパコン、AI、量子コンピューターによる次世代計算基盤を構築し、日本の科学技術と産業の発展、地球規模の課題解決に貢献したい」と述べた。
IBM山口社長も「技術者としてワクワクした」システムが4年の時を経て日本に

日本IBM 代表取締役社長の山口明夫氏は、「量子コンピューターを中心としたスーパーコンピューターとの接続を実現するQuantum-centric supercomputingの話を、ニューヨークで聞いたのは4年前の話である。それが実現できるのであれば、日本が抱える課題や世界が抱える課題、私たちがやりたいと思っていたことができる可能性が極めて高くなると考えた。私は37年間、日本IBMでエンジニアとして働いてきたが、4年前に自分自身がエンジニアとして、このプロジェクトに参加したいと心から思ったことを思い出す。とてもワクワクした。そして、なんとかこれを、日本からスタートできないかと、ニューヨークで会話したことを思い出す。最終的には、Quantum-centric supercomputingが世界に展開され、よりよい地球になることを描いている。そのスタートの日が、今日迎えられた。とてもうれしく思う。このプロジェクトの成功に全力を尽くし、科学技術の進歩、産業の発展に貢献したい」と語った。
また、山口社長は、古典コンピューターと量子コンピューターを電車と飛行機になぞらえ、次のように語った。「古典コンピューターは、例えるならば、電車と同じである。PCやサーバーから、スーパーコンピューターに進化するということは、新幹線となり、リニアモーターカーになるのと同様だ。しかし、空は飛べない。だが、量子コンピューターは飛行機に例えることができ、空を飛べる」。
続けて山口社長は、「量子コンピューターの進化は、空を飛べるジェット機のサイズが徐々に大きくなっていくのと同じだ。だが、飛行機だけだと、目的地の近い場所まで行けない。一方で、リニアモーターカーだと海を越えて海外には行けない。この2つが組み合わさることで、移動方法が最適化され、ツーリズムの姿も変わる。このユースケースの多様性と同じことが、Quantum-centric supercomputingによって、コンピューティングの世界でも実現できる。今回の取り組みは、理研の同じ建屋のなかが、リニアモーターカーとジェット機の両方を専有で利用できるのと同じだ。専有できるため、飛行機に搭乗するのに待ち時間が無くなるのと同じであり、研究に速く取り組むことができ、活用方法も自由に考えられる」と、量子コンピューターと古典コンピューターの連携に期待を寄せた。

