東京都青少年健全育成条例に反対、民間団体と有識者が意見表明


 3月12日、東京都が提出した青少年健全育成条例改正案に対し、条例案に反対する民間団体などが結束し、意見表明を行った。反対意見は東京都議会の議長や議員らに送られる。

 東京都は、2月24日の都議会に、石原慎太郎都知事を提出者として「東京都青少年の健全な育成に関する条例の一部を改正する条例」の議案を提出した(以下、青少年健全育成条例改正案)。条例改正案では、携帯電話を都知事が推奨する制度を設けることや、携帯電話のフィルタリングサービスに対する手続きの厳格化など、青少年に対する携帯電話やコンテンツ関連の取り決めが含まれている。3月末までの都議会会期中に可決されれば、4月以降段階的に施行されるものと見られる。

 12日、この条例改正案に対して、民間団体および有識者らが反対の声を挙げた。意見書を提出したメンバーは以下の通り。東京都地域婦人団体連盟(東京地婦連)、東京大学大学院 教授 長谷部恭男氏、ネット教育アナリストの尾花紀子氏、モバイルコンテンツ審査・運用監視機構(EMA)、ECネットワーク、電気通信事業者協会(TCA)、テレコムサービス協会(テレサ協)、日本インターネットプロバイダー協会(JAIPA)、モバイル・コンテンツ・フォーラム(MCF)、CANVAS。

 反対する民間団体と有識者らは、都の条例改正案について、「憲法の保障する表現の自由、通信の秘密を侵害するおそれがあるばかりか、国が定めた青少年インターネット環境整備法と齟齬する部分がある」とし、憲法94条の「法律の範囲内」での条例制定とはいえず、法の統一性が損なわれるおそれがあると意見を表明。さらに、インターネット利用環境に地方行政が不当に制限を加えることで、家庭や学校、民間団体が進めている自主的な取り組みを後退させることになるとしている。

 なお、反対に意見の表明に伴い、最低限最低限守られるべき事項があるとして、4つの項目が挙げられている。


  1. 言論および表現活動に対し、都をはじめとする公権力による恣意的な関与がなされない条例とすべきこと
  2. 多様な目的や機能をもった民間の組織や活動が認められる条例とすべきこと
  3. 利用者および事業者が多様な基準から選択できる権利が保障される条例とすべきこと
  4. 憲法や青少年インターネット環境整備法等の法律の範囲内での条例改正とすべきこと

 条例改正案の反対メンバーは、民間組織と政府、地方自治体、保護者、学校、地域との連携が必要不可欠であるとし、条例などの規制が一律に強化される場合、民間の取り組みを萎縮させ、バランスを欠いたものになるとの見解を示している。また、条例改正案について、民間の自主的な取り組みを最大限尊重し、条例改正の必要性有無も考慮した上で、慎重な審議を求めている。

長谷部教授、条例は市民の表現活動を萎縮させる

 会見において、東京大学 大学院の長谷部教授は条例の問題点を指摘した。具体的には、改正条例案第18条の七に記載された「ネット事業者、フィルタリング事業者は、フィルタリングが青少年が“自己もしくは他人の尊厳を傷つけ、違法もしくは有害な行為を行い、または犯罪もしくは被害を誘発することを容易にする情報”を閲覧する機会を最小限にとどめるものとなるように」という文言について、都が実質的にネットの有害情報の基準を規定するものとし、「非常にあいまいであり、一般市民の表現活動を萎縮させる」と話した。

 長谷部氏は、定義があいまいなことで拡大解釈のおそれがあるとする一方で、「ネット上に危険があることはその通りと話す。「そのために民間の取り組みがある。しかしそれ以上にあまり神経質になるのはどうかと思っている。過剰な反応はすべきでない」とコメントした。


長谷部氏岸原氏

EMA岸原氏、改正条例案ではフィルタリングの選択肢を奪う

 また、EMAの岸原孝昌氏は、条例改正案中の「犯罪もしくは被害を誘発することを容易にする情報」について、インターネットの機能を利用したあらゆる情報が該当する可能性があると指摘。青少年のネット関連のトラブルで取りざたされる、いわゆる闇サイトや援助交際については、すでに法律の違法有害情報などに含まれているために規制の対象となっており、新たに条例を定める必要がないとした。

