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「空き容量」を使った分散型ストレージ「Filecoin(ファイルコイン)」がついに始動、次世代のインターネットの姿とは

Web 3.0最注目、分散型ストレージの革新性とその仕組みを解説

Filecoinの仕組み

 「Web3.0」最注目のブロックチェーンプロジェクト「Filecoin(ファイルコイン)」が、正式版の提供をついに開始した。

 構想段階の2017年に実施されたICOでは、約280億円もの巨額資産を調達し話題となっている。そんなWeb3.0プロジェクトの概要と仕組み、そして未来のインターネットの姿について触れていく。

Filecoinとは

ICOで280億円以上を調達

 Filecoinは、AWSやGCPのようなクラウドサービスに代わる分散型ストレージだ。世界中の全デバイスに眠る空きストレージを活用し、従来のような集権型ストレージではなく、P2P型の分散ストレージを提供する。

 シリコンバレーに拠点を持つProtocol Labsが中心となって開発するオープンソースプロジェクトであり、独自トークン「FIL」を発行している。FILは、Filecoinを使用する際に必要な基軸通貨としての役割を持ち、約280億円を集めたICOなどで配布されてきた。

 FilecoinのICOには、Y Combinatorやa16z、Sequoia Capital、スタンフォード大学、ウィンクルボス兄弟といった著名ファンド・投資家が参加している。ICO時点のFILの価格は1ドル未満だったのに対し、正式版の提供後には100ドル以上に跳ね上がった。初期の投資家は3年という短い期間で、少なくとも100倍以上のリターンを出していることになる。

空きストレージをシェア

 現在、全世界に存在するデジタルデバイス内のストレージのうち、約50%が利用されていないアイドル状態にあるという。Airbnbが全世界の空き家を有効活用するサービスであるのと同様、Filecoinは全世界の空きストレージを有効活用するサービスであるといえる。

 Filecoinの仕組み上、ネットワークに参加し空きストレージを供給してくれる人物(マイナーという)が重要になる。正式版公開時点で、世界34ヶ国から400人を超えるマイナーが参加し、集まったストレージの総容量は325PB(ペタバイト)に及んだ。

 これは、「映画9000万本」「Wikipediaの完全コピーサイト1400個」「人類がこれまでに書してきた全書物の7倍」のデータ量に相当する。Filecoinは、世界中に散らばるストレージを集結させた巨大なネットワークなのである。

Filecoinが解決する課題、メリット増え続けるデータ量にいかに対応するか

 Filecoinの他に、分散型ストレージの構築に取り組むプロジェクトは複数存在する。Storj(ストージ)やSia(サイア)などがあげられる。これらのプロジェクトは、どういった課題を解決するのだろうか。

 前提として、スマートフォンの普及によるデジタルコンテンツのリッチ化に伴い、データ量は過去10年間で35倍にまで膨れ上がったといわれている。また、5Gおよび6Gが現実のものとなり、IoTの普及から更なるネット接続デバイスの増加が予想できるだろう。

 この状況で課題となるのがデータセンターだ。集権型のデータセンターでは、これまで以上に管理拡充コストが嵩むことになり、セキュリティの懸念も増え続けるだろう。

 また、インターネットネイティブなこのご時世において、我々の重要なデータが特定のデータセンターに依存して管理されていること自体、もはや当たり前とはいえない。米中デジタル戦争の発端となった中国企業のデータ漏洩問題も、集権型ストレージならではの論点だろう。

 あらゆるものが分散化されるWeb3.0の時代において、アプリケーションを支えるデータ基盤も当然ながら分散化される必要があるのだ。

ストレージ市場に価格競争を発生させる

 分散型ストレージは、コストの面でもメリットを発揮する。Filecoinでは、誰もが自身の持つデバイスの空き容量を貸し出すことができる。その際、貸し出す値段を各々決めることができるのだ。

 そのため、寡占状態にある現在のクラウドストレージ市場に価格破壊をもたらす可能性がある。ストレージの借り手はより安いストレージを借りることができるため、価格競争の力学が働く。

 分散型ストレージネットワーク全体でみると、容量を拡充するために新たなストレージを追加する必要もない。空いているストレージを見つけてくれば良いのだ。

 最大の特徴は、分散型ストレージで管理されるデータが暗号化および分解される点だ。Filecoinの仕組みについては後述するが、分散型ストレージでは保管されるデータを暗号化した上で無数の断片に分解し、複数のストレージに分散させて保存する。

 これにより、例え特定のストレージがハッキングされそこに保管されているデータの断片が漏洩したところで、それが何を意味するデータなのか理解することはできないのだ。

Filecoinの仕組み

 Filecoinを理解する上で重要になる要素が2つある。「マイナー」と「IPFS」だ。

Filecoinネットワークを支えるマイナー

 マイナーは、Filecoinに限らず暗号資産・ブロックチェーンにおいて最も重要なステークホルダーである。ブロックチェーンには特定の管理者が存在しないため、代わりに不特定多数のマイナーがマイニングを行うことでネットワークを稼働させている。

マイナー

 Filecoinにおけるマイナーは、Filecoinネットワークにストレージを供給する役割も担っている。従って、Filecoinでストレージを貸し出すことはマイナーになることを意味する。

 マイナーは、ノード(自身のコンピュータ)を通してネットワークに参加するのだが、ストレージを貸し出すと報酬として先述の独自トークンFILを受け取ることができる。反対に、ストレージを借りるにはFILを支払う必要がある。

 なお、FILを受け取る条件はストレージを貸し出すだけでは満たせない。なぜなら、保管されたデータを勝手に削除してしまったり、デバイスの故障などで紛失してしまう恐れがあるからだ。

 そのため、マイナーは定期的に自身がきちんとデータを保管していることを証明すると、報酬を受け取れるようになっている。この証明には、ハードウェアにデータが記録されているかを確認する「PoRep」と、他のマイナーがPoRepを行えるようアクセス権限を付与する「Proof-of-Spacetime(PoSt)」という2つの方法が用いられる。

 反対に、きちんとデータを保管していない場合は報酬を受け取れないどころか、事前に預けておく必要のあるFILを没取されてしまう。このような仕組みにすることで、マイナーが正しい行いをするよう導くことができるのだ。

 ちなみに、先述のようにデバイスの故障などで意図せずデータを紛失してしまった場合に備えて、同じデータを複数のマイナーに分散させて管理する仕組みになっている。これも分散型ストレージの特徴の1つだ。

 Filecoinのネットワークに参加する場合、マイナーは4種類のノードを選択することができる。「Chain Verify Node」「Client Node」「Storage Miner Node」「Retrieval Miner Node」とあり、それぞれ役割が異なるため、参加する場合は注意が必要だ。

 実際にFilecoinを利用するには、以下の手順で行う。

1.アップロードするファイルを選択して少額のFILを支払う

2.アップロードされたファイルは暗号化され、複数の断片に分解される。これらの断片は、ネットワーク上の様々なノードに保管される

3.全ての断片の保管箇所を把握するために割り当てテーブルが使用される

4.断片にアクセスするには、ファイルをアップロードした人物の持つ秘密鍵が必要になる

Filecoinの仕組み
FilecoinはIPFSのために作られた

 続いて、IPFSについて説明する。IPFS(InterPlanetary File System)は、Web2.0で使用される主要通信プロトコルであるHTTPを補完ないし代替すると期待される、新たなプロトコルだ。

 IPFSは、主にP2P方式でデータの送受信を行う際に使用される。Filecoinの開発を中心となって行なっている先述のProtocol Labsが、同じく開発を主導している。

新時代のインターネット

 HTTPを使ってインターネット通信を行う場合、基本的にはURLを指定する。これは、取得したい情報が存在する「場所」を指定することを意味し、ロケーション指向と呼ばれている。

 この方式の場合、情報の管理者は24時間365日サーバを安定稼働させなければならず、突発的なアクセス増に備えた冗長化を強いられたり、URLの変更ができなかったりといくつかの不都合が生じている。また、利用者側も管理者へ大きく依存しなければならない。

 インターネットが発明されて以降、このロケーション指向型プロトコルによって我々の生活は大いに豊かになったものの、その弊害として一部の巨大サービスに情報が集約してしまう結果となっている。

 そこで提唱されているのが、IPFSを代表とするコンテンツ指向型プロトコルだ。この方式では、先述の「場所」を気にする必要がなくなる。

 例えば、「ブロックチェーンに関する書籍」を読みたいと思った場合、それを本屋で買おうがAmazonで買おうが、中身には関係のない話だ。つまり、デジタル情報にアクセスする際にそれがどのサーバから取得したものなのかを気にせず、コンテンツを直接指定することができるようになる。

 これにより、管理者への依存をなくすことができるだけでなく、管理者側の負担も軽減させることが可能だ。また、コンテンツ指向型の場合は、同様のコンテンツを複数のサーバで管理するため、どこかのサーバが遮断されても問題なくアクセスすることができる。

 結論として、FilecoinはこのIPFSを実現するために開発されたプロジェクトなのだ。IPFSを実現するには、P2Pネットワークを構成するノードに数多く参加してもらう必要がある。そのためのインセンティブとして、Filecoinの独自トークンFILが存在するという関係性だ。

 つまり、Filecoin自体はIPFSそのものであるといえ、その中の独自トークンFILがIPFSを実現するためのインセンティブなのである。

分散型ストレージの課題

 あらゆるWeb3.0プロジェクトの基盤を支えるであろう、分散型ストレージFilecoinとIPFSだが、解決しなければならない課題も多数存在する。

 1つ目は速度の問題だ。従来のクライアントサーバ型の通信方式では、1つのサーバに対して集中的にアクセスを行なっていた。一方のFilecoinでは、P2P型の通信方式となるため必要に応じて複数のサーバにアクセスする必要がある。なぜなら、ファイルが複数のサーバに分解された状態で保管されているからだ。

 この方式では、従来よりもどうしても通信速度が遅くなってしまう。通信速度は接続方式だけで決まるわけではないため一概には言えないが、コンテンツのリッチ化に伴いデータ容量が増大し続けているため、これは致命的な課題になり兼ねないといえるだろう。

 2つ目は、十分な数のマイナーを集められるかどうかという点だ。執筆時点(2020年10月)では、約600のマイナーがFilecoinネットワークに参加している。全世界のインターネット通信を支えるという分散型ストレージの使命から逆算すると、まだまだネットワークの規模が小さいと言えるだろう。

 Filecoinの設計は、十分な数のマイナーが存在することを前提にしている。マイナーの数が少ないと価格競争の力学も働かず、Filecoinの利用料がAWSやGCPといった既存クラウドサービスの利用料を下回ることもない。

 そして最後に、Filecoinを利用するのに独自トークンFILが必要になるという点があげられる。特筆すべきは、この「Filecoinを利用する」という内容にマイニングも含まれている点だ。つまり、2つ目にあげた十分な数のマイナーを集められるかどうか、という課題にも直結することになるのである。

 現状、日本の取引所にFILは上場しておらず、法定通貨から直接FILに交換することはできない。FILを取得するには、法定通貨を一度イーサリアム(ETH)に換金した後、分散型取引所(DEX)でETHをFILに交換する必要がある。

 これは、あまりにも利用までの道のりが長いといえるだろう。つまり、実質上は日本国内でのマイニングができない状態なのだ。どれだけそのプロジェクトに革新性があったとしても、誰にも使ってもらえないのであれば意味がない。暗号資産・ブロックチェーンの課題は、まずは目の前の第一歩にあるのだ。