また、米IBM Quantum バイスプレジデントのジェイ・ガンベッタ氏は、「米国以外に、IBM Quantum System Twoが展開されたのは初めてのことであり、世界で最も強力で、高性能なシステムのひとつであるスーパーコンピューター『富岳』と接続された最初の量子コンピューターとなる。しかも、富岳と同じ場所に配置され、直接つながっている。スーパーコンピューターと量子コンピューターを統合した新しいアーキテクチャーであるQuantum-centric supercomputingの実現に大きな一歩を踏み出した。過去の成果に基づいて、新しいアルゴリズムを構築し、従来方法よりも、速く、費用対効果も高く、より正確に問題を発見することができる。これを、『量子アドバンテージ』と呼んでいる。また、IBMは、先ごろ、『フォールトトレラント量子コンピューティング』のロードマップを発表したが、今回の成果はここにも貢献する。今回のパートナーシップは、ハイパフォーマンスコンピューティングの未来を定義するものになる」と語った。
量子システムと古典システムが補いあい、新しいパラダイムへ
IBM Quantum System Twoは、156量子ビットのIBM Quantum Heronプロセッサーを搭載。2量子ビットのエラー率は、前世代となる127量子ビットのIBM Quantum Eagleプロセッサーの3〜4倍改善され、100量子ビットの長いレイヤーのエラーをベンチマークとするデバイス全体のパフォーマンスは10倍向上。速度は25万CLOPS(1秒当たりの回路層操作数)となり、10倍以上向上している。
米国以外への設置およびIBM Quantumデータセンター以外への設置は今回が初めてとなる。また、今回の設置は、経済産業省所管の国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が委託した「ポスト5G情報通信システム基盤強化研究開発事業」の「量子・スパコンの統合利用技術の開発」プロジェクトの一環として行われている。同プロジェクトの期間は、2023年11月~2028年10月までの5年間。理研、ソフトバンクのほか、共同実施者として東京大学と大阪大学が参加している。
同プロジェクトでは、量子コンピューターとスーパーコンピューターを連携するための量子HPCハイブリッドシステムソフトウェアの研究開発のほか、同ソフトウェアを用いて、今回導入したIBMの超伝導型量子コンピューターであるIBM Quantum System Twoと、理研の和光キャンパスに導入しているQuantinuumのイオントラップ型量子コンピューターであるQuantinuum H1の2つの量子コンピューターを、富岳や、東京大学および大阪大学のスパコン、ソフトバンクのAIコンピューターと結んだハイブリッド計算のためのプラットフォームとして構築。さらに、量子HPCハイブリッドアプリケーションの優位性を実証するとともに、ポスト5G時代に向けて量子HPCハイブリッドアプリケーションをサービスとして提供するためのプラットフォームの構築を目指している。ここではソフトバンクによるサービス事業への取り組みが予定されている。サービスの詳細については現時点では明らかになっていない。
プロジェクト計画によると、2025年中には、量子・スパコン連携プラットフォームの試験運用を開始し、2026年第1四半期には同プラットフォームの運用を開始する。また、2026年下期には量子HPCハイブリッドアプリケーションの有効性実証を進め、実用化につなげることになる。
IBM Quantum System Twoと富岳は、基礎的な命令レベルで、高速ネットワークを介して接続され、量子を中心としたスーパーコンピューティングの実証場を形成することができるという。
基礎レベルでの統合により、理研とIBMの研究者は、並列化されたワークロード、低遅延な古典・量子通信プロトコル、高度なコンパイルパスとライブラリーを開発できるようになるほか、量子システムと古典システムが、異なる計算の強みを提供するため、各パラダイムがそれぞれに、最適なアルゴリズムの各パートを、シームレスに実行できるようになるという。

理研計算科学研究センター 量子 HPC連携プラットフォーム部門長の佐藤三久氏は、「HPCと量子コンピューターとの連携に向けた研究開発は、世界的にもその必要性が指摘されている。量子コンピューターとの接続により、スパコンで稼働していた計算科学アプリケーションの高速、高度化を図る一方で、量子コンピューターのエラーの緩和や最適化に、スーパーコンピューターの大規模なパワーが必要になることを見越したものになる。量子コンピューターのアルゴリズムの研究開発には、量子計算シミュレーターが不可欠である。接続することで双方にメリットがある」と説明した。
テストユーザープログラムも開始、すでに12件を採択
理研では、2025年6月19日に、IBMの量子コンピューターと理研の富岳を組み合わせた計算により、従来の古典計算機では解析が困難だった量子化学の問題に対して、量子計算の実用化に向けた有効性を実証したと発表。量子コンピューターの実機から得られた出力を、スーパーコンピューターで処理することで、50量子ビットを超える大規模な量子化学系において、初めて科学的に意味のある結果を得ることに成功したとしている。量子化学分野においても、古典計算の限界を超える規模の問題に対して、量子計算が有効であることが示されたといえ、量子コンピューティングの実用化に向けた大きな前進になると位置づけている。
発表時点では富岳の6400ノードを連携させるとしていたが、現時点では1万6000ノードに拡張しており、さらにこれを広げることで、従来の古典計算機では解析が困難だった大規模な量子化学問題に取り組むことができるという。
また、JHPC-Quantumプラットフォームテストユーザープログラムを開始。ソフトウェアやシステムの高度化、同プラットフォームに関するユーザーコミュニティを醸成する取り組みも開始している。応募に対しては、NEDOプロジェクトメンバーによる月例会議などで審査。これまでに12件のプロジェクトを採択したという。量子化学、量子機械学習などの利用が多いとしている。
世界最先端の量子コンピューターである「IBM Quantum System Two」と、日本が誇るスーパーコンピューター「富岳」の接続によって、新たなコンピューティングの世界が開かれたのは明らかだ。