 さらに、フィルタリング関係事業者が青少年のネット閲覧を最小限にとどめるよう努力すべしと記載した部分について、「フィルタリングの多様な選択肢を奪い、実質的な検閲になるおそれがある」と語った。また、国の定めた「青少年インターネット環境整備法」では、保護者の自由な意志による選択が可能になっているのに対して、都の条例改正案では保護者の意志を制限するものだとした。このほか岸原氏は、行政機関について、「たとえばTwitterが流行っているが、半年前はそうではなかった。こうした新しいものに迅速に対応していくのは行政では難しい」とした。

ネット取引トラブルは、青少年より年配者

 ECネットワーク理事の沢田登志子氏は、Eコマース関連のトラブルの実情を紹介した。同氏は、青少年よりもむしろ高齢者や年配者の方がネット取引のトラブルに引っかかりやすい傾向があるとし、「ネットが生活の中に当たり前にある青少年はそうではない。彼らはネットには有害なものも混在していることをよく知っている」と述べた。

 その一方で、保護者の立場として「情報を遮断することは決していいことではないが、子供に今の段階で見せたくない情報もある。そのために保護者が決められるフィルタリングがある」と語った。


沢田氏尾花氏

尾花氏「条例案は家庭の手抜きを発生させる」

 このほか、ネット教育アナリストの尾花紀子氏は、厳しい規制を設けることの弊害について言及した。「必要以上に規制することで、意識の低い家庭は何もしなくて済むと思ってしまう。青少年のネット環境について、みんなでやっていこうとする流れを阻害してしまう。都が規制してもトラブルが起こらないとは限らない。その時に都が責任をとってくれるのか? 意識の低い親の免責になるような規制は、意識的に取り組むことから逆行してしまう。相手が都であることを外しても、家庭の手抜きを発生させる」と話した。

 さらに、フィルタリングサービスを靴にたとえて説明し、「成長に合わせて靴を替えていくように、フィルタリングサービスも環境に応じた柔軟な対応が必要」とした。同氏は、過剰な規制によって「一人歩きできない子供が生まれてしまう」と述べた。

都の条例は全国に広がる可能性も


 なお、石川県では小中学生に携帯電話を持たせないとする条例がある。EMAの岸原氏は、この条例について「基本的には保護者の判断であり、強制されるものではないと聞いている。EMAには啓発教育の依頼が来ているが、一部の保護者からは、持たせていけないものの教育はやらない方がいいのではないか、とする意見もあるようだ」と語った。

 今回の東京都の条例案も努力義務としているが、同氏は「都の定義は日本全体におよぶおそれがある。条例に繋がる根拠や有効性に対する議論がほとんどなされておらず、思いつきの条例案」と語った。

 TCAの専務理事である井筒郁夫氏からは、今回の条例改正案に関して、都がパブリックコメントなどの意見募集を行わずに議会提出したたことなどが語られた。


井筒氏上沼氏

 質疑応答では、都庁クラブ加盟と見られる新聞各紙から「東京都によれば……」という形で確認を求める声が挙がった。当局の今回の条例が、フィルタリング対象になっていないサイトや、いわゆる「非出会い系サイト」などEMAの認定サイトで犯罪被害が出ているとし、条例に反対するメンバーにコメントを求めた。

 EMAの事務局長である上沼紫野氏は、「非出会い系サイト」とされるSNSでの犯罪被害の増加について、出会い系サイト規制によって違法サイト自体が減少し、相対的に「非出会い系サイト」の数が増えているとの見解を示し、被害が出ること自体については、一般社会と同様にある程度はやむを得ないとの立場をとった。

 ネット教育アナリストの尾花氏は、公園にたとえて、EMAの認可は管理されている公園のようなものと表現した。これに対して条例改正案の対応が、公園に子供を入れないようにするものだとして、子供たちが「小さなケガをしながら段階を経て成長していく」ことが重要とした。


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(津田 啓夢)

2010/3/12 18